私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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いってきます

 造形が一番シンプルなのに、その人形が1体、形作られるのに比例して数体のジェノスさん人形とソニックさん人形が溶けた。

 他の人形数体分の液体を使って密度を上げて、1体の人形が生まれる。

 

 シンプルなヒーロースーツにマント、手袋。そして一番シンプルでありながら特徴的な頭を再現してそこに佇む銀人形に、モデルであり状況がわかっていないお兄ちゃん以外、全員の顔が引きつった。

 

 そして全く悪くはない、むしろ助けに来てくれたんだから感謝しなくちゃいけないんだけど、ちょっと今はどうやっても感謝できないお兄ちゃんは、いきなり散々な対応をされたことにキレた。

「何なんだ、お前ら! 別に助けに来てやったとか言って恩着せる気はねーけど、来んなはないだろ! 来んなは!! そもそも、あれは何なんだ!? つーか、あれがミラージュだよな!? エヒメの顔してるけど!

 もうとにかく簡潔に説明しろ!!」

 

「ミラージュが怪人化した」

「能力はオートで反応してミラージュを防衛し、攻撃を反射させる壁と、劣化とはいえ相手の能力コピーした人形を複数体生み出すことです」

「しかもその人形は、くらったダメージをモデル本人に反映させる」

「そして、お兄さんのコピー人形が今あちらに」

「ごめん! 俺が悪かった!」

 

 リクエスト通り、4人で簡潔に説明してみたら「来んな!!」発言に納得して、謝ってくれた。

 そして、お兄ちゃんはミラージュの前に佇む自分の人形を見て呟く。

「……どうすんだ、あれ?」

 こっちが聞きたい。

 

「……な、何? 誰? な、なんでもいいから早くあいつらをやっちゃって!!

 あいつを、エヒメを今すぐに殺して!!」

 ミラージュはお兄ちゃんが乱入してきたことに混乱しつつも、とりあえず敵認定をしたらしく、人形たちに命令した。

 そして、真っ先にその命令通り動いたのはお兄ちゃんの人形。

 

「エヒメさん!」

 片腕を失っても、ジェノスさんは私を気にかけて叫ぶ。

 お兄ちゃんも一瞬だけ振り返って、私を見た。

 何も言わなくても、その目で何が言いたいかはわかる。

 

「……っ! ごめんなさい!」

 私は取り残す3人に謝罪の言葉だけを残して、ヘラにしがみついて跳んだ。

 逃げる悔しさと無力感、助けに来てくれたお兄ちゃん、守ってくれたジェノスさんやソニックさんを置いて行く罪悪感で心はぐちゃぐちゃだけど、ヘラだけは守らなくっちゃと思いがあったから、学校の屋上という今の精神状態では上出来の位置と距離を取れた。

 

 けど、お兄ちゃんのコピーなら劣化しててもこの距離じゃ危ない。普通の学校よりはるかに校門前から校舎への距離があっても、それは焼け石に水同然。

 だからもう一回飛ぼうとした、瞬間。

「きゃあぁっ!!」

「!?」

 

 どごおぉぉんっ!! とものすごい音がして、一瞬学校が揺れた。

 振り返って見て見ると校門が完全に崩壊し、お兄ちゃんが投げつけたヘラの車は消滅して、先ほどまで私たちがいた場所は直径10メートル近いクレーターになっている。

 

「なっ…………」

 ヘラはその惨状に、絶句する。

 そして私はその横で、胸を撫で下ろした。

 

「良かった。思った以上に再現できてない」

「ちょっと待って、エヒメ! 貴女のお兄さんどれだけ強いの!?」

 言われて当然のことを突っ込まれた。

 ごめん、ヘラ。私にも、人形が足元にも及んでない事しかわかんない。

 

 見下ろしてよく見てみると、クレーターの端にお兄ちゃんとジェノスさん、見えにくいけどソニックさんも確認できた。

 私のテレポートが間に合うぐらいの速さであの威力なら、あの3人なら逃げきれると信頼できたけど、その姿に心からホッとする。

 

「……とりあえず、あの人形はお兄ちゃんの強さを半分どころか0.01%も引き出せていないみたいだから、今すぐ地球が終わるってことはなさそう。もしくは、主のミラージュが近くにいるから手加減してるのかな?

