ショールを肩に引っかけて、病院の売店まで飲み物を買いに行った。
飲み物を選びながら、今日は何をしようか考える。
ジェノスさんはメンテナンスで来れないと言っていたし、お兄ちゃんは一回くらい顔出しに来るだろうけど、それがいつかはわからない。
バングさんや無免ライダーさんが来てくれたら嬉しいけど、他の人は正直来ないで欲しい。スティンガーさんとか、イナズマックスさんとか。
私はただテレポートで運んだだけなんだから、助けてくれたってやたらと恩を感じられるのは息苦しいし、A級上位ヒーローってアイドル的な側面も持つから、私からしたら自己主張が激しくて苦手。
っていうか、天使って呼ぶのやめてくれないかな。特にイナズマックスさんを助けた天使は私じゃなくて、ぷりぷりプリズナーという牢獄在住の天使さんです。
……排他的な自分を変えるいいチャンスと思えればいいんだけど、あの二人は本当に苦手。
そうやって関わりたくないって思ってるくせに、誰も訪れない病室に一人きりは寂しい。
わがままで子供な自分自身に嫌気がさしながら、スポーツドリンクを買って病室に戻る。
誰も来ないのなら、またお兄ちゃんに突っ込まれるだろうけど折り鶴職人になってよう。もういっそ、折り鶴アート作ってやろうかな。
「あの、おねーさん! 落としましたよ」
「え?」
そんな壮大なんだかしょうもないのかよくわかんないことを考えながら、病院の廊下を歩いていたら声をかけられた。
振り返った先には、10歳前後の女の子。
着ているものはパジャマじゃなくて普通の可愛らしいワンピースだし、顔色もいいので入院患者じゃなくて、お見舞いか予防接種とかで来た子かな?
髪を短く切りそろえられていて可愛い子だけど、……何ていうか目力が凄い。
ぱっちりと大きな目と言えば聞こえがいいけど、瞳があまり大きくなくて三白眼になってるから、ちょっと怒ってるように見える。
可愛い子であることは間違いないんだけどね。
あとなんか、どっかで見覚えがあるような気がした。……どこでだろ?
恥ずかしながら引きこもり同然な私は、こんな小さな子と知り合ううきっかけなんてないはずなんだけどなぁ。
住んでるところもゴーストタウンだから、近所の子っていうのもあり得ないし。
いくら考えても思い出せないし、女の子自身は完全に初対面という対応だから私は気のせいだと結論付けて、その子が差し出す掌を見る。
もみじのようなその掌には、ちょこんと連鶴が乗っていた。
持ってきた覚えはないから、たぶん私のショールかどこかに引っかかってたのが廊下に落ちて、それにこの子が気付いてくれたみたい。
私はその子に視線を合わせるように体勢を低くして、鶴を受け取る。
「拾ってくれたの? ありがとう」
その子の頭を一回撫でると、彼女は「どういたしまして!」と言いながら、頬を少し紅潮させて嬉しそうに、誇らしげに笑う。
素直で可愛らしいその様に、私も自然に口角が緩む。
何かお礼をしてあげたいけど、持ってるものはスポドリだけ。また売店に買いに行ったり、病室に戻ってお見舞いでもらったお菓子をあげるのは、遠慮するかな?
「……ねぇ、この鶴はおねーさんが折ったの?」
ついつい甘やかしたいと思っていた私に、女の子がちょっと遠慮がちに、上目遣いで尋ねる。
「えぇ。そうよ。ちょっと手を怪我しちゃったから、そのリハビリでいっぱい折ってるの」
「手を怪我してるのに、こんなの折れるの! こっちのちっさい鶴も!? 一枚の紙で!?
