私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ソニック視点です。


薄闇に1割の慈しみ

 弱いくせに、俺が知る中で誰よりも何よりも強い光を放つ目で、こいつは言う。

 自分を守れなかった、この包帯だらけの身体になった原因である役立たずを、「ヒーロー」だと。

 

 同時に、この女は言った。

「そして、あなたもですよ。ソニックさん」

 穏やかに、嬉しそうに笑いながら。

 

「はぁ?」

 この女の言葉は気持ちの良いくらいにすんなり納得できるものと、何一つわからないものと落差が激しすぎる。その中でも、これは特に意味が分からん。

 

「あなたも、私にとってはヒーローだと言ってるんですよ」

 エヒメは相変わらずへらっとした笑顔を浮かべたまま補足を加えるが、補足を加えられても意味わからんわ。

 

「確かに、俺はあの魚類と戦ったが、お前の為なんかではない」

 そう。俺が奴と戦ったのは、奴があまりにも身の程知らずだったからだ。

 遊びの片手間のつもりが、雨のせいで強化され、業腹だが本来の力を取り戻した奴相手に、丸腰の俺では敗色が強かったから、装備を取りに戻った。

 それも最強たる俺があんな奴に負けるなどあり得ない、俺が最強である証明の為に装備を整え、打ち勝つつもりだった。

 

 全ては俺自身の為だ。

 お前なんかの為じゃない。

 そう言っても、この女は笑う。

 あまりにも無垢に、無邪気に、無防備に笑って俺に言う。

 

「知ってますよ、それくらい。

 でも、あなたは深海王と戦ってくれた。たとえ数分でも、片手間の遊び、暇つぶしでも、その数分間、奴を足止めしてくれた。

 その時間が、ジェノスさんがやってくるまで、無免ライダーさんがやってくるまで、そしてお兄ちゃんが来るまでの、大事な時間になった。

 あなたがいなければこの程度の怪我どころか、私はジェノスさんが来る前に深海王に殺されていました。

 

 ……ソニックさんの数分間の遊びが、私はもちろん、たくさんの人を守り、救う大事な要因になりました。

 だから、ありがとうございます、ソニックさん。

 たくさんの人達を、ジェノスさんや無免ライダーさん達を、私を助けてくれてありがとうございます」

 

 ……この女は、本当にバカだ。

 勝てなかった、決着を着けられなかった俺に、あの屈辱的な撤退に、消化不良な結末に、意味を、価値を見出すのか?

 

 他人なんかどうでもいいくせに、こいつは自分だけではなく、他人も助かったことに対してこんなふうに笑って礼を伝えるのか?

 何もしなかったからこそお前と違って怪我もせずに助かった愚劣なクズどもを、正義ごっこの自己満足に酔うヒーローなんて存在が助かったことに、どうしてこんなにも喜びを感じられるんだ?

 

 ……あぁ。どうしてこいつは、知れば知るほどにむしろわからなくなっていくんだ。

 こいつがいっそ他人に奉仕することが至上の幸福である、聖人という名のドMならまだ納得もできるが、俺はこいつが他人をどう思っているか知っている。

 

「エヒメ、貴様にとって『他人』とは何だ?」

 俺の問いに、もう何度も見た訳が分からないと言わんばかりのキョトン顔で、それでもこの女はしれっと答える。

「どうでもいい人ですけど?」

 

 そうだ。この女は、聖人かエゴイストかと分けるのが、そもそもの間違いだ。

 こいつは、エゴイストな聖人だ。

 

 それも自分の行いが正しいと疑わず、他人にひたすら自分ルールを押し付ける独善者ではなく、精神性は性善説を体現しているくせに、性格そのものは人間らしく身勝手で自分本位で、「他人の為」と取り繕わず「自分の為」と言い切って己を削る。

 そして実際、それは他人に罪悪感を与えない為ではなく、むしろ自分自身が罪悪感を背負わぬ為にだ。

 

 ……何というかこの女は、平凡に見えて得もしないのに稀有なものを持って生まれ落ちたな。

 聖人の本能にごく普通、一般的な人間の理性が乗っかってるとでもいうべきか。

 

 ……こういう、本物の性善説の体現者を、俺は別に否定しない。

 世間では聖人君子と言われていたのが、裏ではド外道、死ぬ間際の命乞いはクソにも劣る輩など飽きるほど見てきたが、逆にどれだけ凄惨な拷問を受けても世間通りの聖人君子を保つ奴も、数多の恨みを買いながら、家族など特定の人物のみとはいえ、自分を犠牲にしてでも守り抜く人間も、前者と比べたら圧倒的に少ないが、それでも見てきた。

 

 そういう輩は、目が痛くなるほどの光を放っているように俺は見える。

 あの忌々しいサイタマも、同種だ。

 特にあいつは、裸眼で太陽を見ているように思える。頭の所為か?

