順に、エヒメ、無免ライダー、ジェノス視点です。
そして最初に言っておきます。
ジェノスのキャラが崩壊しました。ごめんなさい。orz
【エヒメさんと変態】
「そういえば、ジェノスさんはバングさん以外に他のS級の人と会ったことってありますか?」
いつものようにお見舞いに来てくれたジェノスさんに、ふと思い出したことがあったので尋ねてみた。
「他のS級ですか? 隕石の時に一応メタルナイトとは会いましたが遠隔操作のロボットでしたし、後の奴らは名前と顔をS級認定された時にチェックしたくらいで、会った事はありませんね」
お茶を淹れてくれながらジェノスさんは答え、「それがどうかしました?」と首を傾げつつ淹れたお茶を渡してくれた。
「お礼とお詫びを言いたい人がいるんです。だから、もしジェノスさんが知っているのなら、伝言を頼みたいなと思って。
ジェノスさんのすぐ下の、ぷりぷりプリズナーっていう人なんですけど」
「……あぁ、そういえば深海王に奴も挑んでいましたね」
名前を聞いてどういう人だったのかを思い出そうとしていたジェノスさんが、思い出すと同時に顔を歪めた。
そんな反応しなくても……。いや、あの人の嗜好を知ってたらそりゃ歪めるかも。たぶんジェノスさんはチェックされてそうだし。
そんなことを思いながらお茶を飲んでたら、ジェノスさんがなんかやたらと険しい顔で私に訊く。
「……エヒメさん。お礼とお詫びを言いたいという事は、プリズナーと直接会ったんですね?」
「? えぇ。イナズマックスさんというヒーローを保護しに行ったとき、私より先に彼を助けてくれていたので、そこで。
私がイナズマックスさんを連れて帰るまでの時間稼ぎをしてくれたのに私、プリズナーさんは保護できなかったから、そのお礼とお詫びが言いたくて」
一瞬、ジェノスさんの質問が当たり前すぎて理解できなかったけど、そういえばちゃんと説明してなかったことを思い出して、改めて説明する。
ソニックさんの事は、言わない方がいい気がする。
私の恩人ということで基本的に口には出さないけど、ジェノスさんはお兄ちゃんを狙うソニックさんの事をめちゃくちゃ嫌ってるから。
……会った事もないのにあんなに嫌うって、実際に会ったらどうなるんだろう、この二人。
私の答えでジェノスさんの疑問は晴れたと思ったら、なんかさらに眉間の皺を増やして、ジェノスさんは躊躇いながらも、質問を重ねた。
「……エヒメさん。……奴が戦っているところ、見ました?」
……その問いで、何でこんなに険しい顔をしてたのかがよくわかった。
あぁ、うん。ジェノスさん、会った事はなくてもあの人の戦闘スタイル知ってたのね。
「……変た……変身、……してました」
私はジェノスさんから、正確には脳裏に思い浮かべてしまったプリズナーさんの「エンジェル☆スタイル」から目をそらして答えると、ジェノスさんが両手で頭を抱えちゃった。
「……会った事もない同僚が、何かすみません。次、会いましたら速やかに焼却します」
「ジェノスさんが責任を感じなくてもいいんですよ!!」
落ち着いて、ジェノスさん! 次会ったらって、その時が初対面ですよ!
謝りたくなる気持ちは何かわかるけど、焼却はしなくていいです!!
何かジェノスさんが悪くないことでジェノスさんが落ち込んじゃったから、何とか励まそうと私もお茶を淹れて、彼に渡す。
紅茶を一口飲んで、自分が凹んだり責任を感じる必要がないことに気付いてくれたのか、カップから口を離すと同時に「そういえば」とジェノスさんが話を変えた。
「そういえば、あのシェルターに向かう途中、変質者を見かけました」
話、変わったようで変わってなかった。
っていうか、変質者? 災害レベル鬼の警報が出てる町で? プリズナーさんじゃなくて?
