私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ジェノス視点です。


One Punch Girl

 思った以上に人形は先生の強さを再現できておらず、全員が安堵する。

 元々、先生相手では半分も再現は出来んだろうと思っていたが、予想通り再現できる強さには上限があるのか、強敵には変わりないが俺が万全なら倒せるのではないか? と思える程度だ。

 

 人形を生み出した本人は先生の強さに全く気付いておらず、劣化や粗悪品という言葉でもやさしいレベルの再現しかしていないにも拘らず、その強さが予想外だったのかポカンとした顔で、先生の人形が一撃で作り上げたクレーターを眺めている。

 人形どもは、何もしないで棒立ちしている。

 

 おそらくこいつらの最優先命令は、「エヒメさんを殺す」ことで、その獲物であるエヒメさんと一緒にいたヘラはすでにセンサーの反応から消えている。

 完全に俺や奴らが感知できる範囲外まで脱出したせいで、最優先命令が実行できず、新しい命令を待っているのだろう。

 主本人より頭がいいように見えたが、やはり別に自我があるわけではなく、応用や融通の利かないロボットのようなものらしいな。

 

「先生、エヒメさんとヘラの反応が消えました。テレポートで避難してくれたようです」

 とりあえず先生にそのことを伝えると、少しだけ安堵したように先生の表情が緩む。

「そうか。じゃあ、チャッチャと片付けるぞ。早くしねーと、あのアホ妹は友達を安全な所に置いてきたら、絶対に戻ってきやがるからな」

 先生の言葉に俺は苦笑して何も答えなかったが、心の中で同意していた。

 

「片付けるのは良いが、どうするつもりだ? とりあえず、あのさらに輝かしくなった貴様自身の人形は貴様が自己責任を取れ」

 先ほどから黙っていたソニックが、傲岸不遜な態度で口を挟む。

「うるせーな、わかってるよ! っていうかさらに輝かしいってなんだ!? 頭か!? 頭のことか!?」

 先生、侮辱されて腹が立つ気持ちはわかりますが、そこはどうでもいいです。

 

 ……だが実際、どうすべきなんだ?

 ただでさえ人形もあの壁も厄介極まりないのに、あの寄生虫はエヒメさんの姿を映し取っている。

 人形はある程度のダメージを与えたら、液体に戻って蒸発することはわかっているので、なるべく避けたいが最悪は死なない程度に手加減しながら、自分の人形相手に戦えばいい。

 壁も、俺の焼却砲をゼロ距離フルパワーは反射や拡散しきれないということも先ほど学んだ。

 

 だから残された問題は、エヒメさんの姿になった奴をどうするかだ。

 あれでは、彼女本人を人質にとられているも同然で、こちらは手出しができない。

 人形や壁をすべて消費し尽くして、奴から戦う術を奪っても問題だ。

 

 あの女の性格からして、血液代わりのあの液体が消費したからといって、自傷して補充はしないと断言できる。

 戦う術さえ奪えば生け捕りそのものは容易いが、問題はどうやればあの変身が解けるか、だ。

 ただエヒメさんの顔になっただけで、人形と同じ性質を、ダメージ反映という能力を持っている根拠はないが、その低い可能性に期待するには分が悪い。

 

 もしも自分が変身した相手に人形と同じ、受けたダメージを反映させる能力を持っていたら、倒すのはもちろん、その変身を解かないままヒーロー協会に引き渡せば、奴にどのような処分を下されてもそれはエヒメさんと連動する。

 

 奴の厄介極まりない能力を考慮すれば、即座に始末すべき存在であるが、同時にあの最強の盾になり得る液体は兵器開発者にとっては喉から手が出るほど欲するものだ。ただ生け捕って軟禁はありえない。

 無関係どころか被害者であるエヒメさんが、奴と同じだけ苦しむことを、「尊い犠牲」と言って強いるのが目に見えた。

 

