今回はガロウ視点です。
……まさかの返り討ち。
戦う前はイケると思ったが……見通しが甘かった。
縄張りのQ市以外の被害に興味はないとか、あのガキのヒーロー名鑑の情報通りだったのが幸運だ。そうじゃなけりゃ、悔しいが多分逃げ切れなかった。
つーか、何だよあいつは。あざとい人気取りであんな格好してる着ぐるみ野郎かと思ったら、本物の変人かつ化け物じゃねぇか。
パワーもスピードも想定をはるかに上回り、加えて相性も悪かった。四足戦闘スタイルの番犬マンには人間向けに磨いた俺の技が一切通用しなかった。
……思えばジジイから人外の化け物の戦い方なんて教わってねぇな。ってことは逆に言えば俺の武術は行き止まりなんかじゃなくてまだまだ改良の余地があるってことか。
俺はまだ強くなれる。もっともっと、俺は強くなれる。
そう言い聞かせて俺はがむしゃらに走って逃げてたどり着いたZ市をふらつきながらテキトーに身を隠せる場所を探す。
……言い聞かせて、俺は強くなれると言い聞かせて脳内で番犬マンとの戦闘シミュレーションを繰り返すことで思考を満たして、記憶に蓋をする。
金属バットの妹によって、あまりにも鮮やかに蘇ってしまった記憶を。
『やめて!!』
俺を庇って、俺の盾になってくれたあの子の記憶をなかったことにする。
ない。そんな記憶はない。ないんだ。
俺を庇ってくれた子なんていない。
俺を助けてくれた人なんていない。
『ガロウ君、どうしたの? 大丈夫?』
……俺の話を聴いてくれた人なんて、俺の心配をまず最初にしてくれた人なんていないんだ。
怪人の俺にそんな人は必要ない。いらない。あってはならないんだ。
だから……だから……どうか頼むから消えてくれ。
『ひぃちゃん、僕はひぃちゃんの――――』
なれる訳がなかった戯言をほざく俺なんか、消えてしまえ。
* * *
気色悪い。気色悪い。気色悪い。
番犬マンとの戦闘シミュレーションで思考を満たそうとしているのに、こじ開けられた記憶が思考を侵食してゆく。
あの子のことを思い出させる。そしてその記憶が柄でもない事を俺にさせる。
……気色悪かっただけだ。気分が悪かっただけだ。
ずっと観察していた視線が気色悪かった。観察されるのが大っ嫌いだから、出てきたあのヘドロのクラゲをぶっ潰したんだ。
俺の都合だ。俺の気分が悪かったから、ずっと俺を観察してたあいつらが気に入らなかったから、だから潰したんだ。
俺だけの都合で、俺だけの為だった。
『うっひっひっひっ……、金属バットの妹ちゃ~~ん……。人質は何人いてもいいよねぇ~~』
あのクラゲの言ってたことなんか関係ない。
金属バットの妹を狙ってたことなんか、俺には何の関係もない。どうでもいいことだ。
『バーカバーカ! ざまーみろ!!』
関係ないんだ。こんな記憶。
『ひぃちゃん! ひぃちゃん!!』
『大丈夫。大丈夫だから』
……ただ、気に入らなかっただけだ。
逃げたくせに、あの子に論破されて、あの子の正しさに何も言い返せなくて自分が悪いってことを突き付けられて、ヒーローごっこなんかじゃなくてイジメだって言いきられて、ヒーローなんかじゃないただのいじめっ子だってことから逃げ出したくせに、あいつらは俺に向き直って「大丈夫?」と訊いてくれたあの子に石を投げつけた。
一人じゃ何もできないくせに、明らかに自分より弱い奴に、それでも卑怯な手を使わないと怖くて何もできないくせに、俺があそこまで追い詰めたから金属バットが気絶して隙だらけの妹を攫うなんて不愉快だっただけ。
あいつらの為に俺が何かをしてやったように思えたから、気分が悪かっただけだ。
あいつらに……、たっちゃんたちに似ている気がしたから許せなくて、気に入らなくて、気色悪かった。
俺のことを対等とも思ってないくせに、上から目線で「仲間にしてやる」とほざいた鳥の着ぐるみ野郎だってそうだ。
興味ねぇんだよ。俺は誰とも、何ともつるむ気はねぇ。
俺は強いんだ。一人で大丈夫なんだ。他の誰かなんてむしろ邪魔だ。
だから君だっていらない。
『ガロウ君、大丈夫?』
大丈夫なんだ。俺はもう大丈夫なんだ。
君の方が大丈夫なんかじゃなかったくせに。血こそは出てなかったけどこぶは出来てた。あいつらは年上とはいえ女の子の頭目がけて石を投げつけた。ぶつけてきたのに、それでも「痛い」と言えば俺は間違いなく泣いたから……、あの子は俺の為に「大丈夫」って言い張った。
