私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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悪い想像は悪い現実を呼ぶ

 自分と似てる顔というものは、実際に見ても本人はピンとこないものだけど、さすがに自分と同じ顔はわかる。

 例え、髪が水銀状の何かに変質してようが、額に鏡そのもののような目が、ぎょろりと覗いていようが。

 

 ぺたんといわゆる女の子座りの体勢のまま、私と同じ顔をしたその怪人は、ミラージュは頬を上気させながら唇を吊り上げて歪めた。

 こちらを見下す笑みで、言った。

「私だってあんたなんか大嫌いよ」、と。

 

 その言葉はもう今更どうでも良かったので、率直に思ったことがやっぱり反射で口から出た。

「気持ち悪っ!」

「エヒメ、気持ちはわかるけど自分の顔!!」

 そしたら横のヘラから突っ込まれ、ソニックさんから「自分で言うなよ」と呆れられ、ジェノスさんからは、「エヒメさんはあんな表情しません! いつもお綺麗です!!」と謎のフォローをいただいた。

 

「え? あ、ありがとうございます?」

「礼を言ってる場合か! またパニくってるのかお前は!?」

 思わずジェノスさんのフォローにも反射でお礼を返したら、ソニックさんに頭をどつかれた。それをジェノスさんが、「ソニック、貴様!」とか怒るけど、怒らないでジェノスさん。今のは間違いなく私が悪いから。

 

 私が叩かれた頭を押さえながらとりあえずジェノスさんを止めていたら、ソニックさんはジェノスさんに睨み付けられるのも怒鳴られたのも無視して、一度舌を打って私とヘラに指示を出す。

「いいから、お前ら二人はさっさと逃げろ。貴様ら、あれがああなった原因は自分達だと責任を感じるのは勝手だが、はっきり言ってここに残られた方が邪魔だ」

 

 ソニックさんの指示にジェノスさんもやや不満そうながら、同意して私とヘラに補足説明してくれた。

「……癪ですが、そいつの言う通りです。二人は避難してください。

 ……奴の能力は、最悪です。あの液体の壁だけでも厄介ですが、奴が生み出した人形はダメージをそのままモデル本人に反映させます」

 

 そこまで言われて、ヘラは顔色を変えてミラージュを見た。

 ミラージュはうっとりとした顔で、地面に溜まった液体に自分のというか私の顔を映して眺めている。

 ……私じゃないのに私がナルシストみたいでひたすら恥ずかしくて微妙な気分だからやめて欲しいけど、……能力的にそんなこと言ってる場合じゃないよね。

 

「……あれ、下手にミラージュに攻撃したら、私に反映されるってことですよね?」

 人形じゃなくてミラージュ本人だし、私みたいになりたいという願望で変化しただけなら、ただ単に顔が変わっただけの可能性も十分ある。

 ……でも逆に、私がミラージュと同等のダメージを負うだけじゃなくて、ダメージがそのまま私に反射されてミラージュは無傷という可能性もある。というか、あいつの性格からしてそっちの方が高い。

 

「……エヒメ。私の背中に捕まりなさい。攻撃されそうな時だけ、テレポートをお願い」

 ヘラがミラージュを視線で射殺せそうな目で睨み付けながら、そう提案した。

 

「は? え、おんぶするってこと?」

 いきなりの提案で私は困惑する。確かに足の痛みでテレポートが安定しないけど、短い距離なら何とかできそうだから断るつもりが、「文句言わない! ジム通いしてんだから、あなたぐらい背負って逃げれるわよ!」で私の提案は却下された。

 

「……エヒメさん、ヘラの言う通りにしてください。痛みで集中できないのなら最悪、位置指定を失敗して奴の攻撃範囲内に出現してしまうかもしれません。痛みのせいでいつもより限界が早いかもしれません。

 とにかく、テレポートはなるべく使わず逃げてください」

 

 ジェノスさんにもヘラの言う通りにしろと言われて、申し訳ないけど私はヘラの背中に捕まった。

 ジェノスさんの言う通り、いつもの精度でテレポート出来る自信はなく、痛みだけじゃなくてここに来るまで、そして幽体離脱状態でも校舎内を逃げ回ってたヘラに使ったりしてたから、実はキャパに余裕はあんまりない。

