┌(┌^o^)┐オーバーロードォ...   作:こりぶりん

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 読み切りと言ったな。あれは嘘だ。
 いや書いた時点では嘘じゃなかったんだけど、なんか似たような雰囲気のネタができたので続きとして書きました。



至高なる遊戯

「ふむ、将棋に、トランプに、花札か……次はどうやって遊ぼうかな……」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層、自分の部屋。(比較的)心を許せるパーソナル・スペースでアインズはぼそりと呟いた。

 これまで、守護者達と親睦を深めるため。そういう名目で各守護者達とレクリエーションに興じてきたアインズである。今までの内容を思い起こすと、比較的少人数で行う種目が多かった気がする。トランプは無限の可能性を秘めているが、三人で遊んでしまった。

 

「であれば、今度は多めの人数で楽しめるゲームがいいかな……というか、デミウルゴスやアルベドとサシで遊ぶと色々ボロが出そうでやだから、乱戦にした方が多少でも誤魔化しが効く気がするんだよな!」

 

 逆に言うと、バレる場合はその場の全員にというリスクもあるのだが……そこまで考えた瞬間、アインズの脳裏を天啓の如くよぎる遊戯名があった。その名前を麻雀という。

 

「麻雀……麻雀かあ。憧れるんだけどな、『おっとそいつだ、リー棒は出さなくていいぜ』とか言ってみてえー」

 

 アンタ、背中が煤けてるぜ……などと決めポーズを取りながら格好をつけるアインズであった。基本的には四人で行う卓上遊戯。そういう意味でアインズの希望には合致するのだが……ひとつ問題がある。

 

「でも俺、符計算ってやつ覚えてないんだよなあ……」

 

 三十符だと四(ハン)ついても7700止まりとか、三(ハン)でも七十符あると満貫になるとか。断片的に知ってはいるが、細かい計算方法がわからない。いっそ何も知らなければ、符計算を無視して四(ハン)は必ず満貫、みたいな乱暴なルールで遊ぶ気になれたかもしれないが……

 

「うーん、分からない以上微妙だなぁ……待てよ? 麻雀を簡略化して面子を刻子(コーツ)に限定したような遊戯があった気がするぞ」

 

 その名をドンジャラという。……登録商標でない一般名詞的にはポンジャンというらしいが、それでは作者がしっくりこないのでドンジャラで行くことを許していただきたい。

 

「そうそう、ドンジャラだ。言うなれば字牌しかない麻雀だよな。そして絵柄の図案には色々バリエーションがあった筈。……いいじゃないか、アイデアが湧いてきたぞ」

 

 喜色を浮かべて<上位道具創造>(クリエイト・グレーターアイテム)を唱えるアインズ。これはこれで、ドンジャラという遊戯に対するかなりの勘違いを孕んでいたのだが……ともかく、そこからこの話は始まったのである。

 

 

 

 

「皆、今日はつまらぬ余興のためによく集まってくれた。忙しいところを済まないな」

 

 遊びたいので暇のある守護者は集まってくれ。かなりのド直球でそう言ったアインズの言葉に雁首揃えたのはアルベド、デミウルゴス、セバス、アウラ、マーレ、コキュートスにシャルティア。要するに声をかけた階層守護者全員であった。

 

「いえ、アインズ様のなさる余興をつまらぬと思うシモベなど、このナザリックに存在する筈がありませんわ」

 

 代表してアルベドが宣言したように、ナザリックのシモベにとって、アインズの要望に応える以上の用事など存在する筈がないのである。居並ぶ階層守護者達が我が意を得たりと一斉に頷くのを見て、アインズは気圧されたようにたじろいだ。

 

「お、おう……では、これから行う遊戯について説明しよう。皆、卓の周囲に集まってくれ」

 

 声をかけられた守護者達がぞろぞろとアインズの前に置かれたテーブルの周囲に集まる。全員の目が卓上に置かれた遊戯の道具と思しき物に集中する。

 

「ところでアインズ様……ここに描かれている図案は、もしかしてウルベルト様ではないでしょうか?」

 

「あれ、じゃあこれは茶釜様ですか?」

 

「たっち・みー様もありますな」

 

「武人建御雷様モ……」

 

「至高の御方々全員のお姿に見えますわね」

 

 最初に気づいたのはデミウルゴスであった。彼にそれが麻雀牌であるという知識はなかったが、卓上に並べられた牌の表面に精緻に彫り込まれた(正確にはそう言う形状で生成された)、AOGギルドメンバー各位の紋章やデフォルメタッチのイラストを見て、守護者達が口々に驚きの声を上げる。

 

「ああ、その通りだ。これらの牌の図柄には我々“アインズ・ウール・ゴウン”のギルドメンバーの意匠を採用している」

 

 アインズが促すと、守護者達がそれぞれ自身の創造主の牌を探し、思い思いに手にとって確認した。

 

「どうだ? 手前味噌だが、なかなか良く出来たと思うのだが……」

 

「素晴らしいでありんす! ペロロンチーノ様のお姿が、よく再現されていんす。流石は我が君、愛しの御方!」

 

 シャルティアが惚れぼれとペロロンチーノのイラストが描かれた牌を見つめながら褒め称えた。他の守護者たちも口々に喝采するのに応え、アインズは満更でもなく頷いた。

 

「フフフ、そうかそうか。お前達の目から見ても大丈夫なら出来は十分だな。苦労してデザインした甲斐があったというものだ。それでは今から行う遊戯のルールを説明しようか」

 

 そう言ってドンジャラ(と彼が思っている遊戯)の説明をしだすアインズ。基本的には麻雀と同じ構造であり、同じ図柄三枚を刻子(コーツ)として一組の面子とし、刻子(コーツ)四組と雀頭の対子(トイツ)を揃えたら和了(あが)りとなるゲームである……まだ現時点でのツッコミは差し控えて頂きたい。

