ただの脳筋だと思っていたが、脳筋なのは間違いないがさすがはS級。
なんかただのパンチを、「タンクトップパンチ」とかアホな技名つけている筋肉バカというかタンクトップバカだが、そのパワーは本物だ。
腹に入ったそのパンチで俺が血を吐き出すと、タンクトップマスターが「悪いが、とどめだ」と言って腕を振りかぶる。
……タンクトップマスターよぉ。確かにお前のパワーは怪人並みだ。
けど、お前は攻撃手段も怪人並みだ。単純なんだよ。どれもこれも。
もうお前の技は、動きは、全て見切った。
正義は終わりだ、ヒーロー。
悪を執行する。
「ちょっと待ったアアアーッ!!」
タンクトップマスターの攻撃にカウンターを決めてやろうとしたら、邪魔が入る。
「あごしッ!」
俺の代わりに殴られたのは、初めに潰すつもりだったC級あたりの見回り中らしき自転車に乗った兄ちゃん。
何やってんだ、こいつ? つーか、まだいたのかよ。
S級が釣れたのなら、C級の雑魚なんかどうでも良かったから逃げりゃよかったのに、何故かまだいたこの兄ちゃんはこれまた何故か俺の代わりに殴られて、挙句の果てにタンクトップマスターに啖呵を切りやがった。
「は……恥ずかしくないのか! S級ヒーローともあろうものが! チンピラ相手にトドメを刺そうなんて!
もう勝負はついている! 彼はすでに動けないほど負傷している!」
俺の実力すらも全く測れず動けないと思い込んでいるC級ヒーローは、自分の身を盾にして俺を庇った。
自分を襲おうとしていた、こいつからしたら通り魔でしかない俺を。
周りの筋肉どもは、「ヒ-ロー様に手を出す方が悪いんだろうが!」だのなんだの、お前らの方がチンピラだろうがなことを言って、このC級を罵倒する。それでも、こいつは逃げないし退かないし揺るがない。
「やめろ、お前ら」
筋肉どもの罵倒を、リーダーであるタンクトップマスターが止める。
「確かに彼の言う通りだ。俺は人間と喧嘩するために、タンクトップを着こなせるようになったわけじゃない」
お前のそのタンクトップ崇拝は何なの? というツッコミが頭によぎったが、舎弟どもを諌めた後に俺に視線を向けて子供に言うように、告げられた言葉でそんな呑気な考えは吹っ飛ぶ。
「これに懲りたら、二度と他人に危害を加えるな」
……………………。
『ダメだよ。ガロウ君』
「……………………わかったよ。
帰るよ。暴れて、悪かったな」
俺は、ふらつく足でヒーローたちから背を向けて、帰る。
自分を襲おうとした俺を庇ってくれたC級と、舎弟をボコボコにされたのにそれを許すS級ヒーローに感謝して、反省……………
『ダメだよ。ガロウ君』
「嘘。てめーら皆殺しコースに変更は
する訳ねぇだろ、偽善者どもが。
* * *
「あぁ、だと思った」
振り返って啖呵を切った時には、俺の顔程ある拳が目前だった。
「お前からは邪悪しか感じない。大きな障害になる前にここで消えてなくなれ!」
あー、はいはい。自分らの邪魔になる前に、倒せそうなうちにぶっ潰すのね。
それが、お前の「正義」か。
それが、お前の「ヒーロー」か。タンクトップマスター。
気が付くと、相手の腕を俺の腕がすり抜けて、タンクトップマスターの顔面に拳がカウンターで入る。
そしてのまま、急所に連打。
完全に最初の一撃が鼻に決まって、反撃することが出来ずにタンクトップマスターは塀まで吹っ飛んで膝をつく。
あーぁ。使っちまったよ。流水岩砕拳。
『この馬鹿弟子が! 力の使い方を違えよって……』
頭の中でジジイの顔とウザい説教が蘇る。これだから使うのは嫌だったけど、まぁいい。こだわりは捨てるか。
このジジイの方が、マシだしな。
頭の中に浮かぶ姿も、声も、言葉も、「うるせぇ、クソジジイ」で済ませられるこいつの方が、何倍もマシだ。
「おやおや、S級ヒーローが膝をつくとは」
俺の挑発に、タンクトップマスターは「少し驚いただけだ」と言い張るが、引きつったその顔で虚勢がバレバレだぜ?
