私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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一応こちらが主人公side

 ……正座して携帯ゲーム機でゲームしてるキングさんの横で、同じくジェノスさんが正座してそのプレイの様子をものすごく真剣に見てる。

 何? この状況は?

 

 最初の方は何かボソボソと二人で話してた(多分昼間の童帝君からの電話のこと)けど、今はお互いに無言だからなんか妙に気まずい。

 特にすることがないってのもあるんだろうけど、何故か私だけじゃなくてバングさんとボンブさんまで無言で二人を見守ってしまってる。

 

 キングさんも「この人何がしたいんだろう?」と言わんばかりに困惑してるのが、その横顔でよくわかる。

 幸いながら、キングさんのしてるゲームはそう時間を取るものではなかったこととキングさんの腕もあって、この奇妙な沈黙はそんなに長く続かなかった。

 

「一応これで全クリだけど……。どう? 満足した?」

 

 キングさんがジェノスさんにクリア画面を見せて訊くと、ジェノスさんは真剣そのものな顔と声音で答える。

 

「……もう終わったのか? 全く何も理解できなかった……」

「すみません、ジェノスさん。私にはあなたが何をしたいのか理解できない」

 

 口から出かかった「こっちのセリフだよ」を穏便に言い換えて私が突っ込むと、ジェノスさんはやっぱり真剣そのもので「サイタマ先生とキングやいつも行っている仮想バトルに俺も参戦を試みましたが、俺自身がまだ未熟であることを痛感しました」と答えられた。

 うん、答えを聞いても理解できない。

 

 ジェノスさん、お兄ちゃんとキングさんのゲーム対戦そんな風に思ってたの?

 もうただ遊んでるだけのお兄ちゃんを恥ずかしく思えばいいのか、ここまで真面目なジェノスさんに引けばいいのかも私にはわからない。

 

 っていうか、方向性が勘違いの大間違いとはいえどこまでも愚直に真面目に努力してる弟子を放って、お兄ちゃんはこんな時間まで何してるの?

 

「結構遅い時間になっちゃったな……」

 

 キングさんも、8時を過ぎた時計を見て心配そうにつぶやく。

 まったくだよ! お兄ちゃんが今日は鍋食べたいって言うから、帰って来たらすぐに食べれるように用意して皆さんにも待ってもらってるのに、お兄ちゃん本人は何でまだ帰ってこないの?

 

 ……何かよくわからないけど、いきなりガロウ君を捜しに行くって言って、お昼ご飯も食べずに出て行っちゃったのは何で?

 お兄ちゃんも、ガロウ君を心配してくれてるの? でも、バングさんやキングさんはお兄ちゃんがなんかちょっと怒ってるみたいな感じだったって言ってた。

 

 ……ねぇ、お兄ちゃんは本当にどこで何してるの?

 

「……エヒメさん、大丈夫ですよ。先生がエヒメさんとの約束を破る訳がありません」

 

 私がよほど思いつめた顔でもしていたのか、ジェノスさんが痛ましげな顔をしつつ私を励ましてくれた。

 ……うん。そうですね。

 お兄ちゃんも、ガロウ君はいい子だって昨日のやり取りでわかってくれたもん。何で怒ったのかはよくわからないけど……、ガロウ君を捜してるのは心配してくれているからだ。

 

「そうそう。あの素晴らしいビンタを忘れてない限り、サイタマ君がエヒメ嬢との約束を破る訳がないわ」

「むしろバングさんがその件を忘れてください!」

 

 同じようにバングさんが私の不安を紛らわせる為とはわかってるけど、私にとっては黒歴史なあのビンタを話に持ち出してくるから、私はちょっと本気で怒って頼み込む。

 っていうかボンブさん、「何? お前が素晴らしいと称賛するほどのビンタだと?」と言わんばかりの顔で私を見ないで。興味を持たないで。

 

「えーと、も、もう遅すぎますから、私、お兄ちゃんを迎えに行ってきます!」

「ちょっ! ダメですエヒメさん! 危なすぎます!!」

 

 なんかいたたまれなくなったのと、本当にお兄ちゃんが遅すぎて皆さんお腹を空かせて待ってもらってるのが申し訳なくなったから、私はそう言ってテレポートでお兄ちゃんを連れ戻そうとしたけど、跳ぶ前にジェノスさんに腕を掴まれて止められた。

 

「先生がガロウを捜しているということは、怪人協会のアジトを捜していると同義です。全く見つからず、怪人にも遭遇せずに当てもなく探し続けている所為で遅くなっているのならともかく、先生がアジトを見つけているのなら、いくら先生の側でも突然エヒメさんが現れたら、貴女はもちろん先生も危険です!」

