私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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世界が終わらない日までの秘密

 あっさりと、日常が舞い戻った。

 

 ミラージュが何も残さず消えた後、それからはあまりにいつも通りの日常だった。

 私の怪我をジェノスさんが心配してくれて、今すぐに病院に行こうと私を抱きかかえてくれたところで、何故かソニックさんが「貴様のようなウスノロに任せたら、病院に着く前に骨が癒着する」とか言ってケンカ売るし、ジェノスさんはそのケンカを律儀に買っちゃうし、お兄ちゃんは二人をほっといて私だけ連れて帰ろうとするしで、ある意味ミラージュ相手よりも大変だったけど、悲しいことにこれは私の日常だ。

 

 本当にジェノスさんとソニックさんは、仲良くしろなんて無茶ぶりはしないから、嫌いならいっそ互いに無視していないものとして扱ってくれないかな。

 いくら私が何言っても、ソニックさんはもちろん、ジェノスさんもお兄ちゃんが止めても殺気出しまくりで殺す気満々だったし。

 

 幸い、お兄ちゃんが事前になんか童帝君とやり取りしてたらしいのと、ヘラがヒーロー協会の支部に連絡を入れたことで、しばらくしたら童帝君がわざわざ援軍に来てくれたのを察して、ソニックさんが面倒事を嫌って帰ってくれたから、殺し合いは起きずに済んだけど。

 そういえばソニックさん、最後になんか私に言いたげだったけど、あれはなんだったんだろう?

 

 まぁ、それは今度あった時にでも訊くとして、それにしても今回は、たくさんの人に迷惑をかけちゃった。

 お兄ちゃんやジェノスさんはもちろん、ソニックさんは完全に通りすがりの無関係だったのにがっつり助けてもらったし、童帝君も私が晒された情報を削除してくれたらしいし、そういえばフブキさんにも迷惑と心配をかけたことを謝ったけど、まだ映画のお礼を全然してなかった。

 

 ……思い返してみたら、私はほとんど何もしてなくて迷惑ばっかりかけたなと、またいつもの自己嫌悪。

 

 私の日常は、変わらない。

 

 約15年くらいの付き合いだった幼馴染が、心にあまりにも見合った怪人に成り果てて、そして彼女の本質通りの結末を迎えても、私の日常に変化なんてない。

 私のトラウマそのものだった彼女がこの世から消えても、彼女が残した傷は相変わらず残ってる。

 

 自分が好かれてる自信なんてない、迷惑をかけて申し訳ないと思うのは、嫌われるのが怖いからでしかない。

 色々と吹っ切れたつもりだけど、劇的に私も日常も変わりはしない。相変わらず私はお兄ちゃんとジェノスさんくらいとしかほとんど関わらない、引きこもりでしかない。

 

 私にとっては何よりも大きな転機と思われた出来事だけど、そんなの世界にとってはあまりに些細で微細でどうでもいいことでしかなくて、結局世界はいつも通り回ってる。

 

「エヒメさん」

 そんなことを思いながら、バスの心地よい揺れに身を任せて目を閉じていた私にジェノスさんが声をかける。

「すみません、起こしてしまって。もう少しで着きますよ」

「いえ、こちらこそ居眠りしてしまってすみません。起こしてくれてありがとうございます」

 

 実際は眠ってはいなかったんだけど、わざわざそんなことを言うのも野暮なので、私はお礼を言いつつちょうどバスが下りる予定の停留所に停車したので、病院で借りている松葉杖を持って立ち上がる。

 ジェノスさんが立ち上がる際に手を貸してくれたけど、その後は私を先に行かせて彼は他人のような距離感を開けて歩き、バスから降りる。

 

 傍から見たら知り合いというより、怪我人に気遣ってくれた優しい人という距離感は、まだファンサイトの掲示板に私の個人情報が晒されて間もないからということで、わざとそうしてくれている。

