私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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サイタマ視点です。


連鶴

 ボロスがまた変身したかと思ったら、思いっきり膝蹴り入れてきやがって、俺は地面に叩き付けられる。

 ……地面?

 俺、空に蹴りあげられたよな?

 

 辺りを見渡すと何故か夜になってた。

 っていうか、正面向いたら地球が見える。

 月までぶっ飛ばしやがったのか、あの野郎。

 

 とりあえず息を止めて、体を起き上がらせる。

 ……ペラペラペラペラと聞いてもないことしゃべり倒してたと思ったら、これか。

 ちょっとは戦いっぽくなってきたじゃねーか。

 

 そんなことを考えていたら、自然に口角が上がっていることに気付く。

 ……俺も、ソニックのこと言えねーな。

 

 あいつは強い。

 俺が今まで相手してきた中で、一番だと断言できる。

 

 ……それでも、俺にはわかった。

 自分の方が強い。

 マジシリーズを出さなくても、連続普通パンチをひたすら繰り出していたらたぶん勝てる。

 

 ボロス。お前に予言した奴は外してるか、もしくはお前は来るのが遅れてるよ。

 お前と俺は、対等じゃない。

 

 ……それでも、お前との戦いは正直楽しいよ。

 緊張感はまだ足りないけど、こいつがさらに強くなったらどうなるだろうという期待で高揚した。

 だから、もっと早くに決着を着けても良かったのに、戦ってるのが空の上なんだからマジシリーズをぶっ放しても良かったのに、こんなに俺は戦いを長引かせた。

 

 でも、そろそろ終わりだ。

 

『行かないで……。置いてかないで……お兄ちゃん』

 

 脳裏でエヒメが泣く。

 俺が戦いの虚しさを埋めるために、俺と同じくらい強い奴を、俺よりも強い奴を求めて、自分を置いてどこかに行ってしまうという不安を抱えて、あいつはいつも俺の帰りを待ってる。

 

 あいつに危ない事をして欲しくないから、安全なところにいて欲しいから、その為に俺があいつと交わした約束。

 あいつの不安を和らげるためなんかじゃない。不安にさせたくなければ、俺がこんなことをしなければ一番いいってわかってるのに、俺は自分のわがままを押し通すためにこんな約束を交わしたんだ。

 

 だから、この約束は守らなくっちゃいけないんだ。

 俺はな、絶対に帰らないといけないんだよ!

 あと80年は生きなくちゃいけないんだよ!!

 

 俺は思いっきり、月を蹴り飛ばして戻る。

 地球に、戻る。

 そしてもう、さっさと片付けよう。

 これ以上待たせたら、脳裏のエヒメだけじゃなく本物だってきっと泣く。

 

 だから、帰ろう。

 

 * * *

 

「お、いけた」

 俺が月から戻ってきた瞬間、ボロスが再び俺に突っ込んできた。

 その連打を受けながら、少し奴をうらやましく思う。

 

 本気を出せる相手、本気をぶつけてみたくなる相手。

 それをどれだけ求めていたかはわかる。

 その相手を目の前にしたら、もう後先の事を考えられなくなるのだって想像がつく。

 

 俺だって、正直に言うと相手をしてやりたい。

 見逃して、こいつがもっと強くなるのを待っていたい。

 

 でも、それはもうできない。

 

 お前自身は攻撃するつもりがなかったんだとしても、お前の船が、お前の部下がA市を破壊した。

 街は協会本部以外の建物はみんな崩れて、おそらく生きている人間だってあの本部にいた奴らぐらいだろう。

 お前らは、あまりに多くの犠牲を出しすぎた。

 

 俺はただ闘いたいんじゃない。

 ヒーローなんだ。

 ヒーローになりたくて、強くなったんだ。

 

 だから、目的を見失ったらダメだ。

 お前は、俺が倒さなければいけない、敵なんだ。

 

 ボロスの連打を無視して、普通のパンチでまずは吹っ飛ばす。

 そんで、体のガードがなくなったところで連続普通のパンチを入れて、爆散させる。

 

 が、爆散した状態からこいつ回復したよ。マジで再生能力すげーな。

 

「ならば……もう一つの切り札をくらえ。

 全エネルギーを放ち、貴様もろとも星の表面を消し飛ばしてやろう」

「!」

 

 また雷みたいなのがその辺に落ちまくる。

 俺を月にぶっ飛ばす前に俺にぶつけたのと同じようなもんだけど、あの時とはケタが明らかに違う。

 

 ……それでも、服はともかく俺は多分平気だ。

 喰らったって、平気だ。

 だけど、この攻撃は消し飛ばさないといけない。

 

 星の表面を消し飛ばすと、こいつは言った。

 

 この下には、この星には、あいつがいるんだよ。

 

 エヒメが、待ってるんだよ!

 

 

 

 

 

 それだけは、させない。

 

 

 

 

 

 

「崩星咆哮砲!!」

 

「……だったらこっちも、切り札を使うぜ。

 必殺“マジシリーズ”」

 

 船を蒸発させながら飛んでくるでかい光の玉に向かって、俺は拳を振った。

 

 マジ殴りを、放った。

 

 * * *

 

「俺は……敗れたのか……」

 

 こいつ自身が放った光球があったと言え、マジ殴りを正面から受けて死体が残るどころか、上半身だけとはいえ原型を留めてまだ生きてる奴は、正真正銘初めてだ。

 

「まだ意識あんのか。やっぱ強ぇーよ、お前」

 

 だから、俺の言葉は本心だった。

 ……けれど、やっぱりこいつは強い。

 対等な勝負だったと言いながら、すぐに自分で否定した。

 

