私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ソニック視点です。


世界は広いのに、世間は狭い

 やる気もない、覇気もない、髪もない、全身どこも隙だらけで、強化スーツを着ていた分、ハンマーヘッドの方がまだマシに思えるほど弱く、脆く、手ごたえのなさそうな男。

 それが奴への、第一印象。

 

 大方、テロ行為の参加すら認められなかった下っ端中の下っ端かと思った。

 本人は否定し、ヒーローを自称していたが、お前なんか知らんしその無毛地帯な頭で何言ってるんだこいつは? としか思えなかった。

 

 しかし、俺の苦無、そして刀の攻撃を奴は見切った。

 もうこの時点で、こいつがテロリストの残党か本当にヒーローかなんぞどうでもいい。

 

 俺の技を、速さを見切られた。それが、俺のプライドが許さない。

 それはもちろん事実だが、それ以上に胸の内が高揚する。悪い癖とわかっていながら、口角が自然に吊り上がる。

 

 どいつもこいつも、新しい技を試すどころか準備運動にもならないうちに死んでいった。

 手ごたえなどなく、俺の強さを再確認もできないまま、羽虫を潰すような殺しはもう飽き飽きだ。

 

 そんな俺の心境を、男は見抜く。

 こいつへの第一印象は改めよう。

 お前は俺に相応しい、敵だ。

 

 * * *

 

 そう認識を改めて、もう一度男と対峙したら、男は手で俺を制して「ちょっと待ってくれ」と言い出した。

 初めから変わらず覇気のない顔と声なので、イラッと来るものはあるが命乞いではないのはわかった。

 何よりこいつは俺の顔や全身をじろじろ見ては、腕を組んで首を傾げている。

 

 何だ? 訊きたいことでもあるのか?

 まぁ、いいだろう。冥途の土産に答えてやる。

 

「お前さ、俺の妹を怪人から助けてくれた奴?」

 しかし男から発せられた問いが余りに予想外だったため、不覚にも呆気を取られる。

 心当たりはあったが記憶するあの女、エヒメとこいつが兄妹という形で繋がらなかった。

 

「ハゲた女なんぞ知らん」

「俺だって昔は生えてたよ!!」

「妹の方を否定しろ」

 

 思わず素で思ったことをそのまま口にしたら、向こうにも素でキレられた。

 言い出した俺が言うのもなんだが、お前の事はいいから妹がハゲであることの方を否定しろ。お前の過去はどうでもいい。

 

「……エヒメのことか?」

 

 茶番はやめにして名を出してみれば、男は「そうそう! やっぱりお前か!」と肯定した。

 ……似てない兄妹だな。

 髪の事を抜いても、顔立ちはもちろん、お人好しのように思えて実は自己中心的なあいつと、自称とはいえヒーローの兄か。

 まぁ、俺の予想をことごとく裏切るという点ではそっくりだがな。

 

 とにかく、こいつが先日出会って少し気に入った女の兄だという事はわかったが、それがこいつの命を見逃す理由にはならない。

 短い会話とも言えない会話の中で、エヒメの口から「お兄ちゃん」という単語が何度か出たのは覚えている。

 あいつが兄を慕っていることは、知っている。

 

 しかしそれすらも、こいつを殺すのに躊躇う理由にはなりやしない。

 むしろ、楽しみだとすら思えた。

 

 あの弱くて無力で本来なら逃げる以外何もできないはずの女は、自分に「逃げない」と課している。

 そんなあいつに、俺の強さと速さを見せつけた俺が兄を殺したと知ればどうするか、知っても自分で課した「逃げない」に準じ、俺に向かってくるのかが知りたい。

 

 俺に命を救われた恩と、兄を殺された恨みがせめぎ合って歪む顔が、俺以外の事なんぞ考えられなくなった顔が見たかった。

 

 だから、「あいつの恩人かー。なら、手加減しないとあいつにめちゃくちゃ怒られんな」という不快な呟きを無視して、俺は駆けた。

 手加減なんぞ必要ない。お前はここで死ぬ。死んで、その首は妹への手土産になるんだ。髪がないから持ち運びにくいな。

 

 俺の速さが最高速度を迎える。

 そのタイミングで首を刈り落とそうとした時、奴がぎゅるっと勢いよく俺に顔を向け、確かに視線を合わせて言った。

「帰っていいか?」と。

 

 俺のスピードが、最高速度も見切られたことにプライドが大きくえぐられ、その勢いに任せて、全身の回転も加えた蹴りを、風刃脚を放った。

 

「チェックメイト。あ! すまん」

 

 * * *

 

 ……逃げたんじゃない。俺は負けて逃げたんじゃない!

 これは戦術的撤退だ!

 

 足が震えるのは、最強の俺に相応しいライバルが現れたことに対する武者震いだ!!

 決して、金的を喰らったことは関係ない! そもそもそんなものは喰らってない!!

 

 あぁ、くそっ! 何なんだ、あの兄妹は!!

 やる気に満ちてるくせに無力な妹と、やる気は全くないのに強い兄って、どれだけ真逆なんだ!!

 

 くそっ!

 覚えてろ、サイタマ!!

 

 そしてエヒメ!

 お前に貸した恩は、サイタマ打倒に協力という形で返してもらうからな!!

 


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