私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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破られたのか、守れなかったのか

 タツマキさんのおかげで、何故か私とジェノスさんが付き合ってるかどうかで変に盛り上がった話題が、何とか収まった。

 あぁもう、恥ずかしいし、私なんかが恋人だと間違えられたジェノスさんに悪いしで、顔が熱い。

 お兄ちゃんもお茶を欲しがってないで、何とか言ってくれたらよかったのに。

 

 そんな逆恨みをしつつ席に座ったら、今回の集会の説明役を任されたシッチという人が、ついさっきまでの茶番から気を取り直そうとしているのか、一度ゴホンとせき込んだ。

 何か本当にごめんなさい!!

 

 もう本当に申し訳ないわ恥ずかしいわで俯きながら、シッチさんから聞かされた今回のS級ヒーローに出された指令は、「地球を守ること」。

 シッチさんは今回ばかりはこの超人集団であるS級ヒーローも命を落とすかもしれない、逃げるのも勇気だから辞退してもいいが、今から話す内容を聞いてからなら混乱を避けるために軟禁させてもらうと前置きして、ヒーローたちに覚悟を尋ねる。

 

 ……あれ? これ、どう考えても私が聞いていい話じゃなくない?

 シッチさん、私やお兄ちゃんを追い出さなくていいの? もしかして私はS級にスカウトされた人材だからいいやって思ってる? 私、戦闘能力はゼロですよ?

 

 辞退する以前にそのことを伝えた方がいいのかな? と悩んでいたら、バッドさんがかなり苛立った様子で話を進めちゃった。

 あぁ、そういえば今日はゼンコちゃんのピアノの発表会だった。

 私も「来てほしい」って言われてたんだけど、バングさんとの先約があるからまた後日に聴かせてほしいと言って、断っちゃったんだ。

 

 ……バッドさんが行けなくなっちゃったんなら、私が行ってあげたらよかった。

 今度会う時は、行けなかったお詫びと、発表会を頑張ったご褒美ってことで、何かあげようかな。

 

 そんな地球の危機とは程遠いことを考えていたけど、シッチさんの「シババワ様が死んだ」という発言で、場の空気が一変する。

 一瞬にして空気が張りつめ、それが弾けるようにS級の一人が「殺されたのか?」と叫んだ。ごめんなさい、たぶん席の順的に8位の人、名前なんでしたっけ?

 

 そしてついでにいうと、……シババワって誰?

 交わされる会話でその人が重要人物であることはわかるけど、どういう意味で重要なのかがまったくわからない。

 でもヒーローにとってはその人を知っていることは当然らしく、説明なんかなく知っていることを前提で会話が進む。

 

 ジェノスさんに訊けば答えてくれると思うけど、ここまで知ってて当たり前の空気で尋ねる勇気は私にはなく、ただ視線を彷徨わせることしか出来なかった。

 ……そうやって彷徨わせていたら、バッドさんが同じように視線を彷徨わせていることにも気づいてしまった。

 良かった、他にも知らない人がいた。

 

 っていうか、その知らない人筆頭のお兄ちゃんがプリズナーさんに訊いた。

 本当に空気読まないし、恥ずかしいって感情を知らないねお兄ちゃん!

 でも今回は助かった! ありがとう!!

 

 プリズナーさんのシババワさんが予言者であるという説明に、シッチさんがその予言の的中率が100%であることを補足した後、今回の指令である「地球を守れ」を意味する大予言文を公開する。

 

 それは、「地球がヤバい!!!」のただ一文。

 

 ……正直な感想を言わせてもらえば、「なにこれ?」だ。

 死の間際で余裕がなかったとはいえ、語彙力がなくてヤバいしか言えない若者じゃないんだからとか思った。

 ゼンコちゃんと同い年くらいの男の子も同じように思ったらしく、「塾があるから帰っていい?」と言い出し、シッチさんに「天才少年と聞いていたが、所詮お子様」と言われていた。

 

 天才なのに塾に行くのかと思っていたけど、後で聞いたら彼は教える側だった。間違いなく、天才少年でした。

 

 ただ、その天才少年だけではなく、他の人もそこまで危険視するほどか? という視線を向けられて、シッチさんは自分の説明不足に気付いたのか、シババワさんの予言について、さらに補足を加える。

 

 彼女の予言は、100%当たり、今までにいくつもの大災害を予言し、予言しても防ぎきれずに多くの命が奪われたものもあった。

 そんな大災害でも、シババワは一度も「ヤバい」という単語で表現はしなかった。

 

 シッチさんは机に手を叩き付けて、やや狂乱しながら叫ぶ。

「大地震や鬼や竜レベルの怪人が襲来するよりも『ヤバい』事が起きようとしているのだ!

