私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ソニック視点です。
年齢指定が必要な行為や単語は一切書いてませんが、ちょっとだけ雰囲気注意。


所有欲3支配欲3加虐心3不明1で構成された感情

 武器の補充と刀の研ぎを終えて、帰ってからの鍛錬の内容を考えていたら、背後の気配が一つ増えた。

 それは殺気などではない。こちらを意識した、見た、ただそれだけの人の気配。

 

 しかしその気配は、何もなく誰もいなかった場に言葉通り降って湧いたので、本来なら警戒するところだったが、この凄腕なのか素人なのか判別つかないギャップに俺は心当たりがあった。

 だから俺はその気配がした方に、相手の背後に回り込んでやった。

 

 そいつは話しかけようとした奴が目の前から突然掻き消えたことに、体を跳ね上がらせて驚いていた。

 その反応が少しだけ、ほんのわずかに溜飲を下げる。

 こいつの兄から受けた屈辱の、溜飲を。ほんの、ほんのわずかだが。

 

「俺の背後を取ろうなど、100年早いわ」

 後ろでそう言ってやると女は、エヒメはまた体を跳ね上がらせて驚き、そして気まずそうに振り返った。

 

「……別に、そういうつもりじゃなかったんですけど」

 

 * * *

 

 向き合って、まず初めにエヒメは問うた。

「えっと……ソニックさん……ですよね?」

 

 こいつの兄と会い、そいつに名乗ったのだから知られているのは予想出来ていたが、思っていた以上に気分が悪い。

 俺自身が名乗れず他人、よりにもよってあの憎たらしいサイタマからの伝聞で知られたというのが、ひどく俺の神経を逆なでる。

 

 そうだと肯定しながら、そのイラつくままに、八つ当たりで目の前の女の顔でも引っ叩いてやろうかと考えたが、この兄弟はどこまでもこちらの予想を裏切ることに長けている。

 

「このたびは、愚兄がとんでもないことをして申し訳ありませんでしたー!!」

 いきなりエヒメは、腰を直角に折り曲げて俺に謝った。

 あまりの勢いで俺が困惑していると、こいつは頭を下げたままやたらとでかい声でとにかく謝り続けた。

 

「もうなんていうか、本当にうちのハゲ愚兄がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません!!

 っていうか、大丈夫でしょうか!? 後遺症とか残ってませんか!?

 もしお兄ちゃんの所為で女の子になっちゃってたら、今すぐお兄ちゃんを連れて来て責任とって結婚してもらいますからご遠慮なく!!」

「うるさい黙れ! 最後の詫びが一番いらん!!」

「ですよね! ごめんなさい!!」

 

 この大通りのど真ん中で、大声で謝罪なのか嫌がらせなのかわからんことを叫びだした女の頭を引っ叩いて止めようとしたが、俺の言葉に納得しつつも止まらなかった。

 もはや自分でも何を言ってやってるのかがわかっていないらしく、頭を上げても「もう本当にごめんなさい、お兄ちゃんがごめんなさい」としか言わないので、とりあえず俺はエヒメの腕を掴んで人ごみを抜ける。

 

 適当な裏路地に入り、エヒメを壁に縫い付けるように俺が前に立ち、頭を掴んで睨み付ける。

「貴様は俺に詫びたいのか、嫌がらせをしたいのか、どっちだ」

「ごめんなさいごめんなさい! お詫びとお礼がしたいです!

 もうずっとそのことばっかり考えてたんですけど、どうやってもお兄ちゃんがやったことがお詫びしきれなくて、見つけた瞬間からパニックを起こしてしまいました! ごめんなさい!」

 

 未だにパニックを継続させてエヒメは叫ぶが、……腹立つことにその台詞が俺の中の苛立ちをいくつか解消した。

 そうか。考えてたのか。

 俺の事で頭をいっぱいにさせる為にわざと名乗らずに去って行ったのに、あのハゲの所為で台無しになったと思っていた思惑が、こんなところで成り立っていたとはな。

 

 しかし、その成り立った経緯がやはり殺意が湧くほどに屈辱的だ。

 その屈辱を思い出すと同時に、もはや「ごめんなさい」をエンドレスで言い続けるエヒメを見て思いつく。

 この屈辱と苛立ちを晴らせそうな、こいつにでも出来る「詫び」を。

 