 私の方も、帽子と伊達メガネ、普段はめったに履かないショーパンレギンスという変装ってほどではないけど、とりあえずイメージを変えてみた。

 晒された写真は中一のころだし、もう掲示板やSNSからはあらかた消したと童帝君が言ってくれていたので、そこまで大げさにしなくても大丈夫でしょう。

 

 まぁ、本当は二人で出歩くなんてしなければいいんだけど……これはどうしてもジェノスさんについてきて欲しかった。

 私のどうしようもないわがままでしかなかったんだけど、ジェノスさんは私が何かを言う前に、むしろあの人が申し訳なさそうに謝りながら、「ご一緒させてください」と言われたのは記憶に新しい。

 

 私はそんなあの人の優しさに甘えて、一緒に来てもらう。

 指定されていた喫茶店は、偶然だろうけどあの日、ジェノスさんと映画を見た帰りに立ち寄った店。

 そこで私とジェノスさんは、近くだけど別々の席に座って待った。

 

 ヘラを、待った。

 

 * * *

 

 ヘラからの手紙が届いたのは、数日前。ジェノスさんのファンレターにまぎれて届いたらしく、ジェノスさんが私に渡してくれた。

 ジェノスさんが差出人の名前を見てすぐに、私に向けて出した手紙だと思ってそのまま渡してくれたけど、確かに私の住所や連絡先がわからなかったから、ジェノスさん宛てに協会経由で出したのは当たっていたけど、ほとんどが普通にジェノスさん宛ての内容で少し困ったのは余談かな?

 

 手紙にはジェノスさんに謝罪する文章が、彼女らしく長々と丁寧に書き連ねられた後に、私に会いたい、もし会ってくれるなら今日の2時ごろ、この喫茶店に来てほしいと書かれていた。

 

 手紙に一言たりとも、私に関してのことはそれ以外書かれていなかったのが、なんとも言い訳が嫌いなヘラらしい。

 まぁ、私も手紙で一方的に謝られたり語られたりするのは嫌だから、会ってほしいと言ってくれたのは嬉しい。

 ……結局、あの後は会えないでそのまま別れて帰っちゃたもんね。

 

 グラスの水を飲みながらそんなことを考えていると、ジェノスさんが少し心配そうにこちらを見ていることに気づいて、私は「大丈夫ですよ」と伝えるつもりで笑う。

 大丈夫。私は劇的になんか変わっていないけど、自分に自信がなくて人を信じきれない身勝手な臆病者だけど、少しは変わりましたから、大丈夫。

 

 もう、ヘラに会うのが怖いなんて思いません。むしろ、会いたくて会いたくて仕方ないんです。

 私はちゃんとあの日、ヘラと仲直りしたから大丈夫です。

 

 そんな思いを込めて笑うと、ジェノスさんも少し笑ってくれた。

 直後に喫茶店のドアベルが来客を告げる。

 ウェイトレスさんが「おひとり様でしょうか?」と尋ねる声に「待ち合わせをしているの。先に来てるかもしれないからちょっと中を見せて」と答える声に反応して、私がそちらを振り向く。

 振り向いて、思わず5秒くらい固まってからジェノスさんの方に視線を向けた。

 

 ジェノスさんも視線だけそちらにやっていたけど、彼女の姿を見て目を見開いてから私を見た。

 その反応からして、あれは私の見間違いや人違いじゃないはず。

 もう一度、振り返って確かめると彼女も、ヘラも私に気づき「エヒメ!」と言って笑って駆け寄ってくれた。

 

 その声と顔、笑顔は間違いなくヘラなんだけど、それ以外が数日前……いや、私が知っているヘラとは何もかもが違った。

 

 腰まであった豊かで豪奢でよく目立った銀髪は、うなじがかろうじて隠れるくらいにすっきりバッサリ切り落とされて、シンプルだけどドレスのような優雅さがあった服装は、パーカー・デニム・スニーカーとカジュアル極まりない恰好。

 相変わらず美人ではあるけど、化粧も最低限でいつも醸し出していた女王然としたカリスマが薄れて、どこからどう見てもごく普通、活発な女子大学生がそこにいる。

 