 

「このように、手牌は普段十三枚となり……自分の番が来たら十四枚目を山から自摸(ツモ)るのだ。それで今しがた説明した、四面子一雀頭の形が完成すれば和了(アガ)りとなる。それができなければ、その形の完成を目指して、要らない牌を切って――捨てていくわけだ」

 

 アインズが説明のために並べた手牌から、一枚を選んで前の河に捨てると、守護者達の間から口々に悲鳴が上がった。

 

「そんな!? 我々に至高の御方々を捨てろと仰るのですかアインズ様!?」

 

「えっ」

 

 セバスの叫びは血を吐くような物であったが、アインズはキョトンとするばかりであった。

 アインズにとってはギルドメンバーの似姿や紋章をノリノリでデザインしただけに過ぎないこの牌が、守護者達にしてみれば己が創造主が顕現したに等しい神々しさを持って受け取られていたのである。遅まきながらそのことを察したアインズは、守護者達の天元突破する忠誠心の高さに感激……はしなかった。むしろちょっと引いた。

 

「いや、お前達。これはあくまでゲームの道具で、牌に描かれたのは単なるギルドメンバーの絵だからな? 勘違いするなよ?」

 

「……心得テオリマス、御方」

 

 嘘だ、お前ら絶対分かってないだろ。守護者達の目つきが据わっているのを見てアインズはその台詞を飲み込んだ。この時既に、ここまでの説明を受けた階層守護者達の胸に去来するひとつの思いがある。それがルールとあらばどなたかを捨てることになるのはやむを得ない。やむを得ないのだが……せめて自身の創造主とアインズ様の牌は死んでも捨てないぞ――期せずして守護者達は同じ思いを抱いたのであった。

 

「……ああ、そうそう。一種類だけ特別な役割をもつ牌がある。ワイルドカードというヤツだが……これは僭越ながら、この牌を当てようと思う。ところでこの牌に関しては、アインズではなくモモンガと呼ぶように」

 

 ワイルドカードというのは、ポーカーで言うジョーカーのように、他の全ての牌の代わりとして扱える特殊な牌(オールマイティ)のことである。アインズはギルマスとしての自身をその役割に当てようと思ったのだが、他のギルメン全員に慕われており馴染んでいた彼がワイルドカードと云うのは、言い得て妙であるかもしれなかった。ギルドメンバーの誰がこの場に居ても、モモンガさんにぴったりだと言ったであろう。

 

「いえ、アイ……モモンガ様が特別な役割ということに、なんの異論があるでしょう。まさに至高の中の至高の御方に相応しい役割であるかと存じますわ」

 

 アルベドが喜々として口を挟んだ。彼女にとってその名前は特別な意味を持つ。アインズが自ら封じたその名を堂々と呼ぶチャンスに、尻尾を振って飛びついた形である。そんな彼女の様子に気づくこともなく、アインズは説明を続ける。

 

「そして役についても説明しなくてはならないな。手牌の顔ぶれの組み合わせによって役ができるんだ。これは別に、全ての面子が関連している必要はない。ポーカーと同じようなものだな。複雑な役ほど高いし、安いけど単純な組み合わせでも成立する。例えば、そう……やまいこ、茶釜、餡ころで役“女性トリオ”、武人建御雷、茶釜、やまいこ、弐式炎雷、モモンガで役“明王”なんてのもアリかな」

 

 周囲を見回して自分の台詞が守護者達に浸透したのを確認すると、アインズは言葉を続ける。

 

「正直、役については細かく考えてないので……言った者勝ちとしよう。私の仲間達についての関係性や共通点など、思い思いの点を挙げてくれればよい。組み合わせ内容の採点は私が行う。……まあ、そんな有様である以上、四面子一雀頭の形が出来ていれば和了(あが)りと認め、いわゆる“役なし”は無しとしておこうかな」

 

 どんな組み合わせでも役“AOG”(アインズ・ウール・ゴウン)だ。そんな風にまとめたアインズの言葉に、守護者一同は感激して平伏した。

 

「なるほど……大体理解しました。和了(あが)りに点数がつくと言うことは、順位もおつけになられるのでしょうか?」

 

 次に、例によってデミウルゴスが真っ先にルールを把握したと宣言する。対抗意識を刺激された様子のアルベドを横目に、アインズは彼の言葉に頷いた。

 

「流石はデミウルゴス、良い質問だ。そうだな……やはりこういう物は、賞品が有る方が盛り上がるものだろう。何回かやって、総合得点最高位の者にはトップ賞を出そうと思う」

 

「トップ賞! それはなんでしょうかアインズ様!」

 

 アウラがぱっと顔を輝かせるのを見て、アインズはよしよし、やはり子供はこういうのに食いつきがいいなと微笑む。

 

「フフフ、とは言ってもお前達の趣味嗜好は各員てんでばらばらだからな。ここで具体的に決めてしまっては、モチベーションに差異が出てくることもあるだろう。ここは一つ、私に願い事をする権利というのでどうかな?」

 

 だからだろうか。まるで成長していない……と何処かの誰かに言われること請け合いの、迂闊な台詞が彼の口から飛び出した。瞬間、守護者達の表情がすっと消える。急に真顔で沈黙した彼らの顔を見て、狼狽えたアインズの口から焦った声が漏れ出た。

 

「お、おいどうしたのだお前達。そ……そんなにしょぼいかなこの賞品?」

 

「……アインズ様。願い事というのは、どんな内容でもよろしいのでしょうか?」

 

