でも前回投稿から1週間以内ではあるんで、許したったらどうや!(茂造並感)
さて本作を新たに評価して下さった
SEVENさん、daidaiさん、緋絽さん、黒頭巾さん、Midogarudoさん
評価していただき、ありがとうございます!☆3は心が砕けそうでしたが、評価を上げてもらえるように頑張ります!
これからも本作の応援、そして感想をよろしくお願いします!
それではどうぞ!
帝国暦482年(宇宙暦791年)
8月15日
銀河帝国帝都・オーディン
喫茶・シュヴァルツヴァルト
-side エーレンフリート-
喫茶“シュヴァルツヴァルト”はオーディン市街地の裏路地にある、隠れ家カフェだ。俺にとって、オーディンに来た時や幼年学校の休日の日などによく通っていた、馴染みの店である。特に幼年学校在学時は、寝ても覚めても人との接触が絶えなかったこともあり、一人になれるこの空間は大いに好ましかった。
この“シュヴァルツヴァルト”という名は「黒い森」を意味しているが、元々の由来は、人類が地球という一惑星に何十億人とすし詰めになって住んでいた頃の、銀河帝国公用語の元となった国の地方の名から取っているんだと、この店を営む齢七十を超えているマスターが教えてくれたことがある。
言うまでもないが、門閥貴族の、それも侯爵家の嫡子がこのようなところに護衛もなく訪れるのは危険であると、執事長のクレメンス・フォルトナーから何度もたしなめられており、俺もそれはわかっているが、尊敬する吾が父も、
『市井の人々に対して関心がなくなった時、同時に彼らから吾々への尊敬がなくなる。その瞬間、吾々は彼らにとって必要不可欠な存在足りえなくなる。これこそが吾々の“滅びのはじまり”である』
と、公園の階段から転げ落ちて腕を折った際に、幼い時分の俺へきりりとした表情と口調で語りかけてくれた。
そんなこともあって俺もかくありたいと、このように行きつけの喫茶店を見出す程度には、平民の暮らしぶりに触れることにしていた。とはいえ父の無様にも程がある転落事故もあって、結局、俺の周囲には数名の護衛が俺には悟られないように配備されているらしい。これは俺の言い分も理解できるというフォルトナーの、それでも心配だという老婆心から来ていることを知っているために俺からはなにも咎めたりはせず、今も同じ喫茶店内で店の売り上げに貢献しているのだった。
閑話休題。
さて、いつもであればこの安らぎの空間で俺は一人、午前中の大半をここで過ごし、場合によってはここで昼食もとることもあるが、今は二人の連れがいた。一人はラインハルト、もう一人はキルヒアイスである。先月、惑星カプチェランカへ一兵卒として赴いた彼らは、早速暗殺されかかりながらもなんとか生き延び、ついでに同盟軍の基地を攻略してそれぞれ昇進していた。ラインハルトは中尉、キルヒアイスは少尉だ。故に今は無事に帰ってきたことを祝いたいところであったが、彼らは既に次の任地が決まったのだという。
「イゼルローン要塞とは、また前線ではないか」
「次こそは艦隊勤務かと思えば、駆逐艦の航海長とはな」
「そうぼやくな。まだ階級が低いうちはそういう職務が多いのは仕方のないことだ。それに、少なくともキルヒアイスと同じ艦で仕事ができるのだ。これ以上を望むのは、欲が深いというものだろう」
純粋な欲の深さは、ラインハルトの長所でもあり、短所でもある。ラインハルトにはこのような同一の事象に対して、それぞれ長短が人一倍多く存在している。
たとえば、彼は自分の意見をそう簡単に変えたりはしない。自分の意見に自信を持っていると言えばこれは長所だが、悪く言えば頑固であり、過信である。これが信頼する人、特にキルヒアイスやグリューネワルト伯爵夫人から諭されれば素直に変えることもあるが、自分に関わることについてはなかなか意見を翻したりはしない。おそらく戦場で「逃げろ!」と言われても「何故このおれが敵に背を向け、おのおのと逃げなければならないのだ!?」とむしろ激昂するに違いないというのが、俺のラインハルトへの人物評価だった。このような性格の極端さは歳を取るごとに落ち着いてくれるといいが、こればかりは願望を持つことしか今の俺には許されなかった。面と向かって「その性格をなおせ」と言ったところで、なおせるものではないだろうからだ。
