私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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その誓いが、彼らを動かした

 イナズマックスさんを連れて避難所に帰って来た時には、さすがに顔色で私の体調とかが最悪だってのは誰が見ても一目でわかる状態だったらしい。

 だからもうテレポートはしばらく使えない、またいざという時に使うために休ませて欲しいという私の要望は、あっさり通った。

 

 怪我人とかを寝かせるためのベッドを使ってもいいと言われたけど、それは遠慮してやっぱり私は避難所の隅で座り込んで、もらったペットボトルの水を半分くらい飲んでから目を閉じる。

 ベッドだと周りが大騒ぎしても目が醒めなさそうだったから、あえて寝にくいところで仮眠を取る。

 

 予感がしてた。

 たぶん、このままでは終わらない。

 私はこのまま、ことが終わるまでゆっくり休むことなんかできない。

 そんな気がしてたから、このおそらく短いであろう休める時間を無駄にせず、そしていざという時すぐに動けるようにだけはしておいた。

 

 ……体は鉛になったようにだるい。

 でも、心はさっきよりずっと楽になったと思う。

 

 ソニックさんは、私が「他人をどうでもいいと思ってる面倒くさがり」だと見抜いても、私のそんな部分を失望せず、受け入れた。

 心配したのかを訊いたらものすごく嫌そうな顔をされたけど、確かにあの人は転びそうな私を支えて、そのまま体を預けていた私を突き放しもせずにずっと抱えていた。

 

 恩を返すまで死ぬなと、生きろと言った。

 

 それだけが、私にもう一度誓いを背負っていこうと思える原動力になった。

 私が面倒くさくてもヒーローを助けに行った事、あの無責任な期待から逃げた事でソニックさんに今日出会えたのなら、逃げたことにも逃げなかった事にも意味はある。

 私にとっての、価値はある。

 

 だから、まだ頑張ろう。

 

 また逃げずに頑張れば、良いことがあるかもしれない。

 逃げたって、もしかしたら何か意味を、価値を見つけることが出来るかもしれない。

 

 今日、逃げたことを受け入れて、また逃げないと誓い、私は休息をとる。

 今度の休息も、やっぱり10分程度だったけど。

 

 * * *

 

 シェルターが破壊されるという轟音だったにもかかわらず、私の瞼はずいぶん重く目を開けるが辛かった。

 やっぱり、ベッドで寝なくて正解。ベッドだったら、たぶん私が怪人の餌食になっても起きなかったでしょうね。

 

 体は休息を求めて訴えてるのを無視して起き上がり、音のした方に目を向ける。

 ……プリズナーさんと対峙してた時と、外見が変わってない?

 別の怪人?

 

 ソニックさんと会話してたからあんまり注目してなかったけど、何か微妙に違うっぽい怪人に私はちょっと寝ぼけてるのもあって呑気に首を傾げていたら、男の人が一人前に出て来て、降参を宣言した。

 降参して、怪人の求めるものを提供をするから、ここにいる者の命だけは助けてほしいと交渉を始める。

 

 でもその交渉は、他のヒーローがやってくるまでの時間稼ぎと見破られていたのか、それとも人間の言葉なんて聞く耳が本心からなかったのか、怪人はあっさり却下する。

 要求があるとしたら、気持ちのいい悲鳴を上げろ、か。

 

 よくは見てなかったし、聞いてもなかったけど、その声とプリズナーさんの方が似合いそうなオカマ口調で、やっぱりプリズナーさんと戦っていた怪人だと確信した。

 変態能力でもあったのかな? プリズナーさんと同じく。

 

 こいつがここに来たってことは、プリズナーさんは負けてしまったんだ。

 ソニックさんは、大丈夫かな?

 大丈夫だと思おう。ヒーローでもないあの人が、自分からこんな面倒くさい敵と戦う訳もないと信じて、今は不安から目をそらす。

 

 そして、プリズナーさん、ごめんなさい。

 生きてるか死んでるかもわからないけど、生きていたとしても私はあなたを保護しにはいけません。

 それは、確実に全裸であるあなたを運びたくないっていうのが正直言ってかなり大きな割合であるけど、一番重要な理由はそれじゃない。

 

 面倒だけど、本当に面倒くさくてしたくないけど、でも、ここで何もしなかったら後味悪い思いをするのは私だから。

 

 だから、私は飲みかけだったペットボトルを、怪人の顔に向って投げつけた。

 ポコンと軽い音がして、怪人は一瞬きょとんとしてから、投げつけられたものを見て、それから投げつけた私を見た。

 

 周りも、私を見る。

 怪人と同じように何をしたかが理解できていない目もあれば、なんてことをしてくれたんだ!? と怒っている視線もある。

 怪人がシェルターを破壊して目の前にいる状況でも、無根拠に自分は死なないと思ってる頭が平和な人は、面白いことが起こりそうだと期待してることだってわかった。

 

 どの視線も無視して、ただ私はもう一度背負った、自分に科した誓いのままに言った。

 

「生臭いんですよ、あなた。室内に入りたいなら、全身ファブって出直してきなさい」

 

 こいつ相手に、下手に出る方法じゃ時間稼ぎは出来ない。

 時間を稼ぐなら、挑発で囮になるしかない。

 

