私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ソニック視点です。


構成物質1割、未だ不明

 プリズナーの脱獄に乗じて、俺もさっさと脱獄した。

 その後、プリズナーを追ったのはただの興味だ。別に俺一人でも脱獄は出来ただろうが、さすがに面倒くさそうだったので、ここまで即座に脱獄できる機会をくれた奴に感謝は素直にしてやっても良かったが、それをわざわざ伝えるためについて行くほど俺は暇じゃない。

 

 ただ、生身でハンマーヘッドのバトルスーツを軽々上回る奴が、脱獄してまでヒーロー活動をすることにわずかながらの興味がわき、戦いに飢えるこの血が騒いだだけだ。

 ……まぁ、その血の騒ぎは奴に目をつけられていたということが判明したことで、さっさと帰ろうという警報に変化したがな。

 俺が奴に負ける要素はないが、もうチェックされていたという事実だけで嫌だ。関わりたくない。

 

 だから、さっさと帰るつもりだった。怪人が町を襲おうが人を殺そうが、俺には関係ないし興味もない。

 帰るつもりだった。

 あいつが、……エヒメが現れるまでは。

 

 やけに青白い顔色で現れ、プリズナーが助けたヒーローを保護しに来たとエヒメは宣言する。

 ……A級ヒーロー二人をほぼ瞬殺した怪人から保護しに来たというのに、あいつは偽善者独特の自分に酔った顔なんてしていなかった。

 むしろ、実に面倒くさそうだった。

 

 面倒くさくて、他人なんかどうでもいいが間違いなくあいつの本心なんだろう。

 なのに、あの女は来た。

 

 逃げないという誓いは、もはや自己満足すら得られない呪縛になって自分をただ苦しめるだけであることは他人の俺でも一目瞭然だというのに、エヒメは別に助けたくもない他人を助けに、自分の兄に頼るなどの方法なんか見向きもせず、当たり前のように、面倒くさそうにやってきた。

 ……本当にお前はエゴイストなのか聖人なのか、よくわからん女だな。

 

 行動そのものは不快なのに、その行動原理がどうしても憎めず同調する不思議な女は、プリズナーが助けたヒーローに駆け寄って、盛大に転びかけた。

 何かにつまずいたというより、足の力が抜けたといった形で転びかけたこと、そもそもテレポートで近づかなかったことがわずかに気になった。

 それを訊く為だけ、わずかとはいえ疑問を残すのは不快だから解消する為。それだけだ。

 

 こいつを助けたわけじゃない。

 

 だから俺は、俺の腕の中で気まずげにへらっと笑ってる女に訊く。

「お前のテレポートは、さほど使い勝手が良い能力ではないな?」

 空気を読めていないと指摘した俺が言うのもなんだが、脈絡のない問いだった。

 だからかエヒメは俺の問いを理解できずにキョトンとしていたが、そんなもん気にせず俺は質問を重ねる。

 

「前々から思っていたが、お前はもっとここで使えばいいだろうと思う状況で使っていないことが多い。

 回数制限でもあるのか? 異様に顔色が悪いのは、その所為か?」

「……心配してくれてるんですか?」

 

 俺の質問に答えるのではなく、あり得ないことを訊いてきたことに思わず顔が歪む。

 俺の表情は言いたいことを如実に表していたらしく、俺が何かを言う前にエヒメは「そこまで否定しなくても……」と不満そうに言い出した。

 

「阿呆なこと言ってないで、俺の質問に答えろ。バカ女」

 こいつの言葉は、バカバカしくて的外れでしかない。

 心配? そんなものお前はもちろんどうして俺が、誰かにすると思えた?

 

 未だ腕にお前を抱えたままなのは、お前がさっさとあのヒーローを連れて逃げないようにするため。質問に答えるまで、ただ捕まえておきたかっただけだ。

 そうでしかない。それ以外、あり得ない。

 俺は自分自身の問いに、そう答えを返す。

 

 逃げないと科した女を逃がさない為に腕の中に閉じ込めた理由は、それだけだと言い聞かせた。

 矛盾なんて、俺の中にはなかった。

 

「……えぇ。正確な回数は体調とかによって変化するからわからないんですけど、回数制限があります。キャパオーバーすると、テレポートどころか自力で動くことも出来なくなります。

 正直、今はテレポートせずにこのまま寝てしまいたいくらいギリギリですね」

 俺がイラついていることに察したのか、さすがにこれ以上余計なことを言わず、エヒメは曖昧に笑いながら答える。

 その言葉に嘘はないだろう。現にこいつは自力で立つ気も起きないくらいにギリギリなのか、俺に完全に体を預けて支えられている。

 

「……そこまでして、お前は心底面倒くさいと思いながら何故、あいつを助けようとするんだ?

 面倒なら放っておけ。本心からしたくないことをしないことは、逃避ではなく選択したうえで選んだ行動だろうが」

 

 俺の正直な感想に、またエヒメはきょとんとした顔で見上げてくる。今度は、どうしてそんな顔で俺を見るのかはわからなかった。

 

「……面倒くさいって、ばれちゃってました?

 ソニックさんに隠し事って出来ませんね」

 

 バツが悪そうでありながら、どうしてそんなに嬉しそうに笑うのかも、わからない。

 

「私は、……結局自分に科した誓いを守れなかっただけですよ。ヒーローを助けに行ってくれなんて、無責任な期待を敵に回して、『面倒だから嫌です』って言う勇気がなかっただけ。……ただ、それだけなんです」

 

 ヒーローを助けに行くという、矛盾と無責任極まりない要望の圧力に負けたと、この女は自嘲した。

 その自嘲する顔が、無性に気に入らなかった。諦めた、弱々しい目に酷く苛立った。

 

 その目が、この弱さこそがこの女らしい、本来ならそうである姿であること、元々「逃げない」なんて不可能なほど弱い人間であることなんて、初めからわかっていたはずなのに。

 期待など俺はこいつにしていなかった。むしろ、この身の程知らずな誓いを、強さを粉々に壊してしまいたいとさえ思っていたのに、今の弱々しいこいつは不快だった。

 

 ……その不快さはこいつ自身から来るのか、それともこの女の強さを壊した矛盾と無責任、そして弱さの塊である声だけがでかい「普通の人間」という存在からかは、わからなかった。

 

 そんなことを考える前にこの女は実にふてぶてしく、そして面倒くさそうに、聖人からほど遠い顔をして言ったからだ。

 

「……でも、一応初めから来る気はあったんですけどね。だからこそ、余計な期待なんかしてほしくなかったのに」

「……何故、お前は『見捨てる』という選択をしない?」

 

 本心から、心底不思議だった。

 この見返りを求めていないくせに聖人からほど遠い、面倒くさいけど仕方ないと思いながら人を助けようとする行動原理は理解できなかった。

 出来なかったのに、この女は他人を殺すことも見捨てることも躊躇しない俺でもわかるように、その動機を言ってのけた。

 

「自分の家の前に死にかけの捨て猫が放置されてて、ほっとけば明日にはハエと蛆虫の巣窟になりそうだったら、どうにかするでしょう?

 私がやってることなんか、それと同じようなものです。面倒だから放置して、その結果で後味が悪くなるものを見たくない。それだけです」

 

 しれっとふてぶてしく、面倒くさそうに言い切った。

 A級ヒーローを、お前を含めた一般市民を助けるために役に立たなかったとはいえ行動して、やられた奴らを見ていて不快な猫の死体と言うか、この女。

 本当に、本心では他人をどうでもいいと思ってるな。

 しかしそれは、俺でも確かにわかる。面倒だが、見返りなんていらないが、確かに何とかしようとは思える動機だった。

 

 ……俺の場合はその死にかけの猫を、自分が見えないどこか別の所に捨てるという選択を取るが、こいつは助けるという選択をする。

 その部分はどうしても相容れないくせに、どうしてこの女の考えは俺でも理解できて、同調できるのか。

 理解できて同調できるのに、どうして相容れないのかがわからなかった。

 

 そのわからない部分を、知りたいと思った。

 それは相容れたかったかのか、それとも決別したかったのか、それはわからない。

 それはどうでも良かった。

 

 ただ、知りたかった。

 

 が、そんなことを訊いてる暇も、俺が考えてる時間もなかった。

 プリズナーと対峙している怪人のパワーは、どうも脳筋のプリズナーより上回るらしい。

 

 単純な殴り合いは実に滑稽で俺が負ける要素などどこにもなかったが、プリズナーがやられてこっちに向ってきたらさすがに装備がない俺では面倒だ。

 スピードと武器や技の技術で俺に適う者など存在しないが(一瞬よぎったハゲなど見えない)、俺のパワーはそこまでずば抜けていないので、こいつらと戦うとなれば丸腰の俺では長期戦になるのが厄介だった。