そもそも、足腰ガクガクじゃねぇか。ろくに立ち上がれもしねぇくせに、意地だけは立派なもんだな。
まぁ、いい。そんな意地、すぐにぶっ潰してやるよ。
「アハハ、そーかい。じゃあもっと、驚いてもらおうかな。お前はそこで見ていろ。
怪人ガロウによって、お仲間が全滅するシーンをなぁ」
俺の宣言に、奴は一瞬だけ唖然としたように目を見開いてから、驚愕する。
「ガロウ? 例の“人間怪人”か!?」
あ? 何だよわかってなかったのか。つーか、何だよその“人間怪人”ってのは?
怪人ガロウって言ってんだろうが。
まだ正式に怪人扱いされてないことに腹が立って、その苛立ちを発散させるために俺はさっさとこいつの舎弟共を血祭りにあげようと、既にリーダーを置いて逃げの体勢に入ってる筋肉ども元まで歩く。
「ま、待て! そいつらには手を出すな!」
おー、立派だな。自分を見捨てて逃げようとしてる部下でも、大切なのかね。
けど、俺の後ろで手を伸ばして懇願するだけで何もできないんだろう?
言っただろう、タンクトップマスター。お前はそこで見てろ。
それが嫌なら、立ち上がれ。
言葉で怪人を止めようなんて、甘いんだよ。
「ジャスティスクラッシュ!!」
俺がタンクトップ軍団を血祭りにあげる前に、タンクトップマスターの懇願の直後、後ろから大声で技名を叫んでなんか物音がしたから、そのまま掴んで地面に叩き付ける。
何だ、お前まだいたのかよ。C級。
つーかさぁ、お前は今、何しようとした?
技名を叫ぶわ、自転車のこぐ音がうるさかったわで全然奇襲になってなかったけど、お前、何してんだよ?
『ダメだよ。ガロウ君』
ガンガンとC級ヒーローの頭を地面に叩き付け続ける間中、声が聞こえる。
うるさい。黙れ。黙れっ! 黙ってくれ!!
何がダメなんだ? 何でダメなんだ!?
こいつのしたことが良くて、俺のしてる事の何がダメなんだ!?
後ろから攻撃? ヒーローが?
お前さ、さっきなんて言ってた?
恥ずかしくないのか?
そりゃこっちのセリフだ。
ついさっきまで庇っていた奴が、庇う価値がないどころか、チンピラじゃなくて怪人だった。
なら、掌返してぶっ殺そうとするのは全然かまわない。
けどな、お前は何、後ろから奇襲してんだよ?
それが、ヒーローのする行動か?
自分を襲おうとした通り魔でも、必要以上の暴力を振るわれるのを止めたヒーローが、するべき行動なのか?
『ガロウ君、大丈夫?』
あの子のように、庇っておきながら…………
『大丈夫。大丈夫だから、気にしないで』
あいつらがあの子にしたように、お前は後ろから攻撃を仕掛けるのか!?
* * *
散々地面に叩き付けて動かなくなったC級の頭を掴みあげ、見せつけて俺はタンクトップ軍団に言う。
「よぉ。お前らも、来いよ」
何してんだよ?
何でお前らは、こいつをボコってる俺に何も言わないんだよ?
何で、誰も向かって来ないんだよ?
「ガロウ!」
向かってきたのは、回復したタンクトップマスターだけだった。
つーか、お前も後ろから攻撃か。
どいつもこいつも、こだわりやら美学ってもんがないのかね。
ジジイの顔がよぎるからって程度とはいえ、使い勝手のいい流水岩砕拳を封印してた俺がバカみたいじゃねぇか。
裏拳を一発入れたら、タンクトップマスターは倒れた。
おいおい、マジで?
もう倒れんのかよ? もう、動けないのかよ?