 面倒くさいし、怖いし、本当はしたくないけど、しょうがない。

 私しかする人間がいないし、出来る人間もいない。

 逃げないと誓ったんだから、やるしかないじゃない。

 

 私は趣味でヒーローやってるお兄ちゃん以上に、それってどうよな理由で行動にでた。

 お兄ちゃんが知ったら、「中学の学級委員決めてるんじゃねーんだから」って言われて怒られそうだなぁ。

 

 私の言葉に魚面の怪人は、わかりやすく顔を引きつらせて笑う。

 やっぱりこいつはプライドが高い分、煽り耐性が低い。

 

「……あなた、見覚えがあるわ。さっき、私の獲物を連れて帰った奴ね」

 意外にも人間の見分けがついていて、しかも記憶力が良いらしい。

 

「そうですよ。あなた遅いから、余裕でした」

 言った瞬間、私なんか余裕で掴めそうな手が私をハエのように潰そうと振り下ろされた。

 

「ほら、遅い」

 振り落とされ、地面にそのまま手形を作った怪人に、私は全然違う所でしれっと言ってやる。

 ……覚悟したうえで言ってやってちゃんと事前に座標指定もしてたけど、やっぱり心臓にものすごく悪い。

 

 ロングスカートだから、足の震えは隠れる。だから、腕を組むふりをして体の震えを押さえつけて、私は余裕ぶって、本当は今にも逃げ出したいのを隠して、必死で強がって、挑発する。

 

「魚類が肺呼吸身につけたからって、調子に乗りすぎなんですよ。

 それは進化じゃなくって、ただ単にあなたが種族勘違いしてただけ。魚類じゃなくて両生類、カエルの一種だっただけですから。

 干からびる前に、さっさと水辺に帰って合唱でもしといてください」

 

 思いつくままに挑発の言葉を言い放つ。

 ビキビキと音が鳴りそうなほど、怪人は顔を引きつらせて、また私の方に向き直る。

「……あなた、簡単には殺してあげないわ。

 全身の骨を砕いて、手足を引きちぎってから、頭をかみ砕いてあげる」

 

 ものすごく嫌な殺され方を宣言されつつも、私は表面上鼻で笑ってやる。

「大海知らずの井蛙が、何を言ってるんだか?」

 

 私一人に注目しろ。

 このままテレポートで誘導して、こいつが壊した穴から遠ざけてシェルターの人を逃がせば、ここで一か所に固まってるよりは被害は少ない。

 

 大丈夫。お兄ちゃんとジェノスさんには連絡してあるから、必ず来る。

 それまでの時間を稼げばいいだけ。

 

 そう言い聞かせて、簡単なことだと自分を騙そうとしたけど、本当はわかってる。

 この恐怖と混乱に満ちた空間で、私が上手く怪人を誘導しても避難してきた人たちはそうすぐに簡単に逃げ出せないことを。

 たぶん、半分も逃げ出す前に私はキャパオーバーを起こすことも、全部わかってる。

 

 どれだけ今が絶望的な状況下なんて、嫌になるくらいわかってる!

 

 それでも、私がするしかないんだ。

 私しかいないんだ。

 

 ……そう、思ってた。

 

 * * *

 

「はあっっ! そ、その女性に手を出すな!

 B級ヒーロー! ジェットナイスガイ参上!!」

「う……うおお! 俺もやるぜ!

 C級ヒーロー! ブンブンマン参上!!」

 

 ジェノスさんほどではないけど体がメカメカしい男の人と、髪形がアフロな男の人が、私の前に出て、私を庇って名乗り上げた。

 

「……ヒーローとして、一般人の女性一人を囮にさせるわけにはいかんな」

 そんな呟きがまた後ろから聞こえて、私を通り過ぎる。

 

「よし、力を合わせるぞ。

 38位の最下位とはいえ俺もA級の端くれ……やってやる!

 A級ヒーロー、蛇咬拳のスネック参上!」

 蛇柄のスーツを着た人が、ネクタイを締め直して構えた。

 

「!! お、俺もヒーローだ!

 オールバックマン参上!」

 

 初めに、降参宣言をして犠牲を出さないように時間を稼ごうとしていた男性も、名乗り上げる。

 

 ……ヒーローが、いた。

 

 ここにいるってことは、自分たちが敵う相手じゃないって思ったからだ。

 

 なのに、名乗った。

 

 名乗って、前に出る。

 私の前に、私を庇って、私しかいないからしなくちゃいけないって思っていたことを、私の代わりに、敵わないと思った相手に立ち向かう。

 

 ……あぁ、これだから私は、他人なんかどうでもいいと思っても人を嫌いになっても、どれだけ人の悪意や醜さを目にしてきても、それでも人に、人間に失望が出来ない。

 

 私の一番のヒーローは、いつだってお兄ちゃんだけど。

 

 それでも、ここにも、ちゃんとヒーローはいた。

 

 誰かを守って、救おうとする人たちは、確かに存在していたことが嬉しくて、この絶望的な状況なのに、私の胸の内は希望で満ちる。

 

 ……何人集まっても、避難してたヒーローだと思うと心細いと冷静な私がちょっと思ったのは内緒。

 


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