私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ジェノス視点です。


正義の味方VSヒーローの妹

 アマイマスクがエヒメさんを追い越して、捕縛した宇宙人の元に向ってすぐ、エヒメさんは姿を消した。

 そして、現れたのは宇宙人の前。

 

 彼女は捕縛した宇宙人たちの前に立ちはだかって、両手を広げて、止めた。

 いきなり、何の躊躇もなく宇宙人を殺そうとしたアマイマスクの蛮行を。

 

「エヒメさん!?」

「ちょっ、何してんすかエヒメさん!?」

 

 俺と金属バットが同時に声を上げるが、エヒメさんは答えない。

 タツマキが甲高い声で「あんたいきなり、何してんのよ!?」と叫んでも、アトミック侍に「何してんだ嬢ちゃん! 引け!!」と怒鳴られても、彼女は揺るがない。

 

 ただ強く、目の前のアマイマスクを見据えている。

 あの華奢でか弱い体に不釣り合いな、けれど一番美しい強い目で、「逃げない」という誓いを科した目で、どこまでも真っ直ぐに奴を見返していた。

 

「……何のつもりだい?」

 アマイマスクは低く、尋ねる。

 俺の位置では奴の背中しか見えないが、怯えきって言葉をなくしてる宇宙人の様子と、にじみ出る怒気でわかる。

 答えによっては、奴はエヒメさんすら排除すべき敵、殲滅すべき悪と認定し、躊躇いなくあの細い首を斬り飛ばすだろう。

 

 今すぐに奴からエヒメさんを引き離したかったが、エヒメさんのテレポートでギリギリ宇宙人を殺すのを阻止できたほどのスピードだ。

 おそらく、俺が彼女を保護するより奴の手刀の方が速い。

 

 そんな自分の無力さに歯噛みするが、……おそらく俺は奴より早く動けると確信しても、邪魔なんて出来なかった。

 そう、邪魔だ。

 

「……話も聞かずに殺すなんてこと、させません」

 

 肩や足は小さく、カタカタと震えている。

 それでも彼女は広げた手を下ろさず、目をどこにもそらさずに、真っ直ぐに見据えて言った。

 アマイマスクが声と言葉だけ甘く優しさを偽造しても、その目は虚飾を一瞬で剥ぎ取り、奴はただ自分の復讐心を「正義」と言い張っているだけだと指摘する。

 

「話も聞かず、ただ私たちの一方的な断言で『悪』を決めるなんて、許せない」

 

 ……貴女は、貫くのか。

 あの協会の屋上で語った仮定を、信頼したい何かを。

 そんなに震えながら、怯えながら、それでも一歩も引かずに。

 

 だからこれは、邪魔をしてはいけない。

 これは、彼女の戦いなのだから。

 

 * * *

 

「……あぁ、見覚えがあるなと思ったら、S級にスカウトされて断った子か。

 どうして断ったはずなのにここにいるのかは知らないが、断ったのなら余計な口出しはしないでくれないか?

 君は、自分で自分から『ヒーロー』にはならないって、助ける立場ではなく助けられる側になることを選んだのだろう?

 なら、大人しく君は、僕に『助けられ』なさい」

「あの協会に所属しないと、誰も守りも救いもしちゃいけないなんて誰が決めた?」

 

 アマイマスクはまだ優しいヒーローとしての仮面をかろうじて被っているが、それをエヒメさんは躊躇なく剥ぎ取る。

 嫌味、棘、毒、相手を傷つけるつもりで、彼女の罪悪感を煽って、何もしない逃げた無責任と暗に言ってその場を引かせようとしたのに、彼女は引かない。

 

 ヒーロー協会を否定し、ヒーローを肯定する。

 

「私は、無私で人助けなんてできない。いつだって見返りを求めてる。自分が後味悪い思いをしたくないから、嫌々やってるだけ。今だって別に、後ろのこの人たちをどうしても守りたいわけじゃない。

 

 ただ、嫌なだけ。

 この宇宙人たちが乗ってた船がA市を滅ぼしたのは事実でも、彼ら自身は何もしてない、何も知らなかった、ただ乗っていただけという可能性がある限り、話も聞かずに排除される所なんて見たくない。

 先入観と思い込みで相手の話も聞かずに『悪』と断言されて、取り返しのつかないことが起こるのは耐えられない。

 

 ……だから、どかない。

 崇高な理想とかそういうのじゃなくて、本当に私の気持ちの問題だから、……だからこそ、私は絶対に引けない」

 

 ヒーローではないこと、アマイマスクのただ傷つけるためだけに言った言葉を、自ら肯定する。

 この行為は、ただ自分のわがままだと。

 後ろの宇宙人を守りたのではなく、自分を救うためにやっていると言った。

 

 今すぐその首が跳ねられてもおかしくない状況で、自分の命を懸けて、彼女は誓いを貫く。

 

「ははっ! 開き直りもここまでくると、さすがに清々しい!