俺の所為で、俺がいたから泣くことさえも出来なかったんだ。
大丈夫。俺は大丈夫。独りで大丈夫。
だからいらない。君なんていなくてもいい。必要ないんだ。
最初からいなかった方が良かったんだ。
『いい気味だ』
最初から出会ってなければ、関わってなければ、存在してなければ良かったんだ。
そうしたら俺は…………
『――――ひぃちゃん……、ごめんなさい……』
俺さえいなければ、あの子は泣くことなんてなかったのに。
* * *
番犬マンと戦ってる最中や逃げきった直後は本心から俺はまだ強くなる余地があるという実感で興奮して気分が良かったのに、時間が経てば経つほどその興奮は冷めて行って、番犬マンとの交戦前の出来事が、こじ開けられた記憶が俺の頭の中を駆け巡る。
あぁ、気分が悪い。
体も金属バットと番犬マンとの2連戦で疲弊しきって休息を求めている。
けど、正直言ってこのまま寝たくねぇ。
……寝たら、それこそ夢を見る。
もう見てはいけない夢を。
あの子の夢を見てしまうから。
何か気分転換になるもんはねぇかと思って何気なく顔を上げた瞬間、俺の思考はようやく別のもので埋め尽くされる。
前から自転車を押して歩いている男。遠目からではただそれだけの一般人だったが、顔がある程度までわかる距離にまで近づいて気付く。
あの特徴的な左目の三本傷。
間違いねぇ。キングだ!
『地上最強の男』、S級ヒーローのキングじゃねぇか!!
そうか、Z市は怪人の出現スポットだったな。だからこんなとこまで狩りに来てたのか。
……どうする? こっちは手負いだが、こんな路上で遭遇するなんてまたとないチャンスだ。
体は動くし、痛みも感じてねぇ。
ついさっきまでの最悪な気分なんか嘘みてぇに、むしろ最悪だったからこそ反転した瞬間にこの上なく気分が昂って力が漲って来る。
こいつを狩れば、俺が地上最強だと証明される。
俺は独りで大丈夫だって、胸を張って言える。
そう考えたら、かつてないほど感覚が研ぎ澄まされているのを感じた。
予測しろ!! キングの視線・体勢・重心の変化を観察して、次の反応を!!
駆ける俺のリーチまであと3mといったところで、ようやくキングは俺に視線をよこす。
余裕だな。さすがは地上最強の男。俺にはキングエンジンすらかける必要はないってか!?
てめーの次の動きは読めてるんだ!
その余裕は驕りだってことを思い知らせてやるぜ!!
「お兄ちゃん、ただいま」
――――――――――――え?
* * *
唐突に、手品のように魔法のようにキングの傍らに現れたことへの驚きよりも先に驚いたのは、あまりに変わってなかったから。
もちろん、10歳くらいだった小学生が20歳近くなって全く変わってないのはあり得ねぇ。
大人になってた。
今でも小柄な方だけど、あの頃よりずっと背が伸びて大人っぽくなっていた。
なのに、変わっていない。
ずっと自分に言い聞かせてた。
昔の記憶だから思い出補正って奴で美化してる。現実は大したことがない。
そう言い聞かせて、あの子は俺の頭の中にしか存在しないも同然だと思うようにしていた。
あんなに綺麗な人が、俺を庇ってくれるわけがない。
俺なんかを助けてくれるほど、優しい人なんかいない。
そう言い聞かせていたのに……なのに……なのに……。
記憶の中の彼女をそのまま10歳ほど大人にしたような人だった。
俺の記憶に思い出補正なんかなく、あまりに鮮明で正確すぎた事を思い知る。
一目でわかった。彼女が現れて話しかけている相手なんか見えないし、声も俺の耳には届いていない。
名前なんか聞こえていない。音を意味のある単語だと認識できなかった。
キングさえも、もう見えない。
あの子しか見えない。
「うん、皆病院に連れて行ったよ、ひとまず、命に別条がある人はいなかった。
あ、キングさんこんにちは。って、どうかしたんです……か………………」
誰かに話しかけていたあの子が、キングに気付いてこちらを向き、そして気付く。
俺を視界に入れて、ただその場で呆然と立ち尽くすしかない俺と向き合って、あの子は軽く目を見開いて言った。
「……ガロウ……君?」
あぁ、何で君まで一目でわかっちゃうんだよ。
こんなに俺は変わったのに。変わり果てたのに。もう、あの頃の俺なんかどこにもいないのに。
それなのに君にとって俺は、あの頃のままなのか?
「…………ひぃちゃん」
今回でようやく、ガロウ編のプロローグ終了。
私にとって次回からガロウ編本編です。