「エヒメ。俺に詫びたいか?」

 頭をわし掴むのはやめて、代わりに顎を掴んで顔を上げさせて、俺は訊く。

 幼げで無垢な顔が、ただ不思議そうに俺を見上げていた。

 何を言われるのか、何をされるのか全くわかっていない顔。

 その顔を見ていると、背筋にゾクゾクとした快感とも高揚とも言えるものが走る。

 

 新雪を前にした時のようで、それよりもはるかに下卑た欲求が沸き起こる。

 この無垢を跡形もなく、壊して染めて穢してしまいたい。

 俺は自分の膝を曲げて、エヒメの足の間に入れる。

 

 エヒメの耳に唇が当たる寸前まで寄せて、答えなんかもはや関係ない問いかけをする。

「エヒメ。お前が責任を取ってくれるか?」

 そこまで壊しても、この女は「逃げない」を貫くかが見たくなった。

 

「え? ごめんなさい! ちょっと私、さすがに性転換はしたくないです!」

「誰が男として責任を取れと言った!」

 

 しかし、俺の思惑は予想したくない方向に取られて思わず思いっきりどついた。

「やたらと嫌な心配をしてるが、俺は正常だ! 後遺症など何もない! そもそも、俺は奴にやられてなんかいない! 俺は何も喰らってない! わかったか!?」

「……は、はい」

 

 俺にどつかれた頭を押さえて、地面に座り込むエヒメに俺は宣言する。

 この兄弟は何で基本的に似てないのに、俺を振り回すという点ではやたらとそっくりなんだ!?

 あぁ、クソっ! 萎えた! 予定変更だ!!

 

「おい、エヒメ。貴様の兄貴は今どこにいる? そもそも、一緒に出掛けていたのか?」

 こいつをどうこうするのはやめだ。こいつを使って、そもそもこの不快感と屈辱の原因を抹殺する。

 

「お兄ちゃんですか? ごめんなさい。私、ちょっと商品の納入と材料の買い出しに一人で来ただけで、お兄ちゃんは一緒じゃないです。

 たぶん今頃、町中を血眼で走り回ってると思いますから、場所の特定はできませんね」

 こいつは俺が自分の兄の命を狙っていることをわかっているのかいないのか、さらっと俺の問いに答えた。

 斜め上だが俺に対して妙に律儀な恩義と罪悪感を懐いてる女なので、嘘ではないだろう。

 くそっ! これも不発か!

 

 解消されない苛立ちに舌を打てば、エヒメは一度中空に目をやって、まだ地面に座り込んだまま提案してきた。

「あの、お兄ちゃんの所まで跳びましょうか?」

 

「は?」

「私のテレポート、本能というか直感で座標を定めてそこに跳ぶので、誰かの元には基本的跳べないんですけど、お兄ちゃんだけは例外的にどこにいるかわかってなくても勝手に座標設定が出来るんです。

 だから、テレポートでならお兄ちゃんの元に連れて行けますよ」

 

 お前のテレポートの理屈なんか訊いとらん。

 なんでこいつは、自分の兄を殺そうとしている相手を自分から運ぶと言い出してるんだ?

 貴様は本気で、俺が兄を殺そうとしていると思ってないだろ。

 ……それとも、俺に兄が殺せるわけがないと思っているのか?

 

 そうだとしたら、もはや苛立ちも屈辱も越えて、楽しみになってきた。

 忘れかけていたあの期待が、蘇った。

 俺に命を救われた恩と、兄を殺された恨みがせめぎ合って歪む顔が見たいという欲求が蘇り、萎えた気持ちを高揚させた。

 

「いいだろう。連れていけ」

 

 テレポートは俺が最も嫌う異能だが、これはこいつの目の前でやってこその楽しみだ。

 特等席で見ろ、エヒメ。

 お前の兄が殺される瞬間を。

 

「はい。じゃあ、失礼します」

 言いながら躊躇なく真正面から抱き着かれ、思わず反射で頭頂部に手刀を落とす。

 

「痛い! 何すんですか!?」

「お前がいきなり何するんだ!?」

「だって私、抱き着くか抱き着いてもらわないとテレポートできません!」

「それこそ初めに言え!」

 

 どうしてお前はそう締まらないんだ!

 あぁ、くそっ! 忘れろ! これから奴を殺すんだから忘れろ!

 思った以上の弾力と質量だったことなんか、さっさと忘れろ!!

 


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