お兄ちゃんと近所のスーパーに行った帰り、怪人と出くわした。
まぁ、それはこのZ市のゴーストタウンじゃ珍しいことじゃないし、お兄ちゃんと一緒なら問題は、お兄ちゃんの攻撃で爆発四散した怪人の断片が降りかからないかってことぐらい。
それくらい私にとって日常茶飯事なんだけど、今回は怪人がすでに人を襲っていたのが、私の日常から少しだけ外れていた。
遠目からだけど、まだ胸のあたりが上下してるので生きているのは確か。
「お兄ちゃん! 私、あの人を病院に連れて行くから、これと怪人よろしく!」
「おう。気をつけろよ。……あ、昆布だし買うの忘れてた」
私はお兄ちゃんに買い物袋を押し付けて、怪我人の方に跳んだ。
なんかお兄ちゃんは怪我人がいることすら日常風景にして、関係ないことを呟いてた気がするけど無視しておこう。
怪人に私が注目されたら不味いので、私はボロボロの怪我人の元に跳んだ直後、怪人がこちらに振り返るより先に怪我人を抱きかかえて、即座に跳ぶ。
かなり適当に跳んだけど、場所はちょうどゴーストタウンの入り口。封鎖された金網を前にして、ちょっと安心する。
良かった。怪人から大分離れた場所だし、このあたりなら怪人出現率はそう高くない。
「……うぅ……ここ、は……?」
私がそんな安心をしていたら、抱きかかえていた怪我人、なかなか立派なおひげのおじさんが意識を取り戻した。
「大丈夫ですか? 今から病院に運ぶので、しっかりつかまってください」
私がおじさんの顔を覗き込むように見てそう伝えると、おじさんは目を丸くして「あなたは……私はどうして……いや、それよりも怪人は!?」と逆に混乱させてしまった。
「落ち着いてください。私は近所に住むテレポーターです。たまたまあなたを発見したので、このまま病院に連れて行きます。
怪人はもう他のヒーローに任せましたから、大丈夫ですよ」
とりあえず詳しく話すにはおじさんの怪我は酷いし混乱してるし、あの怪人はお兄ちゃんに任せたから大丈夫だろうけど別口の怪人が出てきたら困るから、私は最低限の説明で済ませてこのまま一番近くの病院まで跳ぼうとしたら、おじさんが私の腕を強くつかんで叫んだ。
「待ってください! 彼は……、黄金ボールはどこですか!? 彼はすでに保護されているんですか!?」
「え?」
座標指定の為の集中を中断して話を聞いてみると、おじさんはただ怪人に襲われた一般人じゃなくてむしろ退治に来たヒーローで、しかももう一人仲間がいたらしい。
つまり、まだ仲間が重傷で気を失ったままどこかで放置されていることを知って、私は慌てておじさんにそのお仲間がどのあたりでやられたかを聞く。
この辺の人じゃないから少しわかりにくかったけど何とか場所が特定できたので、私はおじさんに申し訳ないけどここで少し待っててくださいと伝えて、その場に跳ぼうとしたらおじさんに止められた。
「お待ちください! いくら、テレポートが使えると言っても、あなたには戦ったり身を守る術はないのでしょう!? 危険です!
