私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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正義とヒーローは違う

 ジェノスさんが隣に引っ越してきた。

 うん、実はいつかこうなるだろうって思ってた。

 むしろ、「ここに住んでいいですか?」って言い出しかねないと思ってた。

 隣なだけ良かった。ここで3人が生活するのはさすがに狭い。

 

 そんな経緯で前からそうだったけどこれから毎日ジェノスさんがやってくるのが確定して、お兄ちゃんはジェノスさんにどんな修行をつけるんだろう? と思っていたけど、それ以前の問題に直面した。

 

「そういえばセミナーの話だと、C級ヒーローの場合、一週間ヒーロー活動をしなかった場合はヒーロー名簿から除外されるって言ってましたが、先生は大丈夫なんですか?」

 

 ジェノスさんが日記を書きながら投下した爆弾発言に、お兄ちゃんがものすごい衝撃を受ける。

 お兄ちゃんの人の話を聞かない悪い癖はセミナーでも発揮したらしく、このままだと何もしないまま、っていうか何もしなかったからこそ最速でヒーロー資格剥奪だという事態に気付き、お兄ちゃんは漫画を放り投げてヒーロースーツに着替え始める。

 

「お兄ちゃん、掃除したばっかなんだから散らかさないでよ」

「んなこと言ってる場合か! とにかく、行ってくる!」

 

 お兄ちゃんはジェノスさんに上手いことこじつけた修行内容を言いつけて、そのまま走って悪い奴を探しに行った。

 頑張ってね、お兄ちゃん。と私は心の中で思いながら、自分の仕事を続行。

 今、作ってるのはビーチグラスでフォトフレームやブローチなどのアクセサリー類。

 我ながらにいい感じ。でも、材料が残り少ないからまた拾いに行かなくちゃ。

 

 そういえば、またあの浜辺に行けばソニックさんに会えるのかな?

 会えたらいいのにと思うけど、同時に会うのは結構怖いとも思う。もうお兄ちゃんがやったことを私はどう謝ったらいいか、どんなにイメトレしてもわからないし慣れないもん。

 

 そんなことを思いながら作業をしていたら、ジェノスさんがこちらを窺っていることに気付いた。

 あ、しまった。お兄ちゃんに課題を出されたから、すぐに出て行くんだろうなぁと思って、ほとんど存在を無視しちゃってた。

 

「ごめんなさい、ジェノスさん。放っておいちゃって。お茶のおかわり、入れましょうか?」

「……あ、いえ、お構いなく」

 

 私が作業を中断して尋ねると、ジェエノスさんはぎこちなく断った。

 そこから、気まずい沈黙が流れる。

 なんか最近、ジェノスさんは私に対してぎこちないというか、やたらと遠慮してるというか、とにかく変。

 私、なにかしたっけ?

 

 私が自分の行いを思い返して心当たりを探していると、ジェノスさんの方から久しぶりに話しかけてきた。

「……そういえば、エヒメさんは先生がノルマを達成できていないことを知っても焦っていないように見えますが……、信頼、されているんですね」

 

 まだどこかぎこちないけれど、私が違和感を覚えたころから初めてジェノスさんの方から話しかけてくれたので、嬉しくなる。

 どうも私が嫌われてしまった訳じゃないと安心して、ついつい私は顔を綻ばせて、あんまり笑って言うべきじゃない内容を答えてしまう。

 

「あぁ、焦っても意味ないからまぁいいやって思ってるだけですよ。

 信頼も何も、お兄ちゃんがどんなに頑張っても世界が平和ならどうしようもないし、だからといって災害を私が起こすわけにもいかないし。

 まぁ、お兄ちゃんがヒーロー資格なくしても前の生活に戻るだけですから、いっそ生活サイクルが変わる前で良かったくらいですね」

 

 うん、我ながらにポジティブなのかネガティブなのか全くわからない結論を出してるな。

 ジェノスさんが、「その発想はなかった!」って顔で固まってるし。

 

