「もー、お兄ちゃん! どうしてジェノスさんが来るって言ってくれなかったの!?」
俺の訪問に先生の妹さん、エヒメさんが先生に対して抗議の声を上げる。
「エヒメさん、俺が悪いんです。事前にいつ伺うかを俺はお伝えできていなかったので」
「そうだぞー、エヒメ。マジでこいつが来るなんて俺、思ってなかったし」
「うちに来るってこと自体は、ジェノスさんはちゃんと言ってたんでしょ? ならせめてそれぐらい、お兄ちゃんは私に伝えておいてよ。
ジェノスさんは気にしないでください。あの時は状態があんなんだったんだから、詳しいことなんか言ってる場合じゃなかったですし」
俺が先生の擁護に回ろうとしたが、身内独特の厳しさか先生の意見は封殺されてむしろ俺が庇われた。
先生が不満そうな顔をしているが、エヒメさんの意見が正しいと思っているのかそれとも妹に逆らえないのか、そのまま押し黙る。
そんな状態で先生をさらに擁護しても、たぶん余計に先生がエヒメさんに叱られるだけなので、俺はただ先生にもう一度「すみません」と謝った。
「飲んだら帰れよ。弟子なんて募集してねーし」
エヒメさんが俺の分までお茶を入れてくれて、湯呑を置かれたタイミングで先生は言った。
「お兄ちゃん! せっかく来てくれたのに、失礼でしょ!」
押しかけなのだから言われて当然なのに、エヒメさんは俺を庇ってくれる。
その言動は嬉しいが同時に申し訳なくて、何と答えるべきなのか迷っていたら、先生が話を変えてくれた。
「あれ? お前、ケガ治ってね?」
「お兄ちゃん、その反応遅いよ……」
「はい。身体の大部分が機械なのでパーツさえあればすぐに」
俺の返答に先生の反応はただ一言、「変わってんな、お前」だけだった。
このご兄妹は容姿こそはあまり似てる兄妹ではないが、内面はよく似てる。
初めから俺を人間として見てくれて、サイボーグであることも「変わってる」の一言で済ませたのは、この人たちだけだった。
サイボーグになったことを俺は後悔など一つもしていないが、それでも人として扱われること、畏怖や侮蔑もなくありのままに受け入れてもらえることに、胸の内がほのかに温かくなるのを感じる。
あぁ。
機械の体でも、心臓はもうなくとも、「心」というものは変わらず胸の中にあるのか。
そこまで思いつつ、一つの可能性にも気づいてしまった。
先生もサイボーグであるという可能性に。
そうであったとしてもお二人が尊い存在であることに何ら変わりはないが、先生がサイボーグならぜひともどんなパーツを使っているのかが知りたいので、尋ねてみる。
結果、エヒメさんが爆笑した。
「あーはははは! 装甲! 頭部の肌色の装甲!!
むしろ装甲が抜け落ちてるのに!!」
「うるせーぞエヒメ!!
そうだよ! ハゲてるんだよ俺は! 頭部の装甲が抜け落ちてるんだよ!
何なんだテメーらは!!」
俺の言葉の何がエヒメさんの笑いどころなのかはわからないが、とりあえず先生が俺の話を聞いてくれるようなので、俺がサイボーグになり、単独で正義活動をしている理由を話す。
* * *
「バカヤロウ!!
20文字以内で簡潔にまとめて出直して来い!」
……しかし、先生は俺の過去や苦悩、使命感を一刀両断して俺を締め出した。
仕方がない。あれだけ強い先生なら例え怪人やテロリストなどが現れていなくても、鍛錬だけで十分忙しいはず。
言葉をまとめられず、ただ俺の都合だけを長々語った俺が悪い。
先生の言う通り、簡潔にまとめて出直そう。
「ジェノスさん、ごめんなさい!」
そう思って歩き出した時、後ろから小走りでエヒメさんが俺に追いつき、謝った。
「ごめんなさい、ジェノスさん。お兄ちゃんが話を聞かなくて」
……どうしてこの人は、俺が悪いのに俺に謝ってばかりいるのだろう?
そして俺はどうしてこの人を、謝らせてばかりいるのか。
無性に自分が情けなく思えた。
「いえ、俺が悪いのです。先生はお忙しいのに、俺は自分の都合で勝手に来て、やはり自分の都合を話しただけですから、先生が怒って追い出すのは当然です。
むしろ、まとめて出直せとチャンスをくれただけ先生は寛容ですね」
「うん、ごめんなさい。お兄ちゃん、全然お忙しくないから。本当に本当になんかごめんなさい」
俺が自分の非を詫びると、エヒメさんは申し訳なさそうな顔をしてさらに謝られた。
あぁ、ダメだ。どうして俺は、この人の前ではやることも言うことも全てから回ってしまうのだろう?
