え、もう寒中見舞いじゃないかって?
15日は小正月というらしいので、ギリギリセーフでしょう(震え声)
それではどうぞ!
宇宙暦788年(帝国暦479年)
10月31日
首都ハイネセン・宇宙港
-ローラン side-
キャゼルヌ先輩と士官学校の後輩であるダスティ・アッテンボローと共に、ウェンリーの見送りに宇宙港へ来ていた。トランクを提げてハイネセンの宇宙港で次なる任地である惑星エコニアへと向かう宇宙船を待つウェンリーが見えたが、そこへ士官学校時代に知り合ったジェシカ・エドワーズが姿を見せ、ウェンリーとなにかを話している。
「しばらく待ってあげましょうか」
「そうだな。それにしても、なんとも慌ただしい限りだ」
「どう見ても閑職に追いやられたようにしか見えませんがね」
「明日は我が身、という言葉を知っているか?」
キャゼルヌ先輩の皮肉はいつも以上に笑えなかった。即席で祭り上げられた英雄の処遇に困って適当な僻地へと送り込まれるのは、なにもウェンリーだけではないだろうからだ。
「でもたしかに、収容所の参事官なんて碌な役じゃありませんね」
「立体TVとかじゃ大抵悪役だしな」
「実際、参事官ってどんな仕事をするんです?」
「所長がミスしたら責任を被るのさ」
これもまた笑えなかった。参事官は“事務に参与する官職”を意味するが、要するに上官のサポートが主な仕事であり、言いかえれば政治家にとっての秘書と同じようなものである。特に、トカゲの尻尾という点において。
「じゃあエコニアの所長が有能で人格者であることを祈るしかないですね」
「先日もヤンに同じことを言われたよ」
「それでいつ頃戻れそうなんです?」
「できるだけ早く呼び戻してやるつもりだ。長くて半年だろう」
「年越しは収容所で、ですか。祝うという雰囲気にもなれないでしょうねぇ」
まったくだ、と頷くキャゼルヌ先輩も実は他人事じゃないかもしれないが、それをおくびにも出さない。今、キャゼルヌ先輩とお付き合いしているという女性は苦労するかもしれない。
「それで、ルクレール先輩はどこへ赴任すると思われるんで?」
「そうだな、せめて人がいるところがいいなぁ」
俺なりのジョークだったが、二人は笑っていなかった。その可能性もないわけではなかったからだろう。ジョークが面白くなかったというのもあるだろうが。
ウェンリーとジェシカの二人は話し終えた後、こちらへ歩いてきた。その間、アッテンボローが耳元へ寄ってきた。
「そういえば、彼女が誰と結ばれるか賭けをしたと聞いたんですが」
「……誰に聞いたんだ、それを」
そういえばアッテンボローの父はジャーナリストだった、と思い出した。士官学校に入学する際に大喧嘩をしたと本人から聞いたが、親の血は争えないようだ。
「まぁまぁ。それで、先輩は誰に賭けたんです?」
「俺はジャンに賭けたよ。
……このこと、ジェシカに言うなよな。怒ったら怖いんだから」
「了解しました、ルクレール少佐殿」
大仰に敬礼するアッテンボローを見て、俺はため息をついた。
これでも成績は結構優秀なほうなのだが、精神構成要素に多分な反骨成分を含んでおり、優等生や模範生と見られるよりも問題児として見られることを好む傾向にあった。要するに捻くれ者の天邪鬼である。戦術シミュレーターでもその傾向が見られ、真っ向勝負などよりも撤退戦における殿軍、作戦上の陽動などを得意としていた。
そうこうしている内に二人がそばまで来ていた。
「長々と話しちゃってごめんなさい」
「いや、こっちもこっちで話してたから構わないさ」
「あら、何の話をしてたのかしら?」
「それは、えっとーーー」
「ルクレール先輩がこの後ランチを奢ってくれるそうで」
「そ、そうなんだ。せっかく久しぶりに会えたからみんなで食事でもしながら話でもしたいなぁ、と」
言いながら俺は横目で睨んでみせるが、アッテンボローはどこ吹く風であった。一応助けてもらったことにはなるだろうが、抜け目のない奴だ。
「あらそうなの、じゃあ私もご馳走になろうかしら。
……そこで本当は何を話していたのかも、話してもらうわよ」
……どうやらアッテンボローのフォローもむなしく、バレていたようだ。悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女に俺は一生涯、勝てる気がしない。また横目でアッテンボローを睨むが、
