新・外史 銀河英雄伝説   作:山桜

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遅れて申し訳ありません、山桜です。

インフルエンザで1週間ほどぶっ倒れていました。生まれて初めてインフルエンザにかかりましたが、あれはヤバいですね、死にますね。というか本当に死ぬかと思いました。
皆さんもお身体に気をつけてお過ごしください。

それと、遅ればせながら
春閣下名誉愚民さん、永遠の王さん、セブンSEEDさん、新月さん
本作を評価していただきありがとうございます!ついででいいので感想もいただけるとこの伊達と酔狂で書いている作者も意欲をかきたてられるというものですので、どうか一つ、よろしくお願い致します!

それではどうぞ!


第四話 二人の巨魁

宇宙暦788年(帝国暦479年)

11月24日

フェザーン自治領・首都フェザーン

自治領主府

 

-ローラン side-

 

同盟首都・ハイネセンからフェザーンまでの航路は非常に整備されており、実測的な距離こそあるが時間的な距離としてはおよそ半月の旅路である。これは同盟が国家予算を投じて長期的に整備してきたのも理由に挙げられるが、フェザーン商人が自らの商売相手への道筋を確立してきたことも実に大きな要因であるといえた。自らの商売の為ならば努力を厭わないことはフェザーン商人の数少ない美点である、と俺は考えていた。フェザーン商人は計算高さの上に成り立つ狡猾さによって、フェザーン自治領という広大な銀河系内における特異な勢力を支えているのだろう。

俺がそんなフェザーンに来るまでの間、同盟国内ではとある事件が起こっていた。

 

エコニア捕虜収容所での脱走事件。

 

そこはウェンリーが参事官として配属された場所でもあった。詳しい話は聞けなかったが、ウェンリーは無事に事件を解決したというが、それに協力してくれたのが元帝国軍大佐だという。同盟軍人と、捕虜とはいえ帝国軍人が手を結ぶとは呉越同舟を地でいくような出来事であり、その元帝国軍大佐に俺は会ってみたいと思った。休暇がもらえればハイネセンへ帰れるかもしれないが、往復だけで一月はかかる以上、難しいかもしれない。

また話をお聞きしたいと思う人物との話が難しそうであるという事実にため息を吐きつつ、今現在、俺の所在はフェザーンにある自治領主府前にあった。

 

「はぁ〜、綺麗な建物が多いなぁ」

「帝国と同盟の建築様式を上手いこと折衷させた建築様式だ。こうすることで同盟と帝国、どちら側の人間にも不快に思われないようにしているのだろう」

 

俺の呟きに親切に解説を入れてくれるのは、フェザーンにある同盟の高等弁務官事務所の主席駐在武官であるイェロニーム・ムドラ大佐である。

同盟軍士官学校の受験に失敗したが、専科学校には合格し入学。苦学の末に二一位と高順位で卒業した後、伍長に任官されて当時の第三艦隊所属の巡航艦アントラーに機関士として着任した。それから数年後の二四歳の時、功績をたてて曹長に昇進した際に幹部教育を受けて士官となる。少尉となった彼は当時の第九艦隊の分艦隊の幕僚に配属された。その後も昇進を重ねていき、二年前、大佐に昇進した。

あと六年で還暦だというが、それとは到底思えないほどに筋骨隆々とした肉体に、身長一六〇センチほどの俺とはいえ、大きく見上げなければならないほどであり、二メートルに届かんとするほどの偉丈夫だった。執務用の椅子に本当に座れるかどうか疑わしいほどである。眼光も自らが歴戦の勇士であることを物語っていた。

だが着任の挨拶に出向いた際の印象は、声と言葉遣いこそはそういった聞かされていたイメージのとおりだったが、俺のする質問や呟きには答えてくれるし、事務所の案内もムドラ大佐本人がやってくれた。

思ったより当たりな上司ではないか、と内心喜んでいると、

 

「急用が入った。いつも連れている副官が今日は病欠してるんでな、貴官に随伴を命ずる」

 

そう言って、前述のフェザーン自治領主府へと赴くことになったのだ。

 

自治領主府に入るとそこは同盟の機能美と帝国の芸術美が上手く合わさった内装であった。中には帝国軍人もいたが、こちらに気づいてもしかめ面をするだけでなにもしてこない。ある意味ここが銀河系内で最も安全な星かもしれないと感じた。

 

「お待ちしておりました、ムドラ大佐殿」

 

