「ジェノスさん、背中側の外すボルトはこれで全部ですか?
あの……大丈夫ですか? 私、外してはいけないものとか外してません?」
私がジェノスさんの指示通り、ジェノスさん一人では応急処置が出来ない背中側のパーツを処置しつつ、つい不安になって尋ねる。
雑貨やアクセサリー制作を本業にしてるから手先には多少の自信はあるけど、精密機器の製作や修理はしたことも学んだこともないし、しかも家電とかじゃなくてジェノスさんの体なんだからちょっとした間違いでも取り返しがつかない。
自分で手伝いを買って出たくせに、「もし間違えてすごく大事な部分に傷でもつけたら」というプレッシャーが凄い。
「はい、大丈夫です。むしろとても丁寧で助かってますから、安心してください」
けどジェノスさんはいつものように優しく笑って、私の不安を穏やかに溶かしてくれる。
火傷のように溶け爛れた顔が痛々しいけど、それでも私はその笑顔に安堵を覚えていた。
ジェノスさんが修理を終えてもうすぐ帰って来ると連絡してくれたけど、協会から支給された応援要請とかが届く端末で緊急の要請があって、そちらに向かうから遅くなることだってこの人は丁寧に連絡してくれた。
メールでだけど、「いってきます」と私に伝えて、私の不安を少しでも軽くしようとしてくれたことをその笑顔で思い出して、私の胸の内にあたたかくて幸福なものが満たされる。
けど、すぐにその暖かで幸福なものは穴が開いた器から零れ落ちるようになくなって、別の不安が私の中を満たす。
あと、羞恥と罪悪感も。
あああっっ! 何で私はガロウ君が怪人たちに連れ攫われてるって時に、ジェノスさんにときめいてるの!?
初めて入ったジェノスさんの部屋にドキドキしてるんじゃない!
あの夢の通りの物が少ない殺風景な部屋であることなんて今はどうでもいい! ガロウ君の無事が確定してから存分に悶えとけ!!
ごめんなさい、ごめんなさいガロウ君。あなたのことを蔑ろなんかにしないよ。けど、恋愛脳で浮かれてる私で本当にごめんなさい。
「……あの、エヒメさん」
「!? は、はい!」
急に頭を抱えて悶えだした私を不審に思ってジェノスさんが引きつつも心配してくれたと思ったけど、幸いというべきかジェノスさんは私の挙動不審に気付いていなかった。話しかけたのは、まったく別の理由。
「……すみません、エヒメさん。俺は、貴女との約束を守れませんでした」
「!? 何言ってるんですか! ジェノスさんは、ガロウ君が向かって来ても攻撃しないで話を聞こうとしてくれたんでしょ!
十分すぎる程、約束を守ってくれたじゃないですか!」
振り返って言ったジェノスさんの謝罪に、思わず浮かれてる自分の自己嫌悪とか羞恥が吹っ飛んで反射で否定する。
私には本気で、この人は何故こんなにも申し訳なさそうなのか、私との約束を守れなかったと思っているのかがわからなかった。
むしろ私との約束なんて、私がバカな期待をしているだけだと一蹴されても私は文句を言えないもののはず。
特に8人のヒーローを返り討ちにしたばかりのガロウ君を見て、何か事情があるんだなんて普通は思えない。私の語った昔のガロウ君なんてそれこそ昔の話で、今はただの危険な犯罪者としか認識されないのは……私としては辛いけど仕方がないこと。
それなのに、ジェノスさんは私が最も望んだ対応をしてくれた。
あの子の話を聴こうとしてくれた。話してくれず、襲い掛かっても回避と防御に専念してガロウ君を傷つけないでくれた。
ガロウ君が言った「子供がいたから、それに気づいてないヒーロー達から守った」という主張を信じてくれた。
そしてバングさんを止めてくれた。バングさんに「話を聞け」と言って、バングさんが見逃し続けていたガロウ君の良い所を伝えて、バングさんはガロウ君に謝ってくれた。
