私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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無免ライダー視点です。

無免ライダーの一人称が「僕」と「俺」の二つが混同してますが、原作でも深海王やガロウと対峙している時は「俺」、サイタマへの手紙やサイタマが見舞いに来た時は「僕」と言っていたので、ヒーロー活動している時や感情が高ぶっていたら「俺」で、素は「僕」だと解釈して書いています。




憧れは夢に、夢は現在に

 昔、中学生になったばっかりの頃、迷子の女の子と出会った。

「お兄ちゃんが、見つからないの」

 そう言って泣く女の子と手を繋いで、その子のお兄ちゃんを探したことがあった。

 

 それが、僕の「憧れ」が「叶えたい夢」になった日の事。

「ヒーローになりたい」と思った、きっかけだ。

 

 * * *

 

 そんな昔のことを、ふと思い出す。

 思い出す要素なんて、この場のどこにもない。

 余計なことを考えてる余裕なんてない。

 

 目の前には災害レベル鬼の怪人が、ぐったりとした女の子を今にも地面に叩き付けようとしている。

 怪人の足元には、明らかに僕より強そうなサイボーグさんが、両手どころかかろうじて体が上下繋がっているような状態で倒れている。

 怪人の背後のシェルターには、まだ多くの市民が逃げられずに残ってる。

 

 僕では適わない相手だってことは、協会に言われなくったってわかってる。

 わかってる。わかってるよ!

 

 でも、それでも俺は、ここで立ち向かわなくっちゃいけないんだ!

 

「正義の自転車乗り、無免ライダー参上!!!」

 

 俺は、ヒーローなんだから!!

 

 * * *

 

 校門前で、真新しいランドセルを重そうに背負った女の子が、怯えるようにそこにいた。

 僕は自転車から降りてその子にどうしたのかを訊いたら、「お兄ちゃんと一緒に帰る約束してたの。……でも、お兄ちゃん、いないの。4時になったら、校門で待ってるって言ってたのに……」と言って、泣き出した。

 

 僕には妹なんていないから、6歳も年の離れた女の子なんて親戚にもいないから、どう接したらいいか焦って困ったことをよく覚えてる。

 何とか宥めて泣き止ませて、それから僕はその子と手を繋いで、中学校の校舎に戻った。

 

 お兄ちゃんはきっとちょっとした用事で、まだ学校に残ってるんだよって説得して泣き止ませたから、僕はその子と一緒に校舎内を歩き回って探した。

 その子のお兄ちゃんを、一緒に探した。

 

 けど、校舎内はもちろん体育館やその裏、グラウンドの隅々まで探したのに、その子のお兄ちゃんは見つからなくって、また女の子は泣きそうになってた。

 泣きそうだっただけで、泣かなかった。

 僕に迷惑をかけるのを嫌がるように、小さな唇を噛みしめて、スカートのすそを握りしめて、泣くのを我慢していた。

 

 だから僕は、その子に言ったんだ。

 きっと入れ違いになっちゃって、今頃校門に君がいないのを心配して探してる。

 学校の外も、探してみよう。

 そう言って、僕はその子のお兄ちゃんを探し続けた。

 

 心細さを必死に押し込めて我慢して泣かなかったその子が、逆に痛々しくて見ていられなかった。

 どうしても僕は、その子をお兄ちゃんに会わせてあげたかった。

 その子を、助けたかったんだ。

 

 * * *

 

 殴り掛かった拳を簡単に受け止められ、そのまま掴まれて2回、地面におもちゃのように叩き付けられる。

 そしてそのまま、ゴミのように投げ捨てられる。

 

 僕を投げ捨てた後、怪人は僕の方を見向きもしないで、僕を振り回しても離さなかった女の子に、ニヤニヤした笑いと気持ち悪い声で話しかける。

「あー、ごめんね。トドメ差すのが遅れて」

 

 右手はパンチを受け止められて掴まれて振り回されたせいで、完全に折れていた。

 でも、それは俺が動かない理由になんかならない。

 

「ジャ……ジャスティス、タックル……」

 

 させない。

 絶対に、その子を殺させはしない。

 

 その子はもちろん、そこに倒れているサイボーグさんも、シェルターに残された人たちも、誰もかれも絶対に、お前に殺させはしない!!