 

 私の腕を掴んで止めたジェノスさんが、どうして私に行かせてくれないのか、その理由を泣きそうな顔で、本当に私も私という足手まといが現れたことで不利になるであろうお兄ちゃんを案じているとわかる顔で説得して止めてくれた。

 ここまで切羽詰まった様子ではなかったけど、同じ理由で同じ説得はもう何度もされたのに、私はお兄ちゃんの側なら絶対に安全という甘えた期待と自分の不安、あとしょうもない羞恥を理由に忘れたフリをして勝手な行動を取りうとした。

 

 まったく反省しない自分が恥ずかしくて、私が俯いて「すみません、ジェノスさん。心配どころか迷惑ばかりかけて……」と謝る。

 

「いや、エヒメちゃんが危ないのはわかるけど、たしかにそろそろ迎えに行った方が良くない?

 怪人協会のアジトなんて闇雲に捜しても見つからないだろうから、見つかってないのならそれこそサイタマ氏は引き際を見失っていつ戻って来るかわからないし。

 あと……言っちゃなんだけどサイタマ氏はすごく強いけどあんな性格してるから少し心配だな。万が一……怪人の罠にでもかかったら……」

 

 私が謝るとジェノスさんは優しいから私を責めるつもりはなかったらしく狼狽えたから、私とジェノスさんの両方をフォローするつもりでキングさんは口を挟む。

 けど、キングさんにとってお兄ちゃんは(ある意味)対等な友達だし、歳の近い男同士だから私よりお兄ちゃんのことをわかっているのもあって、フォローのつもりの発言でキングさん自身の不安も零してしまい、結果的に私の不安はぶり返されて煽られてしまう。

 

 そのことに気付いたからか、ジェノスさんは怖い目でキングさんを睨み、キングさんはキングエンジンを鳴らして冷や汗を流しつつ私に「ご、ごめん! エヒメちゃん!」と謝るけど、……ただ単にジェノスさんに怯えて動悸が激しくなっているキングエンジンをジェノスさんが激しく勘違いした。

 

「……確かに、先生は強いが素直すぎて搦め手には弱いだろう。だから、キング。悔しいがお前に任せる。

 エヒメさんと一緒に先生の元まで跳んでくれ」

「「へ?」」

 

 思わず、私とキングさんが同時に声を上げる。

 え? 何でその結論になったの?

 そんな私とキングさんの疑問を、バングさんとボンブさんは顎の髭を撫でながら納得したようにうなずいてその気はないんだろうけど説明してくれた。

 

「あぁ、そうじゃな。それがいい。ジェノス君は今の状態だといっちゃ悪いが役に立たんし、第一重すぎるわな」

「わしらでもいいが、まだ全回復したとは言い切れん状態だしな。キングがお嬢ちゃんの護衛と、サイタマ君の援護に丁度いい」

 

 ……あぁ。キングさんのキングエンジンをやる気Maxだと勘違いしてますわ、この人たち。

 違うんです、ジェノスさん、バングさん達。キングさんのキングエンジンはそんなんじゃないんです。

 というか、ジェノスさんはともかくバングさんとボンブさんって実は本気でキングさんを世間の評判通りの実力者だと思ってます? 私はあなた達はわかってるけど優しいから、何か事情があるんだろうと思って黙ってるんだと思ってましたけど、そうじゃないの?

 

 ……多分、本気だろうなぁ。

 気付いているのなら、ここでキングさんを私の護衛とお兄ちゃんの援護に推すのは、まだよく知らないボンブさんはともかくバングさんにしてはおかしいもん。

 バングさんなら、嘘ついてS級の地位にいるキングさんにお灸をすえるつもりでわざと強敵の前に放置することはあっても、それは自分たちがフォローできる状況かつキングさんがビビる以外の被害が出ないようにって配慮はするはず。

 自分が行く気もなければ、自分で言うのは何だけど可愛がってる私が巻き込まれそうな状況に反対しない訳がない。

 ……でも、気付いてないとしたらキングさんの勘違いされ能力(オーラ)すごすぎない?