結果としては何故か、ガロウ君はジェノスさんにもバングさんにも心は開いてくれず、彼のヒーロー狩りの真の動機とかはわからずじまいだけど、それはジェノスさんの所為な訳ない。
ガロウ君が怪人協会に攫われたのだって、もちろんジェノスさんの所為じゃない。
だけどジェノスさんはピンセットでつまんだ小さなボルトを床に敷いた新聞紙の上に置いて、うつむいたまま酷く悔やんでいる顔で言う。
自分の所為だ、と。
「……ありがとうございます。…………けど、どうしても俺は後悔してしまうんです。
俺がもっと強ければ、先生のせめて足元程度にでも及んでいれば……怪人どもにのうのうとガロウが攫われることはなかったのではないか……。
少なくともバングの行いをもっと早くに止めることができたのではないかという後悔が、しても仕方がないとはわかっているんですが……、どうしても考え続けてしまうんです」
ジェノスさんの言葉に、この人が何に対してこんなにも後悔しているのかを知って、私はまた心の中でガロウ君に謝る。
ごめんなさい、ガロウ君。あなたをダシにするような幸福を噛みしめて。
あまりにも幸福だったから、私は俯くジェノスさんの隣に座り直して、そのまま少しだけ体を傾ける。
コツリとこの人の肩に頭を預けるようにして、私は心に思ったことそのまま言葉にする。
「……ジェノスさんは、『ヒーロー』なんですね」
「………………え?」
自分でもわかっている脈絡がない私の発言に、ジェノスさんは不思議そうな声を上げる。けど、なんか妙に間が長かったな。
「ジェノスさんの後悔は、全部ガロウ君の為の事なんですね」
ちょっと私がジェノスさんの反応の遅さを不思議に思いつつ、顔を上げてそう言えばジェノスさんはちょっとだけきょとんとしてから、何かに気付いたように軽く目を見開いた。
そして少し恥ずかしげに、気まずげに淡い笑みを浮かべてくれる。
たったこれだけで、思い出してくれたんだ。覚えていてくれたんだ。
昔というほど前ではないけど、私たちが出会って間もない頃、お兄ちゃんがプロヒーローになってすぐぐらいの頃に何気ない雑談のつもりで語った、私の『ヒーロー』と『正義』の定義を。
「……ジェノスさん。こんな時に……あなたがこんなにもひどい状態なのにこんな風に思うのは不謹慎でしょうけど、私、結構嬉しいんです。
あなたは……初めから優しい人だったけれど、出逢った頃は復讐の為に強さだけを求めている節が強かった。復讐の為に無関係の人を巻き込むような人ではなかったけど、余裕のなさから視野を狭めてあなた自身が最も望まない犠牲を出しかねなかったから」
「そうですね。実際、あの時いたのが先生でなかったら俺は怪人退治の名目で一般人を焼き殺した犯罪者になる所でしたし」
ジェノスさんにもたれかかったまま、私が続けた言葉にジェノスさんは珍しく冗談のトーンで、お兄ちゃんとのファーストコンタクトのやらかしを語った。
それは、私の最初の「不謹慎」に対しての「そんなことない」「気にしてない」っていう答えなんだろう。
あぁ、やっぱりこの人は変わってないけど変わった。
正しくて優しい人であることは初めからだけど、あの頃はまるで今のガロウ君に対してのような心配を懐く程、危うげだった。
でも、もうこの人に自分から地獄へ堕ちてゆきそうな危うさはない。
「ジェノスさんは優しいから……、あなたは本質的に勝てばそれでいい『正義』ではなく、周りの人が救われないとあなた自身が救われない『ヒーロー』だと思っていましたから……酷い感想ですけど、あなたの後悔が嬉しいです。
ガロウ君をそこまで思ってくれているのはもちろん、あなたが目先の『怪人を倒すこと』ではなくその先のことを、ガロウ君を救うという目的を見失っていないからこその後悔が……すごく嬉しいです」
