ヒーローを続けていける糧
ヒーローになった。
71点の合格にまさしくギリギリの点数で最下位C級だけど、プロヒーローとしての資格を俺は得た。
子供の頃の夢が叶ったと、やっと言ってもいいんだろう。
なのに、俺の感情は揺さぶられることはなかった。
いや、ジェノスが満点合格したのに俺はギリギリで合格だって判明した時は、死ぬほど焦ったけど。
あと責任者に直訴しに行くって言った時も焦ったけど、そういうのはいい。
もっとこう、達成感とかそういうものがあるかと期待したら、いつもの怪人退治と大差ない。
ただただ予定調和の単純作業じみてて、虚しいだけだった。
結局、俺は期待したものなんか何も得られないで、面倒くさいものを背負っただけだ。
まずは、ジェノス。
俺を慕うのも尊敬してくれるのも恥ずかしくて面倒くさいとも思うけど、それ自体は素直に嬉しい。嬉しいが、どう考えてもあいつは俺を過大評価してる。
俺はマジであの進化の家で言った通りの事しかしてねーから、あいつに教えることなんかないし、あいつが思うほどご立派な人間でもない。
やっぱり、弟子にするとか言うべきじゃなかったかもなー。
何を教えりゃいいんだよ、何を。筋トレしか浮かばねーよ。
そんでもって、プロヒーローの資格。
これは自分からもらいに行って得た物なのに、達成感もなく得てしまえばただの面倒事に成り果てた。
いや、これからいつもやってたことをして金をもらえるのは、喜ばしいことだけどさ。
さすがに俺ももう、むなげ屋行くたびに近所の主婦から「妹に養われてるダメ人間」って噂されるのは嫌だ。
……エヒメにかけてきた苦労を、少しは楽にしてやれることは本当に良かったと思える。
これからあいつが、俺が馬鹿にされてその怒りを誰にもぶつけられず溜めこむなんてことをしないですむのなら、それだけで俺は趣味ではなくてプロのヒーローになって良かったと思う。
……思えるのに、虚しいと思うのはやっぱりランキング制度って奴の所為か。
俺は昔からさほど順位とか他人の評価とかを気にせずに生きてきたけど、それでも俺を慕って俺に弟子入りした奴が、俺より上の評価を得ているのはさすがに凹む。
運動はともかく筆記がズタボロだったんだから、これはまぁしゃーないけどさ。
それよりも俺のテンションを落とすのは、さっき何か出て来て「新人潰し」とか言って俺が土手に転がり落としておいたオッサンだ。
名前は覚えてないけど、確かA級だとかなんか言ってたよな。少なくとも、俺より上だったことは確かだ。
……俺より上なのに俺より弱くて、そしてヒーローなのに同じヒーローを潰そうとする。
達成感がないのも、虚しいのも当たり前だな。
これは、俺が思い描いていたヒーローじゃない。
俺の夢はまだ、叶っていない。
けれど、俺は自分がなりたかったヒーローというものも実はよくわかっていない。
だから、何もかも中途半端で虚しくて、面白くない。
まさか、プロヒーローになってからこんな風に思い悩むなんて思わなかったよ。
どんなヒーローに俺は、なりたかったかなんて。
* * *
「お兄ちゃん、お帰り」
虚しさを抱えたまま家に帰ったら、エヒメがいつものように出迎えた。
どんな怪人が現れても、ヒーロー活動が趣味から仕事に変わっても、変わらない日常風景。
「お前、合格おめでとうぐらい言えよ」
あまりにも自然体で、もしかして俺は試験に落ちたとでも思われてるんじゃないかと思ったけど、あいつはさすが、俺の妹だ。
俺が「ヒーローになる」と決めた3年前から、一番近くで俺を見て、俺のバカな行動で泣かせて、それでも応援して支えてくれた家族だ。
「おめでたいことなの?」
しれっと、あいつは言った。
俺が合格しても満たされていないこと。虚しさがさらに増したことを見抜いて、だからこそあいつは触れずに日常を続けた。
俺がプロヒーローをいつでもやめれるようにと、自分の期待が重荷にならぬように、あいつは俺の合格を喜ばず、何でもない些細なこととして扱った。
「……めでてーことだろ。やっと無職じゃなくて、堂々と名乗れる職を手に入れたんだから」
バカか、お前は。
そんな気を回さなくてもいいんだよ。
お前は俺の妹で、俺はお前の兄貴なんだ。しかも、6歳も上なんだ。
期待しろよ。お前なんか全然、重くなんかねーんだよ。
俺の答えに、あいつは一瞬きょとんとしてから笑った。
「……そっか。じゃあ明日、お祝いしよう。ジェノスさんも一緒に!」
あぁ、そうだ。
お前は無邪気にそうやって喜んで、笑っていろ。
そうじゃないとそれこそ、俺は何のためにヒーローをやってるかがわからない。
妹に散々迷惑と苦労をかけて、泣かせた挙句に気を遣わせるヒーローがこの世にいてたまるか。
そんなことを考えながら、俺は手を洗おうと洗面所の方に向かう。
その途中でエヒメが台所からひょっこり顔を出して、こんなことを言い出した。
「そうだ、お兄ちゃん。無職で思い出したんだけど」
何だそれ? 嫌なワードで何を思い出したんだ、こいつは。
「お兄ちゃん、ハンマーヘッドって奴と自分が似てるんじゃないかって言ってたじゃん。
ソニックさんとかのことでグダグダになって、言い忘れてた」
ハンマーヘッドと言われて、俺の方が一瞬「誰だそれ?」って思った。
あぁ、あれか。あの働きたくないって主張してたテロリスト達のリーダーか。
よく考えたら、プロヒーローになるきっかけはそいつだよな。
そいつがどうしたのか、まさか今頃「確かに似てるよね」と言われたら、さすがにしばらく立ち直れないぐらい凹むぞ俺はとか思っていたら、エヒメはあまりにも当然と言わんばかりの顔をして言った。
「全然、似てないよ。
どれだけ間違えてもお兄ちゃんは、あんな奴と一緒にはならないし、そもそも間違えない。
ヒーローになるために就職しないでどれだけ辛くても筋トレを続けたお兄ちゃんと、働きたくないからバトルスーツに頼って暴れたあいつとは、どこまで行っても交わることのない別物だから」
それだけ言って、エヒメは台所に引っ込んで俺は廊下に取り残される。
胸の内が、満ちるのを感じた。
怪人を倒しても、プロヒーローになっても得られなかった達成感と満足感が今、確かに胸の中に溢れるほど満ちたのを感じている。
「――あぁ、そうか」
あまりにも身近で、そして俺にとって当たり前だったから気付かなかった。
俺がなりたいヒーローは、お前が望むヒーローだ。
エヒメが、妹がいつだって笑って幸せになれる世界を作って守り抜く。
それが、俺がなりたくて仕方がなくて、そして誰にも譲れないヒーローだ。
お前が、俺がヒーローであり続ける糧なんだ。
こんな話を書いててなんですが、サイタマにとってのこの妹のポジションがわからないまま書いてましたが、この話でようやく作者も理解できました。
彼女は、ハンマーヘッドにはなることはなくても、一歩間違えたらボロスやガロウになりえたサイタマをこちら側に留める楔です。
なのでこの私の話でのサイタマは、原作サイタマのように虚しさのあまりどこかにふらっと消えそうなところはないですね。
帰る場所がちゃんとありますから。