私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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サイタマ視点です。


理由にはできない

「今までずいぶん調子に乗ってくれたじゃねぇか。今日がてめぇの最期だぜ……?

 オラオラオラァ! 連続弱下キック!! 俺が発見したハメ技だ! ガードを解いた時が無限ヒット地獄の始まりだぜぇ……!」

 

 はははっ!! ついにキングにほえ面をかかせる時が来たようだな!!

 こいつ、俺がたまには負けたいのなら負かせてやるとか言っておきながら、ハンデとして指2本しか使わねぇってほざきやがって……。

 それ、普通は勝たせてやるためのハンデだよな!? 何で俺を負かすつもりなのにお前がハンデ負ってるんだよ!

 そこまで俺はゲーム弱くねーよ!!

 

 第一テメーはゲームの事になると大人げなさすぎなんだよ。

 何で協力プレイしてんのに、お前がアイテム全取りしてんだよ。俺は初期状態でボスに挑まなくちゃならないってなってんのに、何が「俺一人で勝てるから大丈夫」だ! 協力プレイする意味ねーだろ! 俺の存在がハンデってことか!?

 

 けどその余裕もここまでだ。

 女キャラとかなんか可愛いキャラしか使わねーお前は知らないであろう俺のハメ技で、今日こそお前の自信をボッキリ折って……

 

「わかってないな……。ハメ技というのは、こういうものを言うんだよ」

 

 ……は!? え? ちょっ、今何が起こった!?

 待て待てマジで待て!? 何で俺のキャラ、バニーガールに転ばされてそのまま空中から落ちてこねーの!?

 

《K・O!!》

 

 おい待て! もう終わってる! KOって言った!! お前はいつまでハメ続けるんだ!? もうヒット数とっくの昔にカンストしてるわ!!

 

「くっ、糞ゲー! 糞ゲーだね!!」

 

 * * *

 

「……サイタマ氏、ごめん。調子こいて5分間ハメ続けたのは大人げなかった……」

 

 何だよあの連続ヒット……。

 ありえねぇだろ。

 

「……サイタマ氏ー? 聞いてる? 怒ってるの? 凹んでるの?」

 

 次はもっと速い連続弱キックで絶対に勝つ。

 よし、そうと決まれば早速特訓を……。

 

「…………サイタマ氏。そういえば俺は思うんだけど、サイタマ氏の悩みってエヒメちゃんがいれば万事解決じゃない?」

「は? エヒメが何だって?」

「ほら、そういう所。サイタマ氏がエヒメちゃんの話題を絶対に聞き逃さない間は大丈夫だよ」

 

 いや、なんかキングはしみじみ納得してるけど訳わかんねーよ。何の話だよ?

 

「サイタマ氏、強くなりすぎて相手から学習して吸収するものがなくなったとか、人としての感性がどんどん鈍って来てるとか話してたじゃん?」

 

 俺がコントローラーを置いてキングと向き合ってみると、キングがそういえばこいつん家でゲームするきっかけである話を語り出す。

 あー……そういえばそうだ。そんな話をしてたんだったな。

 

「なんかあの時は忘れてたと言うか、当たり前の前提すぎて頭から抜けてたけど、相手から学べるものがないはともかく、サイタマ氏はエヒメちゃんの事に関して人としての感性とか感情が鈍る事なんてないでしょ。

 そもそも、サイタマ氏は孤独だと思ってるけどそれはエヒメちゃんに失礼じゃない?」

 

 ……確かに。俺も当たり前すぎて悪いけど忘れてた。

 そうだ。俺は怪人に負けて流す悔し涙の味も、接戦の末の勝利の感動も忘れたけど、エヒメをミラージュから助けてやれなかった無力感や悔しさはもう解決したと言える今でも忘れられない。

 あいつがあの透明化するストーカーの怪人に襲われてなかった、怪我も何もしてなくて心底ほっとした。無事で良かったとうれし涙が零れそうになった。

 

 そして何より、エヒメはずっと俺の側にいてくれた。

 俺がヒーローを始めた頃、怪人との戦いで大怪我して帰って来るのが当たり前の頃から俺を心配して、俺の怪我に泣いて、それでも俺を送り出してくれて帰って来たら「お疲れ様」と労わってくれた。

