私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ガロウ視点です。



怪人未満の逆鱗

 唐突に意識が覚醒する。

 起き上がるとブサイクなガキが横に座り込んで、困惑してる顔で俺に言う。

 

「おじさん、大丈夫?

 ヒーローのハゲてる人が『やっちまった』って言って逃げて行ったよ」

 

 ガキの言葉に更に俺は訳が分からず混乱する。

 自分がぶっとばされて気を失っていたことはわかってるが、それがどんな奴だったか、そもそもどうして俺はぶっ飛ばされたのかが思い出せん。

 

「俺が負け……!? どっ……どんなヒーローだった!?」

「覚えてないの? というか、知り合いじゃないの? ハゲたヒーローが『なんか見覚えがあるような……』とか言ってたよ」

 

 俺がパニくったままガキに訊くと、ガキはさらに困惑した様子でそのハゲたヒーローの発言を教える。

 ハゲたヒーロー…………なんか俺も見覚えがあるような気がするぞ、そいつ。

 

 そう思ったが、俺がその見覚えの心当たりを思い出す前に声を掛けられた。

 

「ガロウ君~~。キミ、何やってんの」

 

 ねっとりとしたその声音には聞き覚えがあった。こっちはすぐに心当たりを思い出せた。

 

「ずっと見てたよ。

 ガロウ君って、私達とは違うね」

 

 その心当たりの通りの奴が現れる。

 ぼさぼさの長い髪に全身を包帯で包み、包帯で固定してあるのかそれとも両手がそうなのかわかんねぇが、手を下ろせば地面に引きずるほどの長さの刃物を持つ、あの傭兵部隊を切り刻むために欲しがり、仲間である怪人を真っ二つにした、ぶっ飛んだ奴だ。

 

「あぁ、違う……。残念だが、お前に怪人性を感じられなかった」

 

 そのぶっ飛んだ奴と一緒に、虫っぽい怪人も出てきた。

 ……見張りか。どうやら俺は、あの目玉に期待はされてても信頼はされてなかったようだな。

 

「おい、クソガキ……。ボーッとしてないでさっさと帰れ。

 アイツら、俺に話があるみたいだしな」

 

 俺が鼻血を拭って立ち上がり、固まって動けないガキに帰るように促す。

 けどガキは俺の言葉で、思考停止が解除されてしまったことが裏目に出た。

 

「………………え?

 あっ……ああ……あぅあぁああぁあああああああ~~~~~~~」

 

 ガキの停止していた思考が動き出したことで、理解してしまう。

 俺は知らなかったが、どうやらこのぶっ飛んだ怪人は特に有名な怪人だったらしく、ガキはそのことに気付いて完全にビビり、泣きながら叫んで腰を抜かす。

 

「キリサキングだぁあああああああああっ!! うわぁあああああああああああ!!!!」

 

 小屋で俺だと気付いていなかった時とは比べ物にならないぐらいに怯えて号泣するガキに俺は叱咤する。

 

「おい!? しっかりしろ! 泣いてねーで立つんだよ!!」

 

 ふざけんな! そこまで相手がヤバいってわかってるんなら、ビビってるならビビってるからこそ全力で逃げやがれ!!

 昼間より人数が少ないとはいえ、隠れてた状態かつ一応はヒーロー相手だったのとは違って怪人2匹相手にテメーを庇う余裕なんか俺にはねーんだよ!!

 

「まさかガロウ君にそんな小さなお友達いたとはね~~。

 ……ん~~~~……もしかして……」

 

 幸いながらいきなり襲い掛かる気はないらしく、キリサキングとかいう怪人は俺とガキを見ながら包帯から唯一のぞく右目をニヤニヤ細めて、ねっとりと気持ち悪い声で言う。

 

「もしかして、その子が『ひぃちゃん』かな?」

「んな訳ねーだろ!! テメェ! 今すぐひぃちゃんに土下座して切腹しろ!!」

 

 思わず素でキレて言い返した。

 何だその勘違い!? どんだけひぃちゃんに失礼な勘違いしてんだテメェ!!

 このガキとひぃちゃんじゃ、何もかもが正反対すぎるわ!!

 

 そこまで勢いでキレてから、俺はそんなことでキレている場合じゃないことに気付く。

 

 …………おい。……何でこいつ、「ひぃちゃん」の事を知ってるんだ?