 

 そういう輩が、俺は大っ嫌いだ。

 自分に酔う偽善者、正義ごっこに耽溺する独善者も胸糞が悪くなる存在だが、そいつらは一皮めくれば、俺とそう変わらない闇の住人だ。

 そのことに気付かず、気付いていないふりをして、まるで電飾を着飾って自分自身で光を放ってると思いこんでいる道化は滑稽で、その破滅は見ていてそれなりに面白いからまだ許容できる。

 

 しかし本物の聖人という奴は、その圧倒的な光で俺のような闇の住人の居場所を否定し、奪う。

 闇で生きることを否定し、影として存在することを憐れみ、俺のしてきたこと、成し遂げたことを醜いと言って、光で塗り潰してなかったことにする。

 全くもって、忌々しい。

 

「……ソニックさん?」

 エヒメが、不思議そうな顔で俺を見上げる。

 自分勝手で他人なんかどうでもいい癖に、その他人の安否を気にして、無事なら微笑む、穢れない女。

 

「お前は、薄闇のような女だな」

「はい?」

 俺の言葉で更にこいつの瞳は疑問で染まり、頭上に疑問符が大量に浮かんでそうな顔になる。

 

 この女も、サイタマと同じく自力で光を放つ女だ。

 ただ、その光はあまりに小さく、弱々しい。

 サイタマが太陽なら、こいつは蝋燭どころか線香程度だ。

 

 間違いなく聖人のくせに、エゴが強いから闇を消し去るほどの光を放てない。せいぜい、己の手すら見えないほどの闇を薄闇にするくらいだ。

 だから、光の世界にいれば、この女の光は他の光に塗りつぶされて存在していないことになるか、その程度の小さな光は「本物」と認められず、「偽善」と言われて虐げられる。

 逆に闇に身を置けば、己の醜さから目をそらしていたい、暗闇に隠れていたい奴に、もしくは自分で輝くことなどできないくせに光側の住人だと思い込みたい奴らに、電飾代わりに目をつけられる。

 

 ……結局、この女の光はどこにいても奪われるか消されるしかない。

 今ここに存在していることが、奇跡に近い。

 

 その「奇跡」から、火傷に覆われた腕から俺は手を離し、代わりに一枚の紙を弾いて渡す。

「今日、ここに来た理由はこれだ。登録してこっちにも連絡しろ」

「え?」

 渡した紙、俺の連絡先を記した紙と俺を交互に見て、エヒメはますます困惑する。

 こいつには毎回散々、意味わからん言動で振り回されるから、こうやって困惑する様を見るのはいつも少し楽しい。

 

「まだ、サイタマを倒すための奥義は完成していない。

 それが完成しだい、俺が連絡するからお前はサイタマを俺の元まで連れて来い。それが、お前に貸した恩の代金だ」

 

 自分の兄を殺すと宣言しているのに、やはりこいつは何がそんなに嬉しいのか、へらりと笑って、俺の連絡先を大事そうに胸に抱いて言う。

「わかりました。しがみついて、連れて行きますね」

 

 そういえば、俺がサイタマを殺そうとしてもこいつが止めない理由を結局聞いてないな。

 まぁ、いい。もう少ししたら、見回りが来る時間帯だ。面倒事が起こる前に立ち去ろうと、俺が窓を開けた時、エヒメが俺に言う。

 

「ソニックさん、来てくれてありがとうございます」

 

 見舞いではないと言ったはずなのに、こいつはそう言って笑う。

 月明りに照らされた薄闇の病室で、薄闇のような女は柔らかく、闇を否定せず、闇を闇のままに受け入れて、仄かに照らして笑っていた。

 

 光のくせに、闇に価値を見出して、笑った。

 

 ……こいつの光は、どこでも長くはもたない。

 何処にいても消されるか、奪われるかの結末しかない。

 それほど儚くて弱々しい、小さな光に過ぎない。

 

 その光がいつか消されるのならば、奪われるのなら、その役目は俺が良い。

 忌まわしい太陽のような聖人や、電飾で着飾った偽善者、身を隠していたいだけの臆病者に消されて奪われるくらいなら、俺の手で完全に、完膚なきまでに消してやりたいとあの日、深海王と対峙した時に思った。

 

 あんな半端に誰かに奪われて、手垢がつけられるくらいなら、新雪を自分勝手に遊び尽くすように、跡形もなく汚し尽くして壊し尽くして、原型など残さずにその光を消し去ってしまいたいと、思った。

 気に入った女だからこそ、他の奴に手を出されたくない。俺が、俺だけの手で、完全にこの女の光を奪い尽くして消し去って、完全な闇にしてしまいたいと思っていた。

 

 …………だからこれは、ただの気の迷い。

 

 もしも、と思った。

 あり得ないとは分かってる。今が奇跡だということも。

 けれどもしも、この奇跡がもっと続くのなら。

 この小さな光を、もっと保つことが出来るのなら。

 

 ……守ることで、闇を闇のまま受け入れる光がずっとここにあるのなら。

 

 この薄闇が、ずっとあり続けるのなら。

 

 その役割を担うこともやぶさかではない、なんて考えは、気の迷いだ。

 

 だから俺は、その迷いを振り切るために窓から降りた。

 ……たった5階程度では、まったく高さが足りずにその迷いはしがみついたままだったが、その迷いを無視して俺は駆ける。

 

 この音速でも振り払えない迷いに、別の名前なんて俺はつけない。

 これは、迷いに過ぎないんだ。

 


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