私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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フブキ・バング・サイタマ視点です。



三人にとってのガロウについて

(フブキの場合)

 

 フブキ組が全滅させられた。まぁ……半分は姉の所為だけど……。

 

 それはひとまず横に置いといて、これは緊急事態。

 ここ……サイタマの家をフブキ組の支部として会議する必要があるわね。

 流石のサイタマも、この怪人の大量発生には一人だと手を焼いてるでしょうし、あいつのことだからどうせ怪人協会の事もヒーロー狩りの事も何も調べてないはず。

 

 あぁ、そういえばヒーロー狩りはエヒメの小学生の頃の友達だって可能性もあるらしいわね。

 それはエヒメの考えすぎな杞憂だと思うけど、万が一そうだとしたらなおさら念動力で拘束して無力化出来る私が必要でしょう。

 えぇ、考えれば考える程に私よりあいつにメリットがあるのだから、嫌とは言わないわね。むしろ、向こうから協力してくださいって言う立場よね、普通は。

 

 まぁ、あいつにそんな素直さとか殊勝さは今更期待してないし、ここはリーダーとして器の大きさを見せる為に、私の方から提案してあげるわよサイタ……

 

「はーい」

 

 誰!?

 

 サイタマの家のインターホンを押して出てきたのは、サイタマでもエヒメでも鬼サイボーグでもなく、仙人じみた風格のおじいさんだった。

 え? 本当に誰この人? 部屋……というかマンション間違えた?

 

「お? お友達かな? さぁ、入って入って! お客さんだぞ~、サイタマ君」

 

 あまりに予想外な人物が普通に出てきたことで茫然としていたら、おじいさんが私に入るように勧めてからサイタマを呼ぶ。あ、良かった。部屋やマンションそのものを間違えた訳ではなかったのね。

 けど、ということは余計に誰よこのおじいさん! 何? サイタマとエヒメの実の祖父とか?

 

 そう思いながらもはや通い慣れたサイタマの家の短い廊下を歩いて部屋に向かうと、見慣れた部屋にサイタマはいるけど見慣れたエヒメと鬼サイボーグの姿はなく、代わりに見慣れないシルバーファングと見慣れたくないキングがいる……。

 何なのよこれ!? どういう状況なの!?

 

 シルバーファングと面識があるのは、この前の勝負の時に連れてきたから知ってたけど、彼もよく家に来るほどの仲だったの!?

 そうだとしても、何でサイタマの家で鍼灸してるのよ!?

 

「あ……またフブキ氏、遊びに来たようだよ」

「ねぇ……何で……お前の攻撃一発で俺の育てたモンスターすぐ死んだのかな……? レベルめちゃくちゃ上げたはずなんだけど……」

 

 そして何であなた達二人は、こんな時でもいつもと変わらず呑気に対戦ゲームなんてしてるの! しかも今時見ないような、分厚い携帯ゲーム機で!!

 本当に何なの、この状況!? エヒメはどこ!? 鬼サイボーグがいたら話がややこしくなりそうだからいらないけど、エヒメがいないとこの状況に誰も説明やフォローを入れてくれないんだけど!?

 

「ん? 何でお前いんの?」

「緊急事態よ!!」

 

 死んだ目で携帯ゲームを眺めていたサイタマがやっと私に気付いてかなりムカつくことを言い出したけど、幸いというべきか私は状況の訳のわからなさに混乱してたからか、その発言はスルーして本題にさっさと入る。というかエヒメがいないのなら無理にでも話の主導権を握らないと、たぶん永遠に私は蚊帳の外だわ。

 

「フブキ組の皆がやられたのよ! 今回の怪人組織はかなり危険よ!!