「それよりカプチェランカから帰ってきたと思えば、『この男を匿えないか』とは驚いたぞ」
俺は数日前の出来事を思い出した。あの時は大変だった。彼らが帰ってきたと聞いて出迎えに行くーー無論、周囲に気づかれぬよう内密にーーと、二人の他にもう一人四〇代くらいの男が立っていた。肩の階級章を見るに大佐であった彼について聞くと、ラインハルトから唐突に、この男を匿ってほしいと言われ、心底驚いた。
なんでも、彼は宮中でグリューネワルト伯爵夫人に害を為そうとする者たちから、ラインハルトたちの暗殺指令を受けたらしく、それに失敗して捕らえられそうになった際に、一族根絶やしを恐れて錯乱しかけた。そこで俺の父上の名を出して、公式には戦死したことにして、俺を通じて父上に保護を求めることにしたのだという。
話を聞いた俺が父上に事情を説明すると、
『まぁ奴等も失敗した以上は性急かつ短慮な手出しをすることはないだろうさ。私は宮中の争いなんかに興味はないから、好きなようにやればいい。なんか言われたら、奴等の弱みという弱みを全てさらけ出してやるとご忠告差し上げてやるから安心していい』
と、恐ろしいことを言っていたが、ともかく了承をもらえたため、男ーーヘルダー大佐とその親族たちを吾が領内に匿うこととなったのだ。
「あの時は降って湧いた仕事で忙しくて聞きそびれたんだが、あのヘルダーという男はなんだったんだ?」
「ヘルダー大佐はカプチェランカのBIII《ベー・ドライ》基地の司令で、私たちの上官でした。彼と彼の部下のフーゲンベルヒ大尉が宮中にいる何者かの指示を受けて私たちを襲ってきました。フーゲンベルヒ大尉の方は大した問題もなく片づけることができました。しかし大佐の方は……」
「そこから先は、あの時お前に言ったとおりだ。しかし、結局渡された手紙というものも差出人の名前はなかった。あれでは物的証拠には程遠い」
彼らの話を補足すると、彼らを襲ったヘルダー大佐の元にはさる貴人からの暗殺指令書が送られていたが、調べたところ差出人の名前もなく、筆跡もおそらく別の誰かに代筆させたもののようであり、暗殺指令を出した貴人を特定することも、ましてや糾弾することもできなかった。
本当のところを言えば、俺はその貴人に心当たりがあった。だが彼らが明確に門閥貴族という存在を敵視している内はまだいいが、その貴人の正体を知れば、彼らは明確にその個人を憎悪することだろう。
俺はこれを恐れた。
まず間違いだった場合、それでも彼らは「火のないところに煙は立たない」として警戒する公算が高い。そうでなくともそもそも「門閥貴族などそんな連中ばかりだ」と断定している節がある。しかし俺としてはそんな門閥貴族内にも味方を増やしておきたいという腹積もりがあったのだ。これは生まれが平民で優秀な軍人は多いが、政務などに長けた識者はそれほど多くないことが理由に挙げられる。そのため貴族に対する無用な疑いと敵意を、あるいは貴族からの敵意と憎悪をこれ以上彼らに持たせる、または持たれるのは今後の展望上、大いに問題があった。
次に俺の心当たりが正答であった場合、彼らはその貴人を殺しかねないのは想像に難くない。無論そこまで猪突ではないとも思っているが、おそらくこれから先も彼らへの妨害や暗殺などといった謀略の手が及び、果てはグリューネワルト伯爵夫人にまでそれらの手が差し向けられるかもしれない。その時、彼らはその貴人こと黒幕を血祭りにあげることはまず間違いなかった。そうなっても拙い。
結果、彼らには俺の限りなく正答に近いであろう黒幕の正体を、その正誤を問わず伝えるわけにはいかなかった。
それに目前で悔しそうな顔をするラインハルトだが、そんな尻尾を出すような連中でないことを知っている俺からすれば、やはり生きて帰ってきただけでも僥倖なのだ。しかも次の任地は同盟軍にとって因縁の要塞であるイゼルローン要塞である。哨戒中に同盟軍に出くわすこともあり、生存率は惑星カプチェランカと変わらないか、さもなくばこちらの方が低い可能性だってある。正直に言えば、俺の内心は今でもまさにひやひやしているのだ。
「まあ、そちらは気長に調べていくしかないな。俺としても、この件がある限りは味方も信用できない。迂闊に動くとこちらまで危うくなる以上、その貴人がわかるまでは水面下で動くしかないな」
