まだ名が決まらぬ種
お兄ちゃんが見てる新聞を後ろからのぞき込んだら、小さくだけどお兄ちゃんとソニックさんの事が載ってるし……。
あぁ、もう本当にごめんなさいソニックさん。町中で暴れたことはフォローするつもりはないけど、さすがにあんなあっさり空気読まずに倒されたのは同情する。
しかも新聞で名前、パニックになってるし。
あとなんか、私が病院に運んだおじさん達も新聞に載ってるけど、そこに書かれた「自分たちを助けてくれた勇敢な天使」なんて文章は見えない。
そんな人知らないから、きっと別の人。別のテレポーターさんです、それ。
「サイタマ先生の順位が最下位の388位から342位に上がってます」
私がちょっと自分に現実を言い聞かせていたら、PCを見ていたジェノスさんがそう報告をしてくれた。
ソニックさんを捕まえたので、上がったんだね。いいことのはずだけど、ものすごい複雑。
「ジェノスさんの方はどうですか?」
私が何気なく尋ねてみたら、少し落ち込んだ様子で特に何もやっていないからS級最下位のままだと彼は言う。
最初からS級という時点ですごいのだから、落ち込むことなんかじゃないのに。
でも、しれっと語られた一般人の投票で作られる人気ランキングだと6位という事実に、私たち兄妹が「なんで!?」と同時に叫んだ。
お兄ちゃんに至っては、盛大にお茶を噴き出してた。
私たちのツッコミを素直に質問と受け取ったのか、ネットのコメント欄をジェノスさんは淡々と読み上げる。
……顔がカッコイイとか、サイボーグ王子とか、イケメンヒーロー五本指に入るとか、よくあんな無表情で言えるなこの人。
同じことをお兄ちゃんも思って尋ねたら、自分の写真を見て勝手に評価されたことは何とも思わないと答えてた。本当にストイックな人だな。
「でも、ちょっともったいないかも」
「え?」
あ、思ってたことがそのまま声に出た。
ジェノスさんがきょとんとした顔でこちらを見てるので、何でもないとごまかすのも気まずいから、少し恥ずかしいけど私は声にしなかった部分も口にした。
「あんまり気にしないでください。
ジェノスさんはカッコよくてクールなだけじゃなくて、努力家なところとか面白くて楽しいところもいっぱいあるのに、それが写真だと伝わらないのがちょっともったいないなーって思っただけですよ」
私の言葉に、ジェノスさんはフリーズ。……なんか最近、この反応が多い気がする。メンテナンスした方がいいのでは? って言うのはやっぱ失礼かな?
「……俺は、カッコいいんですか?」
フリーズが解けたかと思ったら、なんか意外なところを拾われた。
そこを今更気にしますか? マジで自分がカッコイイって自覚なかったんだ。
「カッコいいですよ。外見も、性格も。
真面目で自分の中に芯を持ってて努力を惜しまないから、いつも私、尊敬してますよ。
顔立ちも、イケメン仮面なんかより私ずっとジェノスさんの方が凛々しくて綺麗でカッコいいと思いますし……ってどうしたんですかジェノスさん!?」
なんか気がついたらジェノスさんがテーブルに突っ伏して、リアルに頭から煙出してるんだけど、どうしよう!?
私が心配してもジェノスさんは「大丈夫」って言い張るし、お兄ちゃんは「気にすんな。思考回路がショート寸前なだけだから」って言うし!
「それ一番ダメな奴じゃない!?」
何!? 今すぐ泣き出しそうなの!?
* * *
ジェノスさんの頭から煙が出てきた時は本気で焦ったけど、協会から連絡が来た時には普通に戻ってて良かった。
でも、失礼でも帰って来たら言わせてもらおう。博士さんにメンテナンスしてもらった方がいいですよって。
そう心に決めて、私は拾った流木で小さな椅子のような飾り棚制作を続行し始めたタイミングで、お兄ちゃんは意外なことを訊いてきた。
「なぁ、エヒメ。お前、ジェノスの事どう思ってるんだ?」
「……? どうって、さっき言った通り。本人に言えない部分があるとしたら、真面目すぎてたまに引くとこくらいかな?」
私が首を傾げつつ答えたら「いや、そうじゃなくて……」と、お兄ちゃんは一度唸ってから寝っ転がって漫画を読んでいたのを止めて、私と向き合ってやや真剣な面持ちで改めて訊いてきた。
「お前さ、好きな奴とかいないのか?」
「はぁ?」
まさか、お兄ちゃんがこんなことを訊いてくるとは思わず、私は思いっきり顔をしかめて「訳わからん」っていう心境を込めた声を出した。
何で私、19にもなって25歳のお兄ちゃんと恋バナをしないといけないの?