「用済みだ、タンクトップマスター。さて、残るは掃除だけだな」
C級に邪魔される前と同じように、お前の舎弟をぶっ潰すと宣言するが、今度は懇願さえもしない。完全に意識を飛ばしてやがる。
……S級って言っても、所詮は15位。下から数えた方が早い奴は、この程度か。
落胆しながら俺が再び、タンクトップ軍団に近づけばようやく奴らは俺に向かってきた。
「この野郎! この人数を相手に勝てると思ってん」
多勢を武器にこっちに向かってきた奴らを、まずはまとめて4人ぶっ飛ばせば、大半が引いて俺に向かってきたのは一人だけ。
そいつのリーダーと似たような単純で、リーダーとは比べ物にならない程貧弱なパンチを避けて後ろに跳べば、坊主頭のタンクトップはそのまま俺を追ってきた。
俺のすぐ後ろが塀だったから、どう受け身を取ろうが隙が生まれると思ったのなら良い判断だ。
俺以外が、相手ならな。
俺は塀のわずかなとっかかりに掴んで完全に体を塀に張りついて、しゃがみこんだままの体勢で止まったせいで、目算が外れて坊主の蹴りは俺の寸前で空ぶる。
その所為で逆に生まれた隙を、もちろんこっちは見逃さねぇ。
肘鉄を入れて地面に降りて、次の獲物に視線を向ける。
タンクトップ軍団はどいつもこいつも、ヒーローの集団とは思えねぇ醜態を見せて逃げ回った。
全員でのしかかって押さえつけようとはしてきたが、もうそれは俺という「悪」を倒すためではなく、何とかして自分たちが生き延びるための悪あがきだ。
俺はそんな、ヒーローなのかただの筋肉集団なのかよくわからないものを、ひたすらに叩きのめす。
『ダメだよ。ガロウ君』
頭の中の声を、無視する。
「そこまでだガロウ! 道場の面汚しめ!
くらえ! 流水岩砕拳!!」
後ろから俺の所為で弟子がいなくなったはずの、もうあのジジイ以外は使う者がいない武術名を名乗り、背後から飛び込んできた奴がいた。
見覚えがあるようなないような男だったが、着ているものには嫌になるほど見覚えがあった。
ジジイの道場の道着だ。
何だ、まだいたのかよ弟子。
良かったな、クソジジイ。俺どころか俺がいた頃の弟子たちの中でも、間違いなく一番弱いクソ雑魚でも、あんなかび臭い道場を誇りに思うような弟子がいて。
だけど、その弟子ももう終わりだ。
「うぼっ!?」
俺が顔面に一発拳を入れると、それだけで3メートルは吹っ飛んでいった。
それでも立ち上がって向かってくるこの弟子は、未熟どころじゃねーほどの雑魚だが、そこらに転がるタンクトップ共よりはずっと見所がある。
まぁ、だからといって見逃す理由なんかねーから、そのまま同じようにこの弟弟子をボコっておく。
これでもう正真正銘、ジジイの道場に弟子はいなくなるだろう。
それが嫌なら、さっさと来いよ。クソジジイ。
弟子も助けられないで、何がヒーローなんだよ?
* * *
結局、俺がヒーローども全員と名前も知らない弟弟子を動かなくなるまでボコっても、クソジジイや他のヒーローどもはおろか、一般人さえも通りかかることはなかった。
もしかしたら、通りかかったけど関わるのが嫌で逃げたのかもしれねーけどな。
……ヒーローを倒すほど、怪人として成長していく気がしたから始めたヒーロー狩り。
この理屈が正しければ、大量のヒーローと下位とはいえS級を狩ったことで、俺はずいぶんとレベルが上がったはずなのに、ただひたすら今は嫌な気分だ。
こんな気分は一月ぐらい前に、あの透明化するキモイ怪人をボコった時以来か。
……くそっ! 最近やっと、忘れかけてたっていうのに、あのC級とタンクトップマスターめ。
俺は根城にしている小屋まで歩きながら、ひたすらに何度も邪魔してきたC級ヒーローと、タンクトップマスターに内心で悪態をつく。
あの偽善者ども……、何が「恥ずかしくないのか」だ。何が、「これに懲りたら、二度と他人に危害を加えるな」だ!!
後ろから奇襲を仕掛けて、何もできずに立ち上がることも出来なかった分際で、俺を庇うんじゃねぇ! 俺に説教するんじゃねぇ!!
『ダメだよ。ガロウ君』
何度も俺を止めようとした、俺を叱った声を聞きたくなくて、耳を塞ぐ。
けどその声は俺の頭の中からしてるから、俺の行動に意味なんかなくて、むしろ耳を塞いだことでなおさらはっきりと聞こえてきた。
小さな女の子の、俺より一つ上なのに当時の俺とそう変わらない、下手したら俺より小柄だった女の子が言う。
『ガロウ君、どうしたの? 何があったの?』
俺を叱る前に、俺の話を聴いてくれたあの子が脳裏に蘇る。
もう、やめてくれ。何も言わないでくれ。何も訊かないでくれ。
俺にはもう、話すことなんてないんだ。
「………………俺は怪人だから、悪いことをするのに理由なんかないんだ。……ひぃちゃん」
だからどうかもう、俺なんか放っておいて。