私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ソニック視点です。


鏡像遣い

 サイボークが放った火がガソリンに引火して、地獄めいた業火となる。

 その焔の中から、呪詛をまき散らして幽鬼のように奴は現れた。

 

「皆、死ね! もういらない! お前らなんか、私の邪魔ばっかして私をいじめる奴らなんて、皆、全部、消えて無くなれ!!」

 

 額に刺さった手裏剣を抜き取って投げ捨てて、血の代わりに水銀のような液体を明らかに体の容量以上に垂れ流しながら、ミラージュと呼ばれていた、怪人に成り果てた女は醜悪に顔を歪めてこちらを睨み付ける。

 外見こそはまだほぼ普通の人間と言っていいだろうが、垂れ流される液体以上にその言動と、光と呼ぶにはあまりに汚いギラギラとした目の輝きが、完全に人間の域など飛び越えている。

 

「ちっ!」

 予想以上に厄介な事態と相手であることに、思わず舌を打つ。

 まだ武器は残っているが、あのポンコツとの戦闘で半数近くを消耗してしまったのが痛い。

 完全に殺すつもりで投げつけた手裏剣が効いていない事、サイボーグが手加減や遠慮なしで放ったであろう炎すら「痛い」で済ませている事からして、こいつの装甲はかなり硬い。

 何よりあの溢れ出続ける液体が正体不明で、接近戦は少なくとも液体の正体がわかるまで避けるべきだ。

 

「おい、ポンコツ。勝手に壊れるのも死ぬのも構わんが、邪魔だけはするな」

「それはこちらのセリフだ!」

 

 手裏剣を取り出して、俺はサイボーグにそれだけ要求する。気に入らんが、今だけはお前の言う通り休戦してやる。

 だが、トドメは譲らん。

 

 これを、俺の手で始末する。

 俺の獲物に、俺のものに余計なちょっかいを出した貴様は、もっとも卑劣で不愉快な手段であの光を消そうとしたこの害虫だけは、俺の手で排除しなければ気がすまん。

 

「貴様も、邪魔をするな」

 俺は横目で、未だ座り込む女を見て言った。

 別にこの女に言った訳じゃない。

 見えはしない、そもそもあの電話でサイタマが女と語っていた仮説は半信半疑だった。

 だが、あの爆発間際のテレポートで確信した。

 

 俺が「テレポートがあるだろ」と指摘してすぐに、体すら邪魔だと判断して置いていったあのバカが、この女を守っていることを。

 あの「6月」という名を見て、あの怪人がこのヘラという女のフリをしていたことに気付いた時の怒りようと怪人化してる事からして、別に殺すこと自体にあのお人好しでありながらシビアなエゴイストであるあいつなら、文句を言いはしないだろう。

 ただ、俺に元とはいえ人だった存在を殺すことを嫌がる可能性は十分あったので、まだそこにいるのかどうかもわからんが釘だけは刺しておく。

 

「……ヘラ。お前は逃げろ。おそらく守りながら戦える相手ではない」

 サイボーグが背後の女に顔を向けず、命じる。

 

 女は一瞬何かを言いかけるが、結局何も言わずに立ち上がり、背を向けずに後ろ向きにジリジリと後退していく。

 ここにいても自分は役に立たないどころかお荷物であることをよく理解し、背を向けて逃げればそれこそ狙い撃ちされる可能性もわかっている。

 良い判断をする女だと素直に感心していたら、この女とは逆にどこも評価できる部分はない愚かな怪人は、その後退を耳障りな声で嗤う。

 

「逃げるの!? いつもいつもあーんなにえらそーにしてるくせに、結局あんたは一人じゃ何にもできない、親の七光り脛かじりの臆病な卑怯者なのね!」

「なっ!」

 

 これ以上ない「お前が言うな」というセリフが癇に障り女は声を上げるが、サイボーグの「無視しろ!」と言う叱責で黙る。

 黙りはしたが、女は足を動かさない。

 よほどあの発言がプライドを傷つけたのか、怒りに滾った目を見開き、唇を噛みしめて怪人となった寄生虫を睨み付ける。

 