 

 キャパオーバーになったら私は役立たず以外の何でもないから、ここは大人しくいう事をきいて、少なくともヘラだけは守ることに集中する。

「……ごめんなさい、ヘラ。ジェノスさん。ソニックさん」

 私の謝罪に答えた声を謝った3人の内の誰でもなく、ミラージュだった。

 

「あら、結局逃げるのね。けど今度は逃がさない。もう二度と私の邪魔をさせない。絶対にもう、私の邪魔させない!!」

 うっとりとした顔のまま前半は歌うように語っていたのが、急に目を吊り上げて歯をむき出しにして睨み付け、宣言する。うっとりした顔もやめてほしかったけど、その般若顔もやめてくれないかな!

 

 割と私としては切実だけど、そんな要求を叫ぶ暇はない。

 ミラージュの周りにたまった液体が噴水のように盛り上がったかと思ったら、粘土のようにうねうねと形を変えて、人の形になってゆく。

 細部は相変わらず再現されてない大雑把な造形だけど、モデルが誰であるかくらいははっきりとわかる銀の人形が出来上がる。

 

「逃げてください!」

「邪魔だ! さっさと行け!!」

 ジェノスさんとソニックさんが同時に指示を出して、ヘラは私を背負って走る。

 

 運動神経が良くて、体力もある方だったし本人がジム通いしてると言ったのも本当だろうけど、別にそれはスタイル維持の為で人ひとりを背負って逃げる為じゃないから、ヘラの走る速度は歩くよりはマシ程度。

 何度も「大丈夫?」「やっぱり、私は自分で何とかするよ」と言いたかったけど、私が何かを言いかけるとヘラが凄い目で睨み付けてきたので、言えなかった。

 怒ってるんじゃなくて泣きそうな目で、頼ってよと言いたげな目で見られたら何も言えない。

 

 だから、私はヘラの背中で一言だけ告げる。

「……ヘラ。ありがとう」

 

 ゼイゼイと荒い息を吐きながら、それでも決して足は止めずに動かしながら、ヘラは呟いた。

「……あなたって人は、本当に……」

 最後までは言ってくれなかった。

 まぁ、大体何を言おうとしたかはわかってるから別に良いんだけどね。

 

 * * *

 

「殺して! 図々しく私の顔でいるあれを! もう誰のものにもならないようにズタズタにして!」

 ミラージュの命令に従って、10体近くのジェノスさんとソニックさんを模した人形が私たちの方に迫ってきた。

 

「図々しいのは、貴様の方だろう!」

「俺を再現しきれないノロマが、ここから先に行けると思うか?」

 

 それを、本物のジェノスさんとソニックさんが食い止める。

 共闘というほど協力はせず、互いに互いを無視してるだけだけど、奇跡的にケンカせずに人形と戦ってくれている。たぶん自分たちに向かってきた人形が、自分の人形だからだろうけど。

 ……二人とも、相手の人形だったら喜々として壊しにかかるんだろうなぁというのが容易く想像ついた。二人とも本当に、仲良くはしなくていいから大人げをもっと持ってほしい。

 

 ただ、人形の能力を既に二人は体験してるから戦うつもりはさらさらないらしく、どちらもヘラと私が逃げる時間を稼いでくれているだけで、防戦に徹している。

 私達さえいなければ、防戦にしてももっとマシなはずだと思い、歯噛みする。

 ヘラも悔しそうに歯をギリリと噛みしめて鳴らしたので、私はヘラに謝りつつ提案する。

 

「ごめん、ヘラ。やっぱりテレポートを使うよ。悔しいけど、何もできないのは辛いけど、私たちがここにいるのは本当に邪魔でしかない」

 誰かと一緒に跳ぶ場合、その相手と行きたい場所が一致していなければ上手く飛べないのは、ついさっきまで背後霊のようにヘラについて回っていた時に学んだから、ヘラにテレポートすることを同意してもらうために話す。

 