後悔をして欲しい訳ではもちろんないけれど、この人はお兄ちゃんとの出会いといい、ソニックさんとのケンカといい、頭に血が上ってしまうとすぐに周りが見えなくなる悪癖があったから、この人の後悔が「あの大ムカデを倒せなかった」じゃなくて終始ガロウ君のことを思った後悔だったのが、すごく嬉しい。
それにこの人の余裕の無さからくる視野狭窄は、無関係な誰かが危ないというだけじゃなくてジェノスさん自身が自分の命を軽んじていた時も多かったから。
蚊の怪人は自爆することで、心中することで倒そうとしたらしいし、あのロボットとの戦闘で脳が露出してるのに、悠長にロボットのパーツを拾ってた時とかも、「強くなる」って目的しか見えてなかったからこそしたこと。
この人の「もっと自分が強ければ」という後悔は、怪人を倒すための機能だけを追加してこの人の尊い人間らしさとかを食い潰してしまいそうだったから……、だから私は嬉しくて仕方がない。
誰かを思っているからこその後悔だから、この人は自分の命を軽んじない。
今日も酷い怪我というか損傷だけど、それでも深海王の時よりずっとマシ。
災害レベル鬼だった深海王より強い竜レベルだったあの大ムカデ相手に、似たような結果と状態だけどあの時よりずっとマシなのは、この人の成長とパーツの向上という博士さんの努力だけじゃなくてきっと、この人自身に「死んでも倒す」じゃなくて生きることを諦めない気持ちがあったからだと信じてる。
だから……私はとても幸福。
幸福だから、この人が余裕を持ってくれたくれたことが嬉しいから、信じていられる。
信じ続けるんだ。
ガロウ君は無事だっって。
怪人に攫われても、無事だって信じよう。
だってここで私が一人勝手に、ガロウ君の居場所の見当もついてないくせに手あたり次第にテレポートしてガロウ君を探したら、それこそ私は昔のジェノスさんのことを何も言えなくなる。
余裕がなくて視野が狭くて自分の命を軽んじてる。しかもジェノスさんと違って、自分自身すら守れない誰かに助けてもらってばっかりな私は余計に性質が悪い。
けれど見捨てる事なんか出来ないから……、攫われたことを知って、バングさんとのやり取りを知って、昨日のあなたを知っているのなら、私に出来ることがなくても、お兄ちゃんやジェノスさんに頼るしかない他力本願でも助けたいから。
だから今は、信じ続ける。
それしか、出来ない。
* * *
「……すみません、エヒメさん。あなたのガロウへの心配を煽るような弱音を吐いて」
勝手に喜んで、そしてまた勝手に暗い気持ちになって黙り込む私なんか、情緒不安定すぎて面倒くさいだろうに、ジェノスさんはそんなそぶりを一切見せずにまた申し訳なさそうに謝った。
けれど今度は、悔やみに悔やみぬく痛々しさはなく強い意志が感じられる声音で言葉が続く。
「大丈夫です。エヒメさん、奴は……ガロウは絶対に無事です。
あいつを生け捕りにするために投入された怪人の数からして、怪人協会にとってガロウはよほど欲しい逸材だったのでしょう。そして、『怪人細胞』とやらは自分の意思で取り込まなければ効果を発揮しないのであれば、ガロウの意思を無視して無理やり人を辞めさせることもありません」
言い切った。
それは根拠とは言えないもの。希望的観測とすら言えない、妄想に近いこじつけであることくらいジェノスさんもわかっているはず。
けれど、それでもこの人は言い切ってくれた。大丈夫だと。
私の不安を、心配を少しでも減らすために言いきってくれた。
特に私がスイリューさんから聞いた「怪人細胞」については、ガロウ君は怪人になりたがっているのだからむしろ、怪人たちに殺されることはなくても人間を辞めてしまうかもしれないという大きな不安になるのが普通なのに、この人は「自分の意思で取り込まなくてはならない」を根拠に「有り得ない」と言ってくれた。
