「エヒメ嬢、すまんのう、見舞いに来るのが遅れて」
「バングさん?」
エヒメの病室で特にすることもなくいつも通り漫画を読んでたら、隕石の時に知り合ったじーさんがやって来た。
気の良いじーさんで別に嫌いじゃねーけど、何とかかんとか拳という武術の道場やってて、その勧誘がちょっとウザい。
っていうか、俺やジェノスだけじゃなくてこのじーさん、何故かエヒメをやたらと勧誘するんだよな。
あれか。俺にかましたビンタが、武道家としてぜひともスカウトしたいぐらい素晴らしかったのか?
やめてくれよ。護身術を身につけるの自体はいいけど、こいつ絶対に護身ですまないんだよ。
変に武術とか身につけたら、余計に危なっかしいことに首を突っ込みかねないから、心配が減るどころか倍増する。
あとこいつが武術身につけたら、たぶん兄妹ゲンカで俺が勝てなくなる。
今でさえどんな怪人よりもこいつ相手の方が勝てる気しねーんだから、マジでやめてくれ。
「バングさん、すみませんわざわざ」
「エヒメさんはベッドから降りないでください。
まだ、なるべく歩き回るなと言われているのでしょう? 俺が対応しますから」
「そうそう、気を遣わんくていい。可愛らしい孫みたいな子に会える良い口実じゃ。それより、エヒメ嬢は果物は好きか?」
エヒメがベッドから降りようとするのをジェノスが止めて、バングもフォローしながら持ってきてた果物かごをジェノスに渡す。
「じーさん、その中にバナナあるか?」
「お兄ちゃん、そろそろ遠慮と礼儀ってものを知って」
小腹がちょうど減ってたのでなんかもらおうと思って言ったら、俺の方を見もせずバッサリとエヒメが切り捨てた。
おま……最近人前でも俺に容赦のないツッコミを入れるようになったな。他人を前にしたら、遠慮と緊張でやたらと大人しくて礼儀正しいいい子になろうとしてたよりはずっといいけど、そこまでバッサリ言わんでもいいだろ。
まぁ、言いつつもじーさんに謝りながらバナナを俺に渡すあたりは可愛げがある。
こういうのをツンデレと言うんだっけ? 実の妹だと、別に嬉しくも何ともねーな。
「……それにしても、聞いてはいたが痛々しいのう」
じーさんは遠慮せずに皆で食べなさいとか言ってから、エヒメの両手の包帯を見て、わずかに顔を歪ませた。
その言葉と反応で、ジェノスが項垂れて、エヒメは慌てる。
「え、えっと見た目よりは酷くないんですよ! 後遺症は残らないって言われましたし、リハビリも順調です!」
「……うむ。まぁそれは、このベッドの上の野鳥園を見たら、心配は確かになさそうだじゃな」
エヒメのフォローに、じーさんは少しおかしげに笑って、ベッドを埋める勢いで散らばってる折り鶴を一つつまみ上げた。
「お前、自分で千羽鶴を量産してどうすんだよ?」
今更だけど、俺も突っ込む。
お前、知ってたけど何で折り紙渡すと折り鶴職人になんの?
エヒメに何か欲しいものはないか? と尋ねたら、指先のリハビリを兼ねて折り紙が欲しいと言い、そして買ってやったらこの有様だ。
こいつ、折り紙は本とかに載ってるメジャーな奴をほとんど全部器用に折れるけど、その中でも鶴が好きらしくて、ほっとくと延々いつまでもひたすら折り鶴を量産する。
しかも、普通の鶴だけじゃなくて1枚の折り紙で、でかい鶴と小さい鶴が繋がってる連鶴ってやつとか、逆に何枚も折り紙を使って色違いの羽を持つ鶴とか、マニアックで難易度高いのも量産してるから、マジで後遺症の心配はないわ。
いくら言ってもやたらと責任を感じてたジェノスも、この野鳥園を見てさすがにそこに関しては気にしなくなった。
ただどうしても、何を言ってもこいつはある一点を気にする。
その気にしてる点をわかってるのかわかってないのか、食えないじーさんは飄々と口にする。
「後遺症の方は心配ないようじゃが、女の子なのに痕が残ってしまうのが痛ましのう。けどまぁ、怪我の原因がジェノス君で良かった良かった」
「……バング。どういう意味だ?」
エヒメの手を一度優しく撫でてから、何故か楽し気に笑って「ジェノスで良かった」と言い出したじーさんに、俺とエヒメは顔を見合わせて首を傾げ、ジェノスに至っては体をキュインキュイン鳴らしながら睨み付ける。
おい、こんなところで戦闘モードに入んな。
じーさんも何が言いたいんだよ?