 目の辺りに影を落として、表情の読めぬアルベドが底冷えのする声を響かせた。そこで漸く己の迂闊さに気づいたアインズ、慌てて軌道修正を図る。

 

「む、無論、限度というものはあるぞアルベド! 私にだってできることとできないことがあるからな!」

 

「……アインズ様にできないことがあるなどとは思いんせんが……了解しましたえ。ええ、分を弁えたお願い事を考えるでありんす」

 

 シャルティアがここで口を挟む。一見にこやかな笑顔だが、目が全く笑っていない。全く安心できないアインズは、存在しない筈の心臓がドキドキするのを感じながら慌てて話題を逸らしにかかった。

 

「と、とにかく、ルールはこんなところだ。問題がなければ、早速始めたいところだが……」

 

「いえ、アインズ様。我々もたった今ルールを説明されたばかりのところですし、少しそれを噛み砕くお時間をいただければと思います」

 

 ゲームを開始しようとしたアインズに異を唱えたデミウルゴスの言葉に、成る程それももっともなことだと首肯する。十分程説明内容を咀嚼し、必要に応じて質問する時間が設けられた。アウラとマーレの姉弟が早速至高の御方の下へ向かうのを横目に、自身の思考に沈み込むデミウルゴス。その様子を見咎めたコキュートスが隣に座って尋ねた。

 

「ドウシタ、デミウルゴス。……心配事カ?」

 

「うん、コキュートス……耳を貸してくれ」

 

 ヒソヒソと囁くデミウルゴスの口元に、耳を近づけるコキュートス。

 

「……アインズ様は、我々をお試しになられているのかもしれません」

 

「……何ダト、ドウイウ事ダ?」

 

 ぐっと身を乗り出したコキュートスを制し、デミウルゴスは囁き声で説明を続ける。

 

「牌の図案に至高の御方々を採用されたアインズ様のご心境を推察するならば……仲間の方々の存在をお求めになられるアインズ様の寂寥感を感じざるを得ません。敢えてこの図案を描いた牌を用いて、ご多忙の中わざわざ私達と“遊ぼう”等と仰せになったアインズ様に、我々が及ばずながらも御方々の代わりにアインズ様の無聊を慰めることがかなうか、それを図ろうとする意識が全く無いと言えるでしょうか……?」

 

 無論。アインズにそんなつもりはない。ドンジャラは割りと自由に絵柄を変えて、色々なキャラクター展開をしていたなあとアインズが思い起こした際に、だったらギルメンの図案を採用すればいいじゃないという単なる思いつきである。デミウルゴスの深読み(十八番)が炸裂した瞬間であった。

 

「ムムム……ナラバ、我々ハドウスレバイイ?」

 

 そんなことを知るべくもないコキュートスが焦りのあまり唸り声を上げる。デミウルゴスは人差し指を口の前に立てると、静かにするように促した。

 

「シッ、声が大きい。……まあ、とりあえずは真面目にゲームをプレイするしかないでしょうね。アインズ様がそれでご満足なさるかどうかは、我々にはどうにもならないことです」

 

「ウム……皆ニハ伝エナクテモ良イノカ?」

 

 コキュートスが疑念を呈すると、デミウルゴスは少し考えて首を振った。

 

「いえ、難しいところですが……皆がそれを意識すれば、却ってガチガチに緊張してアインズ様の楽しみを損ないかねません。この話は私と君の二人だけの間に留めておきましょう」

 

「……了解シタ」

 

 コキュートスが緊張を孕んだ声を、ブシューという呼気と共に吐き出した。程なく準備時間が終わり、いよいよゲームを開始しようと言う運びになる。

 

「さて、説明したように、このゲームは四人で遊ぶものなんだが……私を含めて、ちょうど八人居るな。四人ずつ、二卓立てれるというわけだ」

 

 二卓と聞いて、守護者達が互いの顔を見合わせる。どうせだったら忠誠を捧げし至高の御方と卓を囲みたいと思うのは、守護者として、ナザリックのシモベとして必定である。殺気立った視線が火花を散らす中、脳天気にアインズがくじを作って皆が引いていく。

 厳正な抽選の結果、組み分けはアインズ・セバス・シャルティア・マーレの卓と、アルベド・デミウルゴス・コキュートス・アウラの卓に別れることとなった。明暗分かれて悲喜こもごもに感情を爆発させる守護者達。

 しかし――

 

「……そんなにガン見されたらやり辛いんだが」

 

 アインズの呆れたような声が虚しく響き渡る。アインズと同伴出来なかった卓のメンバーは、全員手を完全に止めて食い入るようにアインズ達の様子を窺っていた。

 

「これじゃあそっちの卓が動きそうにないな……まあ、役判定も私がすると言った手前もあるか。……そうだ、いいことを思いついた。卓は一つにしよう!」

 

「そ、それはどういうことでしょうか、アインズ様?」

 

 マーレが不思議そうに首を傾げたのをぽんぽんと撫でて、アインズは言った。

 

「二人一組のチームを組もう。えっと……デミウルゴスはセバス、アルベドはシャルティア、アウラはマーレ、コキュートスは私の後ろに移動するんだ。ここからはコンビで打つこととする」

 

 五回牌を切る毎に交代する、という形でコンビでプレイする。どこかの東西頂上決戦みたいなルールを決めたアインズの言葉に、守護者達は従いつつも内心驚愕した。一方的に指定されたタッグの相手をちらりと窺う。この組み合わせは、アインズが心の赴くままに決めた。デミウルゴスとセバス、アルベドとシャルティアはこの機会に親睦を深めて欲しいと思う組み合わせとして指定し、アウラとマーレは幼さを考慮したハンデのつもりで元々息のあってるコンビにした。コキュートスは余りである……この場合、まさしく残り物には福があるという奴であったが。