……すっごーい!」
似たような反応はもう病院の先生や看護師さん、ジェノスさんやバングさんとかいろんな人にされてきたけど、子供の純粋な称賛ってなんか気恥ずかしいな。
でも、何だろう。どの人からの称賛より、くすぐったいけど何だか嬉しい。
「……良かったらこれ、もらってくれる?」
「! いいの!?」
私は女の子が拾ってくれた連鶴を渡すと、その子は想像以上に嬉しそうに喜んでくれた。
良かった。なんかランナーズハイ的な感じでやたらと無意味に量産したものだけど、喜んでもらえて。
可愛くってなんだか新鮮なやり取りが楽しかったけど、これ以上この子を引き留めていたら親御さんが心配するだろうから、私はそろそろ話を切り上げて病室に戻ろうと思ったけど、女の子はまた遠慮がちな上目遣いで私に質問する。
「……おねーさんって、折り紙得意?」
「えーと、有名なのはだいたい折れるかな。鶴は特に好きだから、珍しいのも折れるよ」
私の答えに、女の子はもじもじしながら、恥ずかしそうに言う。
「おねーさん、私に折り紙教えてください」
ちょっと予想外な頼み事で私がポカンとしてしまったら、迷惑をかけたと思ったのか女の子が申し訳なさそうな顔になって、「迷惑ならいいんです! ごめんなさい!」と謝ったから、私は慌ててそれを否定。
「あ、違うの。ちょっとびっくりしちゃっただけ。
私も今日は暇で、私に付き合ってくれるならむしろすごく嬉しいから、気にしないで!」
私の答えに「本当!?」って、女の子は顔を輝かせる。やだこの子、本当に可愛い。目力の強さなんて気にならない。むしろそこが可愛い。
「でも、あなたの方はいいの? お父さんとお母さんは、心配しない?」
女の子の可愛さに萌えながら一番の懸念事項を尋ねてみたら、その子は唇を尖らせた。
「いいの! お兄ちゃんなんて怪我して入院したくせに、また任務だからって出て行っちゃうお兄ちゃんなんか、ちょっとくらい心配させてやればいいの!!」
入院するほどの怪我してるのに任務で出て行ったって、お兄さん何者!? と一瞬思ったけど、そういうことをやりそうな職業はすぐに浮かんだ。
浮かぶと同時に、ものすごくこの子に親近感が湧いた。
「あー、それは腹立つよね」
私は感じた親近感のままに、その子の頭を撫でて言う。
私が、誰かに言って欲しかった言葉をそのまんま。
「私と怪人倒すの、どっちが大事なのよ? って思うよね?」
私の言葉に、女の子は一瞬ポカンとした。
「ヒーローのお兄ちゃんを持つと、妹は苦労するよね?」
続けた私の言葉で、彼女も察して満面の笑みで頷いた。
どうやらこの子も私は自分と同じ、何があっても立ち止まらないで突き進むバカヒーローの妹であることに気付いてくれたみたい。
* * *
「わかってるのよ。お兄ちゃんが好きで私との約束を破ってるわけじゃないことも、お兄ちゃんがいかなくちゃ、たくさんの人が死んじゃうかもしれないことも」
「そうそう。でもだからって、いつまでも我慢してやってると思うなーって言いたいよね」
私はやたらと意気投合した女の子、ゼンコちゃんに折り紙を教えながら、互いに自分のお兄ちゃんに対する愚痴を言いまくった。
もうこの子、私と完全に不満とかが一致してる。何が言いたいか全部わかるし、この子自身もこちらが望んだ通りの相槌を返してくれる。
ちなみに、一応ゼンコちゃんを説得して、お兄さんの病室に私の病室と名前を書いてそこのおねーさんと友達になったから、そこにいるというメモを置いて来てもらった。
さすがに、下手したら誘拐犯扱いされるのは困るからね。
「何より腹立つのが、私との約束破って怪人を倒しに行くとき、私に謝るし悪いって思ってるのは本当だろうけど、ちょっとどんな怪人なのかって戦うことを楽しみにしてるのが嫌!!」
「ゼンコちゃん。もうそれは、お兄ちゃんの武器を奪って殴ってもいいよ。
こっちの約束破って心配かけといて戦いが楽しみなら、私と戦ってから行けって言いなさい」
「わかった! 次から言う!!」
とんでもないアドバイスをしちゃったけど、反省はしない。
名前も知らないゼンコちゃんのお兄さん、妹の怒りをちょっとしっかり受け入れてくださいね。
散々愚痴って少しは不満が解消されたのか、ゼンコちゃんが教えた通りに鶴を完成させて、ちょっと落ち着いた様子で呟いた。
「……どうしてお兄ちゃんは、ヒーローなんてやってるのかなぁ?