 

「期待されていないのは、わかってるんだ」

 

 僕のタックルなんて、怪人は小蠅が止まったくらいにしか感じていない。

 その証拠に、僕はまた簡単に振り払われて、無様に吹っ飛び、倒れる。

 

 それでも、叫ぶ。

 諦めない、と。

 

 C級ヒーローなんて、ちょっとケンカが強い一般人レベルだってことくらい、1位って言っても僕はちょっとした親切の積み重ねのおかげで昇格できたんだから、戦いに向かない、B級じゃ通用しないってことは、僕自身が一番よくわかってる。

 

 そうだ。そもそも僕は昔から喧嘩に弱くて、争いごとに向かないってことはわかってた。

 それでも、僕は「ヒーロー」になりたいって思ったんだ。

 

 ただの憧れを、自分の夢にしたんだ。

 あの日、あの子と、あの子のお兄ちゃんがきっかけで。

 

 ……あの子のお兄ちゃんを見つけたのは、3時間後。

 僕が諦めかけて、あの子からも「もういいよ。ごめんね、自転車のお兄ちゃん」って気を遣われて、その子を家に送ってやってる時だった。

 

 僕と同じ中学の制服を着た男の子が、鬼のような形相で汗だくになって走っていた。

 女の子はその男の子を見た瞬間、目に溜めてた涙を溢れさせて、僕の手を離して駆け寄った。

 

「お兄ちゃん!!」と、とても嬉しそうに。

 

 そのお兄ちゃんも女の子の姿を見た瞬間、ものすごく真剣だった顔が安心したように緩んで、妹の名前を呼んで抱きしめてた。

 

 ……実は、僕がやったことは何の意味もなかった。

 その兄妹は互いに約束を勘違いしていて、お兄ちゃんは小学校に迎えに行くつもりで、妹は中学校で待ち合わせだと思い込んでいた。

 

 お兄ちゃんの方はその勘違いにすぐ気付いて中学校まで戻ったのに、僕がその子のお兄ちゃんを探してやると言って校舎の中に入っちゃってたから、お兄ちゃんは妹がどこにもいないと思って心配して、町中を走り回って探していた。

 

 僕があの子に話しかけなかったら、余計なことをしなかったら、二人はもっと早くにちゃんと会えた。

 僕は余計なことをしたから、女の子を不安がらせて、お兄ちゃんには心配ばかりをかけたという事実に、感謝や見返りが欲しかった訳じゃないけどさすがに凹んだ。

 

 ……でも、二人は言ってくれたんだ。

 責められてもおかしくなかったのに、あの兄妹は俺に言ってくれたんだ。

 

 お兄ちゃんの方に訳を話して謝ったら、きょとんとした顔で「何で謝るんだ?」って言われた。

 意味のないことをして迷惑と心配をかけたと僕が言えば、やっぱりきょとんとした顔で、何気ないことのように言ったんだ。

 

「お前がいたから、こいつは怪人とかに襲われたり変な奴に攫われたりもしなかったし、何よりお前が一緒にいてくれたから、寂しくなかったんだ。

 無意味なんかじゃねーよ。助かった。ありがとな」

 

 そう言って、汗だくのまま笑った。

 

 女の子はまだ泣いたままだったけど、僕を見上げて、笑って言ってくれたんだ。

 

「自転車のお兄ちゃん。お兄ちゃんを探してくれて、一緒にいてくれてありがとう」って。

 

 あの二人が、言ってくれたんだ。

 無意味じゃないって。

 意味はあったって。

 

「勝てる勝てないじゃなくて」

 

 助かったって、言ってくれたんだ。

 ありがとうって、笑ってくれたんだ。

 

「ここで俺はお前に立ち向かわなくちゃいけないんだ!」

 

 何かをしようと思ったこと、実行したことに価値がある。

 それは結果としては余計なお世話だったとしても、無意味じゃない。

 あの子が無事だったのは、僕のおかげだと言ってくれたんだ。

 

 その二人の言葉に、僕はヒーローの本分を見た。

 

 悪に勝つとか、怪人を倒すとか、そういうのじゃない。

 何かを守って、誰かを救う。

 そういう人間に、僕はなりたいって思った。

 憧れが、夢へと変わったんだ。

 

「頑張れえええええ!

 無免ライダー、頑張ってくれえええ!!」

 

 ……ほら。

 無意味なんかじゃない。

 僕が時間を稼げば、きっと強力なヒーローがやってくる。

 

 僕はそれまで、皆を守れたらいい。

 皆の希望になっていたら、いい。

 それだけで、いいんだ。

 

「ぬぅおおおおおおあああああ!!」

 

 僕は、僕を、俺を応援してくれる人たちの希望が潰えないように、消えないように、立っていないといけない。

 立ち向かわなくちゃいけない。

 

 なのに、怪人の一撃を頭に受け、視界がぐるっと一蹴した。

 

「無駄でしたぁ♥」

 

 無駄じゃない。まだ、まだだ。まだ俺は、僕は、立たなくちゃ、戦わなくちゃいけない。

 諦めたら、いけないんだ。

 

「よくやった。ナイスファイト」

 

 僕の意思を無視して力が抜ける全身を、誰かが支えてそう言った。

 頭上から聞こえる声は、どこか懐かしい。

 

 僕は知らなかった。

 僕はこの日、あの日の兄弟に、僕に夢をくれたきっかけと、再会していたことを。

 

 そして、これからも知らない。

 僕たちは、知らないまま、互いに気付かないまま、友達になる。

 

 同じ夢を抱いて、そして叶えたもの同士、友達になる。

 


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