 額から未だに水銀らしきものを垂れ流す怪人は、ニヤニヤ笑いながら無駄に回る舌で、さらに自分を棚に上げた発言を続けた。

「何を今更になっていい子ぶってんのよ? バッカじゃないの? ルビナスやベラドンナにチヤホヤされていい気になって、二人から嫌われて陰で死ねばいいのにとか言われてるのも知らないくせに、今更になってまだエヒメの親友アピールって、痛々しいんですけどー」

 

 他人に興味のない俺でも、殺意が湧くほどに見当はずれで言いがかりに過ぎない罵倒に、思わずまた手裏剣を投げつけそうになったのを何とか堪える。

 あの寄生虫は、精神こそは裏社会で生まれ育った俺でも見たことがないほどに腐りきっているが、元はと言えば殺しや戦いに縁などない、ただの人間の小娘だ。

 

 今も、俺やポンコツとはいえS級らしいこのサイボーグを敵に回していることに危機感もなく、隙だらけで殺そうと思えば既に10回は殺せているが、俺もサイボーグもあいつの言い分に殺気を募らせるだけで、動かず様子をうかがうことしか出来ていない。

 

 あの額から垂れ流れる正体不明の液体が、厄介すぎる。ただの血の代わりならいいのだが、先ほどから沸騰したかのように泡立つだけではなく奴の左右に二か所、噴水のように液体が盛り上がって、そしてアメーバ状の生き物のように不気味に蠕動しているのが、俺らの行動に迷いを生じさせている。

 

 あの液体に何かが起きる前に、奴が何かをやらかす前に奴を殺すべきなのはわかっているが、既に液体は奴の周囲数メートルに及んでいる。あれが何なのかわからず、あの液体に飛び込むのは自殺同然だ。

 業腹だが、俺はサイボーグがあの液体にやられて液体の効果が判明することを期待しながら、ただいつでも動けるように構えることしか今は出来なかった。

 

 こちらが本体ではなく液体を警戒していることに奴は気付きもせず、むしろもはや目的を忘れて、怒りに耐えて黙っているヘラという女を図星を突かれて何も言えないと勘違いしたのか、醜悪な顔をさらに醜く歪ませて嗤い、さらに嘲る。

 

「ホント、何、今更になって自分が被害者ですって顔してんの? あんただってエヒメに生徒会の仕事を押し付けてたくせに、濡れ衣着せないではこっちのセリフよ。いい子ぶりっこの口うるさい偽善者!

 エヒメが飛び降りたのだって、あんたの所為じゃない! 親友アピールしたいのなら、あの時、私じゃなくてあいつを信じてあげたらよかったんじゃない? あの、『ごめんなさい』しか言えなくなった、根暗な役立たずを!!」

「ミラージュッ!!」

 

 さすがに他人事であっても不快指数が限界に達し、あの液体が何であっても構わず手裏剣や苦無を投擲しかかった時、俺よりも先にサイボーグが叫び、もう一度掌の砲門から炎をぶっ放す。

 先ほどのとっさの一撃とは違って、動力でもチャージしていたのか、炎の色が赤から青に変化して真っ直ぐ奴に向って行く。

 

「ひぃ!?」

 やはり戦いなど何も知らない愚かな元小娘は、自分の馬鹿な発言が炎となって還元したことに気付きもせず、今更になって怯えて子供のように両手で頭を抱えて座りこむ。

 その反応からして、あれは本人の意思ではなく完全な自動発動型なのだろう。まったくもって、面倒極まりない。

 

 水銀のような液体が波打ったかと思えば、それは巨大な壁となってあの怪人の周囲から湧き上がり、取り囲む。

 そして銀色の壁は鏡のように俺たちを写し、サイボーグが放った炎を写し、その水面に炎が触れるとそれは周囲一帯、四方八方に弾き返した。

 