 絶対に、協会に奴を引き渡すわけにはいかない。

 だが、見逃すわけにもいかない。

 見逃してもこいつはその温情に気づかず、間違いなくエヒメさんに逆恨みを募らせる。

 仮にエヒメさんが執着の対象から外れても、こいつは絶対に他者を不幸にしないと生きてゆけない存在であり、見逃していいわけがない。

 

 ……どこまでも他人を利用して、宿主の陰に隠れていい気になっている、忌まわしい寄生虫だ。

 

 もう何度目かわからない、奴に対しての苛立ちで舌を打つ。

 先生も不愉快そうに顔を歪めて、「けど、マジでどうすっかなー」と悩んでいる。

 ソニックは自分で話題にあげながら、特に案も出さずに黙って見ていた。

 その視線は先生の銀人形に向けられているようで、微妙に外れていた。

 

 その視線の先をたどってみると、先生の背後の人形たち、ミラージュを取り囲んで守る俺とソニックの人形を見ていることに気づくと同時に、俺は自分の人形の変化にようやく気が付いた。

 

「……あ、あははっ! しょっぼい変な奴が来たって思ったら、意外とやるじゃない! ほら、何してるの!? 早く、早くあいつを、エヒメをぶっ殺してよ!!」

 

 自分が生み出したものの予想以上の威力に呆然としていたミラージュが、ようやく心に整理をつけたのか、嬉しそうに、楽しそうに、虫の翅や足をもいで遊ぶ子供のような、残忍な笑みで顔を歪ませた。

 ただでさえ不快な種類の笑みが、あの人と同じ造形の顔に浮かんでいることが、不愉快極まりない。

 

 エヒメさんはもうとっくにテレポートで離脱していることに気づかず、わかっていても追いかけて見つけて殺せと言っているのかもしれないが、ミラージュはエヒメさんに未だ執着している。

 もちろん人形は、自分の察知能力外、もしくは行動範囲外から出て行った対象を追いかけるといった人情や融通は利かせてくれない。

 

「貴様は何がしたいんだ? 自殺なら一人で勝手にやれ」

 ミラージュの命令に反応せず、棒立ちのままの人形たちの代わりに反応したのは、ソニックだった。

 ミラージュは一瞬、ソニックの言葉の意味がわからなかったのか、ポカンとした顔になる。この表情はエヒメさんそのものなのが、またやけに腹が立つ。

 

 が、「意味わかんないのよ! 何で私が死ななくちゃいけない訳!?」と、エヒメさんならどんなに怒っても決してしない、見下しや嘲りを含む歪んだ憤怒の表情で叫ぶ。

 その言葉や激情をソニックは鼻で笑って、言葉を続けた。

 

 俺と先生は黙っている。

 この場合、俺や先生よりもこの厭味ったらしい男が適任だろう。

 奴の大きな矛盾を指摘するのは。

 その指摘が、ミラージュの変身を解く理由には十分だろう。

 

 ……俺も、ソニックも、おそらく先生も、そう思っていた。

 この時は。

 

「貴様は本当に、自分の能力を把握してないな。いや、わかったうえで目を逸らして、矛盾した願望が叶うと信じて疑わないのか? どちらにせよ、奇跡の馬鹿であることは変わらんか」

「だから、意味わかんないって言ってんでしょ!? 何なのアンタ! 殺すわよ!?」

 

 ヒステリックに喚くミラージュに、、ソニックは薄ら笑いを浮かべて言った。

「立てないんだろ? エヒメの顔になった時からずっと。左足が痛いんだろう?」

 

 何かを喚こうとした口が止まる。

 屈辱にエヒメさんの顔を醜く歪ませて、三つの目で奴はソニックを睨み付ける。

 肯定の証には、その反応だけで十分だった。

 

「貴様の能力は、『コピー』や『反射』ではなく、『鏡』そのものなんだろう?」

 指をさし、指摘する。距離が遠いので、どちらに指をさしているのかはわからない。

 エヒメさんの顔になってから、まったく動かず、立ち上がることもなく座り込み続けたミラージュか。

 先ほど、ヘラの人形にしがみつかれたことで俺が人形に左腕を奪われたのと同じように、左腕を欠損している俺の人形を指さしたのかは、わからない。

 まぁ、どちらでも同じことだ。

 