 どっちにしろ、思ったよりはだいぶマシな状況みたい」

「……あぁ、うん。それは僥倖だけど、あれで0.01%もないって、あなたのお兄さんは何者なの? 失礼だけど、人類にカテゴライズしていいの?」

 たぶんダメ。

 

 さすがにそんな正直な返答してもヘラが困るだけだし、私も何か微妙な気持ちになるから答えず、私はまたヘラにしがみつく。

「ヘラ、このままもっと離れるよ。お兄ちゃんの人形がさらに作られたらここでも危険だから」

 私の言葉にヘラは悔やむように、申し訳なさそうに顔を歪めて、頷いた。

 

 私も、心の中で謝りながら目を閉じて集中する。

 集中なんかできない、心は乱れきってるけど、ヘラだけは巻き込めない。安全な場所に連れて行かなくちゃいけないとさっきのように言い聞かせて、私は跳んだ。

 もう足の痛みなんか、ほとんど忘れてた。

 

 私の心を乱すのは、飛ぶのに余計な重さになってるのは、戦えない弱い自分に対する憤り。

 

 だからこそ、少しでも遠く、壊滅して人がほとんどいないこの地区から、B市から出なくちゃ。ヘラを安全な場所に、誰かに守ってもらわなくっちゃいけない。

 

 私は、またここに戻ってこなくちゃいけない。

 

 * * *

 

 幸い、B市から出る必要はなかった。B市の外れは被害が少なくて、既に復興していたからそこまでのテレポートですんだ。

 私は、人工的な明かりが見えたことにホッとして、ヘラに言う。

 

「良かった。ヘラ、ここまで来たら大丈夫だよ。

 それと……ごめん。後は、お願い。ヒーロー協会に応援を……能力的に呼ばれた方が、さらにややこしくなるか。でも情報が変に錯綜しても危ないから、協会に事情だけでも……」

「戻る気?」

 

 ヘラはしがみついていた私の腕を掴んで、言った。

 眉間にしわを寄せ、唇を真一文字に結んで睨み付ける。

 よく怒ってると誤解されるけど、これはヘラが泣きそうなのを、泣きたくて仕方がないのを必死で我慢している顔だって知ってる。

 

「……行かせないわよ。バカなの、あなたは? あなたが戻って、何になるっていうのよ! ただでさえあいつはあなたの姿を写し取った事で、あなたを人質にしているも同然なのに、本人が舞い戻ってどうすんのよ!!

 あなたが戻って、どうするの!? どうなるの!? あなたに、何が出来るって言うのよ!!」

 

 ついさっきまでとは逆に、ヘラが私にしがみついて叫ぶ。

 周囲の人たちがボロボロのコートとジャージのヘラと、パジャマ姿で片足が大怪我の私をギョッとした目で見て遠巻きで見てるけど、ヘラはもう周りなんか見ていない。

 ただただ、私があそこに、学園に、皆が戦っている場所に戻らないように、しがみついて叫ぶ。

 

「あの人たちが何のために私たちを……あなたを逃がしたのかもわからないバカなの!? 違うでしょ!?

 ……お願いだから、もう大人しくしてて。お願いだからもう、……傷つかないでよぉ……」

 

 我慢してた涙が一粒こぼれると、涙腺が決壊して後から後からとめどなく溢れ出て、滂沱の涙になってしまった。

 それでもヘラはしゃくりあげながら、ずっと訴え続ける。

 私に「行かないで」「危ない事はもうしないで」と。

 

 それは、ヘラだけじゃなくてお兄ちゃんやジェノスさんも、私に望んでいることは知っている。もしかしたら、ソニックさんだって少しくらいは思ってくれているかもしれない。

 