 

「あ~、ごっめ~ん。ずいぶん可愛い呼び方してるから、子供であるその子かと思っちゃった~」

 

 軽々しく白々しくそいつは言うから、本気でこのガキを「ひぃちゃん」だと思ったのか、それともわかった上での挑発か判別がつかねぇ。

 どちらにせよ、これ以上「ひぃちゃん」のことを口に出すな。こいつに「ひぃちゃん」を知られたら、ヤバいのは間違いない。

 

 こいつは……怪人の中でも下種中の下種だ。

 

「おい、止まれ! 話はそこで聞く!!」

「あらら……、ごめんね。まだ泣かせるつもりじゃなかったのに……。悲鳴を上げさせるのは後でじっくり……のつもりだったのに……。ごめんね……」

 

 いきなり襲い掛かりはしねぇ。けど、甚振るようにゆっくりとした足取りで近づきながら、興奮したように上ずる声で言い続ける発言がこいつのヤバさとその方向性が嫌になるほどわかりやすくて理解する。

 あの傭兵達も欲しがってたことからして、獲物は子供じゃねーと絶対にダメって拘りがある訳でもねぇだろ。

 

「あ~……可哀相に……。後でちゃんと全身ズタズタにしてあげるからね……。ごめんね……」

 

 ……間違いなく、「ひぃちゃん」はこいつが見逃す例外にはならない。

 むしろこのガキに対してあの傭兵達の時よりキモく興奮してやがるこいつは、強い癖により弱い奴を甚振ることを明らかに好んでやがる。

 

 キリサキングとかいう怪人は、俺を素通りしてガキに気色悪い視線を向け続けながら言う。

 ただ怯えさせて甚振る為だけの、心にもない謝罪を告げる。

 

「少年……もう助からないけど、ごめんね~」

 

 その白々しさが、ねっとりした声音で軽薄すぎる謝罪が無性に気に入らなかった。

 

「下がってろ」

 

 だから後ろのガキに指示を出した。

 邪魔だから。こいつが気に入らないから。こいつが喜ぶことなんか、何一つだってさせてやりたくなかったから。

 ただそれだけだ。

 

 守ったわけじゃない。助けた訳じゃない。

 

 ……守る為でも誰かを傷つける手段を取るのは間違ってる。

 だから、こいつをぶちのめすことしか考えていない俺は、ヒーローなんかじゃない。

 

 俺は、怪人なんだ。

 

 * * *

 

 ガキに指示を出すが、腰が完全に抜けてるのかガキは全く動かねぇ。っていうか、くせぇ! 漏らしてやがるな、クソガキ!!

 

 ガキのビビりっぷりにイライラしながらも、俺は拳を何度か握って開いて体の調子を確かめる。

 本調子には程遠いが、鬼サイボーグやジジイと対峙した時よりはだいぶマシだな。

 

「ギョロギョロちゃんからガロウ君の動向監視を命令されてたんだよね。

 本当に私たちの仲間に相応しいかどうか見極めろってね」

 

 俺がガキの前に出て臨戦態勢を取ったことで、キリサキングの興味がガキから俺に移って、ニヤニヤ嗤いながら勝手に語る。

 思った通り、俺はあの目玉がアジトで語っていた言葉通りではなく、むしろ全然信頼されてなかったらしい。

 

 相手にしてない奴等からの信頼なんかキモイだけだからそれはいいが、「僕は怪人だ!」って演技してエクスタシー感じてるただの変態な人間扱いは心外すぎる。

 だから俺は拳にテーピングしてあった包帯を外して、皮肉気に笑って言い返す。

 

「ハッ……偉そうに何言ってやがる。こっちはちょうど、お前らのぬるさに落胆してたとこだ」

「じゃ、その子供を殺してみて」

 

 俺の反論に、キリサキングは意味不明な即答をしてきやがった。

 

「あ? そりゃ意味がわからねーな」

 

 正直な俺の感想を口にしても、キリサキングは俺の疑問に答えず更に意味不明で……胸糞が悪いことを言い出しやがる。

 

「その子じゃなくて『ひぃちゃん』でもいいよ。っていうか、『ひぃちゃん』を私にくれるのなら、その子を助けた事や微妙なヒーローに負けたことをギョロギョロちゃんに黙ってあげててもいいかな」

「……なおさら意味が分かんねーよ。つーか、……なんでてめーが『ひぃちゃん』を知ってやがる?」

 

 ニヤニヤ嗤いながら、考える余地以前に俺にとってはメリットでも何でもない交換条件を出してきやがったキリサキングに、頭に昇った血で沸騰しかけた思考を何とか「冷静になれ」と言い聞かせて、訊き返す。

 ひぃちゃんのことを話題に上げたくなかったが、ここで恍けても意味はねぇ。むしろ何で知ってるのか、知ってるんだとしたらこいつらだけなのか、あの目玉もなのか。そしてどこまで、あの人の本名や俺も知らないあの人の現住所まで知ってるのかを俺は把握しておきたかった。

 

「あれぇ? 気付いてないの? 自覚してなかったんだ?