 ソニックの言う通り、奴の能力の本質はコピーでも反射でもなく、「鏡」そのものだろう。

 だから、人形までも俺と同じく左腕が欠損した姿になっている。

 細部が再現されない雑な作りの人形だったので、俺が片腕を欠損するまで気付かなかったが、この人形は一方的にダメージをモデルに反映させるのではなく、モデル本人のダメージも人形に反映される。相手の現状をそのまま映し取っているだけで、常に万全の状態をコピーなどは出来ないんだ。

 

 そしてそれは、人形だけはなく他人の姿を映した奴も同じ。

 

「貴様の命令は、自殺志願同然だということにも気づいていないのか?

 立つことも出来ない足の痛みにすら気付かないのだから、まぁ無理もないか。貴様の脳みそは他人の猿真似、それもモデル本人の足元にも及ばない劣化に劣化を重ねた出来損ないしか作れない汚液に変わり果てて、溶け出たのだからな!」

「うるさい!!」

 

 ソニックのネチネチといたぶる言葉にヒステリーを起こし、耳を両手で押さえてミラージュは叫ぶ。

「うるさい! これは私の顔よ! 私のよ! あいつが偽物で私の方が私こそが私が私が私が私が私が本物なのよ!!

 死ね! 偽物は皆、全部、私のものを奪う偽物はみんな死んで!!」

 

 ソニックの顔から、薄ら笑いが消えて引きつった顔になる。

 完全に、ミラージュの発言に引いていた。

 

「……火に油を注いだだけだったな」

 先生がボソリと呟いた。

 ソニックに対して事態がややこしくなった恨み言を言いたくなったが、「じゃあお前はあの反応を予想できたか!?」と言われたら反論は出来ないので、俺は黙っておく。

 

 予想できるか。足の痛みで立つことも出来ないのに、そのことを指摘されてもエヒメさんの姿に執着して変身を解かないまま、彼女をなお殺そうと叫ぶ狂気なんか、誰が想像できる!?

 もはや愚かだの頭が悪いという言葉では説明できない。

 

 何故、この女は自分以外を愛していないくせに、自分のしようとしている事が無理心中同然だという事を、ここまで頑なに否定する?

 何故ここまで「元の自分」を否定するのかが、俺にはわからなかった。

 

 * * *

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」

 ミラージュが呪詛を喚き散らすと同時に、先生の人形がミラージュの元まで舞い戻った。

 

 そして、足元に溜まる水銀を吸い上げる。

 ミラージュの傍らに突っ立ていた俺やソニックの人形も全て、溶け崩れて液体に戻り、その液体がまた吹き上がって蠢き、新たな形を作る。

 50体近くはいた俺とソニックの人形を全て溶かし、壁の分まで使い果たしても、先生の人形は5体ほどしか作れなかった。

 

 が、先ほどの1体で深海王クラスの強さだ。

 ミラージュ本人がそう思ったのか、人形が判断したのかはわからないが、確かに俺やソニックの劣化人形複数よりも、戦力としては十分だろう。

 壁も、エヒメさんの姿をしているのならどうせ、その変身が解けない限りこちらは攻撃できないから必要ない。

 

 あぁ、本当にあの女は人を不快にさせる天才だ。

 こちらの方が泣き叫びたいくらいに、なす術がない。

 

「今すぐあいつらを殺しなさい、ハゲ!!」

「誰がハゲだっ!!」

 

 ミラージュの命令で先生の人形がこちらに向かってくると同時に、先生が今怒るべきところはそこじゃないことを叫んで、同じように突っ込んでいった。

 

「先生!?」

 俺が呼びかけても、先生は止まらなない。

 ソニックは先生が走り出した一瞬あとに飛び上がり、手裏剣を構えた。

 先生の人形にぶつけるつもりだったのか、このどさくさに紛れて、人形やミラージュに先生が殺されるくらいなら、その前に自分で殺すつもりだったのかは知らないが、どちらにせよそれは先生に危害を加える行為だ。

