私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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地上戦、開始

 上に残ってた私とジェノスさんは私のテレポートで、クロビカリさん、タンクトップマスターさん、駆動騎士さんはタツマキさんが超能力で、童帝君は自分の発明品で、キングさんは童帝君にしがみついてそれぞれ地上に降りる。

 まぁ、降りたところで私たちにできることはないんだけどね。

 

 ただでさえ協会本部の屋上でも遠かったのに、地上に降りたらそれこそ私たちには戦う手段はない。

 タツマキさんを除いて。

 

 さっきタンクトップマスターさんが、瓦礫というより建物の原型がまだ留めてるコンクリート片を持ち上げて船に投げつけてたけど、それ以上の大きさの道路の一部を何十とタツマキさんは超能力で浮かび上がらせて、ひたすらぶつけまくってる。

 

 不謹慎だけど、ある意味A市が壊滅しててよかった。

 タツマキさんの弾丸である瓦礫は至る所にあるし、今更周囲の建物や人間に気を遣わなくて済むし。

 

 ……A市に関してはこんなにも不謹慎なことが考えられるのに、私は何故かタツマキさんが瓦礫をあの船にぶつけるのを見るのが嫌だった。

 あの船を、墜として欲しくないと思ってしまう。

 

 それはお兄ちゃんがあの中にいるからっていうのもあるけど、何故か私は無性に、このまま帰って欲しいと思った。もちろん、お兄ちゃんは置いて帰るのが前提だけど。

 どうしてか、理由は全くわからないけど、あの船を私は憎めない。

 深海王以上の脅威であることは、このA市を見ればわかるのに、怖いとは思えない。

 

 人類の敵だとは、思えなかった。

 

「俺は用事がある。先に帰らせてもらうぞ。

 決着はつきそうだしな」

 

 私が自分でも説明できないこの想いの理由をどうにか知ろうと考えて足掻いていたら、駆動騎士さんが言う。

 童帝君はその言葉に、他にも帰った人がいるからお好きにと答えた。

 ……そういえば、いつの間にかいないな。キングさん。

 

 私がちょっと辺りを見渡してキングさんを探していたら、帰ると言った駆動騎士さんが私の隣のジェノスさんに、「ちょっといいか?」と声をかけた。

 

 私は離れた方がいいかな? と思ったけど、駆動騎士さんは別にいてもいいと言ってくれたのでそのままジェノスさんの横にいたら、駆動騎士さんはジェノスさんとすれ違いざまに短く言う。

 

「メタルナイトはお前の“敵”だ。気をつけろ」

 

 ジェノスさんの表情は変わらない。

 けど、目が確かに険しく、そして冷たくなった。

 

「どういう意味だ?」とジェノスさんは駆動騎士さんに詳しい説明を求めるけど、彼はさっさと私たちが立つ瓦礫から降りて、帰って行った。

 ジェノスさんに、「今は奴に近づかない方がいい」という忠告だけを残して。

 

 ジェノスさんは駆動騎士さんが去って行った方向に立ち尽くす。

 表情は相変わらず、変わっていない。

 底冷えするような目のまま、駆動騎士さんの背中を見てる。

 

 あぁ。そういえばこの人は、こういう目をしてたんだ。

 お兄ちゃんに自分の事を話していた時、博士さんの事やお兄ちゃんの事を話す時は一瞬、優しくなっていたけど、彼は仇である暴走サイボーグの事を語っている時は、今にも溢れだしそうな憎悪の灼熱をこの絶対零度の目で押さえつけていた。

 

 その目が、その復讐に捕らわれた生き方が破滅にしか向かわないと思ったから、だからあの日私はお兄ちゃんに追い出されたこの人を追いかけたことを思い出す。

 それからまったくと言っていいほど、この人はあの目をしなかった。

 ジェノスさんの過去や仇の事を私は忘れるくらいに、この人は穏やかな目をして、笑ってくれていた。

 