 

 私が遠い目でそんな風にキングさんの割と自業自得な自爆に同情していたら、ジェノスさんに「頼んだぞ、キング」とキングさんは肩ポンされて、行くことが決定されて更に大きくなったキングエンジンを鳴らしながら、縋るような目で私を見る。

 いや、そんな目で私を見られても……。

 

 正直、私だっていざという時に私を頼りにしそうなキングさんは色んな意味で気まずいし邪魔だから連れて行きたくないから、どうやってこの勘違いを訂正しようか悩んだけど、幸いながらその悩みはあっさり解決した。

 

「ただいま~」

「! お兄ちゃん!」

 

 元凶であるお兄ちゃんが、いつも通りのテンションで普通に帰ってきてくれた。

 なので私はパタパタと走ってリビングから玄関の廊下に繋がる扉を開くと、これまたいつも通り怪人の血やら体液やらに塗れたお兄ちゃんが普通に現れる。

 どうやら、私やキングさんの不安は見事に杞憂だったみたい。

 

「ふぅ……。いやー、まいったまいった。大変な目に遭ったぜ」

「……? お兄ちゃん、どうしたの?」

 

 けど、よく見るとお兄ちゃんの様子がいつもと少し違う。

 お兄ちゃんはもう怪人と何連戦しても「疲れた」なんて言わないし思わないけど、今日はなんだか本気で疲労してるみたい。

 それに私がおかえりとお疲れ様と言えば、どんなに期待を裏切られて失望して落胆してても、お兄ちゃんは笑って「ただいま」って答えてくれたのに、今日は何故かお兄ちゃんは私から豪快に目を逸らす。

 

 ……お兄ちゃん、絶対に何かやらかしたでしょ?

 

 お兄ちゃんの反応から、私に言いづらい何かをやらかしたから帰りたくなかった、子供みたいな理由で悪あがきをしてこんな時間まで帰ってこなかったことを察した私は、私から目を逸らしまくるお兄ちゃんにもう一度「お兄ちゃん?」と呼びかける。

 それでも目どころか首を限界まで回して私から目を合わせようとしないお兄ちゃんに、ジェノスさんが困った様子で「先生?」と呼びかけてから、ジェノスさんは言った。

 

「先生、何があったのですか? エヒメさんに心配をかけたくないお気持ちはよくわかりますが、先生なら俺以上にわかっているはずでしょう?

 この人は何も教えない方が傷つき、不安になる人です。エヒメさんが先生を嫌う訳などないのですから、エヒメさんを思うのなら正直に話してください。俺達に聞いてほしくないのなら、今すぐに席を外しますから」

 

 このジェノスさんの純粋すぎる説得と申し出に、流石の神経図太いんだか無神経なんだかなお兄ちゃんも良心にぶっ刺されて敵わなかった。

 うん、ごめんジェノスさん。今のお兄ちゃんは私に気を遣ってるんじゃなくて、ただの保身だから。自分の事しか考えてないから。

 

 そして私も、お兄ちゃんのことを嫌いになる訳はないけど軽蔑はする。

 

 * * *

 

「バカじゃないの! バカじゃないの! バッカじゃないの!!」

 

 ジェノスさんの説得にいたたまれなさ過ぎて観念したお兄ちゃんが懺悔した、こんな時間まで帰ってこなかった理由を聞いて思わず私は、自分の前に正座したお兄ちゃんを見下ろして「バカじゃないの」を連呼する。

 

「え、エヒメさん……。先生も財布を無くしたのはわざとではなく、先生自身もショックを受けている事ですし……」

「それはわかってますしそこは責めませんから、ジェノスさんもすみませんが口を挟まないで!」

 

 ジェノスさんがお兄ちゃんのフォローをするけど、私にとってそのフォローは見当違いだったから、本当にジェノスさんには悪いけど怒鳴って一蹴して黙らせた。

 

 財布落として失くしたのはいいよ!

 いや、6千円をなくしたのはうちの家計的に大打撃だけど、ジェノスさんの言う通りわざとじゃないんだから責めるとしても「しっかりしてよ!」程度で怒る気はないよ! お兄ちゃんがB級上位になったおかげで、生活も前ほど切羽詰まってないし!

 

 私が怒ってるのは、財布を失くしたと気付いた時にした行動だ! この愚兄!!

 

「なんで失くしたと気付いた時にファミレスの電話を借りて、私を呼ばなかったの!!

 私ならすぐに跳んでいけるんだから、食い逃げの言い訳だと疑われて嫌な空気になるのだって長くても数分程度でしょ!! それくらいなら失くしたお兄ちゃんが悪いんだから我慢してよ!

 なんでお兄ちゃんも、食い逃げしてんの!! 食い逃げ犯を言い訳にしてるだけで、お兄ちゃんのしてる事は同じじゃない!!」

 

 食い逃げの冤罪をかけられて待つ時間の居心地の悪さも、妹である私にフォローされる恥ずかしさも想像できるけど、それらと天秤にかけて食い逃げを冤罪じゃなくて実行するってどうよ!?

 しかも言い訳の為に追っかけた食い逃げ犯を結局捕まえずに見逃すって、もう本当にヒーロー以前に人としてどうよ、お兄ちゃん!!