 

 だから俺は残された右腕をソニックに向かって構えて、砲門を解放した。

 味方になることは元々望んでいないから別に構わんが、先生の邪魔をするくらいならここで始末しておいた方がいいだろう。

 ソニックも俺の行動に気づき、器用に空中で体勢を変えて標的を先生から俺に変更して、手裏剣を投げつけようとしてきた。

 

 が、俺の焼却砲もソニックの手裏剣も、撃ち出されることはなかった。

 ボシュっと破裂するような音が聞こえたと同時に、何かがキラキラと舞い上がり、降り注ぎ、白い煙を上げて蒸発してゆく。

 それは、水銀のような鏡の雫だった。

 

「「殴った!?」」

 

 ソニックと本日何度目かわからない唱和をしてしまったが、この時ばかりは不快感より驚愕が上回った。

 先生の方に視線を戻せば、人形が5体から一気に2体に減っている。

 そしてその2体も、まさかの3体瞬殺が予想外だったのか、ミラージュの傍らに跳び戻った。

 

「せ、先生!? 大丈夫ですか!? 爆発四散してませんか!?」

「落ち着け、ジェノス! 爆発四散してるんだとしたら、今お前が話してる五体満足の俺は何なんだ!?」

「……むしろ何故、五体満足なんだ? 腕力やスピードだけじゃなくて、防御も化け物か貴様は」

 

 ダメージ反映することを伝えていたので、さすがにいつものような一撃瞬殺はしないし出来ないと思っていたら、まさかのいつも通りすぎる展開に俺は混乱して、見ればわかることを訊いてしまった。

 先生は俺に落ち着くように言ったが、落ち着いたら落ち着いたらで、ソニックの言葉が否定できない。

 

 ……先生、一気に3体が爆発四散する一撃を与えたのに、何故貴方は無傷なんですか?

 

「な……な、何で!? なんで自分の人形に攻撃できんのよ!? 何で、生きてるのよあんたは!? 何なのよ!?

 ば、化け物! こっち来ないでよ化け物!!」

 相変わらず、お前が言うなの見本のようなことをミラージュは喚き散らし、その侮辱の言葉を許す気は毛頭ないが、パニックを起こす気持ちだけは理解した。

 

 自分の人形が他人を傷つけるくらいなら、自分が傷つく覚悟で始末するというのは実に先生らしいとは思うが、まさかのいつも通りの攻撃をするとは思えず、仮に手加減はしていたけれど人形が脆すぎたにしても、何故あなたは無傷なんですか、先生?

 

 困惑しながら俺はそのことを先生に尋ねる。

 まぁ、ご自分のありえない強さを筋トレで得たと信じて疑わない人だから、実は答えに期待してなかった。

 が、先生は不思議そうな顔をして、逆に聞き返した。

 

「? お前ら、気づいてなかったのか? あれ、自分の人形を自分で攻撃したら、ダメージ反射は無効だって」

『は?』

 

 またしても同時に、しかも今度はミラージュまで声を上げた。

 その反応に先生は、さらに不思議そうな顔になって首を傾げる。

 

「……あれ? もしかしてお前ら、自分の人形とは一切戦わないで、相手の人形とだけ戦ってたのか?

 うわっ! だとしたら俺、あぶねぇ!! 完全に自分の人形に自分の攻撃は無効だと信じ込んで攻撃したわ!」

 今更になって、自分のやったこと、人形に与えたダメージがそのまま自分に返ってきた可能性に、先生は顔を青くしているが、こちらの衝撃は先生の比ではない。

 

「あ、あの、先生!? 何がどうして、そのような考えに至ったのですか?」

 俺が何とかその衝撃をねじ伏せて尋ねると、先生はエヒメさんによく似ている、きょとんとした顔で即答した。

 

「だってお前ら、どう見ても自分で自分を攻撃したみたいな傷がねーじゃん。ジェノスはなんか焼け焦げとか溶けた跡があるけど、ソニックは火傷だけで切り傷まったくねーじゃん。