「この近くにそれはそれは美味いパスタが食べられる洒落た店がありましてね?少々値は張るんですが、そちらでどうです?」
どうやらバレていると予想した上での確信犯のようだ。後で締め上げるとして、いまさらじたばたしても仕方がないのでその店へ行くことにした。
◇ ◇ ◇
同年
11月2日
首都ハイネセン・後方勤務本部
ウェンリーが収容所惑星へと旅立って一週間強経った今日、俺にも辞令が下された。
「来週の11月9日を以って、貴官にはフェザーン自治領へと赴いてもらう」
「フェザーン自治領、ですか」
俺は口の中で転がすようにその名を反芻した。
フェザーン自治領。
帝国と同盟には、その両者を結ぶ二つの回廊がある。一つはイゼルローン回廊といい、同盟が長年攻略に苦心しているイゼルローン要塞がある回廊である。もう一つはフェザーン回廊といい、フェザーン自治領はその回廊内に位置するフェザーン星系の第二惑星につくられた商業国家である。フェザーン自治領は自由惑星同盟内の自治領ではなく、銀河帝国内で成立している自治領である。つまり公式には銀河帝国領なのだが実質的には独立国家であり、戦争状態である同盟と帝国の外交の窓口として、あるいは交易の橋渡し役としてフェザーンという国は存在しており、同盟と帝国の高等弁務官事務所がそれぞれ同一の惑星で同居している奇妙な場所はいかに広大な銀河系においても、ここだけであった。
(だが同盟軍人として見れば、フェザーンという赴任先はあまりよいところではないな)
理由としては、フェザーンという勢力が先ほど述べた通り商業国家であるということが挙げられる。版図としてのフェザーンは首都のある第二惑星一つしかないが、経済面においては銀河全体の一割にも及ぶ富を独占しており、同盟には借款まで存在する。そのような国で、賄賂や横領が横行しないはずはないのだ。これは歴史が証明しているものでもあった。
(観光ならまだしも、仕事で行きたくはないねぇ)
心中で愚痴を述べても気分がよくなるわけでもなく、俺は憂さ晴らし半分でキャゼルヌ先輩のところへと足を運んでいた。
「憂さ晴らしに俺の仕事の邪魔をしに来るんじゃない」
「今は休憩中でしょう?いいじゃないですか、話し相手が向こうから来たと思えば」
「まったく、口の減らない奴だ」
やれやれ、と首を横に振る先輩の前にコーヒーを置き、俺はソファに座った。
「コーヒーを淹れるのは上手いな。まぁ紅茶はうちの部署のミンツ大尉に劣るがな」
「へえ、そんなに上手いんですか?」
「少なくともヤンが淹れたものを紅茶と呼びたくなくなるくらいにはな」
それは飲んでみたいものです、と返答して自分の淹れたコーヒーを一口つけた。
余談だが、ウェンリーは自他共に認める紅茶党であり、コーヒーを“泥水”呼ばわりするほどのコーヒー嫌いだ。俺やキャゼルヌ先輩は美味ければどちらでも構わない、というウェンリーのそれと比べて平和的かつ穏健な派閥の人間であり、趣味や好物が似たり寄ったりな俺とウェンリーにしては数少ない不一致であった。かといって、そんな好みの不一致程度で争うほど矮小な人間でもないため、ウェンリーにコーヒーを淹れるようなことをしなければ人間関係にさしたる問題はない。以前、悪戯心でコーヒーを出した際はその日一日中不機嫌であったから、という実体験にも基づいた俺の考えであった。
「それで。お前さんは憂さ晴らしと俺にコーヒーを淹れるためだけにここに来たのか?」
「そうだ、と言ったらどうします?」
「どうもせん。ただ一定時間ごとに“帰れ”と言うだけだ」
「そう邪険に扱われるのも嫌なので、本題に入りましょうか」
俺がここに来たのは、憂さ晴らしの他にもう一つ目的があった。それは赴任先についてである。
「フェザーンの高等弁務官殿がどんな人か知りたかったんですよ。経歴で人格までは流石に見通せないので、キャゼルヌ中佐なら何かご存知ではないかな、と」
「まったく、人が健全な勤労意欲で以って勤務に励んでいるというのに人遣いの荒い奴だ」
「まぁまぁ。休憩ついでだと思って、ここはひとつ」
「やれやれ、仕方のない奴だ。コーヒーのおかわりを頼む」
「イエッサー」
キャゼルヌ先輩のコーヒーカップを受け取り、ポットのコーヒーを注いでまた渡した。先輩が一口すすって頷くと、ようやく口を開いた。
「今のフェザーンの自治領主が誰かはわかるな?」