「嘘だな。

 お前には、余裕があった」

 

 力量差を正確にこいつは理解していた。

 理解できるくらいに、こいつは強かった。

 

 なのに……

 

「まるで歯が立たなかった……。

 戦いにすら……なっていなかった……。

 ……ふふっ」

 

 ボロスは血らしきものを吐きだして、言う。

 負けたはずなのに晴々と、そして俺を憐れみながら。

 

「やはり、予言などアテにはならんな。

 お前は、強すぎた」

 

 ――知ってるわ。そんなこと。

 

 俺は、ボロスに背を向けて歩く。

 もうこいつを倒した。もう戦いは終わりだ。

 だから、俺は帰るんだ。

 

 あいつの元に――

 

「……折り紙でも、教えてもらえ」

「は?」

 

 もうさすがに死んだと思っていたら、まだボロスの奴は生きてた。

 それはまぁいいとして、何言ってんだお前は?

 

「……戦いで……満足を……得られぬようなら……他の事に目を……向けてみろ。

 弟子でも……取ればいい……別の何かを……始めてみてもいい……。

 戦いの……緊張感や……高揚は……得られぬだろうが……そもそも……戦いで……もう……得られぬように……なっているのだから……それは……もう……諦めろ」

 

 声はどんどん、弱々しくなる。

 けれどこいつは、相変わらず晴々として清々しく、俺を憐れんで言葉を続ける。

 俺に、何かを伝える。

 

「……まぁ……貴様なら……大丈夫だろう……がな……」

 

 自分の寿命を削ってまでして俺に忠告だかアドバイスだかよくわからんことを言ってたと思ったら、何故かいきなり勝手に断言するし。

「お前、マジで何が言いたい?」

 

 思わず思っていたことが我慢できずに声に出したら、ボロスはまた血を吐いた。

 さっきよりも弱々しく、もう咳こむ力もないのだろう。

 

 それでも、こいつは笑いやがった。

 楽し気に奴は笑って、言った。

 

「……貴様は……『無敵』では……ない。

 ……貴様には……どんな高みに……登りつめようとも……、あらゆるしがらみも……重さも捨てて……その高みまで……飛び立って……隣を寄り添う……『鳥』が……いるだろう……が……」

 

 言ってる意味が、まったくわからなかった。

 わからなかった。

 なのに、連想した。

 

 俺に寄り添う「鳥」と言われた瞬間、頭に浮かんだのはただ一人。

 

 妹が、浮かんだ。

 

「ボロス、お前は何が言いたいんだ?」

 

 俺の問いに、奴は答えない。

 もう俺の声も聞こえてないのか、奴はただ弱々しく、なのにこっちがうらやましくなりそうなぐらい楽しそうに笑いながら、呟いた。

 

「そう……だろう? ………………」

 

 最期の言葉は、声になっておらず聞こえなかった。

 聞こえなかったのに、それが誰かの名前であることだけは、わかった。

 

「……それが、お前の『鳥』か?」

 

 俺の問いに答える奴は、もう誰もいなかった。

 

 * * *

 

 俺とボロスでぶっ壊しまくった事と宇宙船が落ちたことで方向感覚すらわからなくなって、もう俺はどこにどう出ればいいのかわからずやたらと迷った。

 だってとにかく真っ直ぐに進もうと思って壁を壊して進みまくったら、いつの間にか地面掘ってたし。

 

 でも何とか、そこから引き返してやっと地上に出れた。

 

「お、出れた」

 

 出た先には、何かS級の集まりで見たパンツいっちょの黒い奴と、クソ生意気なタツマキとかいうガキがいた。

こいつらがいるってことは、エヒメとジェノスも近くにいるのか? って思って辺りを見渡したら、……うん、二人ともいた。

 

 いたけどなんか、ジェノスが座り込むエヒメを抱きしめてた。

 ……エヒメ、兄ちゃんはまだ帰らない方がいいか?

 

「! お兄ちゃん!!」

「!? せ、先生!?」

 

 エヒメの方が俺に気付き、それでジェノスが慌ててエヒメを離した。

 ジェノスの腕から解放されたエヒメは、ジェノスに抱きしめられてたところを俺に見られても、まったく恥ずかしいと思っていないっぽい。

 ……何ていうか、マジで鈍い妹ですまんなジェノス。でもどういう状況だったんだ?

 

 んなことを思っていたらジェノスの前からエヒメが消えて、そして目の前に現れる。

 俺のすぐ前じゃなくて、俺の身長より少し高い所にあいつはわざわざ現れて、そこからダイブして俺の首に抱き着いた。

 

「おかえり! お兄ちゃん! お疲れさま!!」

 

 抱き着かれてとっさに後ろに転びそうになったのを踏ん張って、堪える。

 堪えながら、思い出す。

 

「貴様にはどんな高みに登りつめようとも、あらゆるしがらみも、重さも捨てて、その高みまで飛び立って、隣を寄り添う『鳥』がいるだろうが」

 

 飛びついてきたエヒメを、俺は抱きかかえる。

 

 ……捨てなくていい。お前は、お前が抱えておきたいもの、大切に持っておきたいものをずっと持って、ここで生きろ。

 お前が来れない場所なんかには、行かない。

 お前が全てを捨てなくちゃ、一緒にはいられない所になんか俺は行かないから。

 

 お前の重さで、俺をここに留めておいてくれ。

 

「おう、ただいま」

 






ボロスの視点や心境は、絶対に書かないと決めてましたので、皆様のご想像にお任せします。

次回からは、時間を少し巻き戻して、サイタマが船から出てくるまでのエヒメ達の話がしばらく続きます。

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