「……意地を張ってる場合じゃ……なさそうね……」

 ヘラは悔しそうだけど了承してくれたので、私は足の痛みを無視して集中する。

 が、私たちがテレポートで逃げようとしているのを察したのか、人形が思ったよりも効果的な作戦に出た。

 

 ……もう一度言うけど「人形が」、だ。ミラージュじゃなくて、たぶん確実に人形側が考えてやらかした。

 自我とか知能があるとは思えないけど、ロボット的な思考ルーチンでもミラージュよりは賢かったらしい。

 

「ひっ! な、何するの!?」

「げっ!」

「くそっ!」

 

 背後で同時に、ミラージュの悲鳴と文句、ソニックさんの驚愕まじりのきまり悪そうな声、ジェノスさんの悪態が聞こえた。

 思わず振り返って見たら、ミラージュが座り込んでた位置に銀の壁、それに反射してジェノスさんの焼却砲らしき熱線と、ソニックさんの手裏剣やら苦無やらが四方八方に飛び交ってきた。

 

「何事!?」

 一気に長距離を跳ぼうと思ったけど、どこに反射した攻撃が向かってくるかわからないこの状況でそんな集中が出来るはずなく、私はとにかくヘラに当たらないようにとっさに跳んでジェノスさんとソニックさんの近くに戻してしまった。

 たぶん本能的に、この二人が安全地帯だと認識したんだろう。せっかく走ってくれたのに、ごめんねヘラ。

 

 ヘラの努力を台無しにしちゃったけど、ヘラの怒りは私じゃなくてジェノスさんとソニックさんに向かう。

「何でまたあの壁に攻撃してんですか!? 反射するの知ってるでしょう!」

 

 ヘラの怒りと素で疑問に思ったであろうことをぶつけれたら、二人は明後日の方向に目をやって、答えた。

「……ソニックの人形がそこにいたので、つい」

「ポンコツの木偶人形がそこにいたからだ」

 

「「隙あらば相手を殺そうとしない!!」」

 とりあえず、ヘラと一緒に二人を叱っておいた。

 どうも自分の人形の猛攻が少し治まったと思ったら、ミラージュのすぐそばかつジェノスさんが攻撃しやすい方向にソニックさん人形が、ソニックさんの攻撃しやすい所にジェノスさん人形が立っていたらしい。

 守るにしてはあまりに隙だらけの棒立ちで普通に罠だと思ってよかったのに、相手は人形と正直言ってバカだと認識してるミラージュだったからか、それともそんな可能性に思い至らないくらいにお互いを殺したかったのか、思わず攻撃を仕掛けた瞬間に人形は溶けて液体に戻り、そして壁を作り出して反射という見事な自滅をやらかしたらしい。

 

 もう本当に何してんの、二人とも!

 ただでさえ人形の特性上、別に二人に直接攻撃しなくてもそれこそジェノスさん人形とソニックさん人形が同士討ちを始めたらもうはやなす術なくなるのに!

 現に今も、本体二人は反射された攻撃を避けきる、防ぐが出来てるけど人形がほぼ全滅して、ジェノスさんの体は切り傷だらけだし、ソニックさんは火傷だらけだし!

 

 私とヘラが半泣きで二人の馬鹿さ加減を叱りつけたら、ジェノスさんは平謝りしてくれたけど、ソニックさんは拗ねたような顔でそっぽむき続けた。

 本当にあなたは大人げないな!

 

「……ふふふ、そうよ。今更気づいた? あんたたちを殺すなんて簡単なのよ! 同士討ちさせればいいだけ! ほら、早く殺し合いなさい!!」

『あ』

 

 私とヘラの叱責で、ミラージュが今まで考えつかなかった一番効率のいい戦い方を知ってしまった。

 って言うか、自分は初めからそのやり方を思いついていたけど、やってなかっただけよというふうに記憶を即座に改竄するのは、相変わらずすごいなとしたくない尊敬をついしてしまう。

 お前、ついさっきの悲鳴と文句は何なんだ?