 ……けれどやっぱりこの人の胸の奥にはまだ、復讐の業火が燃え盛っている。

 それを否定してはいけない。私だってお兄ちゃんが殺されたらきっと同じ思いを抱くのだから、否定や説教をする資格なんて私にはない。

 

 ――だけど……

 

 私は、立ち尽くすジェノスさんの手を取って握る。

 それで弾かれたように顔を上げ、ジェノスさんが目を丸くして私と私が握る手を交互に見たから、思わず手を離して謝ってしまう。

「ご、ごめんなさい、ジェノスさん! いやでした?」

「い、いえ! そんなことはあり得ません!! ただちょっと驚いただけです!」

 

 ジェノスさんがそう言ってくれてホッとしたけど、今度は逆に「どうしたのですか?」と心配されてしまう。

「いえ……私は大丈夫です。……ただ、ジェノスさん」

 私はそう答えてから、つい嫌がれたという不安で俯いていた顔を上げて頼んだ。

 

「私は、隣にいますから、だからどうか……貴方の『敵』の前でも、隣に居させてください」

 

 この人は私のバカげた仮定をとてもまじめに聞いて、そして私の考えを、願いを、……敵としか思えない相手とも分かり合えるのではないかという期待を、正しいと言ってくれた。

 間違える自分を止めてくれと、言ってくれた。

 

 私が正しい保証なんてどこにもないのに、それでもこの人はそう言ってくれた。

 だから私はこの人の隣に居たい。

 私がいつも正しい選択を出来るかどうかはわからないし、私が望むことが正しい保証なんてないけれど、それでも、あなたに傷ついてほしくないから。

 

 だからせめて、私はあなたが少しでも傷つかない選択をしてゆきたい。

 そのために、どうかその業火の種火を前にした時も、傍に居させて欲しかった。

 自分の命を復讐の為に捨てかねないこの人が、命を捨てようとしたら止められるぐらい傍に、捨てたって必ず拾ってあげれる位置に居たかった。

 

 そんな私の考えが、望みがどこまで伝わったのかはわからない。

 けれどジェノスさんは、少しだけ間を置いてから答えてくれた。

「……それは、なおさら負けれなくなりますね」

 

 もう彼の金の瞳は、冷たくなんかなかった。

 何もかも焼き尽くす、復讐の熱もない。

 私が知る、いつもの穏やかで優しい温度の、私を安心させてくれる笑顔で言ってくれた。

 

「お二人ともー、なんか船が爆発し始めたから、リア充爆発してないで気を付けてくださいねー」

 

 ちょっ! 童帝君!!

 そのセリフでジェノスさんがリアル爆発しそうになって、逆に船の爆発どころじゃないよ!!

 

 * * *

 

 船が完全に墜ちたのを確認して、私たちも船の向こうに向かう。

 クロビカリさんと童帝君は自力で向かうと言ってくれたので、ジェノスさんとタツマキさんの攻撃の際にがれきから落ちて負傷したタンクトップマスターさんは、私のテレポートで跳ぶ。

 

 重量系の二人を連れてだから複数回に分けて跳んだけど、まだ病み上がりだからかそれとも精神が不安定なのか、いつもなら余裕の回数しか飛んでないのに妙に疲れた。

 

「エヒメさん、大丈夫ですか?

 すみません、やはり俺は自力で向かうべきでした」

「大丈夫ですよ。ちょっといつもより疲れただけで、キャパの余裕はまだまだありますから」

 

 そんなやり取りをしていたから、その人がいつやって来たかには気づかなかった。

 気がついたら、その人はバッドさんと何か言い争いをしてた。

 

「何事だ?」

 ジェノスさんも気づき、そちらに目を向ける。

 バッドさんと言い争ってるのは、水色のセミロングで綺麗な顔の人。

 バッドさんの言い争う内容からして、彼はヒーローらしいけどS級ではないらしい。

 

 ……誰? 何で全部が終わった後に来て、ひたすら文句や嫌味を垂れ流してんのこの人?

