私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ジェノス視点です。


最優最良最善の選択にして、最悪の結果

「――ジェノス、さん……」

 

 破れて汚れた服装。乱れた髪。手足どころか顔にも擦り傷を負って痛々しい。

 そして何より、恐怖と科した誓いを守れなかった自分を責めて涙するその顔に、頭が真っ白になった。

 

 相手が怪人で良かったかもしれない。

 例え相手が人間でも、俺は同じことをした。

 

 肩のブーストで加速し、その勢いのまま相手に飛び込み顔面を殴りつけて零距離で焼却砲をチャージなしとはいえフルパワーで撃ち放つ。

 

 肉が焼けるどころか蒸発する音は一瞬で遠ざかり、怪人はシェルターの壁をぶち破り、ビルを抉って吹き飛んだのを確かめ、俺は振り返った。

 怪人に追い詰められ、テレポートで逃げることさえできずに座り込んでただ泣いていた……、こんなにもボロボロになるまで逃げずに頑張っていた愛しい人に、振り返る。

 

「エヒメさん。敵は、今ので最後ですか?」

 

 彼女は数秒間、目を丸くさせたまま俺を見つめて、そして恐怖で強張っていた顔を安堵でわずかに緩ませて、頷いた。

 同時に、シェルターに避難していた人々が歓声を上げる。

 

「うおおおおお!」

「かっけええええ!」

「助かったああああ!!」

 

 よほどの危機だったようだが、俺はヒーロー失格なことに他人のことなど気にしてなかった。

 今のが最後の敵だと知って、エヒメさんがボロボロとはいえ無事そこにいるだけで、何もかも終わったと思って安堵していた。

 

 その時、俺が考えていたことは早く今すぐにでも彼女に手を差し伸べたい、座り込む彼女にもう大丈夫だと安心を与えたい。

 それだけだった。

 その為に駆け寄ろうとした瞬間、安堵に緩んでいた顔を再び強張らせて、エヒメさんは叫んだ。

 

「ジェノスさん! 後ろ!!」

 

 俺の腕がもがれ、床を抉りながら壁に体を叩き付けられたのは、同時だった。

 

 怪人は俺に殴られ、焼かれ、その所為で大穴の開いた顔で言う。

「キレたわ。グチャグチャにしてあげる」

「また油断……。俺も学習が下手だな」

 

 自嘲を呟く。いや、これは学習が下手というより自業自得だろう。

 戦いに来ておいて、何を浮かれていたんだ俺は。

 

 ……杖になると約束したくせに、俺はさっそく彼女を不安にさせ、心配させた。

 だから、これ以上彼女を悲しませないためにも俺は立ち上がり、叫んだ。

 

「シェルターから逃げ出せる者は、今すぐ行け! 

 俺が奴の相手をしているうちに行け!」

 

 大丈夫だと証明するために、体を起き上がらせて立ち上がる。

 今だけは、人間扱いされたくなかった。

 人間扱いされて悲しまれるより、サイボーグであった事で安心してほしい。

 

 損傷は激しく、あの零距離焼却砲で仕留めていないのなら俺に勝てる保障などないが、それは口に出さない。

 保証がなくとも、勝てなくても、俺は守り、救うと誓う。

 

「エヒメさん」

 

 自分の言葉が遅くて間に合わなかったと自責する貴女に、伝える。

 

「いってきます」

 

 約束を交わす。

 必ず帰ってくるから、貴女は安心して、信じて、安全な場所で待っていてほしいと。

 

 ……この半分砕かれた顔面が、上手く笑えていたかは俺にはわからない。

 でも、彼女は自責と不安で歪みながらも、それでも笑ってくれた。

 わずかな安堵と、喜びを俺に伝えてくれた。

 

 それだけで俺は、災害レベル鬼はもちろん、竜でも、例え本物の神が相手でも戦えた。

 

 逃げる民衆を、怒り狂った怪人が追う。

 その怪人の元に残された左腕で焼却砲をブースター代わりに放ち、飛び込む。

 俺の蹴りと、怪人の拳がカウンターで入った。

 

 そのまま、どちらも一瞬たりともひるまず即座に拳と蹴りの応酬を始める。

 最初の一撃のダメージが残っているのか、怪人のパワーとスピードは俺と互角。

 どちらも有効打を与えられず、それでも一瞬でも隙を見せればそこに一気に叩き込まれるのをわかっているので、俺らは消耗するしかない無駄な攻撃ばかりを重ねる。

 

 これでいい。俺の目的は、勝つことじゃない。

 避難していた人々を、エヒメさんを逃がして、そして待てばいい。

 先生が、サイタマ先生が来るまでの時間を稼げたらそれでいい。

 

 こいつに勝てなくても、手足がもがれても、生きて彼女の元に帰れたら、彼女が守り、救えたらそれだけで良かった。

 

 そんなたった一人のヒーローでしかなかった、たった一人だけしか守っていなかった俺なんかに、声援を送る少女がいた。

 

「が……、がんばれお兄ちゃーん!!」

「うるさい。ガキは溶けてなさい」

 

 その声が怪人の気に障り、奴は俺よりもその少女に向かって攻撃を仕掛けた。

 強烈な()い匂い。

 吐き出された液体が強力な酸性だという事は、瞬時に理解できた。

 

 俺は、俺に声援を送ってくれた少女のヒーローではなかった。まったく別の人だけを想い、ただ自己満足で戦っていたにすぎなかった。

 それでも、あの少女を守ろうと身を翻す。

 

 この少女を守れなければ、どんな顔をして彼女に向き合えばいいかわからなかったから。

 やはりどこまでも身勝手な理由で駆け寄るが、体の至る部分がショートを起こし、上手く動けない。

 間に合わない。

 

 そう思った瞬間。

 

 少女の体を、エヒメさんが包み込んだ。

 

 音もたてずにその空間に割り込んで、傷だらけの体で、庇う少女より大きいとはいえ、小さくか細い体で包み込み、溶解液から守る。

 

 ……あぁ。俺は、最低だ。

 自分に声援を送ってくれた少女では越えられなかった限界が、彼女ならば容易く、踏み越えることが出来た。

 

 溶解液が二人に降りかかる前に、割って入ることが出来た。

 この身体を盾に、守れた。

 救えた。

 

 それは、ヒーローとして最優で、最良で、最善の選択のはずだった。

 

 なのに、結果は最悪極まりない。

 

「――ジェノス、さん……」

 

 少女を抱きしめ、俺を見上げたエヒメさんの顔は、絶望に染まっていた。

 


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