私が何とかしますから……お嬢さん、あなたこそお逃げなさい」
その言葉に、場違いだと思うけど自然に笑みが浮かぶ。
あぁ。プロヒーローの世界は、「正義」ばかりで「ヒーロー」はいないんだって思ってたけど、ちゃんといるんだって安心した。
だからこそ、私がやめるわけにはいかない。
「大丈夫です。私、ここに住んでますからあなたよりはるかに地理に詳しいですし、怪人が出ても逃げる対処と覚悟は完璧です。
だから、あなたの方こそ無理をしないでください。
例え怪人に勝てなくても、あなたが時間を稼いだからこそ怪人は居住区に向かわず、結果として被害は最低限になったのですから。
――あなたたちは、たくさんの人を守って救ったヒーローなんですから、ここで死ぬのも怪我で引退も、もったいないでしょう?」
私はほとんど言い捨てで、おじさんが呆けてる間にテレポートでおじさんの仲間の方に向かう。
幸い、おじさんが言ってた場所と私が特定した場所は完全に一致してて、仲間の人も幸いなのか微妙だけど大人しく気絶してたので、探す手間はいらなかった。
ただ、結構体格のいい人だったので私のテレポートの距離範囲が落ちて、おじさんとその仲間を連れて病院に向かうのに、結構な回数のテレポートが必要となってしまった。
* * *
たぶん私一人なら、おじさん達をテレポートで病院に送った後、家までテレポートでまた帰るのにキャパオーバーはしないと思うけど、念のために歩いて家まで帰ったのでだいぶ遅くなってしまった。
テレポートって体力というか精神力を削るのか、実は一回一回結構疲れるし、キャパオーバーしたらテレポートが出来なくなるだけじゃなくて、卒倒してもおかしくないくらいぐらい具合が悪くなるんだよね。
だから、家に帰って丁度キャパオーバーならまだしも、途中でオーバーしたらもう色んな意味でヤバいから、危ない橋はわたらず大人しく徒歩で帰ってきた。
そしたら、なんか家の前の廊下に昆布が大量に置いてあった。
……お兄ちゃんと一緒にスーパーに行ったから、今日むなげ屋で昆布は安売りしてなかったことは確か。
そしてチラッとしか見てなかったけど、あのおじさん達が襲われて、そしてお兄ちゃんが倒したであろう怪人の姿は、確かこういうものがうじゃうじゃ生えた奴で……
私は玄関を開けてすぐに、お兄ちゃんに向かって叫んだ。
「お兄ちゃん! この廊下の昆布使わないでよ! 使うんなら、お兄ちゃん一人で食べて! 私、怪人の一部なんて食べたくない!! っていうか、どうせ無駄な足掻きなんだから諦めて!!」
「! 先生! これは怪人の一部だったのですか!? それなら、もしかしたら本当に発毛効果があるかもしれません!
クセーノ博士は専門外ですが、調べていただけるかどうかお訊きします!!」
出かけてたはずのジェノスさんも帰ってきてたようで、私のセリフになんか変な反応してる。
「お前らうっせーーーっ!
もうほっとけよお前ら! 俺は昆布が好きなんだよ! わかめもひじきも好きなんだよ! 海藻が好きなんだよ! ただ好きだから食ってんだよ!!」
私とジェノスさんの言葉がお兄ちゃんのデリケートな部分を抉ったようで、盛大にキレられた。
うん、ごめん。最後は特に言い過ぎた。
「ご、ごめん、お兄ちゃん」
「も、申し訳ありません。
……ところでエヒメさんは、先生と一緒に出掛けられたのでは?」
二人で謝った後にふとジェノスさんが尋ねてきたので、普通に帰りにあったことを話したら、「じゃあ、あの話はやはりエヒメさんの事ですか」と勝手に納得された。
「あの話?」
「先ほど、A級ヒーローが二人Z市のゴーストタウンで怪人に襲われて重傷、手が空いてるA級以上の近隣ヒーローは怪人討伐に向かってくれと連絡がありまして。
まぁ、俺が向かう前に他のヒーローが先生が怪人を倒した跡らしきものを発見したと連絡があったので、行きませんでしたが」
ふーん。あのおじさん達、A級だったんだ。なら、あの怪人は結構強かったんだ。お兄ちゃんが一緒にいる時に遭遇で、本当に良かった。
でも、その話のどの辺に私が関係してるの?
私はその前に二人を病院に連れて行っただけなのにって思っていたら、ジェノスさんは続きを口にする。
「それだけなら別に何も気にしなかったのですが、最初に襲われたA級ヒーローが、『ゴーストタウンには恐ろしい怪物だけではなく、その怪人を前にしても身を挺して我々を助けてくれた、勇敢で美しい天使のようなテレポーターの女性がいた』と証言しているそうで、ヒーロー協会はぜひともその女性も、ヒーローにスカウトしたいらしく……」
「それは私の話じゃありません。知りません、そんな人」
ジェノスさんの話を途中でぶった切り、私は死んだ目で答えた。
いや、実際に誰よ天使って。