「……もしかして、エヒメさんは先生がプロヒーローをやめてほしいと思ってませんか?」

 私の答えで固まらせちゃって、どうしようかと悩んでたらジェノスさんは自動解凍してくれたけど、今度は意外な質問をされた。

 意外なのは、見当はずれじゃなくて結構図星を突かれてるから。

 ……バレちゃってたか。

 

「……そこまで積極的には思ってませんよ。でも、うん、正直、お兄ちゃんはヒーロー協会が望むヒーローじゃないし、まずないと思うけど協会が望むようなヒーローにお兄ちゃんがなってほしくないですから。

 だから、お兄ちゃんがやめるって言ったら正直ホッとするかも」

 

 そう。私がヒーロー協会やプロヒーローの存在を知っててもお兄ちゃんに何も言わなかったのは、もちろん普通にお兄ちゃんも知ってるだろうって思ってたのが一番だけど、実は私個人があの組織やプロヒーロー制度っていうのが嫌いだから。

 

「……それは、ランキング制度などの事が原因ですか?」

 そこまで尋ねられて、何故ジェノスさんが私にこんなことを訊くのか、そして私の本音に何でわかったのかに気付けた。

 

「ジェノスさん、お兄ちゃんから私の昔の話、聞きましたね?」

「! ……すみません」

 責めるつもりなんてなかったけど、ジェノスさんは項垂れて絞り出すような声で謝る。

 そんな風に思わなくていいのに。

 

「いいんですよ。……もしかして最近、ぎこちなかったのもその所為ですか?

 気にしないでくださいよ。本当にもう、昔の話ですから」

 

 少しだけ、嘘をついた。

 大半は昔の話、私も周りも子供だったと納得してるけど、それでも未だに集団に囲まれると足がすくんだり、何かの順位が下位だと不安で仕方がないくせに、上位だと引きずり落とされるのが怖くて呼吸ができなくなる。

 

 順位が下がることが怖いんじゃなくて、その引きずり落とすための手段が怖い。

 酷い誹謗中傷で自信や尊厳をすべて踏み潰されて、孤立させられて、生きながらに手足をもがれてジワジワと精神を摩耗させられるような、あの陰険極まりない嫌がらせは未だ夢に見る。

 

 ……少しどころじゃなかった。全然私、立ち直ってないや。

 でも、ジェノスさんを責めたいわけじゃないのは本当。怒っていないのは、本当。

 

「ランキング制度が嫌いなのは当たりですけど、お兄ちゃんがプロヒーローをやめてほしいって思うことに関係はしてないですよ。

 だってお兄ちゃんは、順位とかまったく気にしないから。下なら上がって行けばいいだろとしか思わないし、周りになんて言われて足を引っ張られても、その引っ張る手を引きずって前に進んでいく人ですし」

 

 そしてこれも本当。

 私が心配していること、本当に嫌いなこととランキング制度は全く別の話。

 

「? それでは、いったいエヒメさんは何を危惧してるんですか?」

 

 ジェノスさんは罪悪感で死にそうだった様子を少し薄めて尋ねたから、私は答える。

 

「ジェノスさん。正義とヒーローの違いってわかりますか?」

 

 質問を質問で返すのは悪いけど、私の答えを一番分かりやすく言うにはこれしかない。

 ジェノスさんはさらに訳が分からないと言いたげな顔をしつつも、真面目に答えてくれた。

 

「正義は正しい行いそのもので、ヒーローはそれを行う者の事では?」

「そうですね。それが本来の意味なんでしょうけど、私にとっては違うんです。

 そして私にとって、ヒーロー協会やプロヒーローの大半は、『ヒーロー』ではなく、ただの『正義』に過ぎない。だから、嫌いなんです」

 

 ジェノスさんから私の過去を知ってしまった、そしてそれに踏み込んでしまった罪悪感が完全に表情から消えて、困惑と疑問だけに染まった。

 その疑問に、私は答える。

 

「私にとって、『正義』の本分は、勝つこと。ただそれだけ。

 そして『ヒーロー』の本分は、誰かを守り、救うこと。例え怪人に勝てなくても、それでも人を一人でも守り抜いて救ったのなら、私にとってその人こそが『ヒーロー』です。

 ……だから、お兄ちゃんには『正義』ではなくて、『ヒーロー』であって欲しいんです。

 今も、昔も、これからもずっと」

 