 ともあれ、そうした形でとりあえずはゲームが開始されたのである。

 

 

 

 

 セバス&デミウルゴスの場合――

 

「……ふむ、これは幸先がよいですな」

 

 セバスの手番。自身の第一自摸(ツモ)でたっち・みー(の牌)を引き入れたセバスは顔を綻ばせた。さっそく手牌に差し込んで、対子(トイツ)となったたっち・みーを満足そうに眺める。

 一枚引いたら一枚捨てるのがルールである。セバスはごく自然な流れで、五枚の孤立牌から一枚を選んで場に切り出したのだが。

 

「ああ――――――――――――ッ!? なっ! 何をするだァーッ! ゆるさんッ!」

 

 後ろで見ていたデミウルゴスが絶叫し、全員の視線が彼に集まった。耳元で叫ばれたセバスは眉をしかめてデミウルゴスに振り返る。

 

「いちいちうるさいですね……ルールから言えば、不要牌を切るのが当然でしょう? 何をそんなに騒いでいるのです」

 

 と、言いながらも。セバスには、そして周囲の皆にも、デミウルゴスが何故叫んだのかは明白だった。セバスが切ったのがウルベルト・アレイン・オードル(の牌)だったからである。額に青筋を浮かべたデミウルゴスが、セバスに詰め寄る。

 

「ッ……だとしても! なぜウルベルト様から切る必要があるのです!? 五枚ある孤立牌からわざわざウルベルト様を選んだのは、あまりにも相棒(パートナー)である私への配慮に欠けていると言わざるを得ません!! 私に喧嘩を売っているのですか!?」

 

「……それは……」

 

 セバスは返答に詰まった。五枚ある孤立牌からどの御方を切るかは非常に悩むところではあったのだが、ウルベルトを選んだときにデミウルゴスへの配慮があったかと言われれば肯定はし難い。結局、その時にセバスの脳裏を掠めたのは、己の創造主(たっち・みー)と仲の悪い相手だったと言う、かなり手前勝手なものだったのである。

 デミウルゴスの剣幕に気圧されて救いを求めるかのように彷徨うセバスの目線が、捨て牌の河に止まった。

 

「オホン。ほら、ウルベルト様はもう河に一枚切られているではないですか。同じ孤立牌でも、山に残って居なさそうな牌を選ぶのは理に適っていませんか?」

 

「ぐっ……まあ、それは、一理ありますね……」

 

 明らかな後付けなのだが、他人によって捨てられているウルベルトが山に残っている可能性は、まだ見えてない他の牌より低くなる。ゲーム上の理に沿ったセバスの言葉に、デミウルゴスはしぶしぶ怒りを抑え込んだ。

 だが、セバスは戦慄した。表面上は大人しく黙り込んだデミウルゴスから立ち上る不満のオーラに当てられて。

 

(不味い。このままでは、番を交代したときに単なる報復のためだけにたっち・みー様を切りかねない……)

 

 セバスは焦りながら自摸(ツモ)を続ける。対子(トイツ)では心許ない。たっち・みーを刻子(コーツ)にさえしてしまえば、デミウルゴスとてそれを切る理由は立てられまい。

 だが、起こらないから奇跡なのである。

 

「くっ……!」

 

 セバスは息を漏らした。最後に自摸(ツモ)ったのはク・ドゥ・グラース、手持ちにはない不要牌である。心中詫びながらそのまま河に自摸(ツモ)切りすると、絡繰り人形の如きぎこちない動きで首を回し、背後で異様な雰囲気を漂わせるデミウルゴスを振り返った。

 

「では交代です、デミウルゴス。……宜しく頼みますよ」

 

「……了解したよ、セバス。任せてくれ給え」

 

 その時にいぃっ、と不敵に笑って頷いたデミウルゴスの様子に、セバスは悪寒を覚えた。身震いをしてその感覚を押し殺す。デミウルゴスは頭の切れる男だ、至高の御方が望む以上は真面目にゲームをやるだろうし、私情で理に合わないことをするはずがない。対子(トイツ)は残しておくべき面子の種なのだ。

 仲の悪い相手ではあるが、彼は目の前の悪魔のことをそのように評価していた。信頼していた、と言ってもまあ間違いではない。だが、その見通しはハチミツよりも甘かったのである。

 

(おおっ!? グレートです、デミウルゴス!)

 

 デミウルゴスが自番の最初に自摸(ツモ)った第一牌を目にし、セバスは目を見開いて内心喝采した。なんたる奇遇か、デミウルゴスの第一自摸(ツモ)もたっち・みー(の牌)であったのだ。

 

(これでたっち・みー様は刻子(コーツ)! どうなることやら不安でしたが、一安……心……)

 

 そのように安堵して、セバスはデミウルゴスがたっち・みーを手牌に加える様子を見守った……否、見守ろうとした。

 しかし――

 

「あなた何やってるのですかデミウルゴスーッ!? スピードはともかく理由(わけ)を言えーッ!!」

 

 目を見開いたセバスが驚愕の表情で絶叫する。デミウルゴスが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()刻子(コーツ)を崩してまで。まさかそのようなことはしないだろうと油断していたセバスにとって完全な不意打ちであり、彼が絶叫したのも無理からぬことではあった。

 

「何ってセバス、()()()()()()()()()()()? そんなに騒がないで欲しいものだね」

 

 しゃあしゃあと言ってのけるデミウルゴスの胸ぐらを掴み挙げ、セバスは鬼の形相で彼を睨み付けた。

 

「既に刻子(コーツ)であるたっち・みー様の何処が不要だと言うのですッ!?」

 

「……あ、それ言っちゃうんだ……」

 