先生にはもちろん、エヒメさんにも恩を返せない自分が情けなくて凹んでいると、エヒメさんはそんな俺を見上げて、口を開く。
「……それと、ジェノスさんに訊きたいことがあるんですが、いいですか?」
「? はい、どうぞ。俺に答えられることなら何なりと」
彼女の言葉に、少し首を傾げつつも俺は特に考えもなしに答えた。
もう俺は先生と彼女に対してはクセーノ博士同等に全幅の信頼を寄せていたので、言葉通り何でも答えるつもりだった。
「……ジェノスさんにとって暴走サイボークに復讐するのは、人生の『目的』ですか? それとも生きるための『手段』ですか?」
しかしあまりに予想外な問いに、俺は完全に言葉を失う。
何も答えられない俺に、少しだけ答えを待っていたエヒメさんが言葉を続ける。
「……余計なお世話なのはわかってます。けれどもし、あなたが復讐を人生の『目的』にしているのでしたら、それはやめてほしいんです。
それは、目的が果たせても果たせなくても、何も得られない虚しさしか残らない生き方であることだけは、わかりますから」
やめてくれ。
そんなことは、もう何度も言われてきた。
復讐の無意味さくらい、わかってる。
それでも、俺にはこれしかないんだ。
故郷も家族も、人としての体の大部分も、俺の全てを奪ったあの暴走サイボーグが、それを作った科学者がこの世に存在し、償いもせずにのさばっているのが耐えられないんだ!
「――俺は、許せないんです。たとえ誰に何と言われようとも、俺から全てを奪ったあの暴走サイボーグが!!」
思わず八つ当たりしそうになるのを抑えて、まず言った。
きっとエヒメさんじゃなければ、「お前に何がわかる! 綺麗事を吐くな偽善者が!!」と怒鳴り散らしていただろう。
それをしなくて良かったと、俺はこの直後に心から思った。
「え? そりゃそうでしょう。何で許さなくっちゃいけないんですか?」
エヒメさんが俺の言葉に即答で同意し、そして心底不思議そうな顔をしてむしろ許す理由を訊いてきた。
その反応に毒気が全て抜け落ちる。
「……エヒメさんは、俺の復讐を止めたかったのでは?」
「? いいえ。私、復讐はしたければどうぞご勝手にとしか思いませんよ。
関係ない他人を巻き込んだり、本人じゃなくてその家族を傷つけるという手段を取るのなら、話は全然別ですけど」
きょとんとした顔で、はっきりと彼女は「復讐」を肯定する。
そこまで言って自分の言葉の何が悪かったのかに気付いたのか、エヒメさんは補足を加えた。
「あぁ、ごめんなさい。あの言い方じゃ、復讐そのものをやめろとしか取れませんね。
えっと、私が何を言いたかったというと、復讐を果たせたら死んでもいいとか思わないで欲しいんです。復讐をゴールではなく、幸せになるための手段、通過点にして欲しいなって思ったんですけど……ごめんなさい。なんにせよやっぱり、余計なお世話ですよね」
それは確かに、余計なお世話かもしれない。
でも、それは俺からしたら世界を一変させる言葉だった。
俺の4年間を全否定しながら、それでも俺がしてきたことの意味を肯定してくれた。
俺の幸せを願う言葉だという事を、理解した。
「……俺は、幸せになってもいいんでしょうか?」
思わずこぼれた言葉は、あまりに情けない弱音。
自分一人だけ生き残り、その罪悪感に押しつぶされそうで、ずっと目を背けていたものに向き合った。
俺と同い年だけど、俺よりもずっとか弱くて儚げで、守りたいと思える少女の力を借りて。
エヒメさんはやはり、きょとんとした顔でこともなげに答える。
「ジェノスさんが逆の立場なら、生き残った家族の幸せを願いませんか?
あなたが喪って今も悼む人は、あなたが生き残った事や幸せになることを妬むような人なんですか?」
質問で返されたその答えが、全てだった。
俺の罪悪感は、あまりに無意味だったことを思い知らされた。
「――いいえ」
自分の4年間が無意味だったことを思い知ったのに、ずいぶんと気は楽になる。
けど、俺は復讐をやめることは出来ない。
あの暴走サイボーグが存在する限り、たとえ幸せになってもその幸せがまた壊される恐怖に晒されるのはごめんだ。
だから、俺のすることに変化はない。
でも、その復讐がたとえ果たされなくても、きっと彼女と出会う前ほど悔やみはしないだろう。
俺は、4年前に俺が勝手に背負って罰していた罪を一つ、許すことが出来た。