フロントで話を聞こうとした矢先に、そのフロントから三〇歳前後くらいの男が現れた。その男の容貌はまさしく“異相”と言うに相応しかった。目や眉、鼻、口といった顔のパーツ全てが大きく、頭部には髪の毛は一本たりとも生えていない。身長もムドラ大佐ほどではないが、俺から見れば十分に大男であり一九〇センチに近いくらいだろう。醜悪とも美形とも言い難いが、一度見たら忘れられないような強烈な個性の塊であった。

 

「私は自治領主であるワレンコフの下で補佐官を任されております、アドリアン・ルビンスキーと申します」

 

アドリアン・ルビンスキーはたしかキャゼルヌ先輩が“フェザーンの黒狐”と呼んだ食わせ者だったか。

 

「小官はイェロニーム・ムドラ大佐。こっちが本日付けでフェザーンに着任した、ローラン・ルクレール少佐だ」

 

大きな眼でぎょろりと見据えられ、値踏みするような視線の不快さに顔をしかめそうになるが、なんとか踏みとどまった。利に聡く、ーーこれは俺の勝手な想像だがーー人の弱みにつけ込まんとするであろうフェザーンの人間相手にそういった表情を見せれば、後でなにを言われるかたまったものではないからだ。

 

「ほう、あのエル・ファシルの。一緒に脱出の指揮を執られたヤン少佐殿は収容所惑星エコニアへ、ルクレール少佐殿はフェザーンへとは、これまた赴任先が大きく違いましたな?」

 

くっくっと嫌な笑い方をする目の前の男にかすかな苛立ちを感じながらも黙っていると、

 

「しかもその惑星エコニアは脱走騒ぎがあったとか。ご存知でしたかな?」

「はい、一応聞いていますが……。なにが仰りたいので?」

 

本当になにが聞きたいのかがよくわからず、こちらから問い返してみたが、思ったよりも苛立ちが語気に乗ってしまった。やってしまったと思ったが、

 

「……いえ、お気に触られたのなら申し訳ありません。ワレンコフの元へ案内致します、どうぞこちらへ」

 

謝罪の言葉を口にして、こちらに背を向けて歩き出した。ルビンスキーのその厳つい背中を軽く睨んで、俺とムドラ大佐は歩き始めた。エレベーターに乗って最上階まで上がっていくと、フェザーンの中枢部が一望できた。最上階からの眺めをここに来る度に目にすれば、この星の全てを手中にした気分を味わえるかもしれない。俺にはそんな大それた野心はないが。エレベーターから降りると、そこは広々とした執務室だった。応接間を兼ねて使われるにしてもとても広く、最高級ホテルのスウィートルームのようであった。

そんな部屋の中央で待ち構えている男がいた。ワレンコフである。歳はムドラ大佐と同じくらいで身長は一七〇センチほどの細身の体格。見るからに生真面目そうな顔つきをしているのと眼鏡をかけていること以外、これといって大きな特徴がない。異相の補佐官と比べると、特徴という特徴を吸い取られてしまったようにも見えてしまう。その異相の補佐官は、「それでは失礼致します」と隣の部屋に控えている。

 

「急にお呼びたてして申し訳ありません、ムドラ主席駐在武官」

「挨拶はいい、わざわざ呼び出すほどの要件とはなんだ?」

 

とっとと話を終わらせてくれという表情と態度で応接用であろうソファにどかりと座った。大佐の巨体を支えんとソファの軋む音が部屋に響き、ワレンコフの方も大佐を嫌っているのか大佐の傲岸不遜な態度に眉間にしわをつくった。

 

「では早速話に入らさせていただきます。話というのは他でもありません。先日のあの一件のことです」

 

昨日着任したばかりである俺には当然ながら「あの一件」など知る由もないので、大佐の方をちらりと見てみたが、ソファに座った大佐の後ろに控えているため表情をうかがい知ることはできない。

 

「はて。あの一件とはどの一件のことか検討もつかんな」

「とぼけないでいただきたい。同盟国内でフェザーン人が経営している企業に立ち入り調査を行ったことです!」

 

フェザーンが経営している?

国営の企業に対して立ち入り調査?