ジェノスさんの「絶対に大丈夫」は私を励ます為の言葉であって、根拠なんて残念ながらない。
けれど、あなたはガロウ君が「怪人細胞」を使って人間を辞めることだけは絶対にないと、そこだけは励ましなんかじゃなくて確信してくれているんですね。
私がソニックさんに対して懐いている信頼のように、あの子が自分から「怪人細胞」を受け入れることはないと思ってくれているからこそ、私を励ます根拠になると思ってくれた。
それがまた嬉しくて、私はまたもう少しだけジェノスさんに自分の体をもたれかからせた。
「……そう、ですね。ガロウ君は、ジェノスさんやバングさんも万全だったら危なかったって言うくらい強いんですから、大丈夫ですよね。
怪人に攫われても……負けませんよね」
ジェノスさんの励ましに、「絶対に大丈夫」という言葉に私は同意して、自分でも自分なりに納得する理由をこじつけでもいいから言い聞かせる。
大丈夫。あの子は、ガロウ君は自分でも言ってたじゃない。少しは自分が男であること、年下とはいえ1歳しか違わない事を理解しろって。
逃げるしか能がない私より、彼の方がずっとずっと強いんだから大丈夫。そう信じてあげない方が、きっとあんなに見ただけでわかるほど強くなったガロウ君に対して失礼だ。
そう、言い聞かせる。
「……えぇ。そうです。それに奴は逃げる選択肢がない程に意地を張るタイプでも戦闘狂という訳でもないので、そうそう無茶はしないはずです。
怪我をしている事をわかった上で
けれど、どんなに言い聞かせて不安で今すぐに飛び出してガロウ君を探したい、彼が無事であることを確かめたいと訴えるように震える指先に気付かれていたのか、ジェノスさんは更に言葉を続ける。
私の不安を取り除こうと、必死になってガロウ君が無事である可能性を、根拠を見つけて教えてくれる。
「だから……、助けに行きましょう。博士には負担をかけて申し訳ありませんが、明日には俺の体の修理を終えることは出来るはずです。
だから、俺の身体が直ったらすぐにでも奴を探し、そして助けに行きましょう。……一緒に」
「え?」
ジェノスさんの励ましに、慰めに返事して、この指先の震えを止めないといつまでもジェノスさんは心配する。
そんな風に思っていたのに、ジェノスさんが続けて言った発言に私の意図していない理由で、不安と焦りによる震えが止まる。
「……一緒に? 私も……行っていいんですか?」
顔を上げてジェノスさんの言葉をオウム返ししてから、訊き返す。
私にとって都合のいいように解釈してる、もしくは聞き間違いで勘違いしているのではないかと思っていた。
「はい。
エヒメさん。貴女は俺が守りますから、どうか一緒に来てください」
けれど、ジェノスさんは私の期待通りどころか期待以上の肯定で返してくれた。
肯定してくれるとしたら、一緒に来てもいいという許可をくれるのは、留守番してろと言っても勝手に不安がって暴走して勝手に行動して余計に迷惑をかけた前科がありすぎるから、それなら初めから目が届く場所にいた方がマシと思われただけだと思っていたのに、ジェノスさんは「来てもいい」じゃなくて「来てほしい」と望んでくれた。
「正直……あのムカデ相手に俺はこの通り先生が来るまでの時間稼ぎにしかならなかったのだから、貴女は安全な場所で待っていて欲しいと思っています。
……けれど、俺やバングではガロウを怪人協会から救出することは出来ても、ガロウ自身を救うことは……説得できる自信がありません。そしておそらく先生も同じでしょう。
奴が信用しているのは、奴に言葉が届くのは貴女だけです。
だから、どうか一緒に来てください」