 呆然としている私を見て、「そこまで驚かなくていいじゃない。そんなに似合わない?」とヘラが苦笑しながら向かいに座る。

「え、いや、全然変じゃないけど、似合ってるし相変わらず美人だけど、今までのイメージと違い過ぎて……。え? どうしたの?」

 今更だけど、私はヘラのイメチェンについて尋ねた。

 

「格好自体に意味はないわよ。ただのやたらと遅い反抗期なだけ。こういう格好が実は好きだったとかでもなくて、ただ今までしたことのなかった恰好を試しにしてみようと思っただけよ。

 だから、そのうちまた全然違う系統の格好になるかもしれないし、最終的には元の方向性に戻るかもしれないけど、今のところは気に入ってるわ」

 ヘラはメニューを見もせずアイスコーヒーだけを注文して、答える。

 そしてもう一回、苦笑しながら話す。

 

「私、ずっと私の周りに味方なんかいないと思っていたの。だから、何があっても私の家のこととかに興味を持たないで、私だけを見て対等に扱ってくれるあなたに、ずっと甘えて依存してたわ。形が違えど、私はあいつと……ミラージュとさほど違いなんてないわね」

 そんなことないよ、という言葉は、穏やかだけど強いヘラの眼差しで止められる。

 私はただ黙って、ヘラの話を聞く。

 

 あの日から変わった、ヘラの話を、ヘラの世界の話を聞いた。

 

「だからあの日、勝手に家を飛び出た挙句に怪人に襲われたとか面倒事に巻き込まれたのは、すぐさま父親の耳に入って、もう下手したら学校を辞めさせられてどっか適当な金持ちと結婚でもさせられるかと思ったら、意外なことになーんにもなかったわ。

 ……執事やメイドたちも、私と同じことを思っていたようね。そして、私に興味のないあの人たちは自分から私についての情報を集めなんかしないから、自分たちが報告をしなければ私が面倒事を起こしたという事実はなかったことになることも、みんなわかっていたみたい」

 

 テーブルの上で頬杖をついて、笑って語る。

 それは昔、私が裁縫だったり折り紙だったり、何かを作っているときにただ見ていた仕草と笑顔。

 あまりに懐かしい光景。

 

「私、自分で思っていたより周りに恵まれていたみたい。頼れば父親の理不尽な命令を無視して、こっそり奨学金とかについて教えてくれたり、アルバイト先を紹介してくれたりする人なんていっぱいいたわ。

 ……私は、何を恐れていたのかしらね?」

 

 ヘラは両手を上げて思いっきり伸びをして、そしてそのまま天井を仰ぎ見ながら語る。

「私はただ単に、何もしない自分を正当化してただけ。子供じゃないのに子供のまま甘えていただけなんでしょうね。もう行こうと思えばどこにだって行けたのに、なんでもできたのに何もしなかっただけっていうのを、思い知らされたわ。

 ついでに、この怪人が毎日のように現れるわ、人間が怪人になるわというご時世、いつ死んでもおかしくないってことも思い知ったから、これからは後悔しないようにと思って、とりあえず今は親に内緒でアルバイトを始めて、お金を貯めてるところ。

 そのお金で、一人暮らしを始めるのが今の私の目標ね」

 

 そこまで言って、ヘラは顔を私の方に戻す。

 私の良く知る、凛とした同い年なのに威厳があってかっこいい笑顔じゃなくて、ちょっと困っているような迷っているような、でも楽しそうな笑顔だった。

 人間らしい、笑顔だった。

 

「……楽しみだね」

 その笑顔に、言葉に、目標に私はそれだけを返す。

 心配事はいくつもある。正真正銘箱入り温室育ちのヘラが、アルバイトをうまくやっていけてるのか、さすがに独り暮らしとなると親に内緒は出来ないから、そこは説得するのか、それとも家出して絶縁する気かとか、言いたいこと、訊きたいことはたくさんあった。

 