 傍で見ていたアインズが思わず呟く。手牌の情報をその場の全員に晒しているセバスの叫びを迂闊だと思ったからだ。だが、デミウルゴスの返答は、さらに奮っていた。

 

「……何を言い出すかと思えば。やれやれ、志が低いねセバス? よく考えてみたまえ。君はこの手、最終形はどのような形にするつもりだったんだい?」

 

「……最終形、ですと?」

 

 予想外の返答に、セバスはデミウルゴスの胸ぐらを掴んだ手を放し、手牌に目線を落とした。デミウルゴスがそれに被せるように言葉を続ける。

 

「どんな役を作るつもりなのか、ということだよ。見給えセバス、我々の手牌には武人建御雷様が暗刻で、やまいこ様、ぶくぶく茶釜様、弐式炎雷様が対子(トイツ)になっている」

 

「……」

 

「えっ、ぶくぶく茶釜様対子(トイツ)なのッ!? いいなあ、交換してくれないっ!?」

 

 あまりといえばあまりの台詞に、アインズが呆れて絶句する中。コキュートスががたんと席を揺らし、アウラが叫んで立ち上がる。思わずと言った調子で動いた姉の袖を、マーレがちょいちょいと引いた。

 

「お、お姉ちゃん。これ、そういうゲームじゃないから……」

 

「むぅー」

 

 唇を尖らせて席に戻るアウラをちらりと眺め、苦笑しながらデミウルゴスは続ける。

 

「これに現在一枚のモモンガ様を重ねることができれば、手役“明王”の種が完成する。私の見るところ、この手牌の最高形はその形だ。そうなれば、いくら現在刻子(コーツ)だからと言って、たっち・みー様は不要だろう? ……重なった牌から順に確定していくだけでは、ろくな手が作れないよセバス? 和了形さえ出来ていれば最低点は認めると仰ったアインズ様のご厚意に甘えていれば、君は満足なのかも知れないがね」

 

「むぅ……」

 

 思ったよりは理路整然と説明されたデミウルゴスの理屈に、セバスは頬をひくつかせながら沈黙した。まさしく、重なった牌から確定させればいいと思っていた図星をつかれたのである。

 

「……そうですな、デミウルゴス。ここはあなたの言葉が正しいようです」

 

「わかってくれて嬉しいよ、セバス。じゃあ続けようか?」

 

 押し殺した声で絞り出されたセバスの唸り声に、唇の両端を釣り上げたデミウルゴスが応じる。二人は自然と伸ばした手を握りあい、がっちりと握手を交わした。……必要以上に力を込めて。

 

「ふっ、ふふ、フフフフフフフフフフフフフ」

「くっ、くは、ハハハハハハハハハハハハハ」

 

 この瞬間。セバスとデミウルゴスの目的は、いかに理論武装した上で相棒(パートナー)に嫌がらせをするか、にシフトしたのである。

 

「うわぁ……」

 

 その様子は緊張緩和どころか、控えめに言っても一触即発寸前であった。周囲の守護者達がドン引きする中、アインズが上機嫌に頷いた。

 

「うん、いいじゃないか! 手役の方向性でケンカするとか、二人にも意外と可愛らしいところがあったんだな。いや、タッグにして正解だったぞ」

 

「……あの様子を見て可愛らしいで済ませるとは、流石はアインズ様ね……」

 

「……恐ロシクモ頼モシイ御方ヨ……」

 

 爆発寸前にしか見えない二人の様子を脳天気に可愛らしいと言ってのけたアインズを見て、周囲の守護者達はおのが主の器の大きさに戦慄する。至高の御方にしてみれば、彼らの激発も可愛いで済まされる程度のものなのだ、流石は我らが永遠の主よ――なお、アインズが二人の間の緊張感に気づいてすら居ない可能性については一顧だにされなかった。

 

 そして。

 当然、手牌の構成を大声でばらした二人の手は、牌を絞られて鳴くこともできずに流局した。

 

 セバス&デミウルゴス……勝利への目的を見失って脱落(リタイア)

 

                                To BE CONTINUED……

 

 

 

 

 アウラ&マーレの場合――

 

「ちょっと待つでありんす、おちび!」

 

 脇から伸ばされたシャルティアの手にがっちりと手首をホールドされ、アウラは痛みに顔を顰めた。

 

「ちょっと、なにするのさシャルティア。痛いんだけど」

 

「なにをする、はこっちの台詞でありんす。……なに、ナチュラルにぶくぶく茶釜様を河から拾おうとしてるんですえ!?」

 

 シャルティアは呆れたようにアウラの手首を握りしめた手に力を入れると、アウラの手からぶくぶく茶釜の牌がぽろりと零れた。アウラは不満そうにシャルティアを睨む。

 

「だ、だって、ぶくぶく茶釜様が捨てられちゃったんだよ!? シモベとしてお救いしなければ、と思うのは当然じゃん!?」

 

「当然って、あんたねえ……」

 

 シャルティアは目の前で膨れる闇妖精(ダークエルフ)の少女を呆れたように眺めた。このお馬鹿、ルールを理解していないのでありんすか?