 つまり君は、このA市を壊滅に追いやったこいつらを助けて、こいつらに殺された人たちの犠牲の上で自己満足に浸りたいと言うんだね!

 こいつらが再び誰かに牙を剥き、数多の犠牲を出しても責任を取る気もなく、自分自身が『良い人』でありたいために僕の前にこうして立ったと言うんだね!!」

 

 仮面は剥ぎ取られた。

 昔の俺のような「悪」に対する余裕のなさ、深い憎悪をむき出しにして、奴はエヒメさんにもはや怒気を超えて殺気に至ったものを言葉と一緒にぶつけた。

 

「おい、てめぇ! エヒメさんに手ぇ出してみろ! 脳みそカチ割んぞゴルァッ!!」

「待て!」

 

 今にもエヒメさんに凶器同然のあの手刀が繰り出されてもおかしくない中、金属バットがアマイマスクに向って行きそうになってので、腕で制して止める。

「! てめっ、新入り!! お前、状況わかってんのか! エヒメさんが殺されて……」

「まだだ。まだ、終わっていない」

 

 金属バットが怒りの矛先を俺にも向ける。が、俺はそちらを向いてる余裕はない。

 いつでも、奴の手刀からエヒメさんを守れるように焼却砲の準備をするが、それは今じゃない。

 

 彼女の戦いは、まだ終わっていない。

「これで怖気づいて止まってくれる人なら、俺も先生も苦労しない」

 

 別に金属バットや他の奴らに言ったつもりはなかったが、俺の呟きは結果として良い説明になったようだ。

 

「……えぇ。私は、この人たちを生かしたことで起こるかもしれない『失敗』の責任は取れない。

 でも、それはあなただって、誰だってそうだ」

 

 身体はアマイマスクが放つ殺気に慄き、震えが止まらない。

 それでも、彼女は立ち、両手を広げて、真っ直ぐに奴を見据える。

 誓いは、あまりに痛々しいほどに揺るがない。

 

「失敗の責任なんて、大きい小さい関係なく誰にだって取れない。あとからプラマイゼロにすることや、結果として良い方向にもっていくことが出来ても、失敗した時、何かが傷ついたり損したり、永遠に失われてしまったことは覆らない。

 被害者は永遠に被害者で、加害者だって永遠に加害者だ。

 ……償いなんて、出来ない。

 だからこそ、失敗なんてしないようにしなくちゃいけない。

 だから私は、あなたのすることを肯定しないし、絶対に止める!

 

『死』という一番取り返しのつかない失敗を、『正義』だなんて語らせない!

『今』を『結末』になんかさせない!

 結果が大事なら、なおさら『今』を大事にしろ! この『今』がどうして起こったかを知って、そして考えて、もう二度と起こらないようにするべきでしょうが!

 何かを『悪』と決めつけて排除こそ、責任を、この先に起こりうる最悪から目を背けて、もう大丈夫と自分を騙したいだけだ!

 

 ……それはいつか必ず、破綻する。人は自分に嘘はつけても、隠し事は出来ない。

 いつか必ず、あなたが犯した『取り返しのつかないこと』は、あなたの全てを奪って潰して壊して焼き尽くして殺し尽くす。

 だから、逃げるな。現実から、現在から、悪や正義で二分なんか決してできない、灰色から。

 その灰色を、白か黒かを決定づけるのは、私たちが『今』行う、行動次第なんだから」

 

 ……どうして貴女は、そんなにも弱い身体で、そんなにも壮絶な生き方を選ぶんだ?

 

 失敗を誰にも許してもらうことを求めず、目をそらしていたいものをまっすぐに見据えて。

 それは痛みが伴うどころか痛みしかない、もはや拷問に等しい生き方だ。

 

 なのに、この人は選ぶのか。

 あまりにか細い体で、逃げるためだけだったはずの力で、その目に光を灯して、その生き方を選ぶのか。

 

 

 

 

 

 ――貴女は正真正銘、サイタマ先生の妹ですね。

 

 

 

 

 

「――何のつもりだい?」

 わずかに、指先を動かしたアマイマスクが訊く。

 

 それは、奴の真後ろで焼却砲を構えた俺にか。

 

 俺が制していた腕をどけた瞬間、飛び出して構えた金属バットにか。

 

 静かに音もたてず、近場の巨大な瓦礫を浮かび上がらせたタツマキにか。

 

 愛刀に手をかけたアトミック侍か。

 

 隻腕になってなお、師と同じく居合の構えを取るイアイアンか。

 

 ビキビキと音を立てて筋肉を膨張させる、ぷりぷりプリズナーか。

 

 タツマキの巻き添えで負った傷も無視して拳を鳴らす、タンクトップマスターか。

 

 宥め役だったのに、今は無言で構えているクロビカリか。

 

 ランドセルから複数の武器を携えたアームを起動させている童帝か。

 

 後ろ手で手を組んだまま、それでもこの場を制圧させる気を放つバングにか。

 

 誰に訊いても、答えは同じだ。

 

「エヒメさんから離れろ、アマイマスク」

 


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