「「なっ!?」」

 奴の意思か自動で壁になるくらいの効果は予想できていたが、この反射は想像しておらず、腹立つことにサイボーグと同じタイミングで声を上げてしまった。

 俺はもちろん、サイボーグも絶句しているエヒメが守っていた女を抱きかかえて、降り注ぐ火の粉を避ける。

 分散した分、炎の温度は落ちて威力がだいぶ下がっていたのが不幸中の幸いだったが、そう言って慰める気はもちろんない。

 

「おい! 邪魔だけはするなと言っただろうが、役立たず!」

「うるさい黙れ! そもそも貴様が、あの液体が溢れ出る原因だろうが!!」

 

 とりあえず木偶人形に文句をつけながら、試しに一つ手裏剣を投げつけてみると、それも液体に沈むでも刺さるでもなく、つるりと滑るようにして反射して、明後日の方向に飛んで行った。

 あぁ、くそっ! あのクソ女! とことん、自分は傷つきたくない、自分が背負うべき痛みを誰かに責任転嫁したいらしいな!

 

 拡散して跳ね返っていた炎があらかた消えて、ポンコツは抱えていた女を下ろしてその背を押す。

「今のうちに、逃げろ! とにかく、ここから離れろ!!」

 顔色を青くさせて、唇を強く噛みしめて、女は長い銀髪をなびかせてその場から走り去って行った。

 顔色の悪さと何かに耐えるように噛んだ唇は、騙されていたとはいえ友人関係だった相手が化け物に変貌した恐怖か、それとも別の何かかは俺には興味なかった。

 

 そんなことよりも、防御力が半端ないあの液体をどうするかだ。

 俺が手裏剣を刺したことであの液体が溢れ出たが、まさかあの液体だけで構成されるほど体が作り変わっているとは思えない。

 おそらくどこかに、核となる部分があるはずだ。

 

 あの液体が壁を作るより早くあの怪人の間合いに飛び込む自信はあったが、その「核」の位置がまったくわかっていない、そもそも「核」があるのかさえも可能性の話で定かではないのが痛い。

 だが、サイボーグの方も同じことを考えているのか、カチッと音がすると同時に以前のように胸部が光る。

 俺には劣るが、こいつもそこそこにスピードを出せる。せいぜい、囮に使うか。

 

 そう思いながら、噴水のように湧き上がっていた液体の壁が徐々に低くなってゆき、またただの水たまりになるまで待った。

 

「……ふふふっ。あははははははははははは!!

 やっと、やっと私は救われるのね! この理不尽で奪われてばっかりだった世界から、やっと私は本当の私になれるのね!!」

 

 壁の向こうで喚きたてる、妄想で頭が沸いてる発言にイラつきながら待っていた。

 液体の水位が下がって、ようやく液体の流出が止まった女は額に縦一文字の傷跡を残して、ニヤニヤ嗤っていた。

 嗤いながら、奴は俺らに宣言する。

 

「もう、あんたたちはいらない。死んじゃえ、『偽物』」

 

 言うと同時に、二つの銀が弾丸のように飛び出してきた。

 一つは俺に向って人の腕ぐらいの大きさのもの。

 もう一つはサイボーグに向って人ひとりほどの大きさのものが飛び出し、俺たちは別に示し合わせたわけではないが同時に飛びのく。

 これだけでも無性に不快だというのに、またしても同じタイミングで、「なっ!?」と驚愕の声を上げてしまった事が不快で仕方がない。

 

 そしてそれ以上に、飛んできたものがどちらも気に入らない。

 俺に飛ばしてきた人の腕ほどの大きさのものは、比喩ではなくまさしく人の腕。

 それを縄のような銀の紐で、怪人の傍らに奴を守るように佇む「それ」は回収する。

 

 サイボーグを仕留め損なった、愚鈍な「それ」も同じくすぐさま奴の傍らにバックステップで戻り、やはり守るようにして刀を構える。

 

「もういらない。私には、私を、私だけを守ってくれる本物がいるんだから。だから、あんたたちなんて、『偽物』なんかいらない。消えちゃえ」

 