 

「だ、ダメだよお姉ちゃん……」

 

「おお、マーレ。ぬしからも言ってやるでありんす」

 

 そんな姉の袖を引いたマーレを見て、シャルティアはほっとした。この馬鹿な姉も、弟が説得すれば聞き入れるかもしれない。

 

「ぶくぶく茶釜様を拾ってきただけじゃ、手牌が余っちゃうでしょ? 代わりの牌を置いてこないと……」

 

「成る程、その通りね! でかしたわマーレ!」

 

「お前もかぁ!?」

 

 姉のルール違反ではなく、イカサマとしての不手際を指摘したマーレの台詞に、シャルティアは絶叫した。

 

「……これこれ、アウラにマーレ。気持ちはわからんでもないが、河から捨て牌を拾ってくるのはルール違反で、立派なイカサマだぞ」

 

「は、はい、すみませんアインズ様!」

「ご、ごめんなさい、もうしません!」

 

「よいよい、ゲームだからな、ルールに沿って楽しんでくれ」

 

 怒ると言うよりは優しく諭すアインズの物言いに、ひたすら恐縮する闇妖精(ダークエルフ)の姉弟であった。とりあえず、その説得によりイカサマ行為はなりを潜めたのだが。

 

「お、お姉ちゃん……どの御方を捨てればいいの、僕、選ぶなんてとても……」

 

「知らないわよ、アンタの番なんだからアンタの責任で選びなさいよ」

 

「じゃ、じゃあ……あまのまひとつ様かな……あまのまひとつ様は、今三枚あるから、一枚くらい捨てても許してくださるよね?」

 

「んー、まあ、いいんじゃない?」

 

「じゃ、じゃあ。えいっ」

 

 マーレは宣言通りあまのまひとつを切り出した。そんな姉弟のあまりといえばあまりの様子に、シャルティアは口を大開きにして顎を落とした。ダメだこいつら。

 一方、そんな様子を見て、口こそ出さなかったが、国士無双形が作れたら和了(あが)りとして認めてやるかな、などと考えていたアインズである。ただ、理論上待ちは二十八面待ちくらいになるから役満級の高ポイントはつけてやれないな、幾つがいいだろう……などと思ったりもしたが、全ては杞憂であった。

 

「や、やったよお姉ちゃん! ぶくぶく茶釜様を自摸(ツモ)ったよ!」

 

「おーし、でかしたマーレ! この調子で三枚目も揃えるわよ!」

 

「う、うん! がんばろうねお姉ちゃん!」

 

 ぶくぶく茶釜(とモモンガ)だけは絶対に捨てようとしないため、和了形ができる筈もなかったのである。

 

 アウラ&マーレ……ルールよりも大切な物のため脱落(リタイア)

 

                                To BE CONTINUED……

 

 

 

 

 アインズ&コキュートスの場合――

 

(参ったな……)

 

 アインズは内心で呻いた。

 彼の白くほっそりとした――と言っても要するに骨なのだが――指がつつーと手牌の上を走り、武人建御雷の上でぴたりと止まる。

 すると、後ろで見ているコキュートスがびくんと震えた。

 

(そのペットショップに陳列されたチワワみたいな目で見つめるの止めてくれないかな!?)

 

 人間種の視点では表情の変化すらろくに読めないはずの、蟲王(ヴァーミンロード)の顔が悲痛に歪んで見えるのが分かる。涙腺があるかも定かではない複眼が潤んで見えるのは気のせいだろうか?

 アインズの手番。目指せそうな役を考えていくと、不要牌は武人建御雷であることは明らかなのだが……背後で見守るコキュートスの無言の訴えにより、不要牌を切る、それだけのことに強いプレッシャーを感じていた。

 

(ええい、俺までこいつらの価値観に引っ張られてどうするんだ! これは牌に描かれたイラストに過ぎない、武人建御雷さんではない! 不要牌だから切る、そんだけ!)

 

 アインズが内心で自身を叱咤した刹那、タイミングを見計らったかのようにコキュートスが口を開いた。

 

「……御方」

 

「うぉ、な、なんだコキュートス。どうした?」

 

 コキュートスは売られていく子牛のように身を縮こまらせながら呟く。

 

「勘違イデアレバ申シ訳アリマセヌガ……モシカシテ私ニ憚ッテ遠慮ナサレテイルノデアレバ、ソノヨウナ気遣イハ無用デス。ドウゾ、御心ノママニ手ヲオ進メクダサイ」

 

(……そんな悲壮感溢れる表情で言われたら、余計切りづらいよ!!)

 

 アインズは内心叫ぶ。デミウルゴスの深読みがまざまざと脳裏に残るコキュートス、御方の判断を邪魔するようなことはゆめゆめあってはならぬこと。かようにハラキリの覚悟を固めた武士(もののふ)が、介錯を頼むような悟りきった表情でそのような台詞を言われると、アインズの心にざくざくと突き刺さるのである。俺もコキュートスの表情を読み取るのが上手くなったもんだ、ハハッ……などと、現実逃避じみた感慨も出てこようという物である。

 

(……不要牌を切る、不要牌を切る、不要牌を切る……!)

 

 そのまま内心でぶつぶつと(まじな)いのように自分のなすべき事を連呼するアインズと、その様子を十三段の階段を上る虜囚の目つきで見つめるコキュートス。

 

(……最悪武人建御雷さんの単騎待ちにするかー……役はまあ、なんとかなるさ……)

 

 結局、最終的にはヘタレて武人建御雷を手の内に残し、音改を切ったアインズであった。

 

 アインズ&コキュートス……情に棹さし手作りが停滞中。

 

                                To BE CONTINUED……

 

 

 

 

 アルベド&シャルティアの場合――

 

「……シャルティア」

 

「な、なんでありんす?」

 

 席について第一自摸(ツモ)を手牌の上に乗せた後。肩越しに振り返っていつになく真剣な面持ちで見つめてきたアルベドに、気圧されたようにシャルティアが息を呑んだ。

 

「獲りに行くわよ、ご褒美(トップ)

 

「言われるまでもないでありんすが……何か策があるのでありんすえ?」

 

 勝つと思えば勝てるのならこの世に敗者など生まれない。そう言いたげなシャルティアの疑問は当然のものであったが、アルベドは動じることなく頷いて見せた。

 

「策、という程のものではないけど。見なさい、私の覚悟!」

 