万が一の時に備えて、ベルクヴァイン侯爵領という安全地帯は彼ら二人には必要不可欠である。黒幕が王宮内にその姿を潜ませている可能性が高いため、彼らが王宮近辺で“不慮の事故”に遭って命を落とすという可能性も否定できない。
それにしても、と脳内で嘆息する。まだ特に行動を起こしたわけでもないのにここまで命を狙われているなんて、黒幕にとってよほどラインハルトたちが邪魔らしい。いや、正確には真に邪魔なのは彼の姉のほうだろうが。
それからは空気を切り替えて、雑談などに話の花を咲かせた。カプチェランカの夜は凍えるほどに寒かったこと、初めての戦闘で装甲車三輛を急襲して勝利したこと、その時に奪ったデータでBIII基地を攻撃していた同盟軍の装甲車部隊を止めてみせたこと、その出来事を利用してヘルダー大佐を基地の外まで誘き出したこと。
不愉快きわまることもあったようだが、彼らの中では既に一つの想い出になっているようでもあった。それに相槌を打ちながら、時には驚き、憤った。
しかしそれと同時に彼ら二人に危うさも感じた。どうにも生き急いでいる、と。早く伯爵夫人を新無憂宮から助け出したいのはわかる。わかるが、それとは別に彼らはそこでの出来事は、常人からすれば想い出どころかトラウマものである。それほどまでに彼らは惑星カプチェランカという凍土の大地を駆け抜けたはずなのである。それをもう遠い過去のように語る姿に、過去を切り捨てていく危険性を感じ取っていた。だがこれを忠告しようにも、彼らには自覚がないと思われ、必然、忠告が意味を成さないと考えて声にまでは出さなかった。
「そういえば侯爵領で人材集めをされていたと耳にしましたが、そちらの進展はいかがでしたか?」
稀にしかないキルヒアイスの話題提起に、俺は埋没しかけた意識を覚醒させて、気持ち頭を持ち上げた。
「識者はまだまだだが、艦隊司令官候補は何人か」
「ほう、いったいどんな者がいるんだ?」
興味を持ったラインハルトも身を乗り出す。俺はその数名を、簡単な経歴を添えて列挙していった。
◇ ◇ ◇
同日
帝都オーディン
ベルクヴァイン侯爵邸
これからイゼルローン要塞へと旅立たんとするラインハルトらと分かれ、この日の午後は帝都オーディンにも存在する、門閥貴族が皇帝陛下から招集された際などのために使う別宅で過ごしていた。ここには執事長であるフォルトナーはいないが、何人かの執事とメイドがここで勤めており、慌ただしく通路を行き交う足音は部屋まだ微かに聞こえていた。
そんな中で俺は怠惰を貪っていたわけではない。さらなる有能な識者と軍人を集めるべく二度目の、今度は「勉強会」と称して行うことを企図していた。
前回はあくまでただ単純な催しであり、自由に会話したり討論したりということを全て招待客に任せた。だが軍人はともかく識者のほとんどは、貴族が多いこともあってそれぞれの繋がりを強化するための場としてしか、あの催しの価値を見出していなかったのである。「勉強会」では討論や意見交換の場を設定して、闊達に過ぎた前回と比べて、より純粋で活発なものにしたいと考えていた。
そのための草案を作成している最中、部屋の扉が二、三度ノックされた。
「鍵はかかっていない。入ってくるといい」
「それは無用心に過ぎるんじゃないか?」
入室の挨拶を口にせぬまま入ってきたのは、先日の催しで当侯爵家の私設艦隊の総参謀長を任せることになったファーレンハイト大佐だった。
私設艦隊は艦艇大小あわせて一万五〇〇〇隻だったのだが、ベルクヴァイン侯爵家の遺伝子であるらしい戦下手と海賊討伐に艦隊の一部が使われる程度しかなかったこともあって、実際に実働可能だったのは六割ちょっとの九五〇〇隻がいいところだったらしい。
軍務省に話を通して、ファーレンハイトを大佐に昇進させて参謀長に任命すると、まず最初に実働に耐えられないような旧式艦に代わって、新造艦の建造を始めた。ファーレンハイトの勧めに従って、高速戦艦と巡航艦の二種に比重を置いて建造しているその間に、彼には残った旧式艦を訓練艦にして艦隊の練度を上げてもらっていた。
「わざわざ俺を殺すような酔狂な輩がいるかな?」
「大それたことを考えていることを抜いても、お前は侯爵家の嫡子だ。用心は必要だろう」
「とは言っても吾が家は歴代でも戦巧者と白兵巧者がいない家だが、その弱点を上塗りできる善政で名が通った家でもある。故に、吾が家の誇りとして叛乱や暗殺などによって死んだ血族はいないというものがある。この上護衛などをあからさまにつけると、逆に怪しまれるのだ」