 

 俺は孤独である訳がない。

 エヒメがいる限り、例え一緒に住んでなくても俺は孤独じゃない。

 

 ……だけど

 

「そうだな。けど、なんつーか……俺がヒーローをやってる理由、続ける理由にあいつが関係してるのはいいけど……俺がヒーローとして楽しむ理由にあいつを使ったらダメだろ」

 

 俺は置いてたコントローラーを持ち直してもっと速い弱下キックの特訓を再開しながら言うと、キングが後ろで「え? 何で? というかそれ、違いあるの?」って訊いてきた。

 あるに決まってんだろ。

 

「あいつを悲しませたくない、泣いてほしくない、痛い思いなんかしないで欲しいからヒーローやってんのに、俺がヒーローとして楽しむ理由にあいつを使うってことは、あいつの不幸を俺が望むってことになるじゃねーか。

 出来るか、そんなこと。それなら俺はこのまま怪人退治がワンパンで終って、退屈なままがいいに決まってる」

 

 俺の答えにキングは一拍おいてから、「サイタマ氏はエヒメちゃんが関わると最強で最高のヒーローになるよね」とか言った。

 何だよ、それ褒めてるのか? 当たり前のことだろ、こんなん。

 

 けど……うん。これも当たり前すぎて改めて考えたことはなかったけど、そう思えば俺が退屈なのを何とかしたいって気持ちには変わりねーけど、退屈であることも悪くないと思えた。

 俺が退屈に思うほど簡単に怪人を倒せるという事は、あいつは俺が怪我するんじゃないか、死ぬんじゃないかって心配をしなくて済むってことなんだから、俺は喜ぶべきだったんだ。

 

 キングが言った「強くなっただけで目的地にたどり着いたって勘違いしてる」は、まさしくその通りだ。

 隕石の時に俺が約束を忘れてあいつを大泣きさせたくせに、俺はまた大事なことを忘れかけてた。

 

 ミラージュの件が最近あったくせに、あいつは俺やジェノスが特に何もしなくてもたったの一日で自力で回復して笑うようになってたから。俺が知るより、いつの間にかずいぶんと強くなってたから。

 エヒメの存在が当たり前すぎて、あいつが楽しそうに幸せそうに笑っているのが何もしなくても当然あるものだといつの間にか思い込んで、軽く見てたんだろうな。

 

 キングの言う通り、俺は最強のヒーローにはなれているのかもしれねーけど、最高のヒーローなんじゃねぇわ。

 俺はうっかり、自分の楽しみの為にまたあいつを泣かせるところだった。

 

「……ありがとな、キング」

 

 * * *

 

「え? 何が?」

 

 キングが言った「最高のヒーローとは何か」「理想について考える」は、言われた時は余計に悩みが漠然としてさらに退屈になりそうだと思ったけど、エヒメのことを考えたらなんとなく俺がなりたいもの、目指したい理想がわかった気がした。

 何より、俺が自分で「当たり前だろ」と言っておきながら、自分の楽しみの為にあいつに心配をかけて泣かせてたかもしれないってことに気付けたのは良かったから礼を言ったけど、キングは何もわかってねーみたいだ。

 

 説明するのは面倒だし、さっきハメ続けられたことを思い出したらムカついて、礼なんか言わなくても良かったかもとか思ったからそれ以上は何も言わず、俺はひたすら弱下キックの繰り返す。

 

「……ところでサイタマ氏」

 

 TV画面にうっすら映るキングが、やけに気まずそうな顔をしてまた俺に話しかける。何だよ、俺はお前の所為で忙しいんだよ。

 

「これも今更だけど……なんかサイタマ氏がすっごくナチュラルに見送ってたから言えなかったんだけど……、いいの? エヒメちゃんを一人で、そのソニックって人の所に向かわせて?」

 

 またエヒメの話題だったので俺は無視できず、けどこれは大したことない話だったからゲームを続けたまま答える。

 

「まぁ、大丈夫だろ。俺よりもあいつの方がソニックの扱いをわかってるし、ソニックも体調悪いって嘘ついて騙してなんかするってタイプでもないし。

 っていうか、お前にソニックのこと話したっけ?」

「あ、覚えてないんだ。前にフブキ組とゲーム勝負して、そのまま俺ん家にジェノス氏とシルバーファングさんと泊まった時にサイタマ氏は話してたよ。ジェノス氏のライバルでしょ?」

 

 あー、あったなそんなこと。けど、話したっけ? 何か久々に飲んだせいか変に酔いが回ったのと真夜中テンションの所為でクソくだらねー猥談で盛り上がったことは何となく覚えてるけど、ソニックの話なんか何の流れで出たんだ?

