ソニックさんはお兄ちゃんを前にしてもとっさに動きやすく、私が余計なことをできないようにという理由で、私が前や横から抱き着くのは却下して、ソニックさんが私を後ろから抱き着く形でテレポート。
初めてテレポートを体験してもソニックさんは特に思うことはないのか、目の前に現れたお兄ちゃんに向って、用意していた苦無を躊躇なく即座に投げつけた。
けどそれは余裕でお兄ちゃんに受け止められた。
でもそれでお兄ちゃんはソニックさんと私の存在に気付き、驚愕の声を上げる。
「エヒメ!? それとお前は確か……エヒメの恩人の、なんとかの……」
あ、ダメだこれ。お兄ちゃん、ソニックさんの名前忘れてやがる。
もうどうソニックさんにフォローしようかと私が考えていたら、お兄ちゃんは綺麗さっぱり忘れている方がマシな発言をしやがりましたよ。
「関節のパニック?」
「音速のソニックだ」
「もう本当にうちの愚兄がごめんなさい!!」
何でこんなに覚えやすい名前を忘れて、語感だけは覚えてんのお兄ちゃん!?
よくそんな絶妙に語感しかあってない、意味不明な名前をひねり出したね!
私の謝罪はもちろん何のフォローにもならず、ソニックさんの苛立ちと殺気は戦いも殺し合いも素人の私でもわかるくらいに膨れ上がる。
私の肩に回していたソニックさんの手が、首に移動する。
今はくすぐるように指先で撫でるだけだけど、いつでも私がテレポートで逃げる隙も与えず、私の首を絞めるどころか折れるようにして、そのことをアピールしてソニックさんは、お兄ちゃんに宣戦布告する。
「サイタマ……。今日は貴様を……殺……「悪いけどいま忙しいから、また後でな」
なのにお兄ちゃんはソニックさんのセリフに自分の言葉を被せた挙句に、忙しいからと断りやがった。
待て。お兄ちゃん。今の私の現状、理解してる?
「ちょっ、お兄ちゃん!? 私、今思いっきり人質なんですけど!?」
「え!? マジで!?」
何だその反応!? ソニックさんが予想外すぎて、私の後ろで固まっちゃってるだろうが!
お兄ちゃんにはこの現状、どう見えてたの!?
「いやー、それなら良かった。何かべったりくっついてるから、『私たち付き合います』とか言われたら、ジェノスに俺はなんて言えばいいのかって焦ったわ」
「お兄ちゃんの目は何なの!? 節穴なの!? タピオカなの!?
ちょっとソニックさん、苦無貸して! あの役にたってない目、抉ってくるから!!」
「すさまじい兄妹喧嘩に、俺の武器を使うな!!」
お兄ちゃんの人の話を聞かないスキルが、まさかの話を始める前に発動してとんでもない勘違いをしていたことが判明し、思わずキレた。
けど私以上に、蚊帳の外に追いやってしまったソニックさんがキレた。
「貴様ら、兄妹そろって俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」
ソニックさんが叫んで私服でも腰の後ろに差していた刀に手をかけたけど、そのタイミングで邪魔が入る。
「あの人です!」
「お前か! 不審人物というのは!!」
高い女性の声と野太い男の声がほぼ同時に聞こえ、思わず私たち3人はその声がした方向に目を向ける。
そこにはタンクトップタイガーと名乗る、その名の通り虎柄タンクトップを着て髪どころか眉も虎みたいに黒と黄色に染めた男がヒーローだって言ってた。
横にいる女の人は私たちを指さして「あの人、危ないんです! なんとかしてください!」と叫び、お兄ちゃんはソニックさんを見てニヤニヤ笑うし、私はまたどうソニックさんをフォローすべきか悩んだ。
けど、私の悩みは見当違いでした。
タンクトップタイガーが頭を掴んで睨み付けたのは、ソニックさんじゃなくてお兄ちゃんの方だった。
「その人、昨日から怖い顔して町中走り回って……怪しいんです!
今も、何かカップルに絡んでましたし!!」
不審人物、お兄ちゃんの方だった!
そして確かに言い訳のしようもないくらいに、不審人物だ! 昨日やっぱり、止めておいたら良かった!!
ついでに、他人にもカップルって間違えられてるよ私たち!