 S級の皆さんがしたこと、特にバッドさんやバングさん、アトミック侍さんにプリズナーさんが怪人と戦って勝利したことは無視して、どうしようもできなかった、どうにかできるのならどうにかしたかった失敗をひたすら責めたてることにもちろん腹が立ったけど、それ以上に私の頭は「この人誰だっけ?」で埋め尽くされた。

 

 え? 皆さん完璧に知ってること前提で話してるけど、S級じゃないんですよね?

 雰囲気的にシババワさんの時よりも聞きにくいけど、本気で誰この人?

 なんかこの人、顔立ちはすごく綺麗だけど、逆に言えばそれ以外に特徴が全然なくて、見覚えがあるのかないのかすら私にはわからないんですけど。

 

 私が頑張って頭の中の名簿からこの人を検索するけどまったく誰も引っかからず、今頃メタルナイトもやってくるから、空気は最悪なのに私一人だけが険悪な雰囲気にもなじめないでいると、クロビカリさんが生き残りの宇宙人を捕縛したらしく、その報告で全員がそちらに向かう。

 

 とりあえず険悪な雰囲気が宇宙人の話題でそれたことにホッとしたけど、何故か真っ先に私の知らない人が宇宙人の元まで走って行く。

 

 私の横を通り過ぎた時、私は近くで見たら思い出すかもと思って、横目でその人を見た。

 見た瞬間、私は跳んだ。

 

「エヒメさん!?」

「ちょっ、何してんすかエヒメさん!?」

 

 ジェノスさんとバッドさんが同時に声を上げた。

 うん、本当に何してんでしょうね、私。

 

 そしてごめんなさいジェノスさん。

 あなたの隣に居たいとか言いながら、私は勝手なことばかりをする。

 でも、私はここに跳ばなかったら、行動に移さなかったら、また一生後悔するから。

 

 だから私は跳んで、両手を広げて立ちふさがる。

 捕縛された数人の宇宙人の前で、彼らを庇う。

 私の首に当たるギリギリ手前で、その男の人のものとは思えないくらい綺麗な手は止まった。

 

「……何のつもりだい?」

 私の前に立つ、問答無用で宇宙人を殺そうとした人に、私は言う。

 

「……話も聞かずに殺すなんてこと、させません」

 目の前の人は、綺麗な顔の造形はそのままに醜く固まった無表情で私を睨む。

 ジェノスさんと同じ、灼熱を閉じ込めた絶対零度の目で私と後ろの宇宙人を睨み付ける。

 ……隣を通り過ぎた時、この目を見た時、この人は宇宙人を問答無用で殺すつもりだと直感した。

 そしてその直感は当たっていた。

 

 周囲が、私の行動も彼の行動も理解できず、ただ黙って見ている。

 彼は無表情を溶かして穏やかに笑い、小さな子供に言い聞かせるように私に言う。

 

「ははっ、優しい子だね。でも、奴らはこのA市を壊滅させた『悪』だ。

 その『悪』を倒すのは、僕たちの役目だ。同情なんかしなくていい。こいつらは、許されざる存在なのだから」

 

 ……どんなに優しい笑顔の仮面を被れても、仮面では目は隠せない。

 復讐に滾った眼は、隠せていない。

 

「あなたは、殺したい相手に『悪』のレッテルを貼って、自分の行為を正当化させたいだけだ」

 

 だから、絶対に引かない。

 

「話も聞かず、ただ私たちの一方的な断言で『悪』を決めるなんて、許せない」

 

 別にこの宇宙人を守りたいわけじゃない。

 けど、私は目の前の彼を止めなくちゃいけないって思った。

 この人のやることを、主張を、否定しなくちゃいけないって感じた。

 

 この人は、私の敵だと直感した。

 

 ……まぁ、名前とかは未だに分からないんだけどね。

 結局、この人誰なの?

 


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