 でも、世間知らずでも決して愚かじゃないヘラなら、こんなこと私が言うまでもなくわかっていることくらい、こっちもわかってる。

 先のことをどの程度、具体的に考えているのかとかはわからない。もしかしたら、案外何も考えていないのかもしれない。

 心配だけど、口を挟むのはきっと余計なお世話なんだろう。

 

 自分の意志で、親が敷いたレールの上以外を歩くと決めた彼女の出端を折るのはただの無粋。

 だから私は、心配や不安を口にせず、彼女が歩むと決めた道を肯定する。

「引っ越し祝い、必ず渡すから招待してね」

 

 私の言葉に、ヘラは「もちろんよ」と笑って答えてくれた。

 

 注文のアイスコーヒーが届いたら、ヘラは今の格好からは似合わない丁寧な仕草で一口飲んで、話を続けた。

「……エヒメ。私、必ず一人暮らしを始めたら、あの家を出たら絶対にあなたに連絡して招待するわ。……絶対に、何年かかっても必ず。

 ……だから、エヒメ」

 

 何が言いたいかは、聞かなくてもわかる。わかってしまう。

 私たちは、それぐらいに心を通わせた。それなのに、すれ違ってしまった。

 その溝は、まだ埋められない。

 

「何年後でも、楽しみにしてるよ。ずっと待ってる」

 

 ヘラの言葉を最後まで聞かず、私は答えて紅茶を啜る。

 

 わかってた。わかってるよ、ヘラ。

 ヘラが会って話したかったのは、私に昔のことを謝りたいと誤解を解きたいとかじゃないことくらいわかってるよ。

 ヘラだって、わかっているんでしょ?

 

 私たちは友達だけど、あなたのことが大好きだけど、大好きだからこそ私たちは罪悪感を抱え込む。

 どんなに謝っても、それを本心から許してもらえても、私たちは自分自身を許せない。お互いがお互いを信じきれなかった自分を許さない。

 

 だから、私たちは言わない。

 ごめんなさいを、言わない。

 それは互いの罪悪感をさらに重くさせるだけだから。

 

 私たちは誤解が解けても、仲直りしても、昔のような関係に戻るには時間がまだ足りない。

 今のまま付き合っても、互いの罪悪感で摩耗して疲弊して、いつか破綻するのが目に見えている。

 ……ミラージュにつけられた傷は、そう簡単には癒されない。

 

 だから、私たちは離れ、別れるしかない。

 この傷が癒されるまで、溝が埋まるまで、罪悪感が薄まるまで私たちは、再会の約束を交わして、そのいつかまで私たちは会えない。

 

「――ありがとう」

 

 ヘラは私の答えに少しだけ瞳に涙を浮かべて、それでも笑って答えた。

 けど、何かを思いついたのか真面目な彼女にしては極めて珍しい表情を見せた。

 悪戯を企むような、少し意地の悪い笑みで小声になって彼女は言う。

 

「でも、エヒメの方から呼んでくれてもいいのよ。……あそこで座ってるサイボーグさんとの結婚式とか」

「!? ヘラッ!!」

 

 何言ってんの!? っていうか、何!? もしかして私の気持ち、バレバレ!?

 ヘラの言葉に思わず真っ赤になった私を、ヘラはおかしげに見て笑ってるし、私たちの様子をうかがっていたジェノスさんは、私の奇声と奇行に困惑してなんかオロオロしてるしで、もう私は顔がテーブルから上げれないくらいに恥ずかしい。

 ……とりあえずジェノスさんの様子から、別にヘラの発言は聞こえてないらしいことだけが救い。

 

 ああぁっ! っていうか、思い出しちゃった!

 今まで、夢だと思ってたのがテレポートの暴走だってことを、あの後お兄ちゃんとフブキさんから教えられて、思わず顔を赤くさせたらいいのか青くさせたらいいのかな出来事を思い出しちゃった!!

 

 ……いや、全部が本当にテレポートで体を持っていき忘れの事故とは限らないし、あれが本当に夢の可能性はある。うん、あれは夢だ、夢! 私の願望に忠実なただの夢!!