 お兄ちゃんは私にとって、昔からずっと変わらず「ヒーロー」だった。

 今みたいに怪人をワンパンで倒せなくたって、就職や学歴社会に勝てなくたって、いつだって泣いて「助けて」と縋る以外何もできなかった、逃げ込んだ私を抱きしめて、私を守って、救ってくれた。

 

『エヒメ。お前は俺の妹として生まれてきてくれただけで、それだけで俺にとって自慢の、世界で一番可愛いくて大切な妹なんだ』

 

 何もできなくても、ただお兄ちゃんの妹であるだけで、私というだけで価値があると言ってくれたから。

 

 だからずっと、お兄ちゃんは何にも、誰にも勝てなくてもいいから、正義なんかじゃなくていいから、ヒーローであって欲しい。

 

 それが私の本音なんだけど……、ジェノスさんが私にとっての正義とヒーローの違いを語ったらまたフリーズしちゃった。

 それだけならまだ良かったんだけど、「ジェノスさーん」って話しかけたら今度はすごい勢いで日記のノートに何かを書き始めた。

 

「ちょっ!? ジェノスさん何書いてるの!?」

「今の言葉に感銘を受けたので、メモをしてます!!」

「秒速で3ページくらい書いたけど、何をどこまでメモしてるの!?」

 私のセリフだけなら、多くて1ページで終わるよね!? 一体この日記に何を書いてんのこの人!?

 

 そこまで言って、思って、それから私は笑った。

「……ふふっ。あはははは!」

「? エヒメさん?」

 

 不思議そうに首を傾げるジェノスさんに、私は笑いを止められないまま言う。

「あはっ! ごめんなさい、ジェノスさん。いきなり笑って。

 でも、ジェノスさんとこんな感じで話すの、久しぶりだったからなんだか嬉しくて」

 

 私の言葉でジェノスさんがまた「……すみません」と言いながら、申し訳なさで今にも切腹しそうな顔になって俯く。

 そんな顔を両手で挟んで無理やり上げて、私と目を合わせる。

 

「謝らないでください。

 ジェノスさん。私は未だに昔のことを引きずって、人付き合いが上手くないしプレッシャーに弱いですけど、あなたと話すのは好きなんです。あなたに期待されるのは正直息苦しいって思うこともありますけど、あなたが思う私は私がなりたい私だから、だから頑張っていけるんです。

 

 私、あなたとはこれからも仲良くなりたいですし、お兄ちゃんのこと関係なく付き合ってゆきたいと思える人なんです。

 ……だから、そんな風に気を遣いすぎないで、今までみたいにしてください」

 

 プレッシャーに弱いけど、褒められたくない訳じゃない。

 むしろ褒められたいし、認められたい。逃げたくない。頑張りたい。

 だから私には、全てを受け入れて守ってくれるお兄ちゃんや、悪いところも笑い飛ばして受け入れてくれたソニックさんではなく、過大評価されてるなってちょっと疲れることがあるけど、私がなりたい私を期待してくれるこの人が必要。

 

 その「私」になれば、この人は褒めてくれると思ったら頑張れるから。

 

 ……こんな、やっぱり根本は自己中心的でお兄ちゃんとは全然違うダメな私の言い分を、やっぱりジェノスさんはいつもみたいに真面目に聞いて、そして答えてくれた。

 

「……………………はい」

 

 その時の顔が赤かったのはもう日が暮れ始めていたからだと、私は信じて疑わなかった。

 




ジェノスが同居ではなく、隣に引っ越してきたのは、普通にあの部屋で3人生活は起きてる時はいいとして寝るのが狭いかつ、意識してる女性と分ける部屋もない家に同居はさすがに言い出ださないだろうと思い、変更しました。

同居じゃなくなりましたが、基本的に隣の部屋はジェノスの物置兼寝床にしか使っておらず、サイタマ宅に一日中いる設定で、原作のサイタマもジェノスが出した部屋代は使っていないようなので、原作と変わりない生活を送る予定です。

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