 正義感やヒーローとしての義務じゃなくて、お兄ちゃんの言い訳の為に追っかけたとはいえ、そして軽とはいえ犯罪者なんだからそこは見逃すな! もはや共犯じゃねぇか!!

 

 私がマジギレしながら、何でお兄ちゃんが本当に電話で私を呼ばなかったのかを問い詰めると、お兄ちゃんはふてくされた調子でボソボソっとその訳を口にする。

 

「いや……だってお前とジェノスがめっちゃいい感じだったから……また邪魔するのも……しかもあんな理由で邪魔するのもマジでアレだったし……」

「そんな気遣いしなくていい!!」

 

 私は余計なお世話すぎる気遣いにキレて、思わず鍋の用意で側にあったお玉でお兄ちゃんの頭をぶっ叩く。っていうか、もうあのノックなしサイレントおじゃましますの時点で私とジェノスさんのいい雰囲気なんか霧消して戻ってこなかったから、気遣いならその時にしろ!

 

 もちろん私が本気かつ凶器ありで殴ってもお兄ちゃんはノーダメージで、安物のお玉の柄が垂直に折れ曲がっただけだった。悔しい。

 

「わかったわかった! 俺が悪かった! 兄ちゃんが全部悪かった!

 だからお説教はせめて明日にしてくれ! 俺は財布を無くしただけじゃなくて別の事でもショックを受けてるんだ!」

「ショック? 何があったの?」

 

 物理が無効なら口で攻撃するしかなかったから、お玉を投げ捨てて私がもう一度口を開く前に、お兄ちゃんがせめての譲歩を求めてきた。

 腹が減ったから後にしろとかなら、「お兄ちゃんの所為でこっちも空腹だ!」と言ってもう部屋から閉め出して、先にご飯食べようかと思ったけど、そうではなかったから私の怒りはさすがにクールダウンして尋ねる。

 

 けどお兄ちゃんは答えず、またしても私から目を逸らす。

 ……お兄ちゃん、ガロウ君の事か何かかと心配したけど、その反応からしてまたろくでもねーことだろ、こら。

 

「先生、一体何があったんですか?」

 

 心配そうにジェノスさんはお兄ちゃんにその「ショック」の理由を尋ね、バングさんやキングさんたちも心配そうにお兄ちゃんの様子を窺っていると、ここ最近のお兄ちゃんじゃ珍しいレベルで落ち込みながら、お兄ちゃんは答えた。

 

「……せっかく買った白菜……あのファミレスに忘れてきた」

 

 …………はぁ?

 

「くっ……俺が回収してきます!」

「いかん、ジェノス君! その身体では無理じゃ!!」

 

 ……なんかジェノスさんとバングさんが盛り上がってるから私の反応がおかしいのかと思って他二人を窺うと、ボンブさんとキングさんは「いやそんな白菜ぐらいで……」って言わんばかりに明らか呆れてるから、たぶん私は正常だ。

 っていうか、お兄ちゃん。ショックってそこ? 白菜忘れたことが、ヒーローとして人としてどうよな食い逃げをやらかした事よりショックなの?

 へー、ほー、ふーん………………。

 

「お兄ちゃん」

 

 私は白菜を回収しに行こうとするジェノスさんと止めるバングさんはひとまず放っておいて、正座したまま項垂れてるお兄ちゃんの肩を掴む。

 私が肩を掴んだ瞬間びくって跳ね上がったことは、私が怒ってるのはわかってるんだろう。でも、何に怒ってるのかはわかってないんだろうなぁ。わかってたら、このタイミングであれは言う訳ないもんなぁ。

 

 まぁわかってようがなかろうが、もはやお兄ちゃんの本日の末路は決定済みだけど。

 

「ちょっと深海で頭冷やそうか?」

「エヒメさん!?」

 

 私の宣言で私がお兄ちゃんをどこに連れて行く気か察したジェノスさんが、バングさんとのやり取りをやめて私の腕を掴んで止める。

 ジェノスさんは巻き込めないから、安心してもらえるように私は振り返って答えた。

 

「大丈夫です、ジェノスさん。年に4回くらいはしてる事ですから」

「季節ごとに先生を海に落としてるんですか!?」

 

 あれ? 安心どころかドン引かれた?