 ガロウ君、寝てる時ずっとずぅぅ~~っと、何度も何度も『ひぃちゃん』って子を呼んでたってギョロギョロちゃんが言ってたよ」

 

 もったいぶりながらも今度は俺の疑問に答えるが、その答えに俺は余計に苛立った。

 クソッ! 俺の自業自得か!! あの目玉に知られてるのが痛てぇ!!

 が、こいつの言ってることが事実ならまだあの目玉も、せいぜい「ひぃちゃん」って名前だけで本名どころか性別さえわかってるかどうかは怪しい。少なくとも、情報源が俺の寝言なら俺が知らないことはあいつらも知らない。

 

 ひぃちゃんは今すぐ、こいつらみたいな……あのストーカーみたいな怪人の中でも下種中の下種の脅威に晒されることはない。

 確実ではなくとも、その可能性が高いのなら少しは安心できた。

 

「怪人とは、人間であることを捨てた者。人の世から切り離された存在」

 

 俺の内心の安堵は見透かされていたのか、さっきから黙っていた虫の怪人が苛立ったように怪人の定義を語り、俺にダメ出しする。

 このガキを他のガキのいじめから助けた所、そして俺が「ひぃちゃん」を忘れることも捨てることも出来てないこと、……俺が人間であることを捨てきれていない甘さを指摘する。

 

 あぁ、癪だがそこは認めてやる。

 ひぃちゃんの事を何度も何度も捨てようとして、けれど全然捨てきれてない俺は確かに甘い。怪人だと言い切れる存在になっちゃいねぇ。

 俺が中途半端であることなんか、俺自身が一番わかってる。

 

 だが、俺が認めてやるのは俺に対しての評価だけだ。

 

「人間社会をぶっ壊して、支配する組織になるの。ガキなんかバンバン殺す」

 

 両手の刃物を交差させて構えてキリサキングは言う。また視線を、興味を俺からガキに移して。

 

 俺が怪人未満なのは認めてやる。

 だが、お前らが正しい「怪人」だとは認めぇよ。あいつら……デスガトリング達を本物の「ヒーロー」と認めなかったようにな。

 

 何が「人間であることを捨てた者」だ。何が「人の世から切り離された存在」だ。

 

 ガキなんて怪人じゃなくても殺せる。ヒーロー名乗ってるあいつらだって、わざとじゃなくても殺しかけてたんだ。こいつを殺すことが、俺が怪人である証明になる訳がない。

 お前らは、ただ単に人間なら罪になることも怪人なら関係ねぇって勘違いしてるだけだろ。怪人どもが暴れてるからって自棄を起こしてた人間たちと根本は一緒だ。

 お前らは、我慢なんかしたくなくて好き勝手やりたいだけのくせに、その好き勝手やったツケを自分で払う気がなく、誰かに責任転嫁したいだけのカスだ。

 

 そんなの、怪人じゃねぇ。

 お前らこそ、どんなに姿が変わっても人間を捨てきれてねぇし、人の世から切り離れてもねぇんだよ。

 

 俺がこいつらをぶちのめすに十分すぎる理由が出来た。

 だからこそ、本格的に後ろのガキが邪魔だ。

 

「さっきも言っただろうが。ガキは早く帰れ」

 

 もう一度、ガキにさっさと逃げろというがガキはやっぱり漏らしたまま座り込んで、泣き言をほざく。

 足が震えて動けない?

 

「バカヤロウ!!」

 

 俺は我慢しきれなくなった苛立ちを爆発させて叫ぶ。キリサキング達を無視して振り返って、いつまでも情けなく泣いて他力本願なガキを怒鳴りつける。

 

「立てないからって誰かが手を伸ばしてくれると思うんじゃねぇ! 誰も助けに来ねぇ!!」

 

 誰かが助けてくれるなんて思うな!!

 この世にはたった一人しかいないとしても、それでも……それでも確かに「本物」は……ヒーローはいる。運が良けりゃ、助けてもらえるのは確かだよ!!

 

 でも……助けてもらえても、……救われても、……自分が弱いままなら意味ねぇんだよ!!