 前の騒動から考えたら、ジェノスには悪いけどお前がソニック本人に当てたより、ソニック人形に当てたって考えた方が自然だろ?」

 

 先生の指摘で、思わず俺とソニックは同時に相手の方を向き、互いの傷や損傷を確かめた。

 ……あぁ。先生の言うとおりだ。

 俺はヘラが特攻してきた時に、あの壁を破壊するためにゼロ距離焼却砲を放った所為で、自分の攻撃の余波を受けてわかりにくいが、ソニックを見れば一目瞭然だ。

 

 奴の傷は、おそらく俺が初めに人形を蹴り飛ばした時に脇腹に負った打撲と、火傷のみだ。

 奴の武器である手裏剣や苦無の投擲による切り傷や刺し傷は一切ない。

 

 俺もソニックも初めの一体で、「この人形は受けたダメージをそのままモデルに反映させる」と学習してしまい、その後は自分の人形ばかりが攻め込んできたので、防戦に集中してしまって気づかなかった。

 

 2度やらかした俺とソニックの自爆。ミラージュの壁による反射での無差別攻撃で、俺やソニック本人は拡散して四方八方に飛び交った熱線や投擲武器をよけることができたが、人形はほとんどあれで壊れて、そのダメージがこちらに反映した。

 

 ……さすがにこちらは避けることで精いっぱいだったので、人形がどの攻撃にあたって壊れたかなど見ていないが、確実に俺の人形はソニックの武器、ソニックの人形が俺の焼却砲の熱線だけを喰らったというのは、ありえないだろう。

 どちらも平等に喰らい、壊れたと考えた方が自然だ。

 

 そもそも思い返してみたら、防戦に集中していたとはいえ、多少は自分の人形を殴るなり蹴るなりしていた記憶はある。

 それに関してのダメージはあったか?

 痛覚のない体が災いして気づかなかった。俺の攻撃は、俺自身に何の影響も与えていなかった。

 

「……ははっ! あぁ、そうだな。サイタマ、貴様の言うとおりだ。そのウスノロサイボーグの攻撃も避けられない出来そこないの人形が、俺の攻撃を避けられるわけがない。それなら、俺の攻撃は俺には反映しないと考えた方が、確かに自然だ」

 ソニックが頭痛を堪えるように片手で自分の頭を押さえて、哄笑を上げる。

 獲物を甚振る凄絶な猫のような笑みを、無邪気であるからこそ何よりも残酷で邪悪な笑みを浮かべて、奴は再びミラージュに言った。

 

 先生の説明を理解できていないのか、信じられないのか、唇を噛みしめて憎悪に滾った歪んだ顔でこちらを睨み続ける奴に、奴自身が知らなかったこの能力の「本質」を告げる。

 

「貴様の能力は、『鏡』だ。鏡像を傷つければ、実像が傷つく。まぁ、当然だな。鏡は実像そのものを映すだけなのだから、鏡像が傷ついているのなら、実像も同じ箇所に傷を負っていなければならない。

 ……だが、実像が自分を映している『鏡』を割った場合は、どうだ? 鏡が割れて鏡像は傷だらけだが、実像は無傷であることに何の矛盾も起きん。

 鏡に映っている本人以外が、鏡像を、鏡を傷つけることは不可能だからこそ、他者に与えられた傷はその矛盾を修正するために、傷が実像に反映されるが、鏡に映っている本人が鏡を壊すことに、鏡像のみが壊れることに矛盾などない。ただただごく当たり前の出来事として、処理される。

 

 ……貴様は、初めから能力の正体を明かしていたんだな。

蜃気楼(ミラージュ)』! 実像がいないと何の意味もなく、実像と比べれば何の価値もない、実に貴様にふさわしい、猿真似以下の能力だな!!」

 

「うるさい!!」

 ソニックの精神的に甚振ることを目的とした懇切丁寧な説明も、奴は頭を振って耳を塞いでなかったことにしようとする。

 血走った目でこちらを睨み付け、嗤う。

 

