私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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深海王編
長い一日が始まった


 お兄ちゃんが約束を破ったことに対する怒りと、悪気はなかったお兄ちゃんを責める自己嫌悪をぶつけて、色々作りまくったので今月の納入ノルマは余裕で達成できたのはいいけど、材料が綺麗になくなった。

 ビーチグラスとか流木とか、拾いに行けるものはもちろん、糸とか布とかボンドとかも使い果たしたから買いに行かなくちゃ。

 

 だから、丁度J市にある大規模なクラフト材料の店でセールをやってるから、そこに行ってくることを伝えたら、ジェノスさんも買い物に付き合うと言ってくれた。

 ジェノスさんには興味のない買い物だろうから、時間もかかって退屈ですよと遠慮したんだけど、分野は全く違うとはいえ自分の体の修理が出来るジェノスさんは、私の雑貨づくりに興味があると言って、荷物持ちになってくれると言ったのは、本心から嬉しい。

 

 ……でも、今回は本当について来て欲しくないんだよね。

 クラフト材料だけを買うつもりならお言葉に甘えるんだけど、ついでに買いたいものがあるから。

 でも、それは言えない。言うぐらいなら、買わない。

 今すぐに買わなくちゃいけないものでもないからまた今度にしてもいいんだけど、こちらも近くの店でセール中らしいから一緒に行っておきたい。

 

 だけど、ジェノスさんの好意と、そんな捨てられそうな子犬みたいな目で、「……お邪魔ですか?」と訊かれたら、簡単には無碍にできない。

 私は悩んだ挙句に、完全に他人事として漫画を読んでたお兄ちゃんに、助けを求めた。

 助けって言うか、お兄ちゃんにクラフト材料以外の買いたいものを話しただけだけど。

 

 本当はお兄ちゃんにだって言いたくないけど、ジェノスさんに言うぐらいならお兄ちゃんに言って、どうにかオブラートに包んで言ってもらった方がマシ。

 ……なのにこの愚兄、本当に空気を読まないな!

 

「ジェノス。こいつパンツ買いたいらしいから来んなって」

「それを言ったら意味ないだろーがっ!!」

 

 近くにあったテレビのリモコンを引っ掴んで、私は躊躇なくオブラートに包むどころか、私が包んだ「下着」というオブラートすら溶かして破いてザックリそのまんま言いやがったバカ兄の頭をどついた。

 私の悩みは何だったの!?

 ジェノスさん、フリーズしちゃったし!!

 

 そんなもう羞恥で今すぐ穴掘って埋まりたい。でもその前にお兄ちゃんをマグマの中に蹴落として埋めたいぐらいに恥ずかしい思いをして、ジェノスさんにものすごく気まずく「……出過ぎた真似をしてすみません」って謝られて、余計に恥ずかしいわ、ジェノスさんに申し訳ないわ、お兄ちゃんがムカつくわで、もっかいお兄ちゃんを殴りたいのを抑えてまでして、J市にやってきたのに……。

 

 ……災害レベル「虎」の怪人が大量発生って何ですか?

 私、やっと買うものが決まったところだったのに、結局下着買えなかったんですけど!?

 

 ……まぁそんな私の災難はいいとしよう。

 っていうかもう忘れたい。私はあんなに恥ずかしい思いをしてまで、何しにここに来たの? って思うのは虚しすぎて涙も出ない。

 

 だからこの恥ずかしさと虚しさを忘れるために、私はほとんどヤケクソで、テレポートで近隣住民を災害避難所まで運びまくった。

 私一人、Z市に逃げ帰ることは簡単。

 だからこそ、それはしない。

 

 逃げないと科したから、私は自分の誓いに従って、私が出来ることをする。

 とりあえず、J市にいることを知ってるお兄ちゃんとジェノスさんには、避難所にいるとは伝えておいたけど。

 

 避難所にいるって伝えるだけで、テレポートで出入りしまくって逃げ遅れた人を保護してることは言わなかった。

 言わなくてもたぶん二人はわかってるだろうし、私がそうする理由も、何を言っても絶対にやめないことだってわかってるはず。

 

 それでも、二人はきっと心配して、私を叱るのも知ってる。

 二人に心配させて、悲しい顔を見るのは嫌なのに、叱られることは少し嬉しい私は、本当にわがままで最低だ。

 

 心配してくれて、故に叱るというのは大切に思われてる証明。

 それが欲しいだけの私は、罪滅ぼしも兼ねて飛び回り、保護しまくった結果、現在グロッキー。

 

 キャパオーバー起こすギリギリまでテレポートをした甲斐があって、近隣住民のほとんどの安否が確認された。

 後は、ヒーローが怪人を退治してくれるのを待つだけだったので、私は避難所の隅に隠れて、休憩を取る。

 保護した人、感謝もお礼もいらないから、ほっといてください。

 私が今一番欲しいのは、ぐっすり眠れる布団です。

 

 私は完全に安心しきっていた。

 だって、一般人の避難は完了してて、ヒーローはすでに一人交戦してる。しかもA級11位とかなりの実力者。

 

 それに、お兄ちゃんとジェノスさんに連絡もしてあるから、もう大丈夫。

 お兄ちゃんは結構方向音痴だからちょっと心配だけど、ジェノスさんがいるなら大丈夫でしょう。

 仮にはぐれても、やっぱりジェノスさんがいれば大丈夫。

 

 なんか今現れてる怪人は、私がソニックさんに出会うきっかけ、私でも油断して最後に大ポカやらかしちゃったけど、それでも倒せそうであったあの怪人とほぼ同種族っぽい。

 災害レベルも虎なら、ジェノスさんは余裕のはず。

 

 そう思い込んで、私は軽く眠った。

 起きる頃にはすべてが解決してると、信じてた。

 

 その根拠なんてない思い込みと、私の仮眠はさっさと終わる。

 

 大きな人のざわめきで、目が覚めた。

 眠っていたのは、おそらく10分かそこら。

 たったそれだけの時間で、状況が一変したらしい。

 

 一人で怪人の群れと奮闘していたヒーローが、残り4体を一気に倒したまでは良かった。

 その直後に、親玉らしき怪人にそのヒーローは瞬殺された。

 いや、実際は殺されてはないらしいけど、怪人がすぐ近くにいるから誰も助けに行けない状態らしい。

 

 私は避難所の端に座り込んだまま、ケータイでヒーローがやられたという情報を確認した後、どのあたりで今、倒れているのか、その倒されたヒーローがどういう人かを調べる。

 ……良かった。ジェノスさんみたいなサイボーグでも、重い鎧や武器で全身固めてる人でも、体格が良すぎる人でもない。どちらかというと細身な人だ。

 

 数分の仮眠とは言え、テレポートで消耗するのはやっぱり体力じゃなくて気力とか精神力的なものなのか、だいぶキャパオーバーギリギリで感じる体のだるさはなくなってる。

 このくらいの体格の人なら、避難所に連れて行くことが出来るはず。

 

 ちょうど、そのヒーローを倒した怪人が、別のヒーローに向かって行ったという速報も入った。

 その今現在襲われてるヒーローには悪いけど、スティンガーさんだっけ? とりあえずその人の傍から怪人がいなくなったのなら、好都合。

 ごめんなさい。しばらくでいいから囮になっててくださいと、私は心の中で名前も知らないヒーローに無茶ぶりをして、跳んだ。

 

 * * *

 

 スティンガーさんが身長のわりに私が思ったより軽かったのは、良い想定外。

 悪い想定外なのは、私が無茶ぶりしたヒーローは本当に無茶ぶりだったらしく、私がスティンガーさんを回収して避難所に戻るまで5分もなかったはずなのに、戻ってきた頃にはかなりの劣勢に立たされていた。

 そのことを、避難所に戻って来て聞かされて、正直私はうんざり。

 

 もう私がテレポーターであることは、人を保護しまくった事で避難所内では知れ渡ってるし、スティンガーさんを連れて帰ってきたから、それは仕方がない。

 でも何で、その劣勢に立たされてるヒーロー、イナズマックスさんも助けに行くことがほとんど決定事項になってんのかな?

 

 シェルターの職員、ヒーロー協会の人たちは皆、はっきりとは言わないけど、遠回しで私に助けに行け、行くのが当たり前だろと言っている。

 

 避難所の市民たちは、「イナズマックスも助けてくれ!」と私に懇願するけど、そのうち何人が本気で、そのヒーローを心配しているのかが訊きたくなった。

 大半、いえ、9割9分が別にどうでもいいけど自分が善人であるアピールで、声高に叫んでるだけ。

 自分から何もしない、隣の人が言ってることをオウム返ししてるだけであることなんか、わかってる。

 

 だからこそ、私は無言で跳んだ。

 ……そのイナズマックスというヒーローを助けるためじゃない。

 

 あの空間から、あの空気から、あの視線から、あの期待から私は逃げ出しただけ。

 私は結局、科した誓いをいつも守れない。

 

 そんな弱い自分からまた逃げるために、イナズマックスという人を探す。

 ……言われなくたって助けに行くつもりだったんだから、自分の事しか考えてないんだから、私に期待なんかしないで自分の事だけ見ててよ。

 

 ちゃんとどのあたりで交戦中かを聞いていれば良かったのに、私はただあの場から逃げ出すためにさっさと適当に跳んだから、全然そのヒーローがどこにいるのか、そもそもイナズマックスという名前だって今さっき知ったばっかりで、顔さえもわからなかった。

 サイボーグや重量系の人じゃなきゃいいんだけどと思いながら、キャパの節約に歩いてとりあえずは人や怪人を探す。

 

 初めに怪人退治をしてくれたスティンガーという人は、A級11位という高順位は伊達じゃなく本当に優秀な人だったのか、親玉以外の怪人は彼一人で全滅させたらしく怪人に出会うことなく、私はイナズマックスという人を見つけることが出来た。

 

 轟音とともに崩れるビルが見えて、そちらに駆け寄った。

 そのビル近くでまず最初に見えたのは、お姫さま抱っこした成人男性が子供に見えるくらいに大柄、そして筋肉隆々とした人で、大変申し訳ないけど、最初に見た時は怪人の親玉だと確信した。

 

 よく見たら、人間だったけど。

 いや、正直ジェノスさんがいなかったら私は、よく見ても怪人だという思い込みは消せなかったと思う。

 

 ジェノスさんがS級ヒーローになったと知って、今まで興味なかったS級ヒーローについて調べたことがあった。

 軽く一回限りだから、今はもうほとんどの人を忘れてるけど、一人だけ、ジェノスさん以外で覚えている人がいた。

 順位がジェノスさんのすぐ上で(今は確か抜かされて、この人が最下位のはずだけど)、なおかつものすごくインパクトのある名前と外見、そして経歴だったから、今は役にたったけど無駄に覚えてましたよ。

 

 おかまで男好きの脱獄犯。ぷりぷりプリズナーさんですよね?

 

 プリズナーさんは、私の存在に気が付き、「一般人か? ここは俺に任せて、早く逃げるんだ!」と言った。意外に一人称は俺なんですね。オネエ口調だと信じて疑いませんでした。

 

「私、テレポーターです! イナズマックスさんを、保護しに来ました! ちなみにスティンガーさんはすでに保護しています!!」

 もちろん、場違い極まりないそんな感想を言えるわけもないので、私は声を張ってプリズナーさんにそう伝えたら、「何!? スティンガーちゃんを保護してくれたのか! ありがとう!」と叫び返して、その場に抱えていたイナズマックスさんを寝かせて、怪人の親玉と対峙する。

 

「俺があれを引き付けている間に、イナズマックスちゃんを安全なところに連れて行ってくれ」

 彼(彼女?)がそう言って、自分と同じくらいの体格の怪人に向かって行ったので、私もイナズマックスさんに駆け寄る。

 

 けど、フラッとめまいがして、盛大に転びかけた。

 あぁ、キャパが相当ヤバいな。イナズマックスさんは連れて帰れても、プリズナーさんがやられたら、あの人は運べないかも。

 

 そんなことを思いながら、膝が崩れかけたのに、私は転びも地面に座り込むこともなかった。

 

「お前は相変わらず、エゴイストなのか聖人なのか、ただの馬鹿なのかよくわからんな」

 

 私と太さ自体はそう変わらない腕が、私を支えていた。

 ……それ、割とあなたにも同じこと言えますよ。

 暗殺者なのに、憎いライバルの妹である私を、何かと助けてくれるあなたにも。

 

「……この前はお兄ちゃんが空気を読まなくてごめんなさい」

 

 とりあえず私は、囚人服姿のソニックさんに謝っておいた。

 

「……お前も、空気は読めてないだろ。今言うか、それを?」

 


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