「いえ、奴ほど化け物な変態ではありませんでした」
私が思わず素で失礼なことを訊いちゃったら、ジェノスさんは真顔で私以上に失礼だった。
化け物って。少しは言い淀もうよ。私も、初見で怪人だと確信したけどさ。
そんなジェノスさんのナチュラル慇懃無礼に呆れていたら、ジェノスさんは思い出した変質者が嫌なのか、顔を歪めて珍しく愚痴り始めた。
「プリズナーのような化け物ではありませんでしたが、何だったんでしょうね、あの変質者は。
眼の下にペイント、髪はしっかり結っておきながら堂々と何も着ていないのは、どんな主義主張の現れなんでしょう? しかもあれは、もはや堂々というより威風堂々と言わんばかりに平然としてました。
あまりに自然体かつ堂々としていたので、去った後しばらくその場で立ち尽くしてしまったのが悔やまれます。あの変態を無視していれば、エヒメさんにあんな思いをさせずに済んだのに……」
……ジェノスさんが私の事を想って悔やんでくれていることはよくわかったけど、私は全く別の事で頭がいっぱいになってしまった。
どう考えてもそれ、ソニックさんだよね!?
何やってんの、あの人!? 私と別れた後、いったい何があったの!?
ジェノスさんと同じく、何も悪くないってわかってるけどなんかものすごく申し訳がない! 何か土下座で謝りたい!
でもこの場合、数秒とはいえフリーズさせちゃったジェノスさんに謝ればいいの!? それとも、思いっきり変態呼ばわりされてるソニックさんに謝ればいいの!?
っていうか何で私の周りの男の人は、外で全裸になっても平然としてられる人ばっかなの!?
【無免ライダーさんとセコム】
「おや、サイタマ君。エヒメちゃんにお見舞いかい?」
病院からちょうど出てきたタイミングで、ばったりとサイタマ君に出会う。
「おう、無免。もうだいぶ、怪我は良さそうだな」
そんな他愛のない会話を一つ二つ交わしてから、ついさっき自分の通院のついでで悪いけど、お見舞いに寄らせてもらった彼の妹、エヒメちゃんの話題になる。
「そういえば、スティンガー君とイナズマックス君がまた来てたらしいよ」
「そうか。……また鶴がやたらと増えてて、ジェノスは機嫌が悪いんだろうな」
ご名答。
エヒメちゃんがJ市の海人族襲撃の時に彼らを助けたことがきっかけで、A級ヒーロー二人が彼女のファンになっちゃったらしい。
うん、すごく可愛くて守ってあげたい感じの子だから、気持ちはわかる。
けど本人は目立つ事も自分がした事を大げさに持て囃されることもすごく苦手みたいだから、可哀相だけど熱にうかれてエヒメちゃんを天使だ女神だと大げさに騒ぐ二人は、かなり彼女から敬遠されている。
それだけならまだ、時間をかければエヒメちゃんは心を開いてくれそうだけど、……その前に二人ともジェノス君に心を折られるだろうなぁ。
ジェノス君、深海王の前で見た時からわかったけど、本当にエヒメちゃん大好きだね。
僕は「視線だけで人が殺せそうな眼」というものを、彼で初めて見たよ。あの目からレーザーが出そうって思ったのは、彼がサイボーグであることは全く関係なかったな。
っていうか、二人が付き合ってないって聞いて、それに一番驚いたよ。
「っていうか無免、お前は大丈夫か? ジェノスの奴、お前にも威嚇してないか?」
「あはは……。大丈夫だよ。エヒメちゃんは可愛いけど、年が離れてるから妹みたいなものとしか思えないって言ったから」
サイタマ君の心配に大丈夫だと返すけど、彼は僕の答えで「……やったんだな。威嚇」と言わなかった部分を察してしまった。
うん、たぶんスティンガー君たちにするのとは違って、本人もするつもりはなかったようだけど実は最初のお見舞いでされた。
エヒメちゃんの病室に入る直前、丁度花瓶の水を換えようとして出てきたジェノス君に会った時は、堅苦しいくらいに礼儀正しく接してくれてあれはあれで困ったけど、エヒメちゃんが気付いて僕に笑いかけてくれた瞬間、空気が凍ったのはよく覚えてる。
後で本人から謝られたから、その時にエヒメちゃんは恋愛対象じゃないって言ったら幸いながら信じてくれて、それからはまた堅苦しいけど友好的に接してくれてるので僕は別にもういいんだけど、サイタマ君は深い溜息をついてから、ジェノス君を叱っておくと言った。