 あぁ、うん、よく考えなくて私の発言も行動もドン引き案件だわ。何やってんの私。そして反省しろ、お兄ちゃん。

 

 いつもの私ならジェノスさんに引かれたことにショックを受けるんだけど、この時の私はお兄ちゃんのどこに出しても恥ずかしいやらかしと発言にマジギレしてて、そのショックさえも後回しにしてたのは幸か不幸かわからない。

 っていうかジェノスさん、本当に止めないで欲しかった。もうこの時点でお兄ちゃんを海に落としてた方が、たぶんお兄ちゃんにとっても幸運な方だったと思う。

 

「ジェノス、止めてくれ! こいつマジで俺を海のど真ん中までテレポートして落とす気だ!!」

「止めないでくださいジェノスさん! 私としては火山口に落とさないだけ恩情です!!」

「エヒメさん! 落ち着いてください! そして先生は今すぐ土下座で謝ってください!!」

 

 私を後ろから羽交い絞めにしてテレポートを阻止するジェノスさんにお兄ちゃんは縋り付き、ジェノスさんは私を説得しつつお兄ちゃんに謝れと助言する。フォローがないってことは、ジェノスさんもお兄ちゃんのやらかしや発言自体はどうよ? って思ってることにちょっと安心したら、唐突に声を掛けられた。

 

「楽しそうね」

 

 キングさんやバングさん、ボンブさんでもない女性の声だったので一瞬本気で怖かったし驚いたけど、すぐにその声は凄く聞き覚えのある声だと気付いた。

 

「フブキさん! どうしたんですか!?」

 

 薄暗い廊下からこちらを睨み付けながらフブキさんが立っていたので、流石にお兄ちゃんへの怒りは忘れないけど横に置いて私はフブキさんに駆け寄って尋ねる。

 ノックやインターホンを鳴らさずに入って来る人じゃないので、そんなことをする余裕もない程の非常事態か何かかと思ったけど、その割にはフブキさんのテンションは低かった。

 

「一体、貴方達は何を大騒ぎしてるのよ。インターホン、何度鳴らしたと思ってるの?」

 

 けど私の疑問は、じろりと睨み付けられながら言われた嫌味で晴れた。あ、鳴らしたけど私たちが騒がしすぎて、気付かなかっただけか。

 その事を申し訳なく思って私は頭を下げるのに……、お兄ちゃんは「ん? どうしたフブキ。何か用か?」とまったく悪びれず、むしろ「こんな時間になんだよ、めんどくせーな」という本音が隠しきれていないテンションで話しかける。

 この愚兄、本当に何も反省もしてないな!!

 

 私の怒りゲージをさらに上げるお兄ちゃんだけど、私だけじゃなくてフブキさんもお兄ちゃんの発言にキレてた。

「サイタマ、やってくれたわね」って、お兄ちゃん、フブキさんに何したの?

 

 フブキさんに睨み付けられながら言われても、お兄ちゃんには心当たりがないらしく首を傾げている。

 そんなお兄ちゃんにフブキさんは明らか怒りのボルテージを上げながら、手に持っていたフブキさんには似合わないスーパーのビニール袋を突き出した。

 

「これ。忘れものよ」

 

 その突き出されたものが何であるかに気付いて、お兄ちゃんはさっきまでの面倒くささが一転して、珍しく嬉しそうに目を輝かせた。

 

「! おー、助かった。

 今日はエヒメが鍋にするって言ったからさー。鍋に白菜は欠かせないからな」

 

 ……白菜? さっきお兄ちゃんが言ってた、ファミレスに忘れてきた奴?

 なんでそこに忘れた白菜を、フブキさんが届けに来てくれたの?

 

「他に私に言うべき事があるんじゃないの?」

「え? 白菜ありがとう」

「違うでしょ! お店の会計を私に押し付けて逃げたことをちゃんと詫びなさいよ!」

 

 私の疑問はまたしても、私が尋ねる前に二人のやり取りで氷解する。

 ……おい、お兄ちゃん。私は「ファミレスで財布を忘れて、エヒメ(わたし)にもってきてもらうのが恥ずかしくてどうしようか悩んでたら食い逃げが現れたから、それを追って店から出た」としか聞いてないんだけど?

 フブキさんという登場人物は今、初耳なんですけど?