 

 そんな若干コントみたいなやり取りになってしまったけど、洒落にならないことを命令されて全員が顔色を変える。

 それを額の目すら楽しそうに歪ませてミラージュは見てたけど、しばらくしたら困惑と不満に歪んだ。

 そしてこちらも、困惑する。

 

 人形はヘラの命令に従わず、ただ棒立ちをしているだけだった。

「な、何してんのよ! 私の命令を何できかないのよ!!」

 ヘラが座り込んだまま、ヒステリックに怒鳴りつけるとジェノスさん人形とソニックさん人形がそれぞれ一体ずつ動き出したけど、どちらも動きがやけに緩慢だった。

 主の命令に従うのが面倒くさいと言ってるような、やけに人間臭い動作にさらにこちらが困惑してつい全員で観察してしまう。

 

 ジェノスさん人形は本体よりはるかに雑な造形の砲門を開いて、ソニックさん人形は自分の体の水銀を武器に変えてお互いを攻撃する。

 ちなみに、ジェノスさん人形の場合、砲門から出て来るのは熱線でも炎でもなく、やはり体を構成している水銀そのものだった。ただ、ウォーターカッター並の勢いで出るので、本物より延焼の危険性がないだけまだマシだけど十分脅威な代物だった。

 

 けど、それは互いには意味がないらしい。

 ソニックさん人形のの苦無や手裏剣も、ジェノスさん人形のウォーターカッターも、どちらも元は自分たちを構成する液体の所為か、互いの体に当たった瞬間それはドプリと飲み込まれて、人形は無傷のまま平然と立っている。

 

『…………………………』

 気まずい沈黙が、しばらく続いた。

 

 あぁ、そりゃジェノスさんとソニックさんの仲が険悪通り過ぎていることを見越して、自分たちとミラージュを囮にして自滅に追い込むくらいの思考ルーチンがあるのなら、同士討ちくらい思いつくよね。

 それをしないってことは、無意味だとわかっていたからしなかったんだね、人形は。

 

 ……自分の能力くらい、把握してろよ!!

 と、全員が心の中でミラージュに突っ込んだのは言うまでもない。口に出さなかったのは、あまりのそのマヌケっぷりに全員が脱力しきっていたからだろう。

 もうなんていうか本当に、バカは罪の典型例だな!

 

 まぁでもこちらとしては、想定していた中で最悪の戦法が不可能だということが判明したのは僥倖。

 

「ヘラ、すまないがもう一度エヒメさんを背負って、エヒメさんが安心して集中できる所まで離れてくれ。今度こそ、時間を稼ぐ。エヒメさんは奴らの射程範囲外まで出たら、出来るだけ遠距離にテレポートしてください」

 ジェノスさんはヘラと私にそう言って頼み込む。さすがにもうなるべくテレポートするなというのは誰にとっても不利でしかないので、失敗が起こりにくい安全地帯に入るまでなるべくするなに指示は変化していた。

 

 元々こちらもそのつもりだったのでヘラと一緒に頷き、再び私はヘラの背中に捕まって、ヘラは私を背負って立ち上がる。

 そのタイミングで、ようやく自分の命令が無意味極まりないショックから立ち直ったというか、逆ギレをミラージュはかます。

 

「ふざけんな! どしていつもいつも、こんなに頑張ってるのに私は上手くいかないの!?

 あぁ、もう死ね! 皆死ね! どいつもこいつも消えて無くなれ!!」

 水銀の髪と化した頭を掻きむしり、ヒステリックにミラージュが喚き散らすと、彼女の周りの液体からさらに人形が次々と生み出される。

 酷い例えだけど、虫の卵から幼虫がウジャウジャと孵化するような光景で気持ち悪い。って言うか、あの厄介な壁を作る分の水銀を残さなくていいのかな? としなくていいはずの心配をしてしまうほどに、続々とミラージュは人形を生み出し続けた。

 

「数で押す気か」

 ソニックさんが舌打ちしながら吐き捨て、ヘラが「だ、大丈夫なの?」と思わず尋ねる。

 最強を自負するソニックさんにとってその問いは侮辱以外の何物でもなかったけど、さすがにバカにしたのではなく純粋に不安から言い出したヘラにキレる程、傍若無人ではなかった。

 