確かにソニックさんずっと私の肩に手を回してるような体勢だから、傍から見たらバカップルだ。実際は、首を折られる寸前なんですけどね。
「ち、違います! 絡まれてません! その人、私のお兄ちゃんです!!」
「そうだし、俺もプロヒーローだっつうの!」
とりあえず私が絡まれていたことを否定し、お兄ちゃんも自分の潔白を証明しようとするけど、カップルに絡んでたはともかく、怖い顔で町中を爆走は事実なので説得力がない。
……このタンクトップが言っていることは、正論だ。
お兄ちゃんの所為で迷惑をかけた人がいるし、それはお兄ちゃんだけじゃなくて真っ当に活動してるヒーローの評判を落とす行為だから、怒られるのは仕方がない。
でも、あいつは正論を盾にしているだけで、本音は「新人のくせにC級6位の俺に逆らう気か?」だけ。
その証拠にわざわざ挑発的なセリフを吐いて、お兄ちゃんを怒らせて乱闘に持ち込ませようとしてる。
怖い顔をして徘徊してた不審人物に注意というだけじゃ目立った功績にはならないから、こいつはわざと事態と被害を大きくして、自分の手柄も大きくしたいだけのマッチポンプ。
……反吐が出る。
口角を汚らしく上げて、お兄ちゃんを「引き立て役」といった瞬間、私は限界を迎えて口を開いた。
……けど、言葉が出る前にもはや「ヒーロー」どころか「正義」ですらない男が爆発した。
私は、何かを叫ぼうとして口を開いたまま後ろを振り返る。
手裏剣を投げつけた体勢のまま、ソニックさんはつまらなそうに私を見下ろして言った。
「何だそのマヌケ面は」
実際、私の顔はその通りだったんだろうなぁ。
お兄ちゃんも倒れ伏したタンクトップを見下ろしながら、ソニックさんに「何やってんだ」と訊く。
やっとお兄ちゃんがまともに相手したのが嬉しいのか、ソニックさんの機嫌が回復して笑みを浮かべながら、彼はしれっと答える。
「邪魔だったから寝てもらったまでだ。
サイタマ! お前も、ヒーローなどというくだらん肩書を持っているんだったな。
だったら、俺と戦わざるを得ない状況にしてやる! ヒーローサイタマ!」
獲物をいたぶる猫のような、凄絶な笑顔を浮かべてソニックさんは私の首を掴んだまま、跳んだ。
首を掴まれているというのに跳ぶ体勢や他の部分で絶妙に支えているのか、ほとんど苦しくなかったことに、場違いながらも彼の実力が桁外れであることを知る。
けれどそんな呑気な感想は続かない。
彼が投げつけた火薬仕込みの手裏剣が、お兄ちゃんじゃなくて町中を破壊する。
街燈やビルが破壊されたことでガラスがまき散らされ、爆発音に驚いたのかそこらじゅうで交通事故が起こる。
お兄ちゃんは、ソニックさんが爆薬仕込みの手裏剣で吹っ飛んだ車から子供を守ったりしてるけど、どこか集中してないというか何かに気を取られてるというか……。
……たぶんあれ、「こんなことやってる暇ねーのに。早くノルマ達成しないと」って思ってるわ。絶対。
お兄ちゃん! ここ! 悪い人ここにいる! 今は私の恩人だってこと忘れていいから!!
「ソニックさん、やめて!!」
お兄ちゃんがいらんところで天然を発揮して役に立たないので、私はソニックさんに抱えられて振り回されながらも、本人に懇願する。
もちろんこの人が私の懇願を聞いてくれるわけもなく、彼はバカにしきった眼で、でも心の底から楽しそうに笑って答えた。
「バカか、お前は。俺は確かにお前の命を助けたが、あんなものは気まぐれにすぎん。俺は、人の命を奪うことに何の罪悪感も持たん。俺にくだらない期待をするな」
そう言いながら、近くにいた人に刀を振るう。
……えぇ。期待なんかしていない。あなたがそういう人だという事は、私を助けた直後に首へ突き付けられた刃が語ってた。
でも、……それでも!!
ソニックさんが振るった刃が、宙を切る。誰も、何もいない空間を空ぶった。
切ろうとしていた獲物が消えたのではなく、自分が移動したことに、私に邪魔をされたことに即座に気付き、ソニックさんは私を睨み付けて訊く。
「何のつもりだ?」と。
首にかけられた指の力が増して、気道をわずかに塞ぐ。
それでも、私は彼を見据えて答えた。
自分で自分に科した、誓いのままに。
「……期待なんかしてなくても、あなたがどんな人かわかっていても、それでも、こういうことをする女だから、あなたは殺さなかったんでしょう?」
その答えは、あの日の私の答えと同じく、彼にとっての正答だった。
「……はっ! その通りだな!」
お兄ちゃんに向けた猫の笑顔を私にも向けて、彼は言う。
「なら、お前も止めてみろ。弱くて、逃げるしかない、ただ『逃げない』を科しているだけのお前に何ができるかを、俺に見せてみろ!」
しかし残念ながら、ソニックさんに私が何を出来るかを見せることは出来なかった。
ソニックさんの私に対しての宣戦布告直後、いつの間にかやってきたお兄ちゃんが、「ここにいたか」と言って、チョップ一撃でソニックさんを地面のアスファルトにめり込ませたから。
このタイミングで、ソニックさんを捕まえたらノルマ達成ってことに気付きやがったよこの愚兄!!
「ソニックさーん!?」
「ふう……これで仕事したことになるのかな?」
なるけど空気読め!!
書きたかったけど、いれるとグダるから書かなかった没やり取り↓
虎柄タンクトップはお兄ちゃんの頭を掴んだまま、私とソニックさんに「もう大丈夫だそこの二人! ここは俺に任せて、逃げなさい!」とか言うので、私はソニックさんに首を掴まれたまま、何とかお兄ちゃんを擁護する。
「違うんです! 本当にその人は私のお兄ちゃんで……」
でも虎タンクは私の言葉を途中でぶった切って声を上げ、注目を集めるのが大事で、話を聞いてくれない。
「大丈夫だ、お嬢さん! ここはこのC級ヒーロータンクトップタイガーに任せて、二人は今すぐ二手に分かれて逃げなさい!」
「二手に分かれる必要はないだろ!?」
虎タンクの意味不明な指示に、後ろで呆れてたソニックさんも思わず突っ込みを入れる。
さてはお前、リア充を引き離したいだけだな!!
妹に「さてはお前、リア充を引き離したいだけだな!!」と言わせたかっただけのやり取りでした。