痛くて危ない思いばっかりして、嫌な思いもいっぱいするのに、どーしてやめないんだろう?」
その問いに関する答えも、私は知っている。
そして、この子だって知ってるはず。
だからこれは、ただの確認作業。
「私たちが、お兄ちゃんの怪我を自分の怪我のように『痛い』って思って、危ない事をして欲しくないって思うように、お兄ちゃんは他の人の事も『痛い』って思っちゃうからね。
……痛い思いをしたくないのなら、そりゃ自分で動くしかないし、やめられないのはわかってるんだけど……」
一旦言葉を切って、溜めて、吐き出した。
「「でも心配かけんなバカ!」」
結局、私たちの行きつくところはただそれだけ。
私とゼンコちゃんは二人してぴったりハモってから、顔を見合わせて笑う。
その直後くらいに廊下がバタバタ騒がしくなり、私の病室の扉が乱暴に開く。
「ゼンコ!」
「お兄ちゃんうるさい! おねーさんに迷惑でしょ!!」
やってきたのは、ゼンコちゃんそっくりの目つきで高校生くらいの男の子。
金属バットを持ってなんかやらと古典的なヤンキースタイルな彼が、血まみれのままゼンコちゃんの名前を呼んで駆け寄ろうとしたけど、即座にゼンコちゃんからの注意が飛ぶ。
「ちょっ、おま……、さっさと終わらせて帰って来たのに病室にはいないし、何か全然知らん奴と友達になったってメモ置いてあるし、どんだけ心配したと思ってんだ!」
「先に心配ばっかかけてるのは、お兄ちゃんの方でしょ!
それにおねーさんはいい人だもん! 心配なんかいらない!!」
やっぱりメモを残してもそりゃ全然知らない人間なんだから不安になったようで、帰ってきて即行、新たな傷の手当てもしないでこちらに向かって来たらしい。
でも、まだ拗ねてるゼンコちゃんは訊く耳を持たないで、私の腕にしがみついてそっぽ向いた。
その反応で、可愛い妹をたぶらかした知らん奴である私をお兄さんが睨み付けたけど、その直後に呆けた顔になってから、ちょっとだけ間を置いて気まずげにお兄さんは頭を下げた。
「……あー、……なんか、うちの妹がお世話をかけまして……」
「いえ、私が退屈してましたから話し相手になってもらったんです。こちらこそ、ご迷惑と心配をおかけしてすみません」
たぶん、妹が心配のあまり、メモの名前も知らない奴としか認識できないで、ゼンコちゃんの「おねーさん」って発言もよく聞いてなかったんだろうなぁ。
自分と歳がさほど変わらない女で、しかも怪我人の入院患者である私を、さすがに悪い虫とか誘拐犯だとは思わず一気に冷静になったのか、ちょっと可哀相なくらい顔を赤くしてる。
この人、お兄ちゃんにちょっと似てる。
髪が生えてた頃のお兄ちゃんは今より血の気が多くて覇気もあったから、いつもではないけど時々こんな感じで暴走してたなぁ。
なんかさらに親近感を深めたところで、ゼンコちゃんはお兄さんの所に帰るよう説得する。
少し駄々をこねたけど、私が「今ここで拗ね続けるといつ許したらいいかわかんなくなって、仲直りが出来なくなるよ」と耳打ちしたら、渋々ながらお兄さんを許した。
経験者だからね。パターンはわかってるよ。
でもゼンコちゃんはお兄さんの病室に戻る前に、私のパジャマのすそを握って言う。
「……おねーさん。また、遊びに来ていい?」
その縋るような目に、もう何度目かわからないけどまた口角が緩む。
私はサラサラとして気持ちのいい髪を撫でながら、答えた。
「ごめんね。私、あと3日くらいで退院なの。
……だから、次に会う時は病院じゃなくてお外になるけど、それでもいい?」
私の初めの一言でゼンコちゃんは悲し気に顔を俯かせたけど、続けた言葉で顔を一気に跳ね上げて眼を輝かせた。
「! うん! いい! そっちの方がいい!!
おねーさん、今度一緒にお買い物に行こう!!」
* * *
「あれ? 今日は鶴が少ないな。じーさんでも来たのか?」
ゼンコちゃんと今度はいつ会うかを約束して、恐縮するお兄さんに全然かまわないし大丈夫だからあなたはさっさと治療してと説得して帰った直後くらいに、お兄ちゃんが病室に来た。
タイミングがいいのか悪いのか。
っていうか鶴の量で来客が来たのか、それが誰だったのかわかるのかお兄ちゃん。
まぁ、私ならわかりやすいよね。
暇かその来客が望んでいない相手なら、ひたすら量産するもんね。
でも、今回は違う。
私は自分でも気持ち悪いくらいニヤニヤ笑って、手を合わせてお兄ちゃんに言った。
「お兄ちゃん。私、お友達ができたよ」
お兄ちゃんは、ベッドの脇の椅子に座って、バングさんがくれたお菓子を勝手に食べながら、いつものようにやる気も覇気もなく返答する。
「そりゃ、良かったな」
そう言った時の優し気な目は、私と買い物に行く約束をしてるゼンコちゃんを見守るお兄さんと、同じ目をしていた。
やっぱり私たちは、似た者同士ね。ゼンコちゃん。