「問題ないからさっさと行け! あんな俺を再現しきれていない、劣化コピーなどいくら集まってもただの烏合の衆だ!」

 怒鳴りつけられ、ヘラはソニックさんを睨み付けるけどケンカしてる場合じゃないので、とりあえず私が「ごめんね、ヘラ。ソニックさんは素直に『心配するな』って言えない人なの」と代わりに謝っておいたら、今度は私がソニックさんにすごい目で睨まれた。

 だって本当の事じゃない。

 

「エヒメさん、心配せずに先に行ってください。

 懸念してましたが、先ほどからの戦闘でどうも奴らの性能がモデル本人より劣化してるのは演技ではなく事実のようです。1対1ならともかく、数で押すのなら相手に倒されてモデルを道連れという戦法を使わなくてもいいので手加減する理由にはなりませんから、人形はモデルの5,6割程度の性能は事実でしょう。その程度ならば、そこまで脅威ではありません」

 

 ジェノスさんが私たちを安堵させるために、さらに補足を加える。

 が、人形の数からしてモデルの半分くらいの強さだと言われても決して安心できるものじゃないことは、私もヘラもわかってる。

 二人の「大丈夫」も「心配するな」も、ヘラが足を止めないように、私のテレポートが失敗しない為の嘘であることくらい、わかってる。

 

 わかってるからこそ、私たちはその優しい嘘を無駄には出来ない。

「……無茶はしないでくださいね」

 私がそれだけを伝えると、ヘラは走り出した。

 同時に、人形たちが私とヘラを追い求めて駆け出し、それをジェノスさんとソニックさんは相変わらず協力はしないけど、完全に食い止めた。

 

 幸か不幸か、人形は先ほどと同じく自分たちのモデル相手に向かって行くので、隙あらば相手を殺そうと思ってる二人いだけど、こちらが同士討ちになることはなさそう。

 自分の人形だから防戦以外できないけど、相手の人形が向かってきたら確実に喜々として殺しにかかってまたしても自滅は目に見えていたからホッとして……次の瞬間、疑問が沸き上がった。

 

 待って。どうしてあの人形は、モデル本人に向かっているの!?

 二人が険悪であることを理解して、自分たちを囮にしてさっきの自滅に追い込んだくらいだから、あの人形には痛覚とか明確な自我は多分ない。

 だからと言ってミラージュの分身でもないのは、能力者本人が人形の同士討ちは無意味だということも知らない、囮にされたことに文句を言った時点で明らか。あれはある程度の人工知能が組み込まれたロボットみたいなものだと思う。

 

 痛覚や死に対する恐怖がないのなら、ただ合理性だけで戦うのなら決して仲間じゃない、むしろ人形やミラージュごと殺したいと思っていることを隠しもしてない二人相手なら、本人の人形じゃなくて相手の人形をぶつける方が良いに決まってる。

 どうして、それをしないのか。

 

 その疑問こそが、ミラージュの反則的な能力の何かに繋がるのではないか。

 そう思って、私は振り返る。

 

 そして見た。

 二人がとっさに、自分たちの人形以外のシルエットが見たから、少しでも人形の数を減らしたい一心か、やっぱり隙あらば相手を殺したかっただけかはわからない。

 ただ、攻撃する直前にそれが、ジェノスさんの人形でもソニックさんの人形でもないことに気付いて、動きを止めてしまう。

 

 彼らの前に現れでて、彼らにしがみついて動きを止めた人形は、ヘラの姿をしていた。

 ソニックさんの方はしがみつかれたヘラを振り払って、自分に襲い掛かる自分の人形から逃げれたけど、ジェノスさんはヘラにしがみつかれたまま、自分の人形のウォーターカッターで左腕を切断された。

 

 それとほぼ同時に、ヘラが転んだ。ソニックさんが人形にした、振り払って突き飛ばしたのは別に怪我するほどではなかったけど、私を背負って走っているヘラに反映されたら、走ってはいられないものだった。

 

「きゃあっ!」

 悲鳴を上げて倒れるヘラが、私の足を離してしまったのは無理もない。むしろとっくの昔にプルプル震えていたから限界だった。

 同時に、私もヘラの背中にしがみついたままだと倒れたヘラを下敷きにしてしまうと思って、とっさに手を離してしまい、私は投げ出される形でヘラと同じく地面に倒れた。

 最悪の判断をしてしまった。

 