数瞬の内にきな臭い言葉が並んだ気がするが、おそらくこれがここの日常なのだろうと俺は無理やり納得しようとした。このワレンコフの糾弾に対して、ムドラ大佐は少しも動じた様子はなかった。

 

「あぁそのことか。たしかその企業はダミー会社だったらしいな。あんたのところの人間なら、もう少し躾をしてくれないとこちらとしても困るんだが?」

「あなたはご自分がなにをされたのかお分りではないのですか!同盟の政治家たちの金置き場としてあれらはあったのですよ!?」

「ほう、やはり違法の塊だったわけだ。ならば同盟の法で裁かれてもなんの文句も言えんな」

「……あなたの目的はなんですか?」

「目的とは異なことを。まるで俺がなんらかの目的のためにダミー会社を検挙させたような言い方じゃないか。証拠もなしにそんなことを仰るとは、随分と焦っておいでだ」

 

ここまでの話で、大方の事情は飲み込めた。

つまりムドラ大佐が知っていた、フェザーン人が経営しているということにしていたダミー会社が一斉に検挙された。そのダミー会社は同盟の政治家たちが私腹を肥やすための金置き場であり、これを検挙されたフェザーンとしては信用問題に関わる一大事というわけだ。

俺はここから生きて出られるのだろうか、とたまらなく不安になった。一応士官学校時代では白兵戦技能に関しては一、二を争えるくらいにはあったが、今持っているのは懐にある同盟軍制式光線銃のみだ。もしも戦闘になれば生き残るのは難しそうなのは誰の目にも明らかだ。

三、四ヶ月前にエル・ファシルから命からがら逃げだせたと思ったら、今度は着任したばかりで一触即発の現場に居合わせることになるとは。病欠の副官殿の運のよさには脱帽である。

 

「話はそれだけか?それなら帰らせてもらうが」

「無事に帰られるとお思いか?」

 

ムドラ大佐が帰ろうとして立ち上がったところで、先ほどルビンスキーが出ていった扉とは別の扉からライフル光線銃を持った衛兵が四人ほど現れた。

 

「見送りにしては物騒なものを持っていやがるが、どういうつもりだ?」

「どういうつもりもなにも、見たとおりですが」

 

勝ち誇ったような笑みで衛兵たちの後ろに回り込んだワレンコフを、俺と大佐はただただ眺めるしかなかった。動けば即射殺されるのが目に見えているからだ。

さてどうするか。このまま殺されるのは癪だし、そもそも嫌だ。この生真面目そうな男のことだ、逃げ道であるエレベーターにも待ち伏せがいることだろう。

 

ーー生真面目そう、か。

一つ案が浮かんだ。この案ならここからなんとか逃げ出せるかもしれないが、問題はムドラ大佐がわかってくれるかどうかだ。口頭で伝えることはできない以上、察してもらうしかない。まったく分の悪い賭けだ。だが俺と大佐の命がベットされている現状において降りるという選択肢は残されていない。俺は意を決して口を開いた。

 

「ワレンコフ自治領主殿」

「なにかね、エル・ファシルの英雄殿。命が惜しくなったかね?」

「まあたしかに命は惜しいですが、そうではありません」

 

苦笑しつつ、俺はカードを切った。

 

「今小官らを殺せば、その疑いはすぐさま自治領主殿へと向かうことになります」

「私がそんな下手を打つと期待しているのか?」

「いえ、小官が見る限りでは自治領主殿は抜け目のないお方。であれば、既にこの場で吾らを殺した際の後始末のことまでお考えであるはず。逃げようとしても退路を絶っていることは容易に想像ができます」

 

ワレンコフの顔に微小ながら苛立ちのようなものが走る。なにが言いたいんだと言わんばかりに目を細めている。

 

「ですが、自治領主殿の小細工は所詮その場凌ぎのためのものでしかありません。吾らはこのような局面に至ることをあらかじめ想定して、事前に準備してここに来ております」

 

ワレンコフが俺とムドラ大佐の双方の顔を見ながら、本当か?と目で問いかけてくる。

 

「あぁ、本当だとも。あんたは油断ならん男だ、それだけの準備をしなけりゃこんな時期に呼びかけに応じないさ」

 

俺のはったりが大佐に気づいてもらえたと内心ホッとしたが、大佐の口は未だ止まってはいなかった。

 

「こちとら、俺たちが帰らなきゃ弁務官事務所から陸戦部隊二個中隊を出すようにと出掛けに言ってきてるんでな。万が一にもあんたらから手を出すようなことがあれば、その瞬間フェザーンはお終いだ」

 

俺は驚きそうになったのを堪え、ゆっくりと大佐の方を向いた。大佐は真っ向からワレンコフを見据えているようで、ワレンコフは目をしきりに泳がせていた。

 