じーさんはジェノスの殺気に近い怒気に当てられても飄々とした様子を崩さず、言った。
「いやなに、イケメンで若くしてS級ヒーローという将来有望なジェノス君なら、責任を取ってもらうのに不足はないという話なだけじゃ」
「なっ!?」
「責任を取ってもらう」発言で、ジェノスの怒気が霧散して不穏な音も鳴りやんだけど、代わりにプシューとかいうこれはこれで心配な音がして、そのまま固まった。
……じーさん、完璧にジェノスがエヒメに惚れてるのをわかってて言ってやがるな。まぁ、気付くよな。こいつ、わかりやすすぎる。
そんなわかりやすいこいつの気持ちに、一番近くにいるのに全く気付いてないアホ妹は、きょとんとした顔で言った。
「私、サイボーグの腕はいりませんよ?」
明後日の方向に「責任」という言葉を解釈したエヒメの発言に、俺ら3人が脱力してずっこける。
お前、その解釈だとイケメンも将来有望も関係ないだろ。
俺ら3人が何で脱力したのかわからずオロオロするエヒメを見て、起き上がったじーさんが苦笑しながらジェノスに言う。
「ジェノス君……。まぁ、君もエヒメ嬢もまだまだ若いから、気長に頑張れ。雨だれもいつかは石を穿つから、諦めるな」
「……余計なお世話だ、くそジジィ」
じーさんの言葉に、ジェノスが小声でいつも以上にひでー言いぐさで返す。
っていうかじーさん、それは励ましてんのか?
そして、ジェノス。うん、なんかマジで激ニブな妹ですまん。マジで頑張れ。
「お、お兄ちゃん? 私、なんか変なこと言った?」
オロオロしながらエヒメは俺に訊く。言ったよ、思いっきりな。
でもどのあたりが変だったか、そもそも責任の意味を教えたらたぶんジェノスが羞恥で死ぬから、俺は何でもねーよと答えるしかなかった。
俺が説明しなくても、エヒメがジェノスをフォローするつもりで「サイボーグの腕がいらないのは、後遺症がないから必要ないと思っただけで、それ自体が嫌なわけじゃないですよ! 私、ジェノスさんの腕とか、カッコよくて好きですし!」とか言い出したから、結局ジェノスは死ぬかもしれねーけど、そこまでは知らん。
ただの照れと羞恥で否定するジェノスと、それを真に受けてまた大真面目に聞いてて恥ずかしくなるフォローをするエヒメとのやり取りに俺が呆れていると、じーさんが小さく笑いながら、横にやって来た。
「サイタマ君としては、どうなんじゃ? ジェノス君は、義弟として有望か?」
「……有望も何も、エヒメ自身の気持ちが一番大事だろ?」
正直言って、ジェノス自身の事は嫌いじゃねーけど、義弟って考えると今まで以上にあいつは俺に堅苦しくなりそうだから嫌だ。
けど、俺の意見なんて関係ない。
エヒメが幸せなら、あいつが変に気張らずに肩の力を抜いて本当の自分を出して、いつも笑ってくれるなら、たとえ泣かせることが多くても最後に必ず笑わせてやれる男なら、俺は何も言う気はない。
「そうか……。サイタマ君はいい兄じゃな。エヒメ嬢が良い子に育つわけじゃ。
……しかし、だからこそいつか、嫁に行くときは寂しいじゃろうな」
隣でじーさんがそんなことを言う。
……あぁ。そうだな。
いつまでも俺にべったりで、俺が守ってやってばっかりじゃダメなのはわかってる。
いつか必ず、他の誰かを俺以上に大切な人として選んで、幸せになって欲しいのは間違いなく本心だ。
……だけど、俺は少しだけ悪あがきをする。
口では「エヒメの気持ちが一番大切」とか言って、ジェノスに反対はしねーけど決して積極的に協力や応援をしないのは、本音で言えば俺のしょうもないわがままで、悪あがきに過ぎない。
……もう少し、あと少しだけでいいから、まだこのまま俺が守る、俺だけの可愛い妹であって欲しいという、ただのわがままだ。
前回の後書きで書こうとして忘れてましたが、アンケートはこの入院生活編終了まで続けているので、もうしばらくご協力お願いします。