 頬に両手を当て、うっとりとした恍惚の気持ち悪い笑みを浮かべて奴は語るが、今は奴の言葉や表情よりもその傍らに寄り添う、「それ」らが不快で仕方がない。

 

 銀の光沢を持ち、細部は再現されていないがシルエットだけでわかる。

 あの液体で作られたであろう、俺とサイボーグを模した人形が奴を守るように、庇うように寄り添っていたのがこの上なく不快だった。

 

 さほど多くないが、人間から変質した怪人なら今までにも見てきた。

 怪人化した理由や原因はそれこそ千差万別だが、人体実験で体を弄られた、寄生型の虫や何かに乗っ取られたというという外部が原因の奴らを除けば、基本的にその人間が執着していたものや願望が、変質した姿や能力に現れることは、すでに経験で知っている。

 

 この女、とにかく傷つきたくない、自分を傷つけるものに自分は無傷のまま傷つけ返したいと、自分の言うことを聞かない他人はいらない、自分に従順な奴隷だけが欲しいという、妄想でも図々しい願望を形にしやがった。

 あぁ、本当に何も評価できるところはないくせに、人を苛立たせて不快にすることだけは天才的な女だな!

 

 人形とはいえ、あんな犬のクソにも劣る女を守る自分も不快だが、一番不快なのは俺を模しているくせに、あのポンコツを仕留めることも出来ない鈍足さだ。

 こちらを偽物扱いするのなら、それぐらい忠実に再現してみろ。

 

 そんなことを思いながら人形を睨みつけていたら、主の「殺して!」という命令に従って人形が再び、俺たちに向かってきた。

 先ほどと同じく、俺にはサイボーグの人形が拳を振り上げて、サイボーグには俺の人形が刀を振りかざして向かってくる。

 

 が、どうも俺だけではなくサイボーグの方も明らかに、本体より性能が劣っている。

 屈辱極まりないが、俺から髪を奪った奴ほどの速さもなく、地面を殴りつけてもアスファルトにひびが入るだけ。奴ならもっと派手に砕くくらいは出来ると、先日のいざこざで把握している。

 相手の実力を正確に把握できていないからか、それとも奴自身が弱いからか、人形の性能はコピー元の本体より劣化すると判断し、俺はその辺の塀や明かりのついていない街燈を跳躍して反動をつけ、銀の木偶人形に技を放つ。

 

「風刃脚!!」

 

 俺の前方回転蹴りが人形の顔面に当たり、頭から奴は地面に叩きつけられる。

 横目でちらりと見えたサイボーグと銀人形の俺の戦闘も、本体の俺よりはるかに劣化した人形が、サイタマに邪魔されたからとはいえ殺しきれなかった奴を倒せるわけもなく、わき腹に蹴りを決めて吹っ飛ばしていた。

 

 あの壁は厄介だがこちらの人形の方はそうでもないと思った時、俺が蹴り飛ばしたサイボーグの人形も、サイボーグが吹っ飛ばした人形も、水風船が破裂するような音を立てて形が崩れて元の液体となる。

 その液体は白い煙を上げながらすぐに蒸発してその場には残らなかったのだが、俺はそんなことを気にしてはいられなかった。

 

「ぐっ!」

 急に、腹部に痛みが走った。激痛というほどではないが、鈍痛というには大きな痛み。

 殴打された、アバラにひびが入った痛みだと一瞬の間をおいて脳が理解するのだが、同時に困惑も招きよせる。そんな攻撃を食らった覚えがないのだから、当たり前だ。

 

 地面につきかけた膝を堪えてこの痛みの原因を探っていたら、サイボーグと目があった。

 奴は左手で顔の左半分を押さえている。その隙間からは、ひび割れが覗いている。

 

 あんな愚鈍な木偶の攻撃を食らったのか? と嘲る気も起きなかった。奴がそんな攻撃を食らっていないことは、俺自身の目ではっきりと見ていた。

 だが、その破損個所には覚えがあった。

 

 向こうも目を見開いて、右わき腹を押さえる俺を見る。貴様も、覚えがあるのか。

 

「あはははははははははは!! どうしたの? もう終わり?」

 

 狂った哄笑を上げて、怪人はこちらを嘲る。

 嘲りながら、奴の周囲の液体がまた沸騰し、盛り上がり、蠕動する。

 人の形を、俺とサイボーグの形を作っていくが、今度はそれぞれ一体ずつではない。

 自分の周りに取り囲むようにして、10体近くの銀人形が作られた。

 本当に貴様は、他人を不快にさせることに関しては神がかっているな!