 

 だからここは、あいつがあれを引き付けている間に帰るか。

 ……何か、プリズナーが「変☆身!!」と言いながら全裸になったし。

 

 どう見ても天使じゃない。というか人間じゃない。

 というかもう見たくない。帰ろう。

 

 エヒメの方も、男の全裸を見ても女らしい反応を見せず、というかできずに死んだ目になって「変身というか、あれは変態……」と呟いていた。

 二重の意味で正しいな。上手いこと言ったつもりか。

 

 プリズナーが「エンジェルスタイルの俺を見て生きて帰ったものはいない」と言い出したので、もう本当に早く帰ろうと思った。

 そう言うとエヒメが腕の中で「お気をつけて」と言ったから、何気なく俺は言い返した。

 

「俺が、死にかけの猫に見えるか?」

 エヒメが言ったことを使って、ただの反射で言ったであろう社交辞令的な別れの挨拶を皮肉った。

 特に意味はない。ただ、逃げ帰るわけではない、このままプリズナーがやられても俺は余裕だと、あんな愚鈍な魚人くらい仕留められると暗に言ったつもりだった。

 お前が「後味悪い」と思う結果になどならん。そういう意味をこめたつもりさえもなかった。

 

 特に意味のない、言葉のはずだった。

 

 なのに、エヒメは俺の言葉に少しだけ怒った様子を見せる。

 弱々しかった目に、諦めしかなかった不快な目があの日、喉笛に刃を突き付けてもそらさなかった目に戻る。

 この女にはそぐわない強さが灯った眼になって、まっすぐに俺を、あの日と同じように見据えて言う。

 

「あなたは、私にとってどうでもいいけどほっとくには後味が悪い人ではありません。

 ソニックさんは、私にとって他人じゃなくて大切な人です。だから、本当に気を付けて欲しいですし、何かあったら面倒なんて思わずに、身の程知らずでも余計なお世話でも私は助けに来ます。

 ソニックさんの強さを信じていない訳じゃないけど、これは強い弱いなんか関係ない、大切だからこそ思う心配です」

 

 ……この女は、俺が自分の兄の命を狙っていることを覚えているのか?

 覚えていても、知っていても、その上で俺を「大切」というのか?

 

 やはりこの女はと俺は、相容れないと確信した。

 確信しても、やはり何故相容れないのかを知りたいと思った。

 

 どうして、こいつは俺を「大切」だと言えるのかが、知りたかった。

 

「本当に余計な世話だ。そんなことを思うより、さっさとあれを連れて帰れ。

 お前に貸した恩はまだ返してもらっていない。それを返す前に死ぬなんて俺は許さんからな」

 

 だから、さっさとこいつもこの場を離れるように言った。

 ただ自分の為だけに、俺自身の為だけに俺はこいつを生かす。

 

 ……なのに、エヒメは実に嬉しそうに笑った。

 

「はい!」

 笑って、俺の手から離れてイナズマックスとかいったヒーローを抱えて消える。

 

 イナズマックスを連れて行くときは、俺とテレポートしようとした時のように、躊躇なく抱き着きはしなかった。

 肩を貸すように、奴の腕を自分の肩に回して担いで消えたのが、あの女にとっての俺とどうでもいい他人の違いが目に見えたのが、何故か少しだけ気分が良かった。

 

 * * *

 

 エヒメが消えた直後、プリズナーが怪人にやられてサッカーボールのように蹴り飛ばされ、ビルを抉って飛んでいく。

 怪人が俺と向き合い、名乗る。

 

 深海王と名乗ったその魚類は、名前の通り深海に引きこもっていればいいものを、この世を支配すると世迷い言をほざいて俺にでかい態度を取る。

 この俺にでかい態度さえ取らなかったら見逃してやっても良かったのだが、少し、目障りだ。

 

 だから、遊びのついでに駆除してやろう、深海王。

 

 そう、これは遊びだ。

 俺に負ける要素などないのだからな。

 

 遊びに過ぎない。

 俺の為に過ぎない。

 

 決して、あいつの為なんかじゃない。

 

 この町のどこかに避難した、あの女の為なんかじゃない。

 


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