最果ての孤独
気がついたら、知らない所にいた。
イメージとしては、ゲームのラスボスの間?
やたらと広くて一本一本が某ロボットサイズくらいありそうな柱が何本も立ち、中心には建物3階分くらい高さのある巨大な台座。その奥には、強く光り輝くやっぱり巨大な球体が浮かんでた。
うん、やっぱりどう考えてもこれはラスボスの間です。
そんな広くて重々しい場所に、場違い感が半端ないパジャマ姿で私は、ぼんやりと立っていた。
一瞬、テレポートの暴走で知らない所に無意識に跳んだのかと思ったけど、その焦りを吹き飛ばす者が現れる。
真っ黒い、タコのような生き物。
私の身の丈3倍近くあるその生き物を見て、私はさすがにこれは即座にテレポートで逃げようと思った。武器もない、味方もいない、そもそもここがどこかも状況もわかっていないここで「逃げない」を選択するのは、ただの自殺行為でしかないわ。
でも、その怪人は確かにまっすぐ私の方を見たのに、視線は私を素通りして、私を無視して横を通り過ぎる。
その際、怪人の足の一本が確かに私の身体に触れたはずなのに、怪人の視線と同じくその足は私の身体を素通りして、ようやく気付く。
あ、これ夢だって。
稀に、こういう内容はともかく感覚がリアルな夢を見る。
昔、テレポートがまだ使えない頃は毎日のように見ていた気がする。
知らない場所にいつの間にか自分がいて、そして幽霊のように誰にも見えない触れられないで、ただ勝手気ままにその辺を歩き回る。そういう夢。
テレポートが使えるようになって、お兄ちゃんと暮らし始めてから激減したから、あれもストレスによる逃避の一種だったんだろうな。
最近、こういう夢を見るのはストレスが溜まってるというより、疲れてる時だけ。
たぶん、ようやく退院して家に帰って来たけど、入院生活で家事の勘が鈍ってたから疲れちゃったんだろう。
ジェノスさんが色々気を遣って、何かと手伝おうとしてくれたんだけど、気持ちはありがたいけどこっちも気を遣いすぎたから、それも原因かもね。
きっとそういう理由で久しぶりにこんな夢を見るんだと納得して、ならいつも通り探検でもしようと思った。
それにしても……いつもなら知らない所でも町中だったり山の中だったりと、普通に地球上に存在しているであろう場所ばっかりだったのに、こんなSFなのかファンタジーなのかよくわからない所は初めてだなー。
初っ端で、怪人に会ったのも。
そんなことを思いながら、私はさっき素通りした怪人に目を向けたら、実はもう一人いた。
タコ型怪人よりはるかに人間らしい外見で、タコと比べたら小さいけどそれでも2mは超えてるかな?
重々しい鎧で身を固め、ツンツンにとがった髪と、ファンタジー系RPGゲームの主人公っぽい。
けれどよく見てみたら、肌は紫色、目は顔の中心に巨大なのが一つだけぎょろりなので、後姿は主人公だけど、前を向けばラスボスですね、どう見ても。
そんな完全に人外な外見だけど、私が今まで見た人型の怪人、もしくは人が怪人化したものの中で一番、カッコいいと思った。
顔面格差ってすごいね。単眼でもイケメンって存在するんだ。
そんな実にどうでもいいことを考えながら、二人……でカウントはあってるのかな? まぁいいや。その怪人二人は、侵入者がどうのこうのという会話を少ししてから、タコの方はこのラスボスの間から出て行った。
残されたのは、このラスボスの間によくお似合いの、単眼イケメン怪人さん。
会話の感じからして、ラスボスかどうかまではわからないけど、少なくともタコ怪人よりは上の立場らしい。
っていうか、今日の夢は本当に珍しいパターン。怪人のアジト設定なのかなここは。
この珍しいパターンはぜひとも堪能しなくちゃと思い、私は別の場所にも行ってみようと、ラスボスさんに背を向けて、タコ怪人が出て行った、これまた巨大な扉に向かった。
と同時に、何か光球が飛んで来て目の前で炸裂する。
っていうか、この光球、間違いなく私をすり抜けて爆発したよ。
何これいきなりどういう事!?
見えてないんだからただの事故、偶然、っていうか夢なんだからそもそも普通に喰らっても大丈夫だと思うけど、さすがにびっくりしたので思わず振り返ってラスボスさんを睨む。
根拠はないけど、あの光球はラスボスさんがやらかしたことだと思い込んでいた。
まぁもちろん、ラスボスさんは見えない私の視線なんかすり抜けて、光球ぶっ放した理由か何かを処理するだろうと思って、疑ってもいなかった。
たった一つの大きな目が、きょとんという擬音が似合いそうな感じでバッチリこちらの目と合うまで。
単眼の私が勝手にラスボス認定してる怪人は、腕を組んだまままだ不思議そうに眼を瞬いて、そして言う。
「何者だ、貴様」
……どれもこれも初めてのパターンだけど、この夢で私が認識されるのは本当に初めてだなぁと思いながら、私は答える。
「……迷子?」
おかしいのはわかり切ってる答えだけど、その答えは何故かラスボスさんのツボにはまったらしく、彼は少し表情を綻ばせて噴き出した。
* * *
「地球は精神体だけを分離させて、宇宙まで遊泳する技術でも持っているのか?」
「いえ、これ私自身がどうしてこうなってるかわかってませんから。っていうか、今も変な夢だなーって思ってますから」
何故か私は、ラスボス改め暗黒盗賊団ダークマター頭目であり、全宇宙の覇者ボロスさんと会話してる。
……どうしてこうなった?