 何より、私がお兄ちゃんに願い続けて、今もなお望んでいる事。

 だから、ヘラの気持ちが痛いほどわかる。

 わかったと言って抱きしめ返せば、ヘラは安心する。ヘラだけじゃなくてお兄ちゃんたちも安心してくれる。

 それが一番正しい、私のすべきことなんだっていうのはわかってる。

 

 ……ごめんね。ヘラ。そしてジェノスさんにソニックさん。

 あなた達の望みを、私は叶えてあげられない。

 

 お兄ちゃんには、謝らない。

 だって私は、どうしようもなくお兄ちゃんの妹だもん。

 

「……ヘラ。私は、もう逃げたくないの。あの日みたいに何も言えないまま、何もしないまま逃げ出すのはもう嫌なの」

 すすり泣くヘラの頭を撫でながら、答える。あなたが一番、望まない答えを。

 

「私はミラージュに会っても、彼女に何が言いたかったのかはもうわからない。そもそも、あいつは何を言っても無駄だし、あいつの為にできることなんか何もないのは、3年前に思い知った。

 だから……私があの場に舞い戻ったって、何が出来るのかなんかわからない。きっと何の役にも立たないのは、わかってる。

 ……でもね、ヘラ。私はどうしても、戻らなくちゃいけない。戻って、もう一回ミラージュに会って、そしてやらなくちゃいけないことがあるの」

 

 もう縋る言葉すら言えず、嗚咽だけを漏らしながら、それでも私にしがみついて離れないヘラに伝える。

 

「私はね、あいつの横っ面に一発、思いっきり殴らなくっちゃいけないの」

 

 私の宣言に、ヘラは盛大にむせた。

 そんなに予想外かな?

 別に今更、ミラージュを救おうとか人間に戻そうとなんか思っていない。彼女は怪人である方が正しいと思うし、そしてミラージュは救われない。

 

 誰がどうしようが、望み通りこの世の何もかもを手に入れても、彼女は永遠に救われない。

 だから今更、そこをどうこうしようとは思わない。後味は悪いけど、彼女は自分からそういう結末に直進していったのだから。

 

 だから、あいつの事はもう考えない。

 私は私らしく、身勝手に自己満足のわがままを貫く。

 例え、あいつの横っ面にビンタを入れたら、そのダメージが全部私の元に反映されるだけだとしても、それでも私はあいつを殴らなくっちゃいけない。

 

 積年の恨みと怒りと、ほんのわずかに残った情や後悔をその拳に乗せて、渾身の力で引っ叩いてやらないと、私は前に勧めない。

 あいつに奪われた、前に進む足を取り戻せない。

 

「……だから、ごめんなさい」

「……謝んないでよ」

 

 咳き込んでむせていたヘラの背中を撫でながら伝えると、呼吸が落ち着いたヘラは不機嫌そうに言った。

「あなたは悪くないわよ。あいつを100回殴ったってお釣りが出るくらいの権利があるんだから。むしろ、あれをまだ助けなくっちゃとか言いだしてたら、私がぶん殴ってたわよ」

 

 不機嫌そうに、決まり悪そうにヘラは早口で言う。

 これも怒ってるとよく誤解されるけど、違うことを私は知っている。

 

「……わかったわよ。それは確かに、どんなに危なくてもやらなくちゃいけない事よ」

 

 私の腕を掴んでいた手の力が緩む。ヘラが、顔を上げる。

 ぐしゃぐしゃの泣き顔で、化粧なんかもう完全に落ちてるし、髪もボサボサであの学園にいた頃では考えられないヘラの姿。

 

「行ってらっしゃい。さっさと、私の分まで殴って、そんで帰って来なさい」

 

 決まり悪そうに、こちらが口を挟む余地なく早口で語るのは、照れ隠しだということを私は知っている。

 あの学園で……あの牢獄では決して見れなかった、何よりも誰よりも綺麗な笑顔でヘラは私を見送ってくれた。

 

「うん。ヘラ、行ってきます」





明日時話投稿できるように頑張ります。
月曜になったらごめんなさい。

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