 けどジェノスのライバル認識されてるってことは、間違いなく話したんだろうな。

 

「ふーん。まぁ、合ってるような間違ってるような……。

 キング、ジェノスに今日のこと絶対に言うなよ。クソ面倒くさいことになるから」

「言うまでもなくわかってる」

 

 ひとまずキングの答えに納得して、ついでにエヒメがソニックの看病に行ったなんて事実をジェノスが知った時の面倒くささに今更に気付いて俺はキングに口止めすれば、こいつはキングエンジン鳴らして即答。

 お前……そこまで怖いのか?

 

「……というか、サイタマ氏。本当にいいの? 何で心配してないの? もしかしてサイタマ氏、そのソニックって人がしたこと忘れてない?

 その人、エヒメちゃんにセクハラしたんじゃなかったの?」

 

 少しキングエンジンが落ち着いたところでキングがまだしつこく、エヒメを一人でソニックの所に行かせて良かったのかを訊くから意味わからなかったけど、最後の言葉で俺の弱下キックを繰り返してた手が止まる。

 

 …………思い出したくない事、思い出しちまった。

 エヒメがやたらと斜め上なパニック起こして、そんでもってあいつ自身は自分がされたことをさほど気にしてなかったからすっかり忘れたけど、そうだ! あいつは俺とジェノスへの嫌がらせと、エヒメの朴念仁ぶりにキレていきなりエヒメにキスをかました奴だった!!

 

 あれはマジでエヒメが気にしてないから俺も別に今更怒る気はねーんだけど……、そうだよあいつはいきなりそんなことをやらかす奴なんだから、二人っきりにしたらダメだろ!

 

 いや、エヒメが言うには腹を壊してるらしいから、これが嘘じゃない限りは最悪の事態には……。

 なんだかんだで正々堂々とした戦いとかを好む奴だし、そもそも多少の体調不良はプライドが邪魔して俺はもちろんエヒメにもっていうかエヒメにこそ見せないだろうから、ここでエヒメに頼るってことはマジでヤバいってことだし……。

 

 あー! けどエヒメの看病で体調が回復したらヤバい!!

 あいつ、ソニックに対して何度か助けられたから妙に懐いて信頼してるから、絶対に押し倒されてもとっさにテレポートで逃げるが出来ねぇ!!

 絶対にキスの時みたいにポカンとして変なパニック起こしてるうちに食われるわあのアホは!!

 

「さ、サイタマ氏ー。自キャラがもう死んでるけど、気付いてる? ってか、大丈夫?」

 

 キングが何か言ってるような気がするが、俺の耳には言葉どころか音としても認識できないほど、俺の頭の中には「やばい」の一言で埋め尽くされる。

 ジェノス。お前の殺意を大げさに思ってドン引いて悪かった。うん、あいつは殺しておくべきだったわ。

 

「……さ、サイタマ氏?」

 

 そう結論付けたらやっとキングエンジンの音が聞こえたから、俺はコントローラーを置いて今日はひとまず帰ると言うつもりで振り返る。

 

「……キング、ちょっとソニックを殺してくるわ」

「キングさん、お邪魔しま……って何!? 何事!? どうしたのお兄ちゃん、ジェノスさんみたいなこと言い出して!!」

「エヒメちゃん、ナイスタイミング!!」

 

 うっかり今日はもう帰る理由の方を俺が言ってしまったタイミングで、エヒメがキングの部屋の中にテレポートで現れたから、エヒメは思いっきり困惑しながら突っ込み、キングはエヒメに拝む勢いでなんか今ここに現れたことを感謝してた。

 