「いや、いいよ。僕は気にしてないから」
「お前の事がなくても、あいつはやりすぎだ。エヒメの周りから男全員排除する気か」
「あはは……。確かにそれはやりすぎだけど、今はちょっと警戒しておいた方がいいから、あんまり怒りすぎないであげて」
「? 警戒? どういう意味だ?」
僕の何気ない言葉に、サイタマ君が首を傾げた。
あ、知らなかったんだ。ジェノス君が心配や負担をかけないようにエヒメちゃんはもちろん、サイタマ君にも知らせてなかったのかな? だとしたら、悪いことをした。
僕は自分の軽はずみな言葉を後悔しながら、ネットに疎い友人に現状を話す。
ごめん、ジェノス君。でも、やっぱりサイタマ君も知っておいた方がいい話だよ、これは。
「エヒメちゃん、海人族襲撃でたくさんの人をテレポートで助けたから、ネットとかで存在が広まって、今はちょっとした有名人扱いなんだ。
幸い、顔写真とかどこに入院してどこに住んでるとかの情報は出てないけど、本名はすでに流出してるし、可愛い子だってことも知られてるからちょっとした好奇心で見てみたいって人が多くて、協会にも問い合わせが多いし、手あたり次第に病院に電話で『エヒメって入院患者いる?』とか訊いてくる人や、直接やってくる人が多いんだよ」
僕の説明にサイタマ君は少しだけポカンとしてから、顔をしかめた。自分の妹が見世物みたいな扱いをネット上とはいえされて、嫌なんだろう。
けど、見世物ならまだマシだ。考えたくないけど、ネットの匿名性で気が大きくなって書いただけだと思うけど、彼女の容姿が儚げでか弱い可愛い子と知って、最低極まりないことを書き込む輩もいる。
そんなことを書き込んだ奴がエヒメちゃん本人に会うだけでも、僕はヒーロー以前に人として許せない。
「だから、ただの好奇心で見たいだけだと思うけど、それでも注意は怠らないであげて。女の子なんだから、何かが少しでもあってからじゃ遅いから」
けどまぁ、ジェノス君がほぼ一日中エヒメちゃんの病室で甲斐甲斐しく彼女を看ているから、大丈夫だと思いつつも一応サイタマ君にも注意を促しておいたら、彼はいつもの覇気のない顔で言った。
「あぁ。わかった。大丈夫だ。
……ところで無免、ヒーローが人間の犯罪者を手加減間違えて爆発四散させた場合って、何か罪に問われんのか?」
いつもの淡々とした声と、まったく笑っていない目を見て僕は悟る。
エヒメちゃんのセコムは、ジェノス君じゃなくてサイタマ君だったと。
しかもジェノス君が可愛く感じるレベルで、最強のセコムだった。
【ジェノスさんと洗濯物】
俺はこの時初めて、サイタマ先生に対して怒鳴りたい気持ちでいっぱいになった。
しかも、完全に八つ当たりでだ。
わかってます。わかってますよ、悪いのは俺だって!
想像できなかった、察することが出来なかった俺が悪かった、少し考えたら誰でもわかることに気付けなかった俺がバカなだけだってことは、わかってます!!
でも! 先生も止めてください! 俺がやると言ったからって、普通に渡して頼まないでください!!
俺は心の中で先生に八つ当たりをしながら、紙袋を握ってコインランドリーで項垂れる。
……先生、俺にはこの紙袋が、正確にはその中に入った、中身が透けないように不透明のビニール袋に包まれた中身を開けられません。
そう思いながら、そのビニールの上に張り付けられていた、俺が贈った千代紙に書かれた文字に、もう一度目を落とす。
『お兄ちゃんへ。
ブラは洗濯ネットに入れてあるので、そのまま洗濯機の中に放り込んでください』
……期待したが、何度見ても下着の洗い方に関するメモだ。
全自動なら何コースで、干し方とたたみ方まで火傷を負った手で書いたとは思えないくらいに綺麗な字で書かれている。
……何故俺は、先生がエヒメさんの病院帰りに渡された洗濯ものを、帰りにコインランドリーに寄り忘れて帰って来たからといって、軽はずみに「俺が行きます」と言ってしまったのだろうか。
入院生活で出る洗濯物なんて、パジャマとタオルとこれしかないだろうが!
サイボーグになる以前から入院なんてしたことがなかったとはいえ、普通に考えたら気付けるだろ!!
もう何度目かわからない後悔をするのも疲れて、俺は考える。
このまま帰って、先生に申し訳ないがお願いするか、……意を決して俺がこれを洗濯機に入れるかだ。
先生は最近、耳に入れないようにしていたエヒメさんがネット上で有名になってしまい、好奇心で彼女に近づこうとする輩の存在に苛立ち、少し疲れているように見える。
ただでさえエヒメさんが入院しているというだけで心労は大きいはずなのに、怪人とは違って目の前にはっきりと悪意を持って現れないその存在は、真っ直ぐでシンプルを好む先生には大きなストレスだろう。
だから少しでもその負担を軽くなるようにと、俺は家事などをすべて任せてもらって、これもその一環だった。
今頃、少しは休息をとって疲れを癒している最中だというのに、俺の愚行でその休息を台無しにする気か?
メモを見る限り全部洗濯機で洗っていいものらしく、洗濯機に入れるのと洗い終えて回収するくらい目を閉じててもできる。
干すのと畳むのはさすがに先生にお任せするが、これくらいは俺がやるべきなんじゃないかと思う。
そうだ。これは先生が課した俺への信頼と精神力の試練だ!
ヒーローたるもの、この程度で精神を乱してどうすると、先生は言いたいのですね!
ヒーローとして、そして男として、ここは紳士的に一切何も見ずに速やかに行うべきだ!!
俺は自分を奮い立たせ、この試練に打ち勝つために紙袋の中のビニールをつかみ取った。
* * *
「お兄ちゃんのバカァァぁぁっ!!
最低! デリカシーゼロ!! 何考えてるの!? 何で私がお兄ちゃんに頼んだか、本気でわからなかったの!?」
「すまん! 俺が本気で悪かった!! 本当にすまん!!」
……翌日、先生とエヒメさんのお見舞いに来てすぐ、エヒメさんが「お兄ちゃん、洗濯物ありがとう」と言い、先生が「コインランドリーに持って行ったのはジェノスだから、そっちに言え」と盛大に口を滑らせ、先生はエヒメさんから枕でひたすら殴られている。
俺はというとエヒメさんを止めることが出来ず、今すぐ自爆しそうなほど暴走しているエネルギーコアを落ち着かせることに精一杯だった。
……そうですよね。先生は試練のつもりでも、持ち主本人が嫌に決まってますよね。他人の男に、洗濯物を……下着を任せるのは。
生身のはずの脳がショートしそうになりながらも、俺は先生に怒り続けるエヒメさんに謝った。もう謝罪で済む問題ではないが、しない訳にもいかない。というより、それしかできない。
「エ……エヒメさん……大変、申し訳ありませんでした……」
「ジェノスさんは謝らなくていいから! 悪くないから!!
っていうか、出来れば今すぐ全部何もかも忘れてください!!」
俺の絞り出した謝罪に、エヒメさんは一瞬だけ先生を殴るのをやめて、真っ赤な泣きそうな顔でそう叫んだので、俺も思わずほぼ反射で叫んで返答する。
「はい! 俺は何も見てません!!」
見てません! 何も見てません!!
イメージ通りの清楚系だったことも、D65という数字も何も見てませんし知りません!!
……………………ごめんなさい見ましたすみません!!
なんかもう、最後の話が本当に誰に謝ればいいかわからないけどごめんなさい。
でも、思春期ジェノスを書くのはめちゃくちゃ楽しかったです。そして彼はむっつりだと信じて疑わない。