「たしか、アラン・ワレンコフでしたね」
「そうだ。彼で四代目の自治領主となるわけだ。彼自身も元々優秀な弁務官で、出世を重ねて数年前に先代から自治領主の座を託された」
「フェザーンで優秀な弁務官ってことは、大した野心と商才の持ち主なんでしょうね」
「あぁ。彼は先代までの自治領主と同じく、フェザーンの経済的発展を進めている。お陰で同盟の借款は増える一方だ」
どんな時でも皮肉を忘れない先輩に苦笑しつつ、先を促した。
「まあそれらは、ワレンコフを補佐しているアドリアン・ルビンスキーという男の手腕によるものが大きいようだがな」
「アドリアン・ルビンスキー?」
「“フェザーンの黒狐”の異名を持つ高等弁務官で、次期自治領主筆頭だそうだ。相当な食わせ者らしくてな、情報部の知り合いが『奴は大狸だが、煮ても焼いても食えんし、食えたとしても逆に腹から食い破られかねない』と盛大に愚痴っていた」
よほどいやらしい奴なんだろう。悔しさが伝わってくるようだ。
やはりフェザーンという国は侮ることはできなさそうだ。俺は不本意ながら同盟軍の一少佐としてあそこへ赴くことになるが、話を聞くだけでも俺なんかじゃ利用されるだけされて棄てられそうだ。
決して笑い話ではなく、だ。
「同盟のほうはどうです?」
同盟のほう、というのはフェザーンに存在する同盟の、いわば大使館のようなもののことである。これは帝国のものも存在している。その
「今の主席駐在武官は、ムドラ大佐だったか。一兵卒から叩き上げの軍人で、たしか歳はもう五十半ば近いはずだ。“頑固一徹”を地で往く人で、宇宙艦隊の参謀だったこともあったらしい」
「はあ、俺なんかは嫌われそうですねぇ」
「お前さんは一応、エリート士官学校を一桁台で卒業したエリート士官で、しかもエル・ファシルの英雄だ。いけすかない若造と思われても仕方ないだろうさ」
「先輩も同じようなものでしょうよ」
士官学校を卒業して七年で中佐まで登り詰める後方勤務士官など、同盟軍史上で一体何人いるだろうか。目の前でコーヒーを飲むこの男は、艦隊勤務の士官と同等かそれ以上の昇進スピードであるのは間違いなく、既に“将来の後方勤務本部長”と名高いのである。人格も、皮肉と毒舌の成分がたっぷりと含まれている言葉の矢を際限なしに撃ってくることを除けば、友人と後輩想いな理想的な上司である。尤もその性格が災いして、上司からの受けはあまりよくないらしいが。
(だがその上で中佐までのし上がるのだから、本当に優秀なんだろうな)
やや上からの目線に捉えられかねないような思考に内心で苦笑い、軽く頭を振る。尊敬する先輩はそんな俺を訝しみつつも、ムドラ大佐についての話を再開した。
「ま、悪い爺さんじゃない。ただ頑固で思ったことをところ構わずはっきりと言ってしまうだけだ」
「そんな人がフェザーンの駐在武官って大丈夫なんですか?」
「ところが、意外にも交渉ごとには強いらしくてな。借款の利子率を下げたこともあると聞いたことがある」
性格と能力が見合ってないような気がするが、叩き上げというだけあって人生経験という面で有利なのかもしれない。
「他にも駐在武官はいるが、あとは知らん。俺だって誰彼構わず友人をつくる趣味はないんでな」
「いえ、ありがとうございました。なんとかあっちでも頑張ってきますよ」
俺は色々と教えてくれたキャゼルヌ先輩に礼を言って、執務室を出た。一週間後にはフェザーンへと旅立たなければならないため、準備も急ぐ必要がある。あとは友人に連絡を入れておこう。俺は通信端末から連絡を取り始めた。
段々と肌寒くなってきた、早秋の頃だった。
いかがでしたか?
旅路と銘打っといてまだ旅立っていません。
なんか意図せずタイトル詐欺をやってしまって申し訳ないです……。
ところで、前作「外史 銀河英雄伝説」は一応[凍結]としているんですが、もう削除したほうがいいですよね?
前作から引き続き読んでいただけるように、一応残しておいたんですが、来週くらいを目処に削除したいと思います。
消さないで!という方は前作の感想欄の方へ書いてください!
感想や質問、コメントも送っちゃってください!あ、こっちは本作のほうでお願いします!
次の投稿も1週間以内(1月21日木曜まで)にしますので、お楽しみに!
次回、第四話 二人の巨魁
人は歴史を作りだし、人は歴史を語り継ぐ。