 警戒心がなさ過ぎて心配だったアホが、どっからどう見て無事に帰ってきたことで俺の方も暴走してた不安や心配が納まって、とりあえずエヒメの突っ込みに「何でもねーよ」と答えておく。

 

 いや、マジで暴走しすぎだろ俺。ジェノスの気持ちがわかるってなんだ。たぶん、あいつの気持ちがわかるようになったらそれはそれでソニックよりヤバい。

 エヒメがいくら心配してもそのさらに斜め上に暴走して面倒かけるからエヒメ本人も俺も許してるけど、あいつの過保護さと悪い虫認定の厳しさはマジでヤバい。

 

「本当に? ソニックさんにマジ反復横跳びで吹っ飛ばすどころか粉みじんにしない?」

「しないしない。つーか、あいつはマジで何だったんだよ?」

 

 あいつと実力が拮抗してるジェノスと違って俺はマジで殺す気になれば殺せると思ってるからか、エヒメは本気でソニックを心配して念押しするけど、俺は速攻で黒歴史化したさっきの言動をなかったことにしたいからコントローラーを握り直してテキトーにあしらいながら、話を変える。

 

「う~ん。やっぱりお腹を壊してたみたいだけど……ものすごく具合が悪いのかと思ったらそうでもなかったみたいな……」

「なんだよそれ?」

 

 俺のテキトーなあしらいにエヒメはムッとしつつも、看病して来たエヒメ自身も謎だったらしく腕を組んで首を傾げながら答える。

 けど結構早く帰ってきたことといい、こいつは困惑してるけど心配はさほどしてない事からして、まぁ大したことはなかったんだろう。

 そんでもって大したことなかったのにエヒメが無事ってことは、俺の心配は兄バカの過保護だったって訳か。

 

「エヒメちゃん、その人が何を食べたのか結局わかった? 火を通した方がお腹壊す心当たりになる食材」

 

 エヒメが無事に帰ってきたことで、やっぱりさっきの心配はやりすぎだったと思っていたら、キングがお茶をエヒメに渡しながら訊く。

 何をこいつは訊いてるんだ? って思ったけど、最後の発言で納得。あぁ、そういえばそんなこと言ってたらしいなソニック。思い出すと俺も気になるぞ、その食材。

 

「いえ、さっぱりです。でも、あの人は思ったより食い意地が張ってるのに、食べ物の知識が危うい人だと判明したので、気にするだけ無駄です。

 ソニックさん、クレソンを茸だと思ってるし、変なもの食べてお腹壊してるのに『腹を壊してなかったら食ってた』とか何故かまだ食べること考えてましたし」

 

 エヒメはキングの質問に呆れきった様子で、ソニックがそりゃ腹壊すだろって要因を話したんだけど…………おい、このアホ。本っっ当にこのアホ!!

 

 最初の方は確かにソニックがアホだって話だけどな、ソニックの発言は食い意地張ってるからじゃねぇよ! そいつが食いたがってんの、どう考えてもお前だアホ!!

 

 ソニックの事ほとんど知らねーキングでも察してるのに、何でお前はわかってねーんだよ! よく無事に帰ってこれたな!

 ジェノスがいなくて良かったとか思ってたけど、これジェノスがいた方が良かったわ! 全然過保護じゃねーわあいつ!!

 

「……エヒメ。ちょっとここに座れ」

「え? 何? 何事? 何されるの私?」

 

 握り直したコントローラーをまた即行で床に置き、俺の前に座るように言うとエヒメは素直に座るが、こいつは相変わらず全くわかってない。

 そんなわかってない妹に、ソニックがどういう意味で「食う」と言ったかを説明は、いくらデリカシーがないと散々言われてる俺でもさすがに出来ねぇよ。

 

 とりあえず、「ソニックと会う時は俺かジェノスを連れて行く事」を約束させるか。




書くつもりはなかった小話回。
原作を読み返してみたらキングに話したサイタマの悩みは、うちのサイタマさんと原作サイタマさんの大きな違いだったので、むしろ書かなくちゃダメだろと気付いて書きました。

だからキングにお礼を言う所で終わらせても良かったんだけど、それだとあまりに短いのでもう少しだけ足したらまたしてもソニックがオチ要員に。
ソニック……、お前オチ要員として優秀過ぎへん?

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