「う、うおぉおおおおお!?」

 

 次の瞬間、アルベドの行為にアインズを除く守護者達全員の驚愕の叫びが響き渡った。アルベドが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

「あっ、アルベド、いったい何を……?」

 

 背後で呻くシャルティアを振り返り、アルベドはフッと息を吐いた。

 

和了(あが)りを取りに行くためなら、不要牌はそれがタブラ様でも切り捨てる……それが、私の覚悟よ。あなたも同じ覚悟を決めてちょうだい」

 

「あ、アルベド……」

 

 シャルティアは心打たれた。まだ孤立牌が七枚ある状態で、何が重なるかも分からぬうちからタブラ・スマラグディナを捨てて見せたアルベドの心意気に。

 

「わ、わかったでありんす……私も、役作りに邪魔になったときは、それがペロロンチーノ様だったとしても……き、切り捨てるでありんすえ!」

 

 血を吐く思いで懊悩しながら叫ぶシャルティアを、アルベドがそっと抱きしめた。

 

「ありがとう、シャルティア。今はまだいいわ、手役の方向性が固まってきたら、ね?」

 

「アルベド……勝つでありんす!」

 

「ええ、勝ちましょう」

 

 抱き合って勝利を誓う二人を、周囲は畏敬の視線をもって迎えた。

 

「むう、これが守護者統括殿の覚悟ですか……」

 

「さすがは統括を務めるだけのことはある、大した度胸ですねえ」

 

「……いや、不要牌切っただけだから。アルベドが凄いんじゃなくて、お前らがおかしいんだからな?」

 

 思わず呟いたアインズの台詞に反応するものは居なかった。自身の創造主とモモンガ様の牌は捨てようにも捨てられない、それが守護者達が暗黙の内に己に課した縛りプレイの内容である。その軛を打ち破って見せたアルベドに、賞賛の視線が向けられたのも無理からぬ事ではあった。

 だが、アインズも含め周囲の誰も気づいていなかった。アルベドがタブラ・スマラグディナ(の牌)を切り飛ばしたときに、彼女の瞳の奥に宿った暗い愉悦の光を。……まあ、要するに。別にアルベドは、牌に描かれたただのイラストを至高の四十一人と同一視するという、守護者達が陥っていた錯覚から一人だけ逃れ出て見せた、そういうワケではなかったのである。

 

                                To BE CONTINUED……

 

 

 

 

(……おかしいな、こんなに和了(あが)りにくいゲームじゃなかったと思うんだが)

 

 そして。アインズは困惑していた。

 流局を重ねること十数回、未だにただの一度も和了(あが)りが出ていない。ここに至ってようやく、アインズは己がなにか致命的な勘違いをしているのではないかということに思い至った。

 彼がうろ覚えのままに作ったドンジャラもどきは、四十一種の牌が四枚ずつの構成である。これは、麻雀牌三十四種より既に多い。

 本来のドンジャラは、十種類程度の牌がそれぞれ十枚程は入っているものである。順子(シュンツ)の存在を許さない代わりに種類を絞り数を増やすことで刻子(コーツ)を作りやすくしてあるわけだ。麻雀のノリで四枚ずつしか入っていない癖に、順子(シュンツ)の存在を排除したこの似非ドンジャラの和了(あが)りにくさたるや、想像を絶する物があった。

 その上、この場にいる面子の過半数が、和了(あが)りに向かっていないとなれば尚更である。

 

(……一度仕切りなおして、ゲームの設定を見なおすべきか? でも、タイミングがなあ)

 

 このまま誰も一度も和了(あが)れないままお開きでは、あまりにお寒い展開である。せめて誰か、一度でいいから和了(あが)ってくれないものか。アインズは祈った。

 その切なる願いに応えたというわけでもないが……その時展開が動いた。

 自摸(ツモ)った牌を手牌の上に乗っけたシャルティアが、目をくわと見開き、額にぷつぷつと汗を浮かべて喘ぎだしたのである。何事かと彼女の様子を窺う居並ぶ守護者達の様子に構うこともなく、背後に控えたアルベドが、そっとシャルティアの肩に手をおいた。

 

 シャルティアは首だけを動かして無言の守護者統括へと振り返ると、血走った目で頷いた。

 

「はぁ~、はぁ、はぁ~……や、やるでありんすゥゥゥ、勝つでありんすゥゥゥ、私は最強の階層守護者だァァァァァ……!!」

 

 かひゅー、かひゅー……

 (呼吸する必要が無いくせに)顔面蒼白で掠れた呼吸音を漏らすシャルティアの一挙一動を、全員が注視した。シャルティアの震える指先がぷるぷると手牌の右に伸びていき――手牌を倒してしまわないかと心配になる程であった――右端の牌をそっとつまんだ。

 

(切ってやるでありんすゥゥゥ、リーチするでありんすゥゥゥ、リーチ! リーチ! リーチ! リーチ! リーチリーチリーチリーチリーチ……リーチと言うでありんすえぇぇぇぇ)

 

 血と汗と涙を流し――噛み切った唇の端から血を、全身が濡れそぼると思うかの如き滝のような汗を、そして目の端からポロポロと涙を零しながらシャルティアは呟いた。

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさいペロロンチーノ様……」

 

 ガクガクと震える手が河にダン、と叩きつけられる。

 

「リーチ、であ・り・ん・す!」

 

 聴牌(テンパイ)宣言であった。切られた牌は全員の予想通りペロロンチーノ。内心一人だけ「……そこまで葛藤が必要なの?」と引いたアインズを他所に、守護者達の目が驚愕に開かれる。

 

「むう、アルベド様に続きシャルティア殿まで創造主を……!」

 

「くっ、シャルティアのくせにやるじゃない……」

 

