なんかタンクトップサイダーって奴と黒タンクトップに訳わからんことを言われたと思ったら、Z市民から「ヒーローやめろ」やら「消えろ」やら言われてるんだが、……アイス買ったから帰っていいか?
楽観してたのは事実だし、悪いとも思ってる。
一応、隕石を砕いた後は人や建物に当たりそうな礫を砕きまくってフォローしたつもりだったけど、完璧じゃなかったのはわかってる。
余計なことをしたとは思ってないが、俺はヒーローとしてたいして優秀じゃないことくらい知ってる。
俺にできたのは、死人が出るのを防いだぐらい。そんなの、ヒーローならして当然の行いだ。
だから、別に思うことはない。
俺がでかい隕石を砕くことしかできないで、町への被害を全部は防げなかったのは、俺の実力と努力が足りなかった結果だ。
もう趣味じゃないんだから、こういう所にも気を遣うべきだったのを忘れてた俺の自業自得。
なら、俺に文句をつけて気が済むのなら、勝手にしてくれりゃいい。
でもアイスが溶けるから、早くしてくれ。
もうこんなんでエヒメの機嫌が直る訳ないってのはわかってるけどさー、こうするしかねーじゃん?
っていうか、あいつがすでに怒ってないこともわかってる。
ただ俺にもう二度と約束を忘れて欲しくないから、面倒なくらいに引きずって拗ねてるだけだってことくらいわかってるから、いつもなら好きなだけ拗ねさせてやるけど、今はジェノスがいるからな。
さすがに関係ないあいつを巻き込むのは悪い。
それも、エヒメの方がわかってるだろうから何とか折れてくれねーかな?
逆に無理かもな。ジェノスに悪いって思えば思うほど、あいつは俺とジェノスにどう謝っていいかわからなくなって、余計に何も言えなくなってる可能性が高いわ。
どうしてあいつは、何でもかんでも自分の中にため込むのかね?
3日前みたいに、俺に思いっきりぶちまけてしまえばいいのにな。
あんなわがままとも言えないわがままを受け止めるくらい、こんな未熟なヒーローの俺でも出来る。
約束を守れなくてあいつを泣かせてばっかりだけど、だからこそあいつが吐き出したものを受け止めて「大丈夫だ」って言って安心させてやりたいのに、肝心の本人が自分の中にため込んで絶対にこっちに渡しやしない。
大事なものなんかじゃないのに、自分を傷つけるだけのものなのに、あいつは他の誰かを傷つけないためにいつも自分の中で堰き止める。
趣味でヒーローを始めた俺なんかより、あいつの方がずっとヒーロー向きだ。
絶対に、させないけどな。
やってる俺が言うのもなんだが、あいつにこんな危ない事はやらせない。
だから、周りに何といわれても俺はやめない。
ヒーローを、やめない。
俺がしないと、あいつが「誰もやらないから」って中学校の学級委員じゃねーんだからな理由でやりかねないからな。
「おい、今こいつ不審な動きをしたぞ!」
とにかく俺が早く帰りたいって思ってたら、黒タンクトップがさらに訳わからんことを言い出した。
「この町を破壊したように!! この場にいる人々にも危害を加えようというのか!?」
うーん。さすがに完全ないちゃもんになってきたな。
これは余計に面倒なことになりそうだなと思ったけど、なんか俺と戦う空気になってきた。
あ、これ逆に早く帰れそうだわ。
こいつらぶっ飛ばしてさっさと帰ろう。
むしろ望んだ展開になってきたので、俺は軽く拳を握っていつでも軽く触れる準備をする。
よーしそのまま向かってこい、タンクトップサイダー。
「俺たち兄弟がヒーローとして歪んだお前を粛正してやる!!! ガオオオッ!」
なんか猫っぽい声を上げて俺に向かってきたサイダーに、俺が拳を軽く振る直前……
「ぐえっ!?」
カエルが潰れるような声を上げて、サイダーが倒れた。
テレポートで跳んできた膝が、思いっきり延髄に全体重をかけて入ったからな。無理もない。
「……エヒメ?」
テレポートでニードロップを決めた妹の名前を呟いて、俺はそんなことを考えていた。
* * *
偶然か狙ったのかはわからんがエヒメがニードロップを決めて、サイダーは泡吹いて倒れる。
兄貴の黒タンクトップと周りの奴らは、茫然。そりゃそうだろな。いきなり女が空中に現れて、ニードロップだもんな。実の兄の俺ですら、どう反応したらいいのかわかんねーよ。
エヒメは自分がニードロップを決めて倒れた奴の心配なんか一切せず、むしろゴミを見るような目で一度睨み付けてから立ち上がった。その反応で、エヒメがわざとやったと確信する。
そして、エヒメは俺に背を向けて、黒タンクトップに向き直る。
「……エヒメ?」
呼びかけても、エヒメは答えない。
ただ俺には、顔が見えなくても背中しか見えなくても、わかった。
こいつはまた怒ってブチ切れていることくらい、わかった。
その対象が、俺じゃないことも。
まだ茫然として弟の心配すらできない黒タンクトップにエヒメは言う。
「私の所為だ」
堂々と潔く、こいつは言い出した。
「は?」
女が突然現れたこと、その女が弟にニードロップを決めたことよりも、黒タンクトップはエヒメの第一声に困惑した。
その困惑を無視して、エヒメは声を張って叫んだ。
「Z市がこんな被害を出したのは私の所為で、お兄ちゃんの所為じゃない!!
私が、町よりもZ市の人たちよりも、たった一人を優先したから! お兄ちゃんにわがままを言ったから! お兄ちゃんが隕石を壊すのがギリギリになった!!
だから、責めるんなら私を責めろ!
お兄ちゃんは悪くないんだから! 悪いのは全部、私なんだから!!」
エヒメは俺を背にして、俺を守るように、俺を庇って、叫んだ。
小さな肩も、細い足もガタガタ震えてる。
こいつはこんなふうに集団で責められるのが何より怖くて、逃げ出したくて仕方がないはずなのに、テレポートなんかを使えるようになってまでして逃げだしたもののはずなのに、エヒメは今、ここで俺を庇った。
……あぁ。バカだな、お前は。
お前が悪いわけねーだろ。
あんなのわがままじゃない。むしろ、兄ちゃんは嬉しかったんだぞ?
お前、寂しがり屋なくせに人が嫌いになって、本当は友達とかが欲しいくせに俺しかまともに付き合うことが出来なかったのにジェノスと仲良くなって、いつも俺に何かを頼るのは悪いって思って何も言わないお前が、ジェノスを助けてって言ったのは、本当に嬉しかったんだぞ。
そもそもお前、自分で言ったじゃねーか。徒歩じゃ間に合わないって。
お前がいたから、間に合ったのに。
お前の「ジェノスに会いたい」ってわがままが、俺をあそこまで送り届けたのに。
それでも、お前は俺を守るために言うのか。
自分の所為だと。
一気に言いたいことを言って、エヒメは肩で息をしている。
おそらく緊張とトラウマが一気に蘇ったことで、頭が完全に真っ白になってるところだ。
そんな状態のエヒメに、黙ったのをいいことに黒タンクトップがまた大声を張り上げる。
「……お前! 妹にそんなことを無理やり言わせてまでして、ヒーロー気取りがしたいのか!?」
その言葉に、エヒメが顔を上げて何かを言い返そうとしたが、声が出ない。
声も出せなくなるほどに、こいつは昔のことを思い出してしまってる。
……あぁ。もう……
「信じられないなぁー!! 妹を共犯者にして、美談に仕立てて、責任逃れなん……て…………!?」
――お前、もう黙れよ。