ジェノスさんが語る来てほしいと望む理由は、ガロウ君が絶対に大丈夫だと私を励まして慰めてくれた言葉以上に、私にとっては根拠と言うか自信がないもの。
私は自分がそこまで、ガロウ君にとって重要な位置にいる人間だとは思えない。
ガロウ君が私のことを覚えてくれていたこと、一目で私だとわかったことといい、昨日のお兄ちゃんのトンデモ発言によるガロウ君の反応からして、ガロウ君が私のことを慕っていた、好いていてくれているのはさすがに自己評価最低の私でもわかってるけど、私には私なりに「ガロウ君にとって私が唯一、信用している相手」だとは思えない根拠がある。
だって、私は確かにあの子がいじめられている時に庇って、出来る限りの事はしたけど。
助けたつもりだった。あの子のいじめは解決したと思ってた。
だけど、子供で今以上に浅はかだった私の所為で事態はより陰険な方向に向かってしまった。
その結果が、あれだ。
『――――――ひぃちゃん……、ごめんなさい…………』
あの子をいじめていたいじめっ子にされた嫌がらせを目の当たりにした時、ガロウ君は自分がリンチされていた時よりも痛そうな顔で、今にも泣き出しそうなのに泣くことさえもショックすぎて出来ないと言わんばかりの顔をして私に謝った。
そしてそれをきっかけに、あの子は私に話しかけてくることはなくなった。
学校内で見かけても、私に気付いたらすぐに逃げ出してしまうようになって、私たちの交流は完全に途切れてしまったんだ。
それはあの嫌がらせを自分の所為だと責めて、自分が私に関わらなければと思っているからか、それとも私といると余計にあのいじめっ子から逆恨みをされるから関わりたくなかったのかはわからなかった。
昨日、再会してお兄ちゃんの脈絡のない質問であの子が私を好いてくれている事を知るまでは。
……私としては、後者が良かったなぁ。
私は結局、あの子を助けるどころか何も悪くないあの子を余計に傷つけて、遣わなくていい気を遣わせただけなのだから。
だから、私はどうしても自分がガロウ君にとって重要な位置にいる人間だとは思えない。
けれど、私は私の事なんか何も信用してないけれど、どこも評価してないけれど、私が信じている人がそんな風に私を評価して、信じて言ってくれているのなら……。
「――――はい」
自分の事は信じられなくても、この人を信じているから。
プレッシャーに弱くても、この人の期待には応えたいから。
この人の信じる私は、私がなりたい私だから頑張れる。
そして何より、やっぱり私の自己評価通りガロウ君にとって私は重要な立ち位置の人間じゃなかったとしても、私はあの子を助けたい、その為に出来ることなら何でもしたいから。
結局、私はいつも通り自分がしたいからという自己中心的で自己満足な理由でジェノスさんの「来てほしい」に応じた。
「ジェノスさん……、本当にありがとうございます」
不安だけど、心配だけど、けれどそれは明日まで、ジェノスさんが博士さんに治してもらったら、明日になれば自分のしたいことを我慢せずに出来るという打算的というか即物的な理由だけど、ひとまず今すぐにガロウ君を探しに行きたいという気持ちが落ち着く。
うん、落ち着けばガロウ君はひどい怪我をしていたからこそ、丸一日くらい意識が戻らなくて怪人たちもガロウ君を怪人になるように勧誘したり、ならないなら殺すって脅しも出来ないんじゃないかなって期待も出来る。一日ならこの期待は、きっと私にとって現実逃避の妄想じゃなくて有り得る可能性だ。
そう思ったらまた更に落ち着けたから、私はジェノスさんにお礼を言うとジェノスさんは少し困ったような笑みを浮かべながら、「礼を言うのは俺の方です」と答える。
え? 私、ジェノスさんにお礼を言ってもらえるようなことしたっけ?