 

 というか、俺はバカか!

 あの液体でできた人形なら想像がついてても良かっただろうが!

 

 ……あの人形は、攻撃のダメージをモデル本人にそのまま反射させるのか!

 こうなると人形の性能が劣化しているように見えたのも、わざと実力以下に見せかけていた可能性が出てくる。

 厄介どころではない、最悪の能力であることに気づき、俺は苛立ちに任せて舌を打つ。

 ……が、同時にわずかだが安堵してしまった。

 

 性能が劣っていても数で押されたら不利な上に、あの能力。これで実は性能も偽っているのなら本気でこの場に「奴」がいなくて良かったと、屈辱的で忌々しいが心の底からそう思った。

「奴」の代わりがこの金魚のクソのサイボーグであることに、ほんのわずかな安堵を覚えて何気なく目を向けると、サイボーグの方も顔面にひびが入った所為で飛び出かけた黒い眼球から金の瞳をこちらに一瞬向けた。

 おそらく同じことを考えていたことが十分に察することができて、余計に苛立ちが増した。

 

「まだまだ、私のナイトはいっぱいいるんだから! 私を苛めてバカにした分だけ、酷い目に遭いなさい!!」

 怪人の宣言と同時に、人形どもが再びこちらを襲いかかる。

 ちっ! ポンコツの人形が向かってきたのなら何の躊躇もなく全部倒せたというのに、今度は全て俺の人形が俺の方に向かってきた。

 どれもこれも俺をモデルにしたとは思えん愚鈍さで、むしろ全部粉々に切り刻んでやりたかったが、それは盛大な自殺になることはわかっているので、俺は歯を食いしばって防戦する。

 

 先ほどのサイボーグや俺の人形は、俺や奴の返ってきたダメージからして別に殺すほどのダメージでなくとも、与えたら形が崩れてそのまま蒸発することは理解したが、どれほどのダメージで倒れるのかが計れない。

 もしかしたら軽い一撃程度で形を保てなくかもしれないが、先ほどと同じだけのダメージとなると、一撃一撃なら耐えられるが蓄積するとかなり辛いので結局は手出しできない。

 

 ただ、この人形を生み出すことであの液体をかなり消耗し、奴の周囲に池のようにたまっていた液体は、だいぶ嵩が目減りしていた。

 これならば、壁の内側、奴の間合いまで潜り込むことが出来るかもしれない。

 

 人形どもの性能が悪いことのをいいことに、俺は人形どもの攻撃を避けながら、手裏剣や苦無を奴に向って投擲する。もちろんそれらは先ほどと同じように跳ね返るが、戦闘慣れしていない奴はその壁だけで防御は充分だというのに、身の危険を感じて早急にこちらを始末させる為、さらに人形を生み出す。

 それが自分を守る壁を削っている、愚行だともわからずに。

 

「おい! ソニック! 今、手裏剣が奴の壁の反射ではなく、普通にこっちに飛んできたぞ!」

 俺の苦無を一本掴んで、ポンコツが自分の人形を相手にしながら文句をつけてきた。

 

「貴様が周りを見ない、無様な立ち回りしか出来ないせいだろう。むしろ邪魔だからさっさと自分の人形を自分で始末して自滅しろ」

 俺が至極当然な返答をしてやったというのに、クソガキは勝手にキレてまた熱線を放射する。

 狙いこそは怪人の方だったが、奴の鈍重な炎はあの壁の反応速度に劣っていることくらい、本人もわかっているだろう。だからあれは、反射で俺や俺の人形を狙った意趣返しのつもりか?