 隣の入ったことがないジェノスさんの部屋を見たら、夢か幽体離脱でテレポートしてたかがもう一発でわかるけど、とりあえず夢ってことにしておいてお願い!!

 

 そうしないと、私の心臓は爆発しそうだし、自覚した時以上に私はもうジェノスさんとどんな顔して話せばいいかがわからなくなるの!

 

 ジェノスさんが私のことが今すぐに結婚したいとか、死んでもいいけど死ねないとか言ってくれるくらい好きだなんて、私の夢だから!!

 

「……あの、エヒメさん?」

「え!? は、はいっ!? って、あれ? ヘラ!?」

 

 もう必死で自分に言い聞かせていたら、ある意味今一番声をかけてほしくなかった人から声をかけられて、飛び上がって顔を上げたら、ジェノスさんが困った顔してテーブルの傍らに立っていて、ヘラの姿はどこにもなかった。

 

「すみません、ヘラはバイトの休憩時間を抜け出していたようで、先に帰ると伝えてくれと言われまして……」

 困った顔でジェノスさんがヘラからの伝言を私に告げる。

「い、いえ。すみません、なんか目の前にいるのに私が一人勝手に取り乱して……。

 あの、ヘラは他に何か言ってませんでした?」

 とりあえず、ヘラを引き止めれなかったことを悔やむような顔をしているジェノスさんに謝り、そして訊く。

 ヘラ、余計なことをジェノスさんに言ってないよね?

 

「いえ、特に何も。俺に迷惑をかけたと言って謝られたくらいですね。俺の方も酷い誤解をしていたので、謝罪するいい機会でした。

 ……本当に、エヒメさんの親友なんですね。誤解していた自分を殺してやりたいくらいに、恥ずかしいです」

 

 ジェノスさんはヘラが出て行ったであろう扉を見つめて、答える。

 たぶん、私たちのやり取りの事を言ってるんだろう。

 

 私は事前に、ジェノスさんに伝えていた。

 私たちはどちらも謝らない。いつか必ず、また会おうと約束するだけで終わると。

 伝えておかないと、ジェノスさんは本当にそれでいいのかと、きっと見ていてやきもきすると思ったから伝えておいたけど、まさか予言のように本当にその通りのやり取りだとは思わなかったんだろう。

 

 うん、そう。

 私たちは親友で、お互いに何を言うつもりだったか、何が言いたかったとかの想像はつく。

 想像がつくし、分かり合ってるけど、それでも顔を見て言葉にして伝えておかなくちゃいけなかったから、今日は会っただけ。

 そうしないと、崩壊するという事を3年前に知ったから。

 

「誤解は私やお兄ちゃんが説明できてなかったのが悪かったので、もう気にしないでください」

 言いながら、もう店を出ようとして立ち上がるのを、ジェノスさんはまた手を差し出して手伝ってくれる。

 

 その手を取り、「ありがとうございます」と私が言うと、ジェノスさんはものすごく申し訳のない顔をした。

「……礼を言ってもらえるようなことを、俺はしていません。思い返せば、今回の出来事はほとんど俺が元凶です」

 一瞬、言ってる意味がまったく分からなかったけど、ジェノスさんは自分のファンというかストーカーに私が襲われた事、そもそもミラージュとの再会は自分が原因だったことを言っているのだと気が付く。

 

「……すみません、エヒメさん。俺の所為で迷惑という言葉で済ませられない事ばかりに巻き込んで。……今日も、俺と一緒の方がよっぽど危ないのに、関係のない俺がわがままを……」

「ジェノスさん」

 

 ジェノスさんの言葉に割り込んで、止める。

 さすがにちょっと腹が立ったから、別に迫力なんてないだろうけど下から睨み付けて私は言う。

「私は、ジェノスさんと一緒が良いです」

「え?」

 

 よっぽど予想外な言葉だったのか、ジェノスさんの黒い目がまん丸く見開かれた。

 