「う、嘘だ、お前たちははったりをかましているだけだ!」

「はったりかどうかは俺とこいつを殺してから確認してみるこったな。はったりであればあんたらの勝ちだが、はったりじゃなければその時こそ、あんたがフェザーン最期の自治領主様になれるぜ」

 

後ろからだが、ムドラ大佐が不敵な笑みを浮かべているのがよくわかるほどに声が楽しげであった。今度こそすくっと立ち上がると、大佐はワレンコフと衛兵たちから背を向けて歩き出した。俺も正直のところ彼らに背を向けたくはなかったが、このはったりを疑われないようにするためにも穏やかな表情で背を向けなければならない。一礼したあと、俺はムドラ大佐の後に続いてエレベーターに乗った。

 

◇ ◇ ◇

 

何事もなく地上車まで戻ってきた俺と大佐は、念のためこの地上車に爆発物が仕掛けられていないかを確認したあとで乗り込んだ。

 

「はあ……フェザーンに来て早々、寿命が縮むどころかあの場で終わるところでしたよ」

「はっはっはっ、だがお前もなかなかの役者ぶりだったじゃないか。あそこであんな啖呵を切れるたぁ思わなかった。流石はエル・ファシルの英雄の豪胆さってか?」

「いやあ、だって死にたくないじゃないですか。戦闘で死ぬならまだしも、あんな密室で暗殺なんて遣る瀬ないでしょう?」

「言えてるな。はっはっはっ……」

 

楽しそうに面白そうに笑う大佐を見ていると本当になんとかなったんだと心底安心した。自然、笑みがこぼれる。地上車のエンジンをかけて、自治領主府から離れていく。

 

「それにしてもよくもまぁ小官のはったりに付き合えましたね?」

「ん、それはな。俺は本当に準備していたからさ」

「え、本当ですか?」

 

まさかはったりではなく本当だったとは思わなかった。つまりあの場で殺されると、冗談抜きで陸戦部隊二個中隊が自治領主府に殺到する予定だったのだ。その時には俺は既に死んでいるはずなのに、そうなった場合を想像して身震いした。

 

「それだけ奴は危険なのさ。正確にはフェザーン自治領主という肩書きを持つ者が、な」

「フェザーン自治領主という肩書き、ですか」

「ああ。このフェザーン一国、国土一惑星のみで、この銀河全体の一割を超える富を有している。いや、実際にはさっき言っていたダミー会社の存在もいれればもっとあるだろう。同盟と帝国を借款といういかにも合法的なやり方で経済的に圧迫しているわけだ。ワレンコフ、あるいは奴の次の代、その次の次の代にはもしかしたら同盟と帝国が操られ、ただただ無辜の命がフェザーンの自治領主の指先一つで消し飛ばされるかもしれない。今を以ては、あの二人の巨魁を相手にどう対峙するか、それこそがフェザーン駐在武官としての職責であることをよくおぼえておけ」

 

突飛すぎる考えだ、とは言えなかった。思えもしなかった。地上車の窓から見えるフェザーンの摩天楼は、ハイネセンのそれと見紛うほどだ。しかしハイネセンは政府ならば大小数百の有人恒星系から税金などを徴収、あるいはそれらに支社などを建ててそこから出る利益から本社ビルなどを建てているのだ。フェザーンは税金を徴収しようとも惑星一個分では高が知れている上、帝国の自治領であるため貢納義務も存在している。

しかしもし帝国の自治領という基盤をそのままに同盟と帝国を操ろうというのであれば、それは由々しき事態である。最初はなぜこんなところへ、と思っていたが、思ったよりもやりがいがあるかもしれない。

地上車から見える摩天楼は、なんとなしに黒々としているように見えた。




いかがでしたか?
今話で外伝「螺旋迷宮」は終わりです。え、もう終わり?と思われるでしょうが、ヤンとほとんど行動を共にしていないので、ここから書き続けると地味な話ばかりになっちゃいます。それに同盟の視点ばかりになっちゃうので、ここで一旦帝国側の視点に移ります。

好き勝手に書いていますが、応援してくださると嬉しいです!
もちろん評価や感想もお待ちしています!

次の投稿こそ、1週間以内(2月4日木曜まで)を目指しますので、お楽しみに!

次回、第五話 二人と一人の邂逅

友よ、憶えているか、あの戦いの日々を。

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