 エヒメさんの顔でありながら、もはやその仮面は半分以上剥がれ落ちているようなものだった。

 奴の顔に浮かんだ笑みは、エヒメさんの顔になる前の、本性を現す前の媚びた卑屈な笑みだった。

 

「それが、なんなのよ!? それが、どうしたっていうのよ!? それで!? 結局あんたたちは、私を殺せるの!? この顔を、壊せるの!?」

 自分の顔であることに執着していたのが、一転変わってエヒメさんの顔であることを認めて、自分自身を、写し取った他人を人質にする。どこまでも見苦しく、そのくせこだわりも誇りも何もない女だ。

 

 ……あぁ、そうか。

 ようやく、この女がなんなのかを理解できた気がする。

 

 ……こいつは、何もないのか。

 

「バカか、お前は」

 ぼんやりと俺がそんなことを考えていると、先生が心の底から呆れた様子で言い切った。

「人形がそうなら、お前だって普通に考えたらそうだろうが。俺らには確かに手は出せねーけど、お前の実像……エヒメならお前をぶん殴れるんだ」

 

 エヒメさんと同じ造形でありながら、絶対にありえない卑屈な目に、怯えが宿る。

「……ば、バカは、あんたじゃない! あいつ、逃げたじゃない! あんたたちを見捨てて、一人勝手に逃げた卑怯者で、ここにいないじゃない!」

 

 その怯えからも目をそらして、奴はまたエヒメさんに見当はずれな侮辱をする。一緒に逃げたはずのヘラの存在を抹消しているのは、混乱して素で忘れているのか、とことん自分の都合のいいように改竄するの脳みその所為なのかは、わからない。

 

 ただ、ここまで見当違いだと怒りさえも浮かんでこない。

 もはや、憐みを覚えるまでとなってきた。

 先生も同じなのか、ただ一度深いため息をついてから俺とソニックに言う。

 

「おい。俺が残り二つを自己責任でぶっ潰すから、お前らはあいつを守ってくれ。

 多分そろそろ、『来る』ぞ」

 

 先生の言葉の意味が、分からなかったのはミラージュだけだろう。

 俺とソニックが同時に走り出し、自分に向かってきたのはエヒメさんを見捨てて、自分に攻撃するためとでも思ったのか、「ひいぃっ!!」と悲鳴を座り込んだまま後ろに後ずさった。

 

 先生の人形が、ミラージュを守るために俺たちに向かってくるが、俺たちよりも後に動いたのに、先生は軽々俺たちを追い越して、人形にそれぞれ一撃を入れて四散させる。

 先生のアシスト、そして本当は先生一人でも十分だったはずなのに、俺に花を持たせようとしてくれたことに深く感謝しながら、俺は駆ける。

 

 守らなければならない。

 この何もかもを焼き尽くし、傷つける為だけだった手に他の意味をその人は与えてくれた。だから、その意味を実行せねばならなかった。

 

 ミラージュは、気づいていない。

 俺とソニックが駆けた時には、自分の背後に陽炎のような揺らぎが発生していたことに。

 先生の人形が瞬殺されて、呆然としているミラージュは気づかない。

 自分の背後に、同じ顔をしていながら全くの別物が立っていることに。

 

「ミラージュッ!!」

「え?」

 

 呼ばれても、何が起こっているのかは気づかなかっただろう。

 ただ、ポカンとした顔で反射的に振り返った。

 

 その顔に、自分と同じ造形の顔に何の躊躇もなくエヒメさんは、思いっきりビンタを一発叩きこむ。

 

 相変わらず、バングが絶賛するのも納得な素晴らしい一撃だった。




ミラージュ攻略法は「鏡像遣い」をよく読んでもらえたら、ソニックが自分の人形をとっさにぶん殴ってるのにダメージ描写がなかったりとか、一応ヒントは入れましたが、やはりわかりにくかったみたいですね。
すみません、もうちょっとわかりやすく書きたかったんですが、これが限界でした。

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