 

「あぁ……忘れてた……。ご……ごめん……」

「しかもまた話の途中で言っちゃうし!!」

「……ん? 何か話してたっけ?」

「ほらやっぱり聞いてなかった! とにかく今回の件は一つ貸しだから!! 覚えときなさいよ!!!」

 

 おい、ちょっと待てお兄ちゃん。

 

「……フブキさん、『また』って何ですか?」

「え? あぁ、そういえばあなた達には昼間会ってなかったわね」

 

 フブキさんの発言に聞き捨てならない所があったから私が尋ねると、フブキさんは戸惑ってるというかややキョドりながら答えてくれた。

 ほうほう、昼間、私がジェノスさんの部屋にいた時にもフブキさんは来てくれていたのね。それなのに、もてなしどころか話も聞かずに勝手にガロウ君を捜しに行って、財布を失くして、普通に訳を話して頼めばよかったのに食い逃げを言い訳に押し付けて、挙句の果てに今の今までそれを忘れていたと……。

 

「……フブキさん。この辺で一番活動が活発な火山ってどこかわかります?」

「え?」

「海じゃなくて火山になった!?」

 

 フブキさんにお兄ちゃんのお昼代を返しながら、私は真顔で尋ねる。

 あまりに突拍子のないことを言い出した所為でフブキさんが戸惑い、お兄ちゃんは私の発言の意図を理解したからか、青い顔で私に「ごめん! 兄ちゃんが本当に悪かった!!」って謝るけど、謝る相手は私じゃねぇだろ。

 

 私、お兄ちゃんの事は本当に大好きでお兄ちゃんのマイペースさを見習いたいと思ってるけど、ここまで他人に迷惑かけておきながらそれの何が悪いかわかってないことに関しては本気で軽蔑したよ、お兄ちゃん!

 何度海に落としてもこれなら、もう火山にでも落とさないと本気でダメだ。落とそう。それがお兄ちゃんの為にもなる。

 私が本気でそう思って、お兄ちゃんにつかみかかりに行くけどバングさんとボンブさん、そして何がなんやらわかってないけど不穏そうな事だけは感じ取ったのかフブキさんにディフェンスされて、お兄ちゃんを掴めない。

 

 って、あれ?

 こういう時に一番お兄ちゃんを庇いそうなジェノスさんがいない。

 その事に気付いたタイミングで、ジェノスさんが玄関に繋がる廊下の扉をバタンと閉めた。

 ん? あれ? キングさんもいない。バカらしすぎて帰った?

 

「どうした、ジェノス」

 

 お兄ちゃんもジェノスさんが庇ってくれないことに気付いたのか、ジェノスさんに尋ねてみたらジェノスさんはいつも通りの真顔で簡潔に答えてくれた。

 

「怪人が来たようなので、キングに任せました」

「「うーわ」」

 

 思わず、わたしら兄妹から同じ声が出た。

 ねぇ、ジェノスさん。もしかしてあなたはキングさんの真相知っててわざとやってない?

 

 さすがに知り合いが家の前で怪人によってミンチはもちろん、助かっても昼間のようにその……急に新しいズボンが欲しくなる状況になられたら嫌なので、お兄ちゃんに目配せで「キングさんを助けに行って」と伝える。

 お兄ちゃんは少しでも私の怒りを治めたかったからか、真顔で頷いて脱いでいたグローブを嵌め直して玄関に向かうけど、その前にキングさんがキングエンジン鳴らしながら普通に帰ってきた。

 

「……げ…………玄関の前にいた…………お客さんです」

「なっ……キング!? 招き入れてどうする!?」

 

 なんか宇宙飛行士のスーツみたいな恰好をして、肩にミサイルやらライフルらしきものが搭載された、人間なのかロボットなのかも判別つかない人らしきものをキングさんは招き入れて、普通にジェノスさんに突っ込みを入れられた。

 うん、あなたの本当の戦闘能力からして逆らえないのはわかるけど、流石に招き入れないで欲しいな!

 

「チッ!」

 

 ジェノスさんとお兄ちゃんが私を庇って前に出て、ジェノスさんは応急手当だけをした状態なのに、構えて迎え撃とうとしてくれた。

 けどキングさんが招き入れた人は、警戒どころか驚いた様子もなく手を上げて、ジェノスさんの行動を制止ながら言った。

 

「あー待て待て。また酷く壊れたな。それ以上無理に動いてはいかん」

 

 その声を聞いたのはたったの一度だけど、聞き覚えがあった。

 

「ワシじゃよ。ジェノス」

 

 顔を隠すように覆っていたマスクから色が消えて透明になり、その素顔が露わになってジェノスさんは驚きつつその名前を呼ぶ。

 

「クセーノ博士!!!!」

 

 そう、キングさんが招き入れたのは怪人でも怪しいロボットやサイボーグでもなく、ジェノスさんの恩人である博士さんだった。

 

「え? あ、お、おひさしぶりです」

「おぉ! エヒメさんか! ジェノスからよく話は聞いておるよ。

 一度会ったきりじゃのに、覚えてくれてありがたいのぉ」

 

 私が頭を下げて挨拶すると博士さんも私のことを覚えてくれていたようで、嬉しげに笑って応じてくれた。

 私も、ジェノスさんの命をいつも繋いでくれるこの人に会えたことは嬉しいけど、でも何でこんな時間にこんな格好で来たんだろう?