私の「迷子?」発言の直後、いきなり室内でボロスさんが攻撃したことに驚いたのか、さっきまで会話してたタコとか、その他いろいろ多種多様な怪人がやってきて「何事ですか、ボロス様!?」とか言って焦ってた。この時、私はこの人の名前を知った。
で、かなりの人数が何事かと心配して駆けつけたのだけど、やっぱりボロスさん以外に私を見える人はいなくて、思わず一回、ボロスさんと私は顔を見合わせた。
自分以外には見えないし、自分を含めて誰も私を触れないし、私も怪人たちや壁をすり抜けるので、説明のしようもなく、彼自身も困惑してたんだろうなぁ。
とりあえず自分の部下たちに「何でもない」と言って下がらせて再び彼は、私に「貴様はどうやってここまでやって来た?」と訊いた。
嘘をつく意味なんてあるのかないのかさえもわからない状況だったので、私は真っ正直に「気がついたらここにいて、自分がたぶん一番、現状を理解してない。っていうか、あなた誰ですか?」って言っちゃった。
私のそのいっそ開き直った対応が新鮮だったのか、彼は「迷子?」発言と同じように少し吹き出して、自分の事、ここは宇宙船の中であること、気がついたら私がぼーっとここに突っ立っていて、初めは侵入者かと思ったことなどを話し、今に至る。
あのタコ怪人との話は、私の事だったのか。
……うん。わかってる。わかってるよ。
そろそろこれは夢じゃなくて、私、幽体離脱かなんかでマジで宇宙まで来ちゃってるんじゃないかってことくらいわかってるよ。
でも夢ってことにしておいて。魂が宇宙までやってきて、自分の体は大丈夫なのかとか、ちゃんと体に戻れるのかを考えたら不安で怖くて仕方ないから、これは夢だってことにしてお願い!
そうやって自分自身に拝み倒して、夢だと言い聞かせて私はボロスさんと語る。何か話してないと、やってられない。
「ところで、ボロスさんは地球に向かってるようですけど、何のご予定で?
侵略なら、正直ご遠慮してほしいんですが」
「貴様は気持ちの良いくらいに真っ正直に言うな。
遠慮はしてやらんが、安心しろ。目的は侵略でも略奪でもない」
台座に腰かけて私を見下ろし、おかしげに喉を鳴らして笑いながらボロスさんは答える。
いやいや、私はずいぶん遠慮して話してますよ。遠慮なしなら、迷惑だから帰れって言ってますよ。
「目的は、戦いだ。
地球に、全宇宙の覇者となった俺と対等に戦い、楽しませる者がいると予言された。そいつと戦うことが目的だ」
「それもご遠慮お願いします」
実にいい笑顔で言いやがった言葉に、喉まで出かかった「迷惑だから帰れ」を何とか穏便に言い繕った。
侵略や略奪の方が、交渉の余地があってマシなんですけどボロスさん。
「それは出来ん。これは、20年かけた悲願だ」
「20年?」
私の要望はもちろん、あっさり却下された。元々、私の一言で諦めるとは思ってなかったけど、思った以上に長い年月をかけてた。そりゃ、諦められないわ。
……でも、私は思う。
そして、思ったままに訊く。
きっとこれを夢だと思っていなかったら、さっきの光球がすり抜けて、私に攻撃は効かないってことがわかってなかったら、怖気づいて言えなかったことを訊いてみた。
「それ、勝ったらどうするんですか?」
私の問いに、またボロスさんはきょとんとした目になって、こちらを見据える。
なんとなく、この目は幼い子供みたいで可愛いなと場違いなことを感じた。
そんなことを思いながら、私はボロスさんを見上げて質問を重ねる。
「勝ったら、次は何処に行くかの当てはあるんですか?」
今度の質問では、わずかだけど顔を歪めた。
その反応で、わかる。
「ないんですね」
この人の期待を、飢餓感を、不安を、虚しさを、私は知っている。
一番近くで、同じものを見てきたから、知っている。
顔の歪みが、不快感が大きくなっているのはわかってる。
もしかしたら、攻撃が効かないことを承知でもう一回、さっきよりもはるかに強力な攻撃をされるかもしれない。
そしてこれが本当に幽体離脱なら、もしかしたら何らかの影響があるかもしれない。
そんな予想や不安が頭によぎるけど、まだどこか夢だと思ってる私はそれらが全部他人事のようにしか感じられなかった。
だから、言いたいことをそのまま言った。
「最強はなれたら嬉しいですけど、無敵って寂しいですよね」
ただ思ったこと、お兄ちゃんを見てていつも感じること、その埋めてあげたい孤独に同意した瞬間、ボロスさんがまた、きょとんとした顔になった。
自分の攻撃が私には効かなかった時、私が振り返って目が会った時と同じ顔で、その時以上に不思議そうに私を見ていた。
その理由は、私にはわからなかった