 それも、この半年以内に!!」

 

 ……予言の重大さを理解しても、私には現実味がなかった。

 私はお兄ちゃんが「いってきます」と言ってくれないと不安で仕方がなくなるくせに、同時に何が起こってもお兄ちゃんが何とかしてくれると思ってる。

 

 だから、私が不安になったのは、予言じゃない。

 その予言が半年以内のことなら、明日のことかもしれないしまさに今日、起こるかもしれないと、誰もが目をそらしていたい可能性を口にした時。

 

 お兄ちゃんが珍しく楽しそうに笑って、「…………来て良かった」と言った瞬間、私は大きな不安に襲われた。

 

「? エヒメさん?」

 ジェノスさんが私の様子の変化に鋭く察して声をかけてくれたけど、私は何も答えられなかった。

 答える前に、ヒーロー協会本部が激しく揺れたから。

 

 * * *

 

 地震かと一瞬思ったけど、外から聞こえる爆発音らしき音と揺れが連動していて、それでこの建物が攻撃されていると理解する。

 断続的に前後左右から攻撃を仕掛けられて、シッチさんがA市の状況確認をしようとした瞬間、今度は上空から さっきまで仕掛けられていた攻撃は遊びだったとしか思えないほどの衝撃が落とされ、私やタツマキさん、天才少年君だけじゃなくて、重そうなプリズナーさんやジェノスさんまで一瞬浮かぶぐらいに、建物が縦に揺れた。

 

 その揺れで、攻撃はいったん収まって私は胸を撫で下ろしたけど、シッチさんの絶叫でそれは早計かつ不謹慎だったと知る。

「まさか、今すぐ予言の時が来るなんて、誰が予想できる!?

 一瞬で……A市が、この町が破壊されたらしい!」

 

 一瞬で都市一つを壊滅なんて初めてだけど、ここまでの規模の壊滅は確かに初めてだけど、それでもこのご時世、壊滅した都市はいくつもある。

 都市壊滅という災害は、自分や自分に関係のある人や物に被害が及ばなければ、珍しいけどまぁあるよねで済ます程度の出来事に過ぎないものになっていた。

 

 私もそうだった。

 特に世界の狭い私は、自分の目の前で、自分の手の届く範囲で私が行動すれば助けられたのに、助けなかったのならともかく、それ以外なら身勝手で残酷だけど、「ふーん」で終わる出来事だ。

 だから、このA市壊滅は今まさにその中心にいるのだから、恐怖はあるけどそれ以外に思うことなんてお兄ちゃんとジェノスさんの心配くらいのはずだったのに、私が初めに思ったことは「嘘だ」だった。

 

 信じたくなかった。

 A市が壊滅したなんて。たくさんの人が死んだなんて。あまりに大きな犠牲が出たなんて、信じたくなかった。

 A市に思い入れも、大切な人もいないのに、私は信じたくなかった。

 

「先生! 外に行き……」

 何者かの攻撃で建物が揺れている間ずっと、私を庇ってくれていたジェノスさんがお兄ちゃんに声をかけるけど、お兄ちゃんはとっくの昔に天井を突き破って外に出たらしい。

 その天井の穴を全員が唖然としながら見上げている中、私はジェノスさんに謝って跳んだ。

 

「ごめんなさい、ジェノスさん! 先に行きます!!」

「エヒメさん!?」

 

 ジェノスさんの言葉を最後まで聞かず、私はお兄ちゃんの元に、協会本部の屋上まで跳んだ。

 

 * * *

 

 ……崩壊。壊滅。全滅。地獄絵図。

 そんな言葉でしか表現できない地上を嘲笑うように、都市全体を覆い尽くしかねないほど巨大な船が、浮かんでいた。

 

「ん? エヒメだけか?」

 ジェノスさんも連れてくると思っていたのか、船を眺めていたお兄ちゃんが少し不思議そうに言う。

 

「……うん。とりあえず、私だけ」

「……大丈夫だっつーの。約束はもう破らねーよ」

 私の答えに、お兄ちゃんは苦笑して返す。

 そして赤い手袋を脱いで、素手で私の頭を撫でて言ってくれた。

 

「んじゃ、いってくるわ。

 だから、お前は待ってろよ」

 

 私に安心させるように柔らかく、昔から何一つ変わらない笑顔で言ってくれた。

 約束を、守ってくれた。

 

 なのに私は、飛び立とうとしたお兄ちゃんのマントの裾をとっさに掴んだ。

「? エヒメ?」

 

 約束を果たしても、「いってきます」と言ってくれても、こうやって縋ったのは初めてで、お兄ちゃんは困惑し、正直やらかしてる私も困惑している。

 

「……お兄ちゃん」

 だから、すぐにマントから手を離して、伝える。

 

「今日の晩御飯は、白菜と豚バラのお鍋でいい?」

 お兄ちゃんの好物を作ると、伝えた。

 お兄ちゃんは一度ポカンとした顔になってから、嬉しそうに笑ってくれた。

 

「おう! そりゃ、腹をすかして帰らねーとな!!」

 

 必ず帰るという約束を再び交わして、お兄ちゃんは巨大な船に向かって、飛び立った。

 

 それを、私はただ見送る。

 ジェノスさんたちを迎えに行かないで、自力で皆がお兄ちゃんのあけた穴から這い出てくるまで、ジェノスさんに話しかけるまでただずっと、そこに佇むしか出来なかった。

 

 ……約束をしてくれたのに、私の胸の内は何故だか酷く痛んでいたから。

 あの隕石の時のように、泣いて怒って叫びたい気持ちでいっぱいだったから。

 誰にぶつけたらいいかわからない怒りと悲しみが、胸の中で渦巻いた。

 

 

 

 

 

 約束を、破られたような気がして、私は泣き出したかった。

 






ちょっと仕事が立て込んできたので、ボロス編終了と同時に一日二話更新を一日一話更新に変更します。
休日に書き溜めたら、たぶん毎日更新は出来ると思いますが、たまに更新できない日はあるかもしれないのはご了承ください。

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