 

 私と同じ疑問をジェノスさんも懐いたから問うと、流石に治した直後に大破は初めてだったから、直接現地まで出向いて正確な状況を把握したかったらしい。

 

 あぁ、この人は本当にジェノスさんを大切にしてくれているんだな。

 

「まぁ気にせんでいい! 大事なのは勝つことよりも生き残る事じゃ」

 

 ジェノスさんが治してもらってすぐにまたこんなにも酷く壊れた事と、博士さんに心配をかけた事をものすごく申し訳なさそうに謝るけど、博士さんはカラッと笑ってフォローしてくれた。

 ジェノスさんが生きている事を本心から安堵して喜んでくれている笑顔が嬉しくて、私も自然と笑顔になる。

 

「して……オヌシをそこまで破壊した敵は?」

「いつも通り、サイタマ先生が倒しました」

「そうか……。オヌシが……ジェノスの師匠、サイタマ君か。一度会ってみたかっ「土足やめてくんない?」

「あぁ! こりゃ失礼!」

 

 けど私の笑顔はお兄ちゃんの相変わらずなマイペースさですぐに強張った。

 お兄ちゃん……。確かに土足は困るけど、今このタイミングで言うことなかったでしょ!!

 

 やっぱりお兄ちゃんは一度、マグマの中に突き落とした方が良いと思って睨み付けるけど、流石に初対面同然の博士さんの前でそれをやったらドン引きどころじゃないので、後回しにする。

 助かったと思うなよ、お兄ちゃん。あくまで後回しにしてるだけだからな。

 

 * * *

 

「ワシはクセーノ。元々はしがない機械工学者で、訳あって今はジェノスの正義活動をサポートしている者じゃ」

 

 全身をガッチガチに固めた武装だったから、脱ぐのに時間がかかったけど博士さんは宇宙服みたいなものを脱いで、博士という肩書に相応しい白衣姿になって、まずは自己紹介。

 

 お兄ちゃんも、「俺はサイタマ。よろしく」と流石にここは普通にあいさつで応じてくれた。いや、普通じゃないか。

 お兄ちゃん、いきなり呼び捨てはやめて。せめて「博士」を付けて。

 

 そんなナチュラル失礼すぎるお兄ちゃんだというのに、博士さんはその無礼さを気にした様子もなくやや目を細めて感慨深そうに独り言じみた言葉を零す。

 

「そうか……ジェノスにこんな立派な師匠が出来たとは……感慨深いの……。

 ワシとジェノスが出会った頃はワシらに味方は誰もおらんかった……。

 たった二人で闇の中を彷徨うように……巨悪に対抗できる戦力を手に入れる為の研究を重ねかぅかずの苦難を乗り越えながら「迎えに来てもらえて良かったな、ジェノス。じゃあ部屋も狭いんでここらへんで解散ってことで。またなクセーノ」

 

 ……これは文句つけない。気持ちは分かった。

 

 正直、私は博士さんに対して、かなり癖が強くてマイペースすぎるお兄ちゃんも時々ついてゆけずに引くジェノスさんと長年付き合ってられるなぁと実は前々から思ってたけど、その理由を今理解した。似た者同士か、この人ら。

 長い話が全然聞けないお兄ちゃんも本当にどうかと思うけど、正直、ジェノスさんも博士さんも20文字とは言わないから話はもう少し簡潔にまとめて欲しい。

 

「博士……先生には要点を20文字以内でお願いできれば……」

「ジェノスさん、話は簡潔にして欲しいけど、そこまでお兄ちゃんを甘やかさなくていいですよ」

 

 博士さんにジェノスさんが送るアドバイスに、私は思わず突っ込む。

 そして、突っ込んでから気付く。私、「あなた達、話が長すぎる」って本音を隠しきれてない。

 

「まぁ、そう言わずに……。おそらくここが例のサイタマ君の家だと思って手土産があるんじゃ。

 気に入ってもらえると良いんじゃが」

 

 幸か不幸か私の失礼だけど結構切実な本音は気付かれずに流され、博士さんは脱いだスーツの中から何かを探って取り出す。

 っていうかジェノスさん、「先生用の強化パーツですか?」って……。お兄ちゃん、あれでも一応生身です。

 昨日もお兄ちゃんがカツラ被ってた時、勘違いでジェノスさんの髪である強化繊維をお兄ちゃんに植え付けようとしてましたよね? ジェノスさんはお兄ちゃんをどうしたいんだろう?