「なるほど、物は言いようだな。だがこれからのことを考えると、そういった白兵戦や陸戦の名手は必要じゃないか?俺もできないことはないが、参謀長が戦斧を振るうのは些か不恰好だろう」
そのことについては俺も苦慮していた。俺の護衛は三の次くらいにしても、星域攻略や要塞攻略、またそれらの防衛のためには陸戦の専門家が不可欠である。吾が領内にも陸戦隊はいるがこれは治安維持を主目的としているため、訓練された正規兵を相手にするのは分が悪い。ファーレンハイトは艦隊の指揮はもちろん陸戦の指揮もできる優秀な人材だが、彼も言ったとおり、彼は参謀長だ。他にできる者がいるとすれば……。
「俺以外で陸戦もできる指揮官となると、ベルゲングリューン辺りだろうな」
「あるいはビューロー、か」
話に出てきたベルゲングリューンとビューローは、それぞれの本名をハンス・エドアルド・ベルゲングリューンとフォルカー・アクセル・フォン・ビューローといい、階級は双方共に中佐であった。前者はもみあげから連なる豊かな髭が特徴で、それでいて粗野な雰囲気はなく、知性と行動力を有した人物であり、後者は髭はないがほっそりとした顔立ちに似合わぬ勇猛な指揮官であった。二人は士官学校以来の友人であり、見た目は差し置いても性格には似通っているところがあり、俺とファーレンハイトとの話に片方の名が出ると、もう片方の名も自然と出るようであった。
「だがあの二人には後々昇進させて数百隻の指揮を任せようと思っていたんだが……っと、これは前に話したじゃないか。卿が同じ話を繰り返すオウムじゃないのなら、なにか考えがあって来たのだろう?」
「あぁ。実は一、二年ほど前に、帝国に逆亡命してきた陸戦部隊の指揮官がいたことを思い出してな。同盟軍にいた頃はたしか“薔薇の騎士《ローゼン・リッター》”という名の連隊長だったそうだ」
薔薇の騎士連隊。
貴族間ではそうでもないが、軍内では帝国側でもそこそこに名の通った、同盟へ亡命した者らの子弟で編成された陸戦部隊のことである。元はプロパガンダを目的とした部隊だったらしいが、皮肉なことにその部隊こそが、同盟軍最強の陸戦部隊との呼び声があった。
「薔薇の騎士連隊か。それなら間違いなく有能なのだろうが……。逆亡命ということは、裏切りの上に裏切りを重ねたロクデナシじゃないのか?」
「まぁ、俺もあまり薦められるかどうかはわからんがな。だが王朝を打破するのであれば、新無憂宮を強襲する精鋭陸戦部隊が必要になる」
「オフレッサーはどうだ、まず間違いなく最精鋭の陸戦部隊を率いてくれるのではないか?」
「あれは政治や謀略に無縁すぎてむしろ使いにくいだろうよ」
なかなか危ない会話の中で出てきたオフレッサーとは階級は大将、身長は200センチを超える偉丈夫にして、同盟軍から「ミンチメーカー」呼ばれるほどの残酷な戦い方をすることで名を馳せていた。陸戦部隊の指揮能力を差し置いて、自らが振るう周囲より一回り大きな戦斧で流させた血の量で出世したと云われているほどである。
顎に手を当て、熟考する。これからのことを考えて、どちらに声を掛けるべきか。新無憂宮のみならず、陸戦部隊が必要になる局面は先ほどの考察の通り多く、彼らはおそらく攻勢や破壊に関しては心配の必要はないだろうが、問題は守勢になった時の話である。オフレッサーは狂戦士っぷりが有名で、守勢に強いかはわからず、元薔薇の騎士連隊の連隊長は未知数に過ぎる。不確定要素が多すぎて考察のしようがない。
三〇分ほどたっぷり悩んでから、答えを出した。それまでファーレンハイトはソファに座って待っていてくれた。
「まずは、会ってみるか」
「どちらに?」
「どちらにも」
俺はにやりと口角を上げてみせて、部屋から出た。ファーレンハイトはふっと笑って俺に続いた。
いかがでしたか?
なんかサブタイが詐欺くさいですね……。変えるかもしれませんが、ま、是非もないネ!(ノッブ並感)
たくさんのアクセス、お気に入り登録などなど、恐悦至極でございます。リアルも忙しいですが、今度こそ次の木曜に投稿してみせます!
次の投稿こそ、2月25日木曜を目指しますので、お楽しみに!
次回、第八話 戦斧の誇り
友よ、憶えているか、あの戦いの日々を。