 言いたいことは色々あった。

 ミラージュと再会したのは、ある意味幸運と言ってよかった。そうじゃなければ、ヘラが私と同じかそれ以上にひどい破滅を迎えていたはずだから。

 あのストーカー三人に関しては、ジェノスさんだって被害者と言えるのだから、私に罪悪感を抱く必要なんてない。

 どちらの出来事も、私とヘラが和解するには必要だったのだから、変な話だけど感謝してるくらいだとか言おうと思ったけど、でも、私が選んだ言葉は自分の欲望そのものだった。

 

 でもこれは、あの日、パニくって思わず叫んだのとは違う。

 自分の意思で告げたと言葉だ。

 

「……たぶん、ジェノスさんの所為じゃないですとか、私は何も気にしてませんと言っても、気を病むのはわかってます。私も、同じようなことを考えて、今日、ヘラとあんな結末を迎えたのですから。

 でも、これだけは覚えておいてください。誤解しないでください。

 私は、どんなに傷ついても、どんな結末を迎えても、ジェノスさんと一緒にいたいです。隣を歩いて、普通に会話して、笑って、そうやって過ごしていたいです」

 

 もう、伝えなかったことで後悔するのは嫌だから、ただその一心で私は伝える。

 そして、伝えておいて後悔する。

 

 これ、どう聞いても告白!

 もういっそプロポーズの域にまで達してる!

 

 とにかく誤解されたくない、伝えておきたい一心で恋心をオブラートに包み忘れた自分の馬鹿さ加減が恥ずかしくって、そのまま私は停止してしまった。

 ジェノスさんも、かろうじて好きだとか愛してるを言っていないだけの、告白同然の言葉に固まっちゃってるし!

 

 どうしよう、どうしようとそれだけが頭の中でグルグル回っていたら、ジェノスさんが呟くように尋ねる。

「……いいんですか?」

「え?」

 

 その問いが、私のフリーズを解凍する。

 

「……俺は、貴女の隣にいてもいいんですか?」

 目を丸くして、きょとんとしてるのにどこか泣きそうで、泣き笑いに近い顔で再びジェノスさんは訊いたから、だから私は答えた。

 

「……隣が、いいんです」

 許可ではなく、私自身が望んでいると告げた。

 

 私の答えに、一瞬だけ間を置いて彼も答える。

「俺もです」

 

 微笑んで、ジェノスさんは言ってくれた。

「俺も、エヒメさんの隣がいいです」

 

 * * *

 

 結局、変装も他人の距離感で歩くのも意味はなかった。

 ジェノスさんは私の隣で、ギブスをはめた足を気遣って歩いて病院に付き添ってくれた。

 

「ジェノスさん」

 いつもの距離感、自覚する前と変わらない位置にいてくれる人に、私は語る。

 

「私、ジェノスさんに秘密があるんです」

「秘密?」

 

 唐突な告白に、ジェノスさんはきょとんとした顔で私を見下ろした。

 その少し幼げな何気ない表情にも、心臓を跳ね上がらせる私は本当に重症だと思う。

 

「はい。……今は、どうしても勇気が出なくて言えない、秘密にしておくしかない事です。

 誰よりも何よりも、あなたに伝えたいのに、あなたに知って欲しいのに、今はまだ言えない秘密です」

 

 私のトラウマそのものがいなくなっても、私は劇的に変わってはくれない。

 相変わらず私は、ネガティブで自信がない臆病者の引きこもりで、誰かに頼ってばっかり。

 自分が何よりも望んでいることが、本当かもしれないという、叶うかもしれないのに、傷つきたくない私はあれは夢だと予防線を張って、結局逃げてばっかり。

 

 ……でも、そんな私なのに、この人は私の隣が良いと言ってくれた。

 安心するように、喜ぶように、柔らかくて優しい笑顔でそう言ってくれた。

 

「けれど、……言いますから。必ず、ジェノスさんにその『秘密』を、教えますから。話しますから」

 

 ……あれが夢ではなかったとしたら、本当にジェノスさんがあんな風に私を想ってくれているのなら、ごめんなさい。

 もう少し、もう少しだけ待ってください。

 私はまだ、大好きなあなたの言葉を信じることが出来ないくらいに自信も勇気もない人間だから、あなたの事を疑いたくないから。

 

 例え夢でも、現実でも、そんなの関係なくあなたが好きだと伝えられるように、私は一歩一歩前に進んでゆきますから。

 

「だから、その日まで隣にいてください」

 

 ついさっきはもっと恥ずかしいことを言えたのに、今の私にはこれが精一杯。

 告白じゃなくて、ただのわがままにすぎない言葉。

 

 そんな唐突で、意味の分からないわがままだったのに、ジェノスさん答えてくれた。

 

「はい」

 

 隣がいいと言ってくれた時と同じ、笑顔で。

 

「楽しみにしています」

 

 私の秘密が、あなたを傷つけるものかもしれない、とても汚くて醜いものかもしれないのに、そんなこと思いつきもしていないのか、それさえも受け入れてくれるのか、そんな期待をしてしまう笑顔と言葉だった。

 

「ありがとうございます」

 

 その笑顔と言葉に、礼を伝える。

 あぁ、大丈夫だ。

 私は必ず、この人に秘密を伝えられる。

 

 未だにあれが現実だとは思えない、そんな自信は多分これからも得られないと思うけど、それでも私はそんなこと関係なく、ちゃんと言える。

 だって、どんな結末を迎えても、ただただ伝えたいという気持ちがあるから。

 

 ジェノスさんが好きだって、私は言いたいから。

 

 今はまだ、それを告げるとこの隣にいることはもうできなくなる可能性に身が竦んでしまう。

 だから今は、この隣にいる時間を噛みしめる。

 

「……ジェノスさん。一応、私その秘密を話す日は決めているんです。だから、たぶんそう待たせることはないと思います」

 隣で大好きな人と歩きながら、私はさらに告げた。

 

「そうですか。……それがいつかも、秘密ですか?」

 少しだけ、寂しげな表情をして尋ねる彼に私は答える。

 

「いいえ」

 これは、秘密なんかじゃない。

 告げる日を決めているのは、そうしないときっと私はまた逃げるから。

 そして、もう一つ。

 

「シババワの予言が外れた日と、決めているんです」

 

 きっと私が世界が終わるときに一番後悔するのは、この人に気持ちを告げなかったこと。

 だから、絶対にその後悔をしないように、私に何が出来るかなんかまったくわからないけど、出来るだけの事をするように。

 絶対に、世界が終わりなんて来ないようにするために、最後まで足掻くために、この日と決めた。

 

 世界が続いて行くと決まった日に、私はその続きをあなたと歩みたいと告げたい。

 

 私の答えに、ジェノスさんはもう一度微笑んだ。

「それは……一日でも早く訪れるようにしないといけませんね」

 

 心から楽しそうに、笑ってくれた。




「トラウマ克服編」終了です。
村田版ワンパンマン原作に追いついてしまったため、しばらく連載は休止します。
予定では、11巻が発売されたら連載を再開しようと思っています。
でも、たぶん11巻は金属バットVSガロウ戦終了まででしょうから、そこまで書いたらまたしばらく連載休止になると思いますが、ご理解お願いします。

その代わりと言っては何ですが、チラシの裏に「私のヒーローとあったかもしれないお話」というタイトルで、番外編の短編集を連載します。
その番外編リクエストを募集してますので、詳しくは活動報告の「「私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景」番外編のリクエスト募集」を読んでください。

そこに書いてあるお受けできないリクエスト以外なら、頑張って何でも書くつもりですが、感想欄にリクエストを書くのはやめてください。
その場合は問答無用でリクエストは却下します。

それでは、ここまで自己満足自給自足は小説を読んでくれた皆さま、本当にありがとうございます。
しばらくの間ですが、連載再開するまで番外編をお茶うけにしてお待ちいただけたらありがたいです。

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