 ゲームとかしてる場合じゃなくて……っていうか、本当にエヒメはどこ!? 鬼サイボーグもいないし! まさかあの二人、こんな時だっていうのにデートでもしてるの!? そういうのは平和で私が暇でこっそり尾行できる時にやりなさいよ!!」

「フブキ氏、本音が出てる」

 

 だけどあまりにもサイタマのいつも通り過ぎる言動に苛立って、いつもなら「お兄ちゃん! フブキさんに失礼でしょ!!」と言って叱るエヒメがいない八つ当たりと、そのいない理由になりうる鬼サイボーグとちょっと面白そうなことになってんじゃないかという期待が、つい混乱してた私の口から飛び出してキングに突っ込まれる。

 

「いや、あいつら隣のジェノスの部屋にいるから」

 

 ゲームどころか横になりだしたサイタマに呆れたような目で見られたのは屈辱だけど、そんな目で返された答えに私の方が更に呆れたわよ。

 ちょっと待ってよ、エヒメ。そして鬼サイボーグ。あなた達、こんな時に何で本当にいい感じで二人っきりになってんの?

 

「あぁ、別に二人はお家デートしとる訳じゃないぞ。

 ジェノス君がつい先ほど、怪人との戦いで動けはするが戦闘は無理そうな程に壊されたから、少しはマシになるように自力で出来る限り直すと言ってな、エヒメ嬢はその手伝いを買って出ただけじゃ。

 ジェノス君の部屋におるのも、その為の道具がそっちにあるのとこっちはわしらがおるから狭くて、工具や部品を広げにくいからじゃ」

 

 私の呆れた表情が内心をよく表していたようね。

 シルバーファングが横になったまま手を振って私の考えを否定し、ついでに何で自分たちがサイタマの部屋に集合してるのかを話してくれたわ。

 

 どうやら、最初に私を迎い入れたのはシルバーファングの実兄で、彼らはヒーロー狩りを追っていたらしい。

 で、鬼サイボーグと交戦中だったヒーロー狩りを発見して、シルバーファングが元師匠としての責任で討伐しようとした最中に「怪人協会」と名乗る奴等の襲撃に遭って、鬼サイボーグは大破、シルバーファングたちも負担が大きかったらしく、サイタマの家で休ませてもらっていたそう。

 なるほど……。それなりに皆、修羅場だったようね。

 

 だというのに……なのに何で? 何でこの男はいつも通りでいられるの!?

 

「きっとすんご~い強かったんでしょ!? 怪人協会の奴等、半端じゃないわ!

 ねぇ、サイタマ! 落ち着いたふりしてさすがにちょっとは焦ってるんでしょ!?」

「いや……別にいつもの事だし。俺的には怪人より、やっぱりガロウって奴はエヒメの友達でヒーロー狩りで、しかも怪人に攫われたってことの方が焦るわ」

「どこが焦ってるって言うのよ!? っていうか、それはマジなの!?」

 

 サイタマは相変わらず横になりながら言うから突っ込んでから、割と衝撃的な事実を聞かされて思わず訊き返す。

 

「え? 本当にヒーロー狩りはエヒメの小学校の時の友達だったの?

 それ本当? 確定してるの?」

「確定も何も、昨日偶然だけど再会したんだよ。で、ジェノスやじーさんが今日会ったガロウと外見とかエヒメの呼び方が一致してるから、まず間違いなく同一人物だよ」

 

 私の念押しの問いに、サイタマはやっぱりしれっと答える。

 エヒメの杞憂だと思っていた懸念がまさかの的中に、柄じゃないけどデートのお膳立てをしたらトラウマと再会して帰ってきたエヒメを思い出してついつい心配してしまう。

 

「会ったの!? それ、本当にエヒメ大丈夫? あまりに変わりっぷりにあの子、ショック受けてない?」

『あー、大丈夫大丈夫』

 

 けど私の心配は、サイタマどころかキングとシルバーファング、更にはその兄のボンブにまで即答で「する必要ない」と否定された。

 ……え? どういうこと?

 

 あまりに謎な断言の根拠が気になって、ランキングの為の功績程度にしか興味なかったヒーロー狩りについて、私は尋ねてしまう。

 

「……ねぇ、そのヒーロー狩りってどんな奴だったの?」

「エヒメの事が好きすぎる奴だった」

「エヒメちゃんが大好きだった」

「エヒメ嬢の事が好きすぎるのぉ」

「あの嬢ちゃんがめちゃくちゃ好きだな」

 

 うん。実は訊くまでもなく知ってた。

 本当にエヒメの友達と同一人物なら、そうだろうなって思ってたわよ!!

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

(バングの場合)

 

 サイタマ君の部屋を借り、お兄ちゃんに針を打ってもらいながらわしは考える。

 ……きっとわしは、最初から何もかも間違えてたんじゃろうな。

 

『強くなりたいんだ。強くならなくちゃいけないんだ』

 

 目を閉じれば昨日の事のように思い出せる。初めて出会った時の事を。

 

 親御さんが、「性根を鍛え直してほしい」と言ってわしに預けた子じゃった。

 若い頃のわしは、自分一人が圧倒的な最強になればすべての悪を討ち消すことができると思っておった。しかし長い年月の修業と戦いの日々で得た答えは、どんなに頑丈な柱でもたった一本では平和ちゅうもんは支えられんということじゃった。

 

 だからわしは、強者が更なる力を身に着けるより弱い立場の人々に力を与えてやることの方が重要じゃと悟って、自分一人で生み出し自分と共に朽ちるつもりじゃった岩砕流水拳を世に広めようと思った矢先、たまたま怪人に襲われていたのを助けた夫婦にそのことをちょろっと話したら、「自分たちの粗暴な息子にぜひとも、そのような考えを与えて欲しい」と頼まれたのが、あの子を……ガロウを弟子にしたきっかけじゃ。

 

 最初はどのような小生意気な小僧かと思ったら、やせっぽっちのほとんど何もしゃべらん子供で、まぁ確かに口は悪いがそれ以外はむしろどの辺が粗暴なのか不思議に思ったわ。

 

 いつまでたってもわしを先生とも師匠とも呼ばず「ジジイ」で通し、他に弟子が出来ても弟弟子の面倒を見てやるどころか、挨拶さえもろくにしてやらん奴じゃったが、それはただの反抗期で済む程度。

 むしろあやつは、そういう礼儀に関しての事以外は優等生と言っても良かったのう。

 鍛錬はもちろん、道場の掃除も何だかんだで真面目にやって後輩に押し付けることはしない奴じゃった。

 

 よく友達と喧嘩したとかで、怪我をして道場に来る子じゃった。ガロウは、「友達じゃない」といつも言っておったのう。

 ……今になって思えば、この否定で気付くべきじゃった。あの子は親御さんが言うような粗暴な子じゃなくて、むしろ本当に粗暴な子にイジメられておるからこそ、自分の身を守るために反撃しとるだけじゃということに。

 

 けれどわしは、愚かなことに気付かんかった。

 男同士なら、遊びでも取っ組み合って怪我するのが当たり前じゃと思っておった。喧嘩しても友達なら「ごめんなさい」と謝れば、それで終わって仲直りできるもんじゃと信じておった。

 あの子が親御さんの言うような粗暴な子ではないとわかっておったのに、親なら子がいじめられておることに気付くと思っておった。

 

 わしもガロウの両親もガロウの傷に、痛みに何も気づくことが出来んかった。

 

 訊かなかった。

 初めて道場に訪れた時、ガロウが両親に無理やり送り込まれて不満そうではなく、自分の意思をもってわしを真っ直ぐに見据えて宣言した言葉の真意を。

 

 訊くべきじゃった。たとえ答えてくれなくとも、疑問に思うべきじゃった。

 どうして、ただ強くなることを望むのではなく、まるで義務のように言うのかを。

 

 強くなりたいと望むのは男としての本能のようなものじゃと思って、具体的な理由や深い意味などないと思い込んでおった。わしは子供というだけで、そんな風にガロウの真摯な決意を軽く見ておった。

 そんなんじゃから、わしは初めから最後までガロウから信頼を得ることなんぞ出来んかったのじゃろう。

 

 ただ、あの真っ直ぐな目を一目で気に入って、わしはもはや親御さんからの頼みなど忘れてガロウに武術を教えた。

 あの時は、この子ならわしの教えを正しく理解して身に着けてくれると思ったんじゃ。

 

 ……そう思ったはずなのに、何故わしはいつもいつもガロウのことを信じてやらなかったのか。

 

 いつしか、「友達とのケンカ」で怪我して道場に来ることはなくなったが、あやつは誰かに怪我をさせて親御さんやわしが呼び出させることがたびたびあった。普段は挨拶さえもしない弟弟子をボコボコにして、道場から追い出したこともあった。

 そのたびに叱りつけた。……話を聞いてやらんかった。

 

 気付くべきじゃった。

 あやつが怪我をさせる相手はいつも、同級生をカツアゲしてた悪ガキ、電車で女子供に絡んでた酔っ払い、武術を悪用している者などという、暴力は擁護できんが殴りたくなる気持ちはよくわかる奴等ばかりであったことに。

 そんな奴等ばかりだったからこそ、わしは他の弟子たちを半殺しにするまでガロウのしたことを叱っても破門はしなかったというのに、わしは気付けんかった。

 

 あやつは、弱い者いじめをしないどころか弱い者いじめを見て放っておくことが出来ん奴だったことに。

 あやつが傷つけた相手は明らかにあやつより弱いものであっても、そやつらがしたように……被害を訴えることが出来ず泣き寝入るしかない弱者を甚振っておきながら、屁理屈で自分の行いを正当化するのではなく、暴力という間違ったやり方じゃが正そうと、弱者を救おうとして、そしてやり方が間違えている事をわかっておったからこそ、あやつは自分を正当化は絶対にせんかった。

 

 悪い子ではないとあの真っ直ぐな目を見て思ったからこそ弟子にしたのに、わしはあやつのそういう美点を当たり前じゃと思って、褒めることも認めることもせず、悪い所ばかり叱り続けてきた。

 考えれば考える程、思い返せば思い返すほどに信用されなくて当然じゃな。

 

 わしは……無駄に歳を重ねただけの愚か者じゃ。

 あやつが何に絶望して、その絶望から強さを求めた事なんか考えもつかなかった。

 

 そしてそれは、今もわからん。

 わしの知らない、わしに弟子入りする前のガロウをエヒメ嬢から教えてもらっても、あやつの絶望は未だに見当がつかん。

 わしはただ単に一緒にいた期間が長かっただけで、あやつにとって信頼するに値しないジジイであったんじゃろうな。

 ……エヒメ嬢と違って。

 

 あの子はガロウのことをわしよりもよく理解しておった。

 ガロウと関わった期間は10年ほど前の1年未満、関わった機会など両手で足りる程なんて信じられんくらいに。

 10年近い付き合いのわしは、他の弟子を半殺しにしたこともヒーロー狩りも、ただ自分の強さに驕った愚行としか思わんかった。

 

 あやつを信じてやらんかった。

 エヒメ嬢は初めから信じ続けた。

 

 ガロウのしたことに何か理由が、意味がある。

 あやつのしている事は、声にならない助けを求める声であることを信じておった。

 

 ……ガロウよ。おヌシを破門にしておらんかったら、ジェノス君がおらんかったら、間違いなく何としてもエヒメ嬢をおヌシの嫁するためにわしは奮闘するほど、あの子はいい子じゃ。そしておヌシの見る目に間違いはない。

 

 ……そんな見る目のあるおヌシなら、やり方を、力の使い方を、手段を大きく間違えておるがそれ以外は……心根の部分は怪人なんぞとは程遠く、何も間違えてないと今なら思える。

 

 じゃが、ガロウよ。

 おヌシは、一番大切なものをきっとわしよりも正しく理解して、間違えておらんのじゃろうが、同時に最も大切なものを……、やり方を致命的に間違えておる。

 

 じゃから……何もかも間違え続けて、信用も信頼も得られんかった耄碌ジジイじゃが、それでもわしはおヌシの師で……おヌシはわしの一番弟子じゃから、その責任は取る。

 

「……バング」

 

 うつぶせてわしが決意を固めておったら、それを察したのかお兄ちゃんはわしを案ずるような顔をして話しかけてきよった。

 

「……ジェノスっていう兄ちゃんやあの嬢ちゃんの話からして、お前さんが後悔して落ち込むのはわかる。わしもお前の言い分だけ聞いて味方するんじゃなくて、冷静になって宥めるべきじゃったと思っとる。

 だがな、あんまり自分一人の所為だと思い詰めるな。そもそも、それが原因で今の結果なんじゃからな」

 

 ……あぁ、そうじゃのお兄ちゃん。

 わしは勝手に思い込んで思いつめて、ガロウと心中する覚悟でガロウを探したからこそ、この結果じゃ。

 少しでもガロウを信じていれば、こんなことは起こらんかった。

 

 わしがジェノス君やサイタマ君、エヒメ嬢に頼っておったら……少なくともエヒメ嬢は、わしがガロウを傷つけたということで悲しみはしなかったはず。

 そのことがまたわしの罪悪感を大きくさせてゆく。

 

「ボンブお兄ちゃんや。もう心配せんでくれ。

 ……大丈夫じゃ。もうあんなことはせん。あんなこと、誰に対しても何の詫びにもならんことを思い知ったからのう」

 

 じゃが、お兄ちゃんの心配はちょっと今更すぎて見当違いになっている事をわしが伝えると、お兄ちゃんは一瞬間を置いてから苦笑して「そうだな」と応じる。

 どうやらボンブお兄ちゃんも思い出したようじゃ。

 

 大丈夫。あのムカデの時はガロウを連れ攫われた挙句に、ジェノス君まで止めることをできずあんな目に遭わせたことで、もはや死んで詫びるしかないと思い詰めてしまったが、もうあんな風に自分の命を投げ出すような真似はせん。

 

 エヒメ嬢に、言われたからのう。

 

『……私はバングさんが大好きですけど、これだけは……ガロウ君の話を今まで一度も聞いてあげなかったということについては、絶対に許せません。

 ……バングさんがガロウ君のことを思ってくれているからこそ、許せないです』

 

 わしの元弟子のガロウとあの子の友達のガロウ、そしてヒーロー狩りのガロウが間違いなく同一人物だと確定した時、わしは土下座でエヒメ嬢に謝ったが、エヒメ嬢は悲しげな眼をしたままわしを「許せない」と言った。

 そのことをショックに思うより、許せないのにわしを「大好き」と言ってくれることの方が申し訳なかった。

 

 許されなくて当たり前じゃ。わしだってそんなこと望んでおらん。

 なのに……あの子にはジェノス君のように怒鳴って怒って、わしを「ヒーロー失格」と言う権利はあったのに、言われて当然じゃったわしに手を差し伸べて、まったく別の言葉を、わしに与えられるとは思ってなかった言葉をくれた。

 

『だから、こんなところではもちろん、ガロウ君を怪人たちから助ける時だって「人生最後の全力」なんて絶対に許しませんよ。

 バングさんはこれから、ガロウ君に許してもらうまで頑張ってもらわないといけないんですから』

 

 許されることなんか望んでなかった。そんな権利はわしにはないと思っておった。

 しかしエヒメ嬢は悲しげではあったが笑って、わしにそんな未来が訪れることを信じて、その未来の為にまだ足掻くことを望んだ。

 

 それは今ここで、ガロウやエヒメ嬢たちを守って死ぬことよりも過酷な余生かもしれん。わし自身がわしの余命を全部使っても償いきれんと思っておるのだから。

 けれど……それはわしが望んではいけない、そんな権利はないと思って諦めた、わし自身が本当は望んだ未来じゃった。

 

「……ガロウよ。わしが悪かった。……だからこそ、今度こそ絶対に止めちゃる」

 

 お兄ちゃんがまた勘違いしないように、今度は決心を口に出す。

 ガロウ。もうわしは間違えん。だから、おヌシも間違えるな。

 

 おヌシにどんな事情があったのか、どれほどの絶望が本来ならしなかったであろう暴力をおヌシが振るうようになってしまったのかは、未だに見当もついていない、何もわかってないわしじゃがこれだけはわかる。

 

 おヌシのしている事は、わしの間違い以上にエヒメ嬢を悲しませて傷つける。

 そしてそれは、おヌシも本望じゃないじゃろう?

 

 あのストーカーの怪人の事も、「もう終わった事」にせず真っ直ぐに向き合っていたからこそ、わしらを許せなかったんじゃから。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

(サイタマの場合)

 

「ここに座って! 今から皆で作戦会議を開くわよ!」

 

 フブキがうちのちゃぶ台をバンバン叩いてんなこと言うけど、こいつマジで何しに来たんだ?

 とりあえずじーさんやキング、そんで俺はジェノス経由でヒーロー協会からなんか聞かされてないかを訊かれたから、別に何もと答えておいた。

 じーさんやキングの方もそう。っていうか、通信機を二人ともなくしたらしい。たぶんジェノスもなくしてるだろうな。あいつ、服どころか体もムカデの消化液で溶かされて全裸だったし。

 

 協会からの情報がないってわかると、今度はどう動くかを訊いてきたからこれもとりあえずジェノスは最低でも今日一日は戦えねーぞと言っといた。

 まさかあいつの体を作ったり治したりしてる博士も、パワーアップさせた数時間後にあそこまでぶっ壊れるとは思ってないだろうな。

 

 じーさんたちも腰やら足を痛めてるから、少なくとももうしばらくは休まねーと動けねーっていうし、キングはやたらと真剣な真顔で「俺も少し別件で用事があったような」とか言い出す。

 

「じゃあ今、動けるのは私とサイタマだけってことね……」

 

 キングまでテキトーな言い訳で断ったせいで、なんか俺とフブキが一緒に動くことが決定事項みたいになってやがる。フブキもその前提で俺になんか言ってるし。

 あー、エヒメやジェノスがいない時に俺に長い話すんなよ。

 ただでさえ、一応はソニックのおかげで思ったよりマシだけどさ、昨日ガロウって奴に再会した所為でエヒメが「あのまま放っておいて良かったのかな?」「やっぱり無理してでも話を聞きだすべきだったかな?」「せめて怪我の手当てくらいはちゃんとしとけば良かった」みてーに悩んで不安がって後悔しまくりで、俺もあいつに約束したからにはどうしたらいいかでこれでも色々悩んでるんだよ。

 

 挙句の果てに、ガロウは怪人たちのクラブ活動的ななんかに攫われたから、エヒメが更に不安がってやがる。

 これもジェノスのおかげって言うべきか、動けるだけいつもよりマシだけど結構ハデにあいつがぶっ壊れたから、エヒメの関心が目先のジェノスに行ってるっつーか、あいつ自身もそっちに集中させて今にも不安でその辺にテレポートしまくってガロウを探したい衝動を抑えてる感じなんだよなぁ。

 

 あー、くそ。面倒くせぇ!

 いや、エヒメとの約束を守る事とかガロウを助けることを面倒くさいとは思ってねぇよ。

 けど、そこに至るまでがどう考えても面倒くさい。

 

 ただでさえどこにいるのかわからんガロウを探すのは面倒だから、あいつが俺をヒーロー狩りで狙ってくるのを待ってたのに、あいつは昨日会った時もキングに一直線で俺を全然狙わなかったことを思い出すと、面倒くさいという気持ちとはまた別のムカつきが生まれた。

 

 うん、思い返したら何なんだ、あいつは。

 あの時の俺はコスチューム着てたんだから、いつもだけど私服のキングより俺の方がヒーローらしかったのに何でキングに一直線なんだよ?

 何で俺は眼中にないんだよ? ハゲマントだからか?

 

 しかも、あいつエヒメに言われるまで俺をエヒメの兄貴だってわかってなかったな。

 まぁ、似てないのは知ってるから見てわからんのは仕方ねーけど、あいつの方が先にエヒメに気付いてたよな? だからキングに一直線だったのに立ち止まって、何かポカンとしてたんだよな?

 

 ……エヒメ、めっちゃ普通に俺を「お兄ちゃん」って言って話しかけてたのに、あいつは俺をエヒメの兄貴だと思わず、軽い突っ込みを暴力だと思って不審者扱いしたのか?

 

 エヒメの為にあそこまで怒って、あんな怪我してたのにエヒメを守ろうとしてくれたのは感謝してるし、あいつが悪い奴だとは思えねーのは変わらねーけど、どこまでも悪気なく俺を無視してたのがかなり今更だが、結構ムカつく。

 

 いや、俺を無視してた、まったく相手にしてなかったのはまだいい。

 ガロウって奴の事を考えてたら、更に思い出しちまったじゃねーか。ジェノスとじーさんたちが言ってたこと。

 

 あいつ、半月くらい前のエヒメのストーカーだった怪人をボコってくれた奴だったんだな。

 そのことはマジでいくら礼を言っても足りないくらいに感謝してる。

 けど、俺と同じように感謝して礼を言おうとしたじーさんにあいつはキレたらしい。あのストーカーにトドメを刺せず、のうのうと逃がしたことに。

 

 そのことに言い訳する気はねぇ。あいつの言う通りだと思う。

 あの場ではエヒメを守るのを最優先したことに後悔はもちろんねぇけど、あいつがあの怪人を見つけてボコってくれなかったら、誰もあの怪人を見つけられず逃がして今も野放しのままだったらと思ったら、背筋が凍る。

 俺はあの時、エヒメの無事を確認したら誰がエヒメを家まで守って連れて帰るかで喧嘩してるS級たち(あいつら)を「アホか」と思って眺めるんじゃなくて、そいつらにエヒメを任せてあの怪人を探すべきだったんだ。

 

 もう二度と、エヒメにあんなふざけたこと言うどころか思うことすら出来なくさせる為に動くべきだった。

 

 そう思ってるから、やっぱりガロウがエヒメの為にキレたのはありがてぇと思うだけだ。

 ……ありがてぇって思うからこそ、ムカつく。エヒメとの約束を破って、ぶん殴りそうになるくらいにな。

 

 ガロウ。お前何であのストーカー怪人を逃がした俺らにマジギレしたくせに、俺の突っ込みさえも許さないくらいにエヒメを守ろうとしてんのに、何やってんだお前?

 そこまでエヒメ大好きで、俺よりもずっとエヒメをしっかり守ってやろうとしたくせに、何でお前はあいつが一番悲しむようなことしてんだよ?

 

「ねぇねぇ、どうする? 本部は本部で特別対策班が作戦を立てると思うんだけど、こういう時にB級以下ヒーローの行動の起こし方が今後の評価にも響くはずだし、私たちも何か活動出来れば…………聞いてる?」

 

 フブキが長い話をしてるけど、俺は全然聞いてなかった。

 あの時は「俺は何で趣味でヒーローを始めたんだっけ?」「ここまで強くなったのなら、次は何したらいいんだ?」って考えと、あいつのエヒメ大好きっぷりに気を取られて気にしてなかったけど、思い返せば思い返すほどにあのガロウって奴の事がムカついてきた。

 

 いや、エヒメの事を本気で、特にギブスしてる足ならともかくひでぇけど痕であって完治してる火傷だってあいつは泣きそうな顔で心配してくれてたから、嫌いではねーんだよ。むしろ、嫌いじゃねーからこそあいつのやってることがマジで許せなくなってきた。

 

「……許せん」

『は?』

 

 俺の心の声はそのまま口に出た。脈絡ゼロで言ったから、フブキはもちろんキングやじーさんたちはポカンとした顔で俺を見る。

 あぁ、やっぱり俺はモヤモヤ悩んで考えるのは性に合わねぇわ。

 エヒメが今にも泣きそうなくらいに不安がってるのに、それを我慢して笑ってるのならなおさら俺は悩んでなんかいられねぇ。

 

「あいつ……、ストーカーの事で俺達にキレといて、自分は何してんだ?」

 

 んなこと呟きながら、俺は手袋をはめてマントを付けて家に残すキングやじーさんたちに「帰るんなら隣のエヒメに声かけていってくれ」と言って、家から出ようとする。

 

「サイタマ君!?」

「ちょっ、サイタマ氏どうしたの?」

「え? まさかサイタマあなた、ヒーロー狩りに怒ってるの? ヒーロー狩りを探す気? 居場所はわかってるの?」

 

 流石に俺の行動は思い付きの行き当たりばったり過ぎて、全員が困惑してるけど俺にやっぱりやめる気はない。このまま家にいても暇だし。ゲームはキングの所為でやる気なくしたし。

 だから、俺は玄関開けながらとりあえずフブキの問いに答える。

 

「捜すんだよ。そんで、エヒメとの約束だから話は聴くけど、内容次第ではぶん殴る。

 あとついでに白菜買って来る」

 

 エヒメ。悪い。あいつのことを気に入ったのは本当だけど、だからこそお前がどういう奴かをわかってるのに、お前がそういう奴だからこそお前の事が好きなのに、お前をあんなにも不安がらせるあいつが俺は許せない。

 

 だから、例えば誰かをそれこそ怪人何とかに人質に取られて、ヒーロー狩りはそいつらの命令でさせられてたとかならともかく、俺に納得できない理由でお前を悲しませてたんなら、せめて一発ぶん殴る。

 絶対に怪人たちから助けてやるし、話も聞く。頑張って長い話でも聞くけど、これだけは俺だって譲れねぇ。

 

 そんな意気込みで、いつもの「行ってくる」って言うのと一緒にエヒメに謝って宣言しとこうかと思って、俺は隣のジェノスの部屋のドアを開ける。

 ジェノスは片足無くしてたし、エヒメが出ようとしても結局ジェノスが「俺が出ますから!」とか気を使うのが目に見えたから、インターホンを鳴らさずそのままドアを開けて普通に中に入ったのは、俺なりの気遣いのつもりだった。

 

 が、玄関入ってすぐに「インターホン鳴らせば良かった」って後悔する。

 ただでさえあいつの部屋は家具とかが最低限にしかないし、廊下からワンルームに繋ぐドアは開けっぱだったから、玄関開けたらすぐに目に入ったわ。

 ジェノスの横に座ってあいつの肩に頭をもたれかかるようにしてるエヒメと、エヒメを何か抱き寄せようとしてるジェノスを真正面から見て、二人と目が合っちまったよ……。

 

「お、お兄ちゃん!?」

「せ、先生!?」

 

 やめろ、慌てて距離取るな。余計に気まずすぎるから。

 

 この気まずすぎる鉢合わせで、エヒメが恥ずかしがってキレてジェノスはジェノスでなんか土下座で俺に謝るもんだから、結局俺は「話は聴くけどぶん殴るかもしれない」ってことを言えなかった。

 

 

 

 

 

 ………………まぁ、言っても俺がエヒメに土下座する羽目になることをこの数時間後にやらかしちまったけど。

 正直、この鉢合わせ以上にすまんかったエヒメ。そしてガロウ。マジごめん。


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