私の心中は思いっきり顔に出てたのか、「俺だってしたくてこんな話をしてるわけじゃねーよ!」と軽くキレられた。
じゃあ何で訊いてるの? と訊き返せば、どうも歯切れが悪い。
「別に。ただジェノスといい感じに見える時があったから、そういう時は気を回してやろうかと思っただけだ」
「それはただお兄ちゃんがリア充を見たくないだけじゃないの?」
「うっさいわ!」
何か余計な気を遣おうとしてたお兄ちゃんに呆れて、溜息しか出ない。
「ジェノスさんの事は、普通に好きだよ。でも、そんなんじゃないよ。
何ていうか、私にとってもう一人のお兄ちゃんって感じ」
「…………そうか。それ、ジェノスに言うなよ」
私の答えにお兄ちゃんは何故か私以上に深い溜息をついて、意味不明な指示を出した。え? 何で?
「……まさかとは思うが、お前さ、ソニックを「ないから」
頭を抱えて項垂れて、ソニックさんの名前も出してきたお兄ちゃんに最後まで言わせず否定しといた。
「即答って、お前……。結構仲良く見えてたのは何だったんだ?
お前、人質に取られてたくせに俺がソニックをしばいたら、ソニックの心配ばっかりしてたじゃねーか」
「アスファルトの地面に顔型がつくほどめり込まされたら、心配もするってば……。
ソニックさんの事も好きだよ。普通に。ジェノスさんとは意味合いは違うけど、そういうのじゃないことは同じ。っていうか、ぶっちゃけジェノスさん以上にソニックさんが彼氏とかそういうの想像できないし、ないわー」
確かにソニックさんの事は、意外に思えるかもしれないけど決して嫌いにはなれなくて、好きだとはっきり言える。
それは命を救われた、悪い部分も笑い飛ばして受け入れてくれただけじゃなくて、あの日、もう一つ増えた。
言葉通り、自分にとって邪魔だったから攻撃しただけだったのはわかってるけど、お兄ちゃんを貶めるあの名誉欲にしがみつく何とかタンクトップに攻撃をしたこと。
それが、自己中心的で自分と自分にとって大切なもの以外は基本的に興味がない私にとって、すごく嬉しかった。
だからあの人の事は決して嫌いになれないけど、彼氏とかはマジでないわー。
「何で?」
好意的なのに即答で「ないわ」が意外なのか、お兄ちゃんが素で不思議そうに訊いたから、私はまた即答する。
「私より腰が細くてお尻が小さくて足が綺麗な彼氏はちょっと……」
「どこ見てんだお前は。納得だけど」
あの人の服装が悪い。私服はともかく、忍者服なら絶対に見る。何だあの理想的な下半身のラインは。失礼を承知で正直に言わせてもらうと、私は初見で下半身が素晴らしい代わりに胸が絶望的にない女性かと思ったんだけど。
「とにかく、二人ともないから。変な気を回さないで」
もうこれ以上お兄ちゃんと恋バナなんて気まずいだけの話は続けたくないから、私は話を無理やり切り上げて終わらせる。
お兄ちゃんの方もしたくなかったのか、「へいへい」と気のない返事をしてまただらしなく漫画を読み始めた。
そんな対応するんなら、何故始めたし。
けど……恋かぁ。
そういうのに一番うつつを抜かす時期こそ、私は余裕がなくてどこにも行けなくて何も見えなくて、ただひたすらにお兄ちゃんに助けを求めていただけだった。
だから私は、恋とか愛とかそういうものがよくわからない。
本当は、ジェノスさんもソニックさんも「そんなんじゃない」と言ったけど、私には何が「そんなの」なのかもわかっていない。
ただ、二人と恋愛っていうのがイメージできないから否定しただけで、それは恋愛そのものがわからないからイメージできないだけと言われたら、もう何も否定できない。
でも、肯定だってできない。だって私、二人が仮に女の子を連れて来て「彼女です」って紹介されたら、「おめでとうございます」としか思わないもん。
たぶん、この「好き」は愛でも恋でもないのは確か。
……でも、何だろう。
彼女を連れてきても、「おめでとうございます」としか思わないけど、「彼女が嫌がるからもう会わない」って言われたら、それはすごく嫌だなぁって思う。
それは同性の友人相手でも普通に起こりうる独占欲か執着かは、わからない。
ただ、あの人たちとの繋がりが完全に断たれることだけは、無様に泣き叫んで縋り付きそうなくらいに嫌だという事しかわからない。
……このひたすらに失いたくないという気持ちは、何て名付ければいいのだろう?
この疑問は解けることなく、私は忘却する。
災害レベル竜、巨大隕石接近の警報が出された瞬間に。