私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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趣味ヒーロー編
私のヒーロー


 

「余計なお世話なんですよーだ! 他人を見下して、心配してるワタクシ優しい良い人でしょアピールに他人の家庭事情を使うな!

 勝手に私を不幸な苦労人にするな!

 お兄ちゃんをダメ人間扱いするな! 確かにダメ人間だけどさ!!」

 

 刻んだもやしと鶏ひき肉にストレスをぶつけながら、思いっきり混ぜ合わせる。

 いつもなら面倒くさいと思うこの調理過程が、今日は好都合だった。

 

「確かにお兄ちゃんは無職だし、ハゲだし、6歳年下の私の稼ぎで生活してるし、家事もほとんど私だし、ハゲだし、空気読まなくて礼儀も知らないハゲだけど、何が正しいかを誰よりも何よりも知ってる人なんだから!

 お前らは、赤の他人の為に命を懸けて戦えるの!? いつもいつも旦那や子供の愚痴ばっかり言って、家族すら守るかどうか怪しいじゃない!」

 

 思いっきり混ぜ合わせたら、今度は掌に丸めて軽くキャッチボールして空気を抜く。

 ……軽くのはずが、これもストレスをぶつけているから結構な勢いになってるけど、まぁいいや。

 

「お前らは、目的のために言い訳せず努力をひたすら貫き通したことがあるの!? お前らは、子供の頃に夢見た将来の自分になってるの!? なれてないならそれは、本当にどうしようもない、諦めるしかない壁にぶつかったの!?

 どうせ努力が面倒くさくて、才能の差を見せつけられるのが嫌で、言い訳して目をそらして自分から夢を捨てたんでしょうが!

 そんな奴らが、お兄ちゃんを無職だハゲだダメ人間だ妹さんが可哀相だなんて言うなクソババアどもー!!

 ……ふぅ」

 

 本当はスーパーでこちらをチラチラ見ながらコソコソと隠れていない噂話のネタにしてやがったババアたちに、直接言ってやりたかったことをもやしのハンバーグに全部ぶつけて、ひとまず気が済んだ。

 後は焼いてタレに絡めたら照り焼きハンバーグの完成だけど、どうしようかな。もう焼いておこうかな。

 出来ればお兄ちゃんに出来立てを食べさせてあげたいんだけど、お兄ちゃんいつ帰ってくるかわからないからなー。

 

 そんなことを思いながら、あのD市で暴れると警報が出てた巨人はどうなったのか、TVで確かめようと振り返ったら、見慣れた黄色いコスチュームと輝く頭がそこに立っていた。

 

「……お帰り。お兄ちゃん」

 あぁ、今日もワンパンで終わっちゃったんだね。そしてすぐに帰ってきたんだ。っていうか、どこから聞いてたの?

「お前な、俺の為に怒ってんのか、俺にトドメを刺したいのか、どっちかにしろよ。つーかお前が怒ったババアよりお前の方がハゲって言ってんだろコラ」

 

 どうやら初めから聞かれていたらしい。

 頭に血が上って思い浮かぶままに言葉を羅列してたけど、そういえばハゲを連呼していた気がする。ごめん、お兄ちゃん。

 ただそれを認めると、それはそれでたぶんお兄ちゃんの心を抉るので、私はお兄ちゃんの言葉を聞かなかったことにして、話を変える。

 

「もうすぐご飯だから、着替えて手を洗ってね」

 にっこり笑ってそう言ったら、お兄ちゃんは「話を誤魔化すな」と言いつつも、言われた通り着替えて自分の手と手袋を洗う。

「お兄ちゃん、またワンパンで終わっちゃったの?」

 戻ってきたお兄ちゃんに背を向けたまま尋ねたら、覇気のない声で「……あぁ」とだけ返事が返ってきた。

 

 お兄ちゃんは自分が強くなりすぎたこと、そしてそれ故に戦いがあまりにあっけなく終わることに対して虚しさを感じてることを、ずっと前から知っている。

 お兄ちゃんの感じる虚しさは、共感こそは出来ないけどなんとなく想像はつくし理解もできる。

 でもね、ごめんねお兄ちゃん。

 

 お兄ちゃんは昔みたいに恐怖や緊張感、そして高揚に満ちた戦いを望んでることは知ってるけど、私はお兄ちゃんがそんなものを感じるほどの敵は出てこないでほしいって思ってるんだ。

 それは世界の平和の為とかじゃなくて、とても自分勝手な願いだけど。

 

 だって、そんな敵が現れたら勝ってもまた昔みたいに大怪我するし、負けたらお兄ちゃんが死んじゃう。

 私は今のように、傷一つなく時間も最低限で片付けて帰ってくる最強のヒーローのままであって欲しい。

 

 ……それでも、お兄ちゃんが夢を叶えたのに、満足感もなく虚しいと思わせる現状だって嫌なのは事実。

 せめて、お兄ちゃんを周囲の人が評価してくれたらいいのに。

 そうしたら、お兄ちゃんは戦いに満足感は得られなくても、ヒーロー活動に対する意義を見出せるかもしれない。

 

「今日の晩飯は何?」

「今日はねー、もやしと鶏ひき肉の照り焼きハンバーグと、ナムルだよ」

「……もやしばっかだな」

「もやしは栄養がたっぷりあるのにとっても安価な、我が家の救世主。なので、文句は言わない」

 

 ゴーストタウンのワンルーム。とっても狭い我が家。

 特売品の食材ばかりで構成されたご飯。

 そして趣味がヒーローで無職、ご近所で妹に養われてるダメ人間と評判のお兄ちゃん。

 私の環境は、確かに客観的に見れば不幸この上ないだろうけど、私にとってここは一番大切で幸せな場所。

 

 お兄ちゃんは禿げる前から、「ヒーローになる」って言い出す前から、私にとっては世界で一番強くて頼れるヒーロー。

 

 だからこそ、私は恵まれてるくせにさらに願う。

 お兄ちゃんを正当に評価してくれる人が現れることを。

 

 お兄ちゃんの強さを理解して、私と一緒にすごいって思ってくれる人。

 お兄ちゃんを恐れず、立ち向かってお兄ちゃんと同じくらい努力をする人。

 そういう人が現れたら、お兄ちゃんにも張り合いってものが生まれるかもしれない。

 

 ……虚しく、なくなるかもしれない。

 

 そんなことを思いながら、私は出来上がった夕飯をテーブルに運ぶ。

 あ、そういえばまだ言ってなかった。

 

「お兄ちゃん」

 マンガを読んでたお兄ちゃんが顔を上げる。

 

「お疲れさま」

 ねぇ、お兄ちゃん。

 私のこの言葉は、少しはお兄ちゃんの「ヒーロー活動」の張り合いになってる?

 




アニメが終わってから、どっぷりはまってしまいました。
深海王編までを目標に、ダラダラと書いていきたいです。

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