「何してんだ、馬鹿が!!」

「エヒメさん! 逃げてください!」

 

 ソニックさんが怒鳴りつけ、ジェノスさんが片腕をなくした状態で叫んだ。

 

 一体、ソニックさんの人形がヘラの人形を使われたことで二人の防衛ラインを越えて私たちに迫って来ていた。

 水銀で作り出した刀を携え、本人よりは遅いけど常人が反応できる訳ないスピードで。

 ソニックさんとジェノスさんは、他の人形がこちらに来るのを防ぐのに精一杯で、私がテレポートで逃げるしか方法はないのに、私はヘラから手を離してしまった。

 

「ヘラっ!!」

 私は叫んで這いずって手を伸ばし、ヘラもヒューヒューと苦し気な息をしながら立ち上がろうとしたけど、間に合わないのは明確だった。

 ……私たちしかいなかったら、ね。 

 

 * * *

 

「エヒメエエェェェェっっ!!」

 私の名前を叫ぶ声と同時に、私とヘラの目の前にミラージュが仕掛けた爆弾の爆発から放置しっぱなしで忘れてた車が飛んできた。

 幸い、私やヘラやもちろん、ソニックさん人形にも車本体がぶつかることはなく、壁の役割を果たしてくれた。

 

「な、何なの!? 誰!? 何してるの! 早く私を守りなさい!!」

 相変わらず座ったままのミラージュが、いきなり車が吹っ飛んできたことにパニックを起こし、こちらにとっては幸運な事に、人形を全て自分の元に戻して自分を取り囲んで守るように命じる。

 

 そして、車を素手でぶん投げた張本人は、凝った肩をほぐすようにグルグル回しながら、言った。

「……よう。3年ぶりだな、ミラージュ」

 

 私が何もかも失っても、決して失えなかった、いつだって私を守ってくれる、私を救ってくれる、誰よりも何よりも頼りになる、私にとって原点であり、理想であり、本物である最高のヒーローがやって来てくれた。

 

 ……くれたん……だけど……

 

 

 

 

『来んなぁぁぁぁーーーーっっ!!』

「え!? 何で!?」

 

 

 

 

 

 私や危うく車の下敷きダメージ反映するところで顔色最悪のソニックさんはもちろん、お兄ちゃんをよく知らないヘラどころか、まさかのジェノスさんも敬語をかなぐり捨てて叫び、見事に唱和した。

 

 お兄ちゃん! 誰よりも何よりも私は頼りにしてるし強いと信じてるけど、だからこそ人形の再現率が5割程度でもこの能力を聞いた瞬間、私、「お兄ちゃんがいなくて良かった!」って思ったよ!

 

 口に出したら何かフラグになっちゃいそうだったから言わなかったのに、どうして起こって欲しくないことに限って現実になるのかな!?

 

 お兄ちゃんは何も悪くないけど、まさかの全員から「来んな」と叫ばれて、ショックを受けつつ茫然としていたら、ミラージュが「だ、誰よ!?」と叫びながら、自分を取り囲む人形の隙間からお兄ちゃんを見た。

 額の、鏡のような瞳を持つ目玉がお兄ちゃんを映し出す。

 

 ゴポリと、泡が弾けるような音がして、また新たに人形が生み出される。

 モデル本人がそもそもシンプルな所為か、その人形が一番本人に似ていた。

 

「……あれは、製造者責任ってことで」

「……異議なし」

「お、お兄さん、頑張ってください!」

「先生……、申し訳ありませんがお願いします」

「だから、何なんだよ!?」

 

 お兄ちゃんの人形を前にして、とりあえず全員で押し付けておいた。




……どうしても、ジェノスも敬語をかなぐり捨てた「来んなぁぁぁぁーーーーっっ!!」×4が書きたかった。
っていうか、実は一番この長編で書きたいシーンがここだった。(笑)

しばらく更新は、1日おきくらいになると思います。次回は金曜日予定だけど下手したら土曜日になるかもしれません。

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