 口々に思い思いの賞賛が寄せられる中、その一打だけで憔悴しきったシャルティアを、後ろからアルベドがそっと抱き寄せた。

 

「見事よシャルティア、よくやったわ……後はわたくしに任せてちょうだい」

 

「アルベド……この手、和了(あが)るでありんす!」

 

「ええ、あなたの覚悟は無駄にはしないわ!」

 

 ガッチリと抱き合って勝利を誓い合い、(番だったので)そのまま交代して卓に着くアルベド。その黄金色の瞳の輝きが、卓上を鋭く切り裂いた。

 

「さあ、次の番をどうぞ」

 

 その眼光に気圧された守護者達が、戦きながらも牌を切って行く。セバスがブルー・プラネットを、コキュートスがスーラータンを、アウラがばりあぶる・たりすまんを切って様子を窺うが、アルベドはそれらの牌をチラ見しただけで微動だにしない。

 そして彼女の手がゆっくりと山に伸びていき、牌が砕けないか心配になるレベルでその指にぐぐっと力を込めた。

 さながらバカラでいう絞りの如く、ぎりぎりと力を込めた手をゆっくりと手元に引き戻し、くわと目を見開いて牌の表面を視界に入れる。牌の図案を視認した彼女の瞳に勝利の輝きが煌めいた。

 

和了(ドンジャラ)!」

 

 アルベドが叫ぶと同時、彼女の手牌がパタパタと倒されていく。顕になった和了形は、獣王メコン川、弐式炎雷、武人建御雷……そしてホワイトブリムと餡ころもっちもちのシャボ待ちであった。

 

「役は……弐式炎雷様と武人建御雷様のペアで“ジャパンコンビ”……という感じでよろしいのでしょうか? 六枚しか使いませんが……」

 

 とうとう掴んだ和了(あが)りに頬を上気させつつも、どこかきまり悪げにそう言ったアルベドに対し、アインズはパン、パンと手を叩いてみせた。

 

「なんの、それで十分だとも。見事だアルベド、そしてシャルティア。よくぞ和了(あが)ってくれた」

 

「アインズ様……!」

 

 チームの二人が感動した面持ちでアインズを見やり、そして互いの顔を見合わせて再びガッチリと抱き合った。アインズの拍手につられた守護者達の拍手が追随し、二人の感動を祝福する。

 

「さて……どうにか初和了(あが)りも出たことだし。どうにもルール設定を間違えている気がするので、これで一旦切り上げるとしようか」

 

 そう切り出したアインズに、守護者達の注目が集まる。いち早く反応したのはデミウルゴスであった。

 

「ふむ、するとアインズ様。ここで終わりということは、当然トップ賞は唯一和了(あが)ったアルベド・シャルティアチームということに?」

 

「……そういうことになるな、デミウルゴス。和了(あが)りがでるまではトップの決めようもなかったからな、ホッとしたよ」

 

 そしてアインズは、抱き合ったままの二人に顔を向けて言った。

 

「まあ、そういうわけで、お前たちがトップだ。……褒美について、何か希望はあるか?」

 

 アルベドとシャルティアは体を離すと、顔を見合わせた。

 

「ど、どどどどうすればいいでありんす?」

 

「お、落ち着きなさいシャルティア。ここからが肝心なところよ」

 

 慌てに慌てたシャルティアの様子を見、却って落ち着きを取り戻したアルベドは冷静に言った。トップ賞の内容は決まっていない。である以上、何をお願いするかは自由である。

 しかし――

 

「アインズ様が引くようなお願いでは、ご褒美自体が流れてしまうわ。こないだの二の舞いはごめんよ。……ここは焦らず、しかし確実に後へと繋がるような一手を選ぶ必要があるわ」

 

 この前の一件とは無論、守護者達の間でアインズ様と○○をする権利を勝手に設定してオークションで競り合った時のことである。競り落とした者は試しに体験させてもらうというのはどうだろう、という単なる提案を、アインズが実演を保証したものと取り違えて破廉恥な方向に暴走した挙句、全ての提案を却下された無念の記憶が蘇る。

 その言葉を聞いたシャルティアは、おろおろと左右を見回した後、美しく整えられた親指の爪を不安そうな面持ちでガリと噛んだ。

 

「……認めるのは癪でありんすが、私はお馬鹿だからそのへんの塩梅がわかりんせん。アルベド……任せてもいいでありんすか?」

 

「そうね、いいわよシャルティア。安心しなさい、わたくしだけが一方的に得をするような内容ではアインズ様のご不興を買うでしょうから、ちゃんとわたくしとあなたの二人が満足するような内容を考えるわ」

 

「アルベド……!」

 

「シャルティア……!」

 

 頷き合う二人を見て、アインズは胸の内で嘆息した。

 

(俺に聞こえるようなところで言うのはどうかと思うが……まあ、あそこまで分かっているならそうそう変なお願いはしないだろう。まずは一安心かな)

 

 胸中で呟くと、安堵と好奇心を込めてひそひそと打ち合わせる二人を見守る。アルベドが耳打ちすると、シャルティアが目を見開いて手で顔を覆い、指の隙間から目線を覗かせてそんなことまで大丈夫でありんすか、などと囁くのが僅かに聞こえてきてやおら不安を煽られるが……

 そしてアインズは、恐る恐る眼前に歩み寄ってきた二人の絵になる美女達と、緊張の面持ちで向かい合った。

 

「――アインズ様、お願いが決まりましたわ」

 

「お、おう」

 

 とりあえず頷いて続きを促す。するとアルベドは、収納(インベントリ)から真紅の治癒薬(ポーション)を取り出すと、一息にぐっと呷った。飲み干した瓶の口からその艶めