私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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お久しぶりです。
11巻発売すぐに投稿したかったんですが、色々私用で時間が取れず、遅れてすみません。

以前のように毎日というアホみたいなペースで投稿は出来ないでしょうが、のんびりと週一くらいのペースで更新してゆこうと思ってます。



ガロウ編
あなたを覚えている


「? 鬼サイボーグ? それと……もしかしてエヒメさん?」

 

 足の骨のヒビの経過を病院で見てもらって帰る際、ジェノスさんの手を借りながら病院の入り口まで歩いていたら、すれ違いざまに聞き覚えのある声に呼び止められる。

 

 私の足の怪我の経緯が経緯なので、ジェノスさんが自分はともかく軽くとはいえ変装してる私もちゃんと「エヒメ」と認識した相手にものすごい勢いで振り返って睨み付け、ついでに砲門を解放した掌を向ける。

「ジェノスさん、落ち着いて! SNSや掲示板を見た人より知り合いの可能性が高いから落ち着いて!!」

 

 あまりの過剰防衛に、相手の人は怯えて両手をあげて完全降伏の体勢で固まり、私も慌ててジェノスさんのオーバーキル手前な防衛反応を止める。

 気持ちは嬉しいけど、本当に落ち着いて!

 私の晒された写真はかなり前のだし、あなたと一緒とはいえその写真や普段とはだいぶ違う系統の格好してるから、一目で私だってわかるのは晒された情報を見ただけの人じゃなくて、普段の私もよく知ってる人の可能性が高いから!!

 

「そ、そ、そうだ! お、俺だよ俺!!」と、ジェノスさんに焼却砲を向けられている人が、パニックのあまりか名前は名乗らず、何故かオレオレ詐欺の常套句を口に出しちゃってるけど、少しは落ち着いたらしいジェノスさんが腕を下げて怪訝そうな顔で相手をよく見て、それから軽く目を見開いた。

 とっさにジェノスさんの後ろに庇われた私も、背中越しに覗き込んで見てようやく相手が誰であるかに気付く。

 

 顔の大部分が大きな絆創膏で隠れてるし、まだ少し腫れやあざが残っていてわかりにくいけど、その人はバングさんの道場の一番弟子かつ唯一の弟子で名前は……な、何だっけ?

 あ、ヤバいどうしよう。名前が出てこない。確か……チャ、チャ……チャラ……チャランポン? ダメだ、絶対に違う。むしろ違ってて欲しい。

 

 私が名前を忘れたせいで声を掛けられないから曖昧に笑っていたら、ジェノスさんの方が先に声を掛けた。

「お前は確か……チャランコか? バングの所の雑魚の」

「ちょっ、ジェノスさん!? 何言ってるんですか!?」

 

 名前を忘れてた私が言う資格はないだろうけど、とんでもなく失礼なことを真顔で言ったジェノスさんをとりあえず叱りつけて、チャランコさんに頭を下げる。

 

「す、すみません、チャランコさん! 何か重ね重ね失礼な真似しちゃって!!」

「……いや、別に良いよ。それより、どうしたのこんなところで? その足、大丈夫?」

 

 チャランコさんがものすごく微妙な顔をしてたけど、もうたぶんジェノスさんがお兄ちゃんや私以外の人にはかなり傍若無人なところがあるのを学習してしまったのか、若干悟ったような遠い目で許してくれてから、私の足のギブスに気付いて心配の言葉を掛けてくれた。

 

「お前には関係ない。帰りましょう、エヒメさん」

「ジェノスさん! 心配してくれた人にそんなこと言っちゃダメですよ!」

 

 なのに、ジェノスさんはまたしても酷いことを言うので、もう一度私は注意する。

 どうしてこの人は正義感も責任感も強い良い人なのに、時々ひどく無礼千万になるのかな。

 ジェノスさんは注意したら私に「すみません」と謝ってはくれたけど、未だにミラージュの事に責任を感じてるからか、あまり人前に私を出すこと、それも自分と一緒にいる所を見られたくないのか、チャランコさんにこの場で詳しく話す気はないらしい。

 

「エヒメさんの怪我の経過は良好だ。お前が心配するようなことは何もない。ついでにバングにもそう伝えておけ。中途半端に怪我したとだけ伝われば、S級全体が騒ぎそうだから問題ないと念押ししろ」

 ……だからどうして、あなたはそう私とお兄ちゃん、あと博士さん以外の人には横暴なのかな?

 本当に私の心配を色々してくれているのはすごく嬉しい、嬉しすぎて恥ずかしくってこのままテレポートで逃げ出してしまいたいくらいだけど、そろそろ本気で「失礼すぎです!」って怒ろうかと思ったら、チャランコさんの方が、「待ってくれ!」と呼び止めた。

 

「悪い、ちょっと待ってくれ。っていうかバング先生のことで話があるんだけど、時間あるか?」

 

 ジェノスさんの腕を掴んでかなり真剣な顔をして尋ねてきたチャランコさんに、私とジェノスさんはどちらもきょとんとしながら顔を見合わせた。

 

「……えっと、チャランコさんのお時間が大丈夫ですか? 家で良ければ、お話は聞けますけど……」

 顔を見合わせてから、私がさっきまでのお詫びを兼ねて提案する。

 ジェノスさんが「エヒメさん!」とちょっと怒ったような声を上げたけど、悪いけど聞こえないフリをする。

 私も名前を忘れて失礼だったけど、今日の失礼はだいたいあなたの所為だよ。ジェノスさん。

 

 * * *

 

 家に帰ったらキングさんとフブキさんも遊びに来てくれていたので、チャランコさんは少し話しづらそうだったけど、フブキさんはともかく同じS級のキングさんなら何かわかるかもしれないと言えば、全部話してくれた。そして私は、その話してくれた内容を頭の中で反復しながら首を傾げる。

「バングさんがそんなことしたんですか? ……どう考えても、言葉通りじゃなくて何か他に理由があるでしょうね」

 

 私の言葉に、ジェノスさんとチャランコさんは同意を示すように頷いてくれた。

 どうもチャランコさんの怪我の原因はバングさんで、いきなり「実戦稽古」と言い出してチャランコさんに教えながらではなく一方的にぼこぼこにして、挙句の果てに「才能がない」と言って破門を言い渡したらしい。

 けど、バングさんはものすごく温厚で優しい好々爺の見本みたいな人だから、言葉通りチャランコさんの才能のなさに見切りをつけたりはしないと思う。

 むしろ、私やお兄ちゃんたちを弟子にしたがっていたくらいだったのに、何でいきなり唯一の弟子であるチャランコさんを破門したんだろう?

 

 チャランコさんが武術を悪用したのなら、お仕置きとしてそういうことはしそう……というか、チャランコさんが唯一の弟子になるきっかけの兄弟子でそうしたはずだけど、それならそうだとはっきり言うだろうし。

 あと、チャランコさんの方も普通に良い人で、言っちゃなんだけど諦めが早くて気も弱い方だから、良くも悪くも武術を悪用なんてしないと思う。

 

 だから、一番可能性が高いのはバングさんの言葉も行動も本意ではなく、自分が泥を被ってでもチャランコさんを自分から離して「無関係」と言い張れる関係にしたかったんじゃないかな?

 でも、そうだとしたらバングさんに何があったんだろう……。

 

 すごく嫌な想像ばかりが頭の中でぐるぐる回って、私が不安で今にもバングさんのところまで跳んで本人を連れてきて問い詰めようかとまで思いつめたのを察したのか、ジェノスさんが心当たりを話始めてくれた。

 

「……エヒメさんが心配するのであまり言いたくなかったのですが、おそらくは“人間怪人”ガロウと自分の巻き添えにならぬようにでしょう」

 

 ジェノスさんの言葉に、私は言葉を失って眼を見開いて言葉を失う。

 チャランコさんは、自分の兄弟子の名前が出たことに驚いて、「なぜ奴が!?」と訊き返すと、ジェノスさんは全く何の事情も知らないチャランコさんに少し呆れながら、詳しく説明をしてくれた。

 

「バングの元弟子ガロウは、ヒーロー協会本部に凶悪怪人として指名手配され、バングはその討伐に名乗り出た」

「怪人!? ガロウは人間じゃなかったのか」

 

 チャランコさんの「人間じゃなかったのか?」という問いには、ジェノスさんは答えなかった。

 協会本部で何かあったらしいけど、相変わらず色々と後ろ暗いことがあるからか協会はそのトラブルを隠蔽したから、どうして彼が怪人、それも「人間怪人」と呼ばれているのかまでは、どうやらジェノスさんでもわからないみたい。

 

 ……ただ、私はなんとなくその理由に予想がついた。

 

 ジェノスさんの心遣いは嬉しいけど黙っていたことにちょっと腹が立ったり、その内容でバングさんの行動がすんなり納得がいったり、でもバングさん一人で背負いこまなくてもいいのにと悲しくなったり、また都合の悪いことは隠蔽する協会に憤慨したり、いろんな感情と感想が生まれたけど、私の中で一番割合が大きくて、俯きながら小さく、それでも確かに声に出してしまったのはただ一つ。

 

「…………まさか……」

 

 バングさんからの話で、何度か聞いたその名前。

 ずっとただの同名だと思ってた。だって私の知っている彼と、バングさんから語られるその人とは全くイメージが重ならなかったから。

 けど今は、はっきりと重なってしまった。

 

 私の知っている「あの子」なら、「人間怪人」と呼ばれる理由は……

 

「……エヒメ。お前またなんか隠してるつーか、一人勝手に悩んでねーか?」

 

 お兄ちゃんの言葉でとっさに顔を上げると、皆が私をきょとんとした顔で見ていた。どうも、私の思わず出た言葉は私が思うより声が大きかったのかもしれない。

 でもほとんど何も言わなかったから、ジェノスさんもチャランコさんも、お菓子を食べながらただ聞いていただけのフブキさんも意味がわからずただきょとんとしている中で、お兄ちゃんだけはキングさんとゲームをしながらあっさり私の心の内を見抜く。

 そしてその発言に、ジェノスさんが黒い目を見開いて私の肩を掴んで詰め寄ってきた。

 

「!? エヒメさん! まさかもしや、ガロウとも面識があるんですか!?

 どこでですか!? 何があってそんな危険極まりない奴と関わってしまったんですか!? 答えてください! 今すぐに焼却してみせますから!!」

「ジェノスさん、落ち着いて! そしてお願いですから焼却しないでください!!」

 

 うん、ジェノスさん! 私は自分一人で悩んで何も言わなかったことで、あなたやお兄ちゃんに迷惑をかけたり、事態をさらに大きくややこしくした前科があるから、こうやって詰め寄られるのは仕方ないけど、結論大雑把すぎ!

 何でもかんでもとりあえず焼却しようとするのやめて本当に!!

 

 私だけじゃなくてほかのみんなも同じことを思ってくれたらしく、チャランコさんやフブキさん、ゲームをしていたキングさんも一時中断してジェノスさんを止めてくれた。

 けど、やっぱり私に前科があるから、一番最初に「おい、ジェノス。落ち着け」と止めてくれたお兄ちゃんが、ジェノスさんのクールダウンと同時にゲームのコントローラーを床に置いて、私と向き合って尋ねる。

 

「で? 実際のとこはどうなんだ?」

 口調も顔もいつもと変わらない無気力さなのに、眼だけは真剣に真っ直ぐ私を見据えるから、ギブスで正座が出来ない分、私の背筋は自然と真っ直ぐになる。

 他の人たちも私をじっと見て、私の言葉を待ってくれるけど、なんかすごくいたたまれない。

 

「……えーと、初めに言っておくけど、隠してたとか悩んでたとかじゃないの。むしろ、迷ってたと言うかなんというか……」

 私は首を傾げながらどう説明しようかさらに頭を悩ませていたら、ジェノスさんが身を乗り出して私に説得するように言った。

 

「エヒメさん。何度も言いますが言いたくないことは言わなくて良いですが、自分一人の中にため込むのはどうかやめてください。そうやって、あなた一人耐えるのを見て救われる者など、どこにもいないのですから、どうか吐き出して楽になることなら全部吐き出してください」

「……あ、ありがとうございます」

 

 ジェノスさん、気持ちは本当に嬉しい。こっちも何度も言うようだけど、本当にすごく嬉しい。

 でも、違う。私が言いよどんでる理由は、そうじゃない。

 

「エヒメ?」

 人の心の機微に関してはかなり鈍感なお兄ちゃんだけど、私のことは細かく気が付いてくれるから、どうも私の様子から自分やジェノスさんが心配しているような内容ではないことを察したのか、ちょっと変な顔をしてもう一度私を呼ぶ。

 あぁ、うん。もうそのまんま話してしまおう。言い繕った方がなんか面倒くさいことになりそうだし。

 

「えっと……、バングさんの元一番弟子だった『ガロウ』っていう人に心当たりがあるのは確かなんですけど……、同名の他人である可能性が高いんです。だって、その子と私が出会って知り合ったのは、小学生の時ですから」

 

 私の答えに、お兄ちゃんは「やっぱそんなもんか」と言わんばかりにため息をついて、他の皆さんは一拍間をおいて「は?」と声を上げた。

 ごめんなさい、なんか色々思わせぶりな態度を取っちゃって。

 

 * * *

 

 小学生の時、「縦割り学級」という6年生から1年生が何人かずつのグループになって、上の学年の子が下の学年の子の面倒を見ながら遊んで交流するという行事が確か、年に一度あった。

 私の知る「ガロウ君」は、私が10歳かそれくらいの時にその行事で同じグループになった一つ年下の男の子。

 

 縦割り学級での交流は年に一回だけだしグループは毎年変わるから、その行事で彼と関わったのはその一度だけ。

 だから、他の学年の頃にその行事で同じグループになった子とかは同じ学年の子くらいしか覚えていないけど、あの子だけは覚えていた。

 縦割り学級が終わっても、ガロウ君は学校内で私を見かけたら挨拶をしてくれたし、ちょくちょく話をした記憶があるから、私はあの子を普通に友達と認識して覚えていた。

 

「……なるほど。すみません、早とちりをしてしまって」

「いえ、私も前科がいろいろありますし、思わせぶりな態度を取ってしまってごめんなさい」

 

 私が「ガロウ」という名前を聞いて不安を感じた理由である、私の知るガロウ君とその出逢った経緯を軽く話すと、ジェノスさんが何故、言うのを迷って悩んでいたかを理解してやっと完全に落ち着いてくれた。

 

 だっていくら不安を感じても、本人の保証がないどころか交流はあったと言っても学年も違えば性別も違う。友達と認識していたと言っても、私とあの子は「ちょくちょく話をした」程度の付き合い。

 仮に本人だと確証を得ても、私は彼の現在の連絡先どころか当時の連絡先も住所も知らないのだから、ここで話してもほぼ意味はないんだもん。

 

「で? その『人間怪人』とエヒメが知ってる『ガロウ』は同一人物っぽいの?」

 私の話を聞いて、お兄ちゃんとキングさんはまたゲームをしだし、フブキさんもちゃぶ台に頬杖をつきながら、いかにも一応というか暇だからこの話題でいいやと言わんばかりに尋ねる。

 ジェノスさんもフブキさんと同じことを、こちらは先ほどと比べて冷静だけどすごく真面目に「どうなんだ?」とチャランコさんに確認するけど、私とチャランコさんはほぼ同じタイミングで首を傾げて、「……さぁ?」と申し訳ない答えを告げる。

 

「う~ん……。髪の色とか歳は一致するけど、そもそも俺、その『ガロウ』とは親しいどころか、俺が弟子になってから割とすぐに破門になったから、話した覚えもマジでないな」

 首を傾げながらチャランコさんは半年以上前の記憶を掘り出して、「ガロウ」の外見特徴とかを探してくれるけど、チャランコさんが語る「ガロウ」は、「ガタイは良いし背も高いけどやせ形で、顔立ちは整っている方だけど致命的に目つきが悪い」という、特徴があるんだかないんだかだし、私の方も下手したら最後に会ったのは10年以上前なので、互いの覚えている限りの情報を交換しても何の参考にもならなかった。

 

 そんなの尋ねた側の二人もわかっていたからか、「やっぱりか」という顔をしてフブキさんはお茶を飲み、ジェノスさんは私を励ますようにフォローの言葉をくれた。

 

「……おそらくは、エヒメさんの言うとおり同名の他人でしょう。クラスや職場に必ずいるほどありふれていませんが、珍しいとも言えない名前ですし。歳や髪の色は一致してますが、髪なら後でいくらでも変えることが出来ますから、あまり参考にはならないでしょう。

 ……何より、エヒメさんのご友人だったその『ガロウ』とバングの元弟子の『人間怪人』とは、性格が全然違うのでしょう?」

 

 ……そう。

 私の知るあの子と「人間怪人」ガロウとは、少なくともチャランコさんの話を聞いた限りかなり性格が違うみたい。

 チャランコさんは自分で言ったように、顔と名前が一致してる程度でガロウのことを本当によくは知らないけど、とりあえず好戦的で喧嘩っ早くて乱暴で、一応稽古は割と真面目に受けてたけどバングさんに対して敬意を持ってるようにも見えない、見かけどおりガラの悪い人だったらしい。

 私の知る「ガロウ君」は、チャランコさんが話すその人物とは真逆に近い。

 

 私の知ってるあの子は、大人しくて真面目で優しい子だった。

 格闘技どころか外で走り回る遊びより、部屋の隅で昆虫の図鑑とかを読むのが好きな子だったと思う。

 というか、私があの子に話しかけたきっかけは確か、グループの中でいまいち輪に入れなくって、独りでポツンと遊んでいたからだったりする。

 

 チャランコさんは自分の元兄弟子を、「ガキ大将とかいじめっ子の典型みたいなタイプ」と言ったけど、私の知る彼は逆に「いじめられっこの典型」で、実際にいじめられていた。

 

 どこまでも噛み合わない、二人の「ガロウ」。

 ジェノスさんの言うとおり、たまたま同じ名前と同じ年頃の他人だと思っておけばいいのはわかってる。その可能性が高いことだってちゃんとわかってるよ。

 

「でも、いじめられっ子が成長期で体が大きくなったり、一念発起で格闘技を習って強くなってから、昔の鬱憤が爆発していじめっ子に反転するってのもよくある話だよね」

 

 キングさんがゲームをしながら呟いた言葉に、ジェノスさんが「余計なことを言うな!」と言わんばかりにものすごい勢いと眼力でキングさんをにらみつけるから、キングエンジンが部屋の中で鳴り響く。

 何も知らないと確かにこの音、なんか迫力あるよね。本当はただの凄い心拍なだけらしいけど。

 

 けど実際、その可能性は十分あり得た。ジェノスさんもわかっていたんだろう。だから、キングさんの言葉であの反応だ。

 私を少しでも安心させて、心配事を取り除こうとしてわざと口には出さないで、「別人だ」と言い切ってくれたんだ。

 

 10年近くあれば外見はもちろん、性格だって真逆に変わってもおかしくない。

 いじめられっ子だったから、暴力なんか振るえないなんて理屈はない。キングさんの言うとおり、むしろ今までの鬱憤を晴らすため、もしくは昔の自分を認めたくなくて隠すために、今までとは真逆に振る舞うのは全然おかしいことじゃない。

 だから、ジェノスさんがフォローしてくれたけどやっぱり、私の知る「ガロウ君」と「人間怪人」は同一人物の可能性が決して低くはない。

 ないんだろうけど……

 

「……そういえば、そうですね。

 何か、あの子がそういう『いじめっ子』になるのが全然想像がつかなくて、その可能性に思いつきませんでした」

 

 思わず私は笑って思った通りのことを言ったら、ジェノスさんやキングさんだけではなく、チャランコさんとフブキさんも、きょとんとした顔でまた私を見る。

 ……え? 私、何か変なこと言ったかな?

 

 私が自分の言ったことを反復しておかしなところはないか確認していると、いつしかフブキさんはきょとん顔から何かを面白がる愉快犯的な笑みを浮かべていた。

 

「ずいぶんとその『ガロウ君』を信頼してるのね。もしかして、初恋の相手とか?」

「フブキ! 不謹慎なことを言うな!」

 

 フブキさんの言葉に今度は私がきょとんとして、ジェノスさんが代わりに怒ってくれた。

 うん、もしフブキさんの言うとおりガロウ君が初恋の人なら、そもそも「人間怪人」がガロウ君と同一人物かもしれないという話題なのだから、それを面白がって笑いながら尋ねるのは不謹慎だよね。ジェノスさんは優しくて真面目だから、怒ってくれただけだよね。

 頭の中に蘇った、あの日のお兄ちゃんとジェノスさんの会話を「あれは夢!!」と言い聞かせて追い払って、顔が赤くなっていないことを祈りながら私は、手を振ってフブキさんの言葉を否定する。

 

「違いますよ、フブキさん。今ぐらいの歳ならまだしも、小学生にとっては1歳でも歳の差って大きいですから、年上はともかく年下の子は失礼かもしれないけど恋愛対象にはなりませんよ」

「そういやそうね」

 

 私の言葉にフブキさんはあっさり納得して、ジェノスさんは「ですよね!」と力強く同意してくれた。

「けど、本当によく覚えてるな」と、私が「小学生の頃の友達」と話した時点で、「あ、そんなに心配する話題じゃないわ」と言わんばかりに、キングさんとのゲームを再開してたお兄ちゃんが話しかける。

 

 聞いていないようで相変わらず、さりげなくきちんと聞いてくれるお兄ちゃんが嬉しくて、けど同時にそのお兄ちゃんの優しさが胸の奥を小さく、けれど確かに痛む棘になる。

 お兄ちゃんの所為じゃない。ただ私が、思ってしまっただけ。

 

『ひぃちゃん』

 

 俯いて、何度も何かを言いかけるけど言葉にならなくて、必死で言いたいことを、自分の考えを、感情を、望みを、訴えたい何かを形にしようとしていたあの子を思い出してしまっただけ。

 

 あの子の声を、聴きたいなぁと思っただけ。

 

「俺なんて、小学校どころか高校の同級生すらほとんど覚えてねーな」

「お兄ちゃん、それはさすがに記憶力より他人に対する興味の有無の違いだと思う」

「っていうか、サイタマ。あなた、ぶっちゃけ友達いるの?」

 

 あの子を思い出して感傷的になっていた所に、お兄ちゃんが「それはどうよ?」なことを言い出して、思わず感傷が吹っ飛んで素で突っ込めば、フブキさんが同時にかなりキツイことを言い出した。

 あれ? そういえばお兄ちゃんって、家に友達を連れてきたこととかあったっけ?

 

 私がちょっと気づかなければ良かったことに気付くと同時に、お兄ちゃんが「と、とととっ友達くらいいるわ!!」と盛大にどもりながら言い張った。

 その発言に私とフブキさんは、生ぬるい目で「……そうだね」「……そう」と言うしかなかった。

 

「さ、サイタマ氏! 俺は間違いなく友達だから!!」

「先生! 先生ほどの傑物ならばついてゆけるものがいなくて当然です! 相手が弱すぎただけですので、気にすることではありません!!」

「うるせーお前ら! 気を使うな!!」

 

 キングさんとジェノスさんはお兄ちゃんに気を使ってフォローしてくれたけど、お兄ちゃんの心を癒すには至らずむしろブチ切れた。

 というか、ジェノスさんのはフォローじゃない。努力は認めるけど、割とトドメだよ。

 

 * * *

 

 ……こんな感じで、結局いつものグダグダな雑談の内に話が終わってしまった。

 

 私は気付くべきだったことに何も気付けず、せっかくのチャンスを棒に振ったことを翌日知る。

 あの時、チャランコさんがいつの間にか何も言わず、会話に加わらなかったことを不審に思えばよかった。

 彼が何を決心して、覚悟を決めたことに気付けなかった。

 

 翌日のニュースと朝刊でタンクトップマスターさんとその舎弟さん達、無免ライダーさん、そしてチャランコさんが「人間怪人」ガロウによって重傷を負ったと知って、私は今更意味のない後悔をする。

 チャランコさんの様子のおかしさに気付いていれば、彼の「流水岩砕拳の一番弟子」という誇りと覚悟に気付いていれば、チャランコさんはもちろん、マスターさんやその舎弟さん達も、無免ライダーさんも、怪我なんかしなかったのかもしれないのだから。

 

『ひぃちゃん……、怪人だって頑張ってるんだよ』

 

「人間怪人」が本当にあの子か、そうじゃないか確かめることが出来たかもしれなかったのに。

 

 

 

 

『人気者が勝って、嫌われ者が負けるなんて、悲劇だ』

 

 

 

 

 あの子との声を、言葉を、聴けたかもしれなかったのに。


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