「エヒメさんは……俺がガロウの為に行動して、だからこそこの結果に後悔していると思ってくれていますが……、恥ずかしながら俺はガロウの為の行動なんて何もしていません。
俺は、貴女を悲しませたくなかったから、貴女がガロウの事で無茶をして欲しくなかったから、貴女が行動する前に自分で行動していただけです。……ガロウ個人のことなど、眼中にありませんでした」
恥じるように俯いてジェノスさんは懺悔のように語るけど、それは全然ジェノスさんが謝ったり、悪く思う必要がないこと。
ジェノスさんにとってガロウ君は他人もいい所なんだから、私経由でも助けようと思ってくれただけでも私は拝む勢いで感謝すべき事なんだから。
っていうかジェノスさん、嬉しいけど嬉しすぎて一回爆発したくなるからそんな臆面なく「
そんな風に思ったから、最後の希望以外を告げて「気にしないでください」というつもりだったけど、その前にジェノスさんが言葉を続けた。
「ガロウの事など眼中になかった。貴女がいなければ、俺は『罪』はあっても決して『悪』ではない相手に『正義』という大義名分を振りかざして、傷つけていました。
貴女がいなければ知る由のなかったでしょうが、それを言い訳にしたくないほど奴は……ガロウは根が善良でした。
奴がとっさに俺を怪人から庇うような、子供を庇ってどれほど不利な状況でも戦い抜ける相手であったことを知らずに、怪人協会の怪人どもと同列に扱ってしまうという結果を出さずに済んだのは全て、貴女のおかげです。
エヒメさんが偶然、ガロウと友人だったから奴の本質を知っていただけではなく、貴女が俺に『話を聴いてあげて』と頼んでくれたからこそ、俺は一番『ヒーロー』として犯してはいけない間違いを犯さずに済みました。
だから……ありがとうございます、エヒメさん」
…………あぁ、やっぱりあなたがお礼を言う必要なんかありませんよ。
礼を言うべきなのは私です。
気遣いではなく、本心からあなたは私のワガママを、「話を聴いてあげて」という願いに感謝してくれているんですね。
私のワガママに価値を見出してくれるんですね。
私は本当に、ガロウ君に土下座すべきだ。
大切な人が不幸だから自分も不幸であるべきなんて考えは間違いだとわかっているけど、少なくとも今は浮かれるべきではないのも確か。
絶対に大丈夫だと言い聞かせて信じても、それでも彼が危うい状況であることは間違いないのに、それなのに私は今、どうしようもなく幸福すぎる。
身勝手で不謹慎でごめんなさい。
けれど、今のこの幸福はきっとこの先の未来でどんなに辛いことがあっても、挫けず、逃げずに歩いてゆける力になってくれるという確信もあるからこそ、私はガロウ君に心の中で謝り続けながらこの幸福を噛みしめる。
謝りながら、同時に心から思う。
私はジェノスさんが本当に大好きだと。
「ジェノスさん、私――――」
「おーい、エヒメ。ちょっと俺、ガロウって奴を探しに………………」
あまりに幸福だからこそ心からの想いがあふれて言葉として零れかけた瞬間、インターホンとかノックもなくガチャといきなりドアが開いて、お兄ちゃんが何か言いながらジェノスさんの部屋の玄関に顔を出す。
そして私とジェノスさんを見て気まずげな顔をし、私たちの方はきょとんとそのまましばし無言で見つめ合う。
…………ジェノスさんに私は体や頭を預けるようにもたれかからせた態勢のまま、それをバッチリお兄ちゃんに見られている状態で。
!!??
「お、お兄ちゃん!?」
「せ、先生!?」
私、何してるの!? 恋人でもない人に人が多くて狭いとかそんな理由もなく、何でこんなにも密着してるの!? 何でこんなに馴れ馴れしすぎることしてんの私!!
っていうか、ジェノスさんめちゃくちゃケロッとしてるけど言ってみれば大怪我人だから! その大怪我人にもたれかかるって何だ!? 恋人でもっていうか、人間としてしちゃダメだろ!!
あと、ジェノスさんが今はほぼ全裸って状態なのも今思い出しちゃった!
いや、ジェノスさんの体に見たくないものも見られて困るものもついてないし、それに部屋に帰った時点でパンツは履いてくれてるけど……って、それならパンツだけ履かれた方が気まずい! 黒単色のめっちゃシンプルなトランクスをばっちり見ちゃってるよ!!
パニくりながら、私はとっさにジェノスさんから飛びのくように距離を置くと、ジェノスさんは何故かお兄ちゃんに向かって土下座で謝りだす。
けれどお兄ちゃんはその土下座謝罪を止めずにそのまま、「……いってくる」と一言だけ言ってドア閉めて行った。
何しに来たの、お兄ちゃんは!?
そして私はさっき、何を言おうとしていた!? つい最近、まだ言う勇気がないから世界が終わらない日まで秘密って宣言したことをものすごい勢いだけでぽろっと言いそうになった!
バカなの私!? このタイミングで来てくれてありがとうお兄ちゃん!!
でもノックするかインターホンを鳴らすとかくらいはしろ!!