 

 そんな風に私が遠い目でお兄ちゃんの行く末をちょっと心配していたら、博士さんがお土産を見つけだして差し出す。

 

「なかなか手に入らん高級プレミアム牛肉の極上ギフトセット。最高級品じゃ」

 

 ……それだけなら、ものすごく申し訳ないけど受け取れた。

 ちょうど晩御飯は鍋だし、博士さんも食べて行ってくれたら申し訳なさがだいぶ軽減したし。

 

「サイタマ君はスーパーの安売り牛肉によく反応しているとジェノスから聞いたもんで、これは普段ジェノスが世話になってるお礼として受け取ってくれんか」

 

 だけど、博士さんのこの発言で私はもう受け取れない。

 博士さんの様子からして嫌味とかじゃない、善意100%なのはわかってる。

 だからこそ余計に恥ずかしい!! っていうかジェノスさん! あなたも善意しかないんでしょうけど、何を博士さんに話してるの!?

 

 うちの家計事情を赤裸々に暴露されたも同然で、私はもう穴が合ったらどころか自主的に穴を掘って埋まりたい気分なのに、思わず赤くなった顔を隠して座る込むレベルだったのに……それなのに本っっっ当! このバカお兄ちゃんは!!

 

「クセーノ……ゴホンッ、いや、クセーノ博士」

 

 わざとらしく咳ばらいをして、つけなかった敬称を今更になってつけてお兄ちゃんは言う。

 

「どうやらジェノスを見守る者同士、語り合えることが多くありそうだ。

 また是非、うちに遊びに来てください」

 

 しっかり、高級プレミアム牛肉の極上ギフトセットを受け取って、今すぐに追い出そうとしてた人に明らかまた同じようなお土産を期待して歓迎する。

 ……あのさぁ、お兄ちゃん。

 

「……サイタマ君」

「…………サイタマ氏」

「………………サイタマ」

「……………………先生」

「え? 何お前ら。何で全員、俺に向かって合掌してるの?」

 

 博士さんとお兄ちゃんだけ何もわかっておらず、皆さんのお兄ちゃんに対する憐れみの目と合掌に戸惑っている。

 あぁ、皆さん。そういう反応ってことは、もう私を止める気はないんですね。ありがとうございます。

 

「……すみません、ジェノスさん。申し訳ありませんが、すぐに戻りますけど先にお鍋の準備をしておいてもらえます?」

 

 私は戸惑って皆さんを見渡すお兄ちゃんから牛肉のギフトセットをスッと奪ってジェノスさんに渡し、そしてお肉に目がくらんでまだ現状を理解してないお兄ちゃんの手を掴む。

 

「……あ」

 

 うん、ようやくわかったようだね、お兄ちゃん。

 でも、おせぇよ。

 

 ……私の怒りが普段の私の能力の限界を凌駕したのか、私一人でも何度か繰り返さないと行けない距離である海、それも海岸近くじゃなくて何とか海溝とかがありそうな海の真上まで、一足飛びでやってこれた。

 

 お兄ちゃんはもちろん、私だって超能力者だけどタツマキさんやフブキさんと違って自分を浮かせることは出来ないから、そのまま私たちは重力のままに海面まで墜落する。

 そして私は手を離したお兄ちゃんの背後に今度はテレポートで出現して、その背中を重力も味方につけて思いっきり踏みつけて海面に叩きつける。

 

「本っっっ当! 少しは恥っていうものを知れ! 深海で頭冷やして反省しろバカお兄ちゃん!!」

「ちょっ!? 肉と白菜は残しておけよ!!」

「反! 省! しろ!!」

 

 ……もはや季節ごとの風物詩になっている私のマジギレ海落としに、お兄ちゃんは相変わらず何が悪かったのか全くわかってないのをこっちが嫌になるほど理解出来る叫びを残して、海に落ちて行った。

 その叫びに私は言っても無駄だとわかってることを叫んで、海に落ちる前にテレポートで戻る。

 

 ……反省しないのは、当たり前か。

 ジェノスさんに「お兄ちゃんを甘やかさないで」と言う資格は私にはない。

 

 だって、結局火山口になんか突き落せず、無事戻って来るとわかり切ってる海に落としたもん。

 言われるまでもなく、お肉と白菜は絶対に残しておくつもりだった私が、一番お兄ちゃんを甘やかしてる。

 

 ……全く。

 早く帰って来てよ、お兄ちゃん。

 

 どんなに軽蔑したって、私はお兄ちゃんの事を嫌いになれる訳がないんだから。

 





ガロウ視点の後にこれを書いたら、もうガロウの方が主人公にしか思えない。
って言うかガロウ。書いてる私が言うのもなんだが、君はエヒメに夢見過ぎ。

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