 

 あの時、俺なんかに手を差し伸べてくれたから……

 俺があの小さな手に縋りついて、取ってしまったから……

 

 俺なんかのヒーローにあの人は……ひぃちゃんはなってしまったから、あんなことになった!

 ひぃちゃんは泣いて、けど俺の所為で泣いて悲しんで助けを求めることさえも出来なかった!

 

「こんなもん、捨てちまえ!!」

 

 ガキが縋るように持っている「ヒーロー名鑑」が癇に障る。

「助けに来てくれる誰か」という期待をヒーローという形で植え付ける物をブン投げて、俺は自分の犯した最大の失敗から学んだことをガキに伝えた。

 

「お前のことは、お前が守るんだよ!

 こういう時こそ、自分が強くなるしかねーんだ!!」

 

 誰かに助けてもらったら、自分は救われても今度はその助けてくれた人が狙われる。

 弱いままなら、助けてくれた人を助けられない。助けてくれた人に守られて、助けてもらいっぱなしで何も返せない。

 自分が弱いツケを、その人に肩代わりさせっぱなしになるんだ。

 

 だから、助けなんか求めるべきじゃない。

 自分一人でなんとかできるように、自分のことは自分で守れるくらいに強くならなくちゃいけないんだよ。

 

「立て!!」

 

 俺は中途半端なままで、あの人のようになれないから手を伸ばさずに突き放して、命令する。

 ガキは、立ち上がった。

 勢いよく、ガタガタ震え続けていた足どころか背筋も真っ直ぐに伸ばして、直陸不動の視線で俺と向き合った。

 

 ……なんだ。思ったより強いじゃねぇか。

 少なくとも、昔の俺よりはずっと。

 

 その事に少しだけ、羨ましいような悔しいような二つの感情が入り混じって、混ざったそれらは……あの人に向けるものは全く違うはずなのに同じ名前に……憧憬になった。

 

 昔の俺より強いと思ったから、認めたから、だからせめて最後に呼んでやるよ。

 もうガキじゃないことを、認めてやる。

 

「タレオ!!!!」

 

 名前を呼ぶと同時に、キリサキングが背後から襲い掛かる。

 俺に切りかかるではなく、俺を無視してガキに向かって刃先を突き刺しに来た。

 それを受け止め、そのままてこの原理で奴を持つあげて浮かせ、無防備になった腹目がけて足を垂直に振り上げて蹴り上げた。

 

 そのまま土手に向かって吹っ飛ばすが、キリサキングは土手の地面に腕の刃物を突き刺してそれ以上吹っ飛ぶのを防ぐ。

 見た目は腕の刃物以外は一応ほぼ人間のはずだが、地面に腕の刃物を指した反動で体がぐるぐる何度か回転して、腕は関節や骨を無視して雑巾絞ったみたいにねじれたっていうのに、それを逆方向に回転させて元に戻すこいつは完全に人じゃねぇな。

 

「走れ!!」

 

 思った以上に吹っ飛ばせなかったが、タレオから距離を取らせることには成功した。

 あいつも今度こそは俺の指示通り、走って逃げ出せた。

 

 それを虫の怪人は初めから興味ないからか追いかけず、キリサキングも土手の上からちらりと視線をよこすだけでさすがにそのまま追いはしなかった。

 タレオから血走った右目の視線を俺に戻して、奴はまた刃物を交差させて研ぐようなショリショリという音を立てて言う。

 

「もうダメだ。こっち側を敵に回したね」

「ヒーロー狩りと言いながら一人も殺していないという、思った通りの軟弱者だったな!!」

 

 キリサキングは上辺だけ残念そうに、虫は俺に期待していた訳でもないくせに失望して勝手にキレて俺を嘲る。

 敵に回すも何も、俺はお前らの仲間になる気はねぇって初めから言ってんだろ。

 俺は誰が何と言おうが怪人側、お前ら側だ。けどそれがお前らと仲間だって保証にはならねーよ。同じ側にいるだけで仲間だって言うんなら、人間同士で争いが起こる訳ねーだろ。

 

 俺は確かにまだ人間を辞め切れていねぇ半端者だ。

 それでも、俺は怪人側にしがみつく。

 人間側としてではなく、怪人側として俺はこいつらと対峙して敵対する。

 

「お前らの態度が気にいらねんだよ」

 

 怪人未満の半端者だからこそ、妥協はしねぇ。

 お前らのように、自分のツケを他人に負わせるようなことだけはしてたまるか。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あまりにうるさい音で目が覚めた。それが自分の心臓の音だとは気づかなかった。

 そんな事に気付ける余裕もない激痛が全身を襲う。むしろなんでこんな激痛が走ってるっていうのに、俺は今まで寝ていたのかがわからない。

 

 わからないから、考える。思い出す。

 俺が寝ていた理由、この激痛の原因を無理やり体を起き上がらせながら記憶を掘り返す。

 

 何とか立ち上がり、もう日が暮れ切った空を仰ぎ見てやっと思い出す。

 あぁ、そうだ。俺は怪人に負けたんだった。

 間違いなく強かったが、ジジイに比べたら大したことがなかったから行けると思ったんだが……くそっ!

 

 ……にしても、何で俺は生きてるんだ?

 キリサキングとかいう変態もあの虫の怪人も、息の根が完全に止まっているかどうかを確認する程慎重そうな奴は見えなかったが、虫はまだしもあの変態はもう死んでるとわかっててもミンチになるまで興奮しながら切り刻みかねない奴だったっていうのに。

 

 そこを疑問に思ったことで、思い出す。

 いけると思ったのに、俺が負けた訳。俺がキリサキングに、無防備に背中を向けてしまった理由を思い出した。

 

『おじさん……おじっ……さっ……ごめっ……なさ…………』

 

 俺の一喝で泣き止んでたはずなのに、またぐちゃぐちゃにないてガキは……タレオは言った。

 あの子のように、ひぃちゃんのように謝っていた。

 謝る必要なんかない。悪いのはあいつじゃない。あいつの足が遅かったとか、さっさと逃げなかったことを責めてはいけない。

 

 タレオを責めて、タレオを人質にしたあのヘドロみてーなクラゲを正当化することなんか、俺にはできなかった。

 

『いや~……そいつには個人的な恨みがあってね……。

 嫌がらせをするチャンスを窺ってたんだ~』

 

 金属バットの時にいた怪人だった。

 金属バットがぶっ倒れて、一般人の、10歳くらいの金属バットの妹だけが無防備にその場に残されていた時、あの妹を攫おうとしていた怪人が、その邪魔をしたことを根に持ってやらかした事だった。

 

 ……俺は本当に、何も変わってないことを思い知らされた。

 悪くない。何も悪くない相手がいつも、俺の所為で傷つく。俺が中途半端で弱い所為で、いつだって俺は――

 

「……はっ!」

 

 あまりに情けなさ過ぎて、逆に自分の事なのに笑えてきた。

 そんでここまで情けないと、開き直る。

 

 俺が負けたのは当たり前。俺はチョーシこいて自惚れていたけど、まだまだ弱い半端者だ。

 その事がわかった上で生き残れただけでも儲けもの。そう思って、初心に帰ればいい。

 そうだ。あいつらが俺のことを死んだと思ってるんなら、怪人協会からの監視も外れたってことだ。そんでもってヒーロー達は怪人協会の対処に忙しいってことは、俺はテキトーな場所に潜伏して、回復に専念できるってことだ。

 

 そこまで考えて、ふと気づく。

 ……あの不細工なガキはどうなった? 解放されたのか?

 

 辺りを見渡してみても、ガキの死体はない。

 だけど……あの変態っぷりからしてそれは別にいい情報じゃねぇ。俺への嫌がらせ、俺をぶっ殺すチャンスを作る為の人質という役割を終えたからって、あいつを解放する奴らだとは思えねぇ。

 

 ……そこまで考えて、「それがどうした」と自分で思う。

 どうでもいいだろ。俺がこんな目に遭った元凶のガキなんて。

 ガキやヒーローを殺すことが怪人の条件だとは思わねーけど、ガキの心配してやる理由こそ俺にはない。

 

 そんな事より、とりあえず止血を……ってもう、止まってるか。

 服がズタズタに傷口に張り付いて剥がれねぇ。ガチガチに癒着してやがるな。

 もうどうやって脱げばいいのかわかんねーことになってるが、まぁ、今はこの方が好都合か。

 

「さぁて……」

 

 首を鳴らし、拳を固めて俺は向かう。

 Z市へ、怪人協会のアジトに。

 

 ……「助けて」なんか言われてない。助けるつもりなんかない。

 ただ、俺より弱かったくせに俺を殺したと勘違いしているあいつらが気に食わないだけだ。あいつらが喜ぶようなことは何一つしたくないだけだ。

 

 怪人協会(あいつら)の邪魔をしたいだけだ。

 それぐらい、俺は怒ってる。


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