 

「邪魔をするなと言っただろうが、クソガキが! あれの前にお前の方から始末つけるぞ!?」

「休戦が不満なら帰れと俺は言っただろうが! どうも、貴様の方から排除した方が効率は良さそうだな!!」

 

 目障りなガキはもう敵意を隠す気もなく、砲門をこちらに向けてきた。

 大人しくしておけば近くでうろちょろするくらいは見逃してやろうと思っていたが、いい加減邪魔だ。

 俺は動きが遅いくせに空気が読めない自分の人形を思わず殴り飛ばして、火薬仕込みの手裏剣を片手に奴へと飛びかかった。

 

「やってみろ! ポンコツが!!」

「何、私を無視してんのよ!!」

 

 人形とサイボーグの相手で苛立っていたところ、こんな状況でも自分が中心でないと気が済まないバカの空気を読まない発言に、頭の中で何かが盛大にキレた。

 

「「うるさい、邪魔だ!!」」

 

 思わず持っていた爆裂手裏剣を、サイボーグではなく糞ウザい奴にブン投げた。

 そして腹立つことに俺と全く同じことを同じタイミングでサイボーグも叫び、奴は掌を怪人に向けた。

 もちろんそのどちらも銀の壁に阻まれ、手裏剣も熱線も四方八方に反射して俺はともかく人形どもが何体か壊れ、蒸発した。

 

 自分の背中や手足に焼ける痛みを感じ、歯を食いしばる。この程度の痛みなど、大したことではない。

 ただ普段なら決して喰らわないようなこんな攻撃とも言えないものを喰らってしまうあの愚鈍な人形の俺と、その人形から反射されるダメージをどうしようもできない自分に腹が立つ。

 まぁ、俺の手裏剣が人形に刺さったのか、ボディに傷や焼け焦げが出来た奴を見れば少しは溜飲が下がったがな。

 

「あ、あははははははははははは! 無駄よ無駄!! あんたたちの攻撃なんか、ぜーんぜん怖くない!!」

 壁の向こうからこちらを嘲笑する声が上がり、怖くないと言いつつも壁が蠕動して、そこから何体か蒸発した人形が補充に現れた。本当に、先の事を何も考えていないバカだなあの女!

 まぁ、結果としてはさらに壁の液体を減らすことに成功したからいいだろう。

 

 そう思いながら、自分の人形の攻撃を避けつつ壁の水位が下がっていくのを再び見ていた。

 壁の向こう側で、怪人は相変わらずニヤニヤ笑っていた。

 人形を生み出した所為で、だいぶ壁に使える液体が減り、もう全面ではなく前面にしか壁を構成できなくなったことに気付きもせず。

 

 背後から、校舎に戻って拾って来たらしい、捨てたはずの折れた俺の刀を持って迫りくる女の存在に奴は、気付いていなかった。

 

 

 

「ミラァァァァァジュゥゥゥゥゥゥッッ!!」

 

 

 

 泣きながら、憎悪であり憤怒であり絶望でもある焔を瞳に灯して、怨嗟とも慟哭とも取れる叫びをあげて、サイボーグに折られてずいぶん刀身が短くなった刃をその女は、ヘラは振るった。

 

 あの怪人にトドメを刺すのは俺だ。それは絶対に、誰にも譲らないつもりだった。

 ……だが、気まぐれが起こった。

 サイボーグではなく、あの娘になら譲ってやってもいいと思った。

 

 だから俺は、何もしなかった。

 

「ヘラっ!?」

 

 サイボーグが止めるつもりなのか、二人の女の元に向かってゆくのを黙って見ていた。

 ヘラが俺の刀を振るうのを、ミラージュが「は?」と間抜けな声を上げて、愚かにも振り向くのもただ見ていた。

 

 折られてボロボロの切っ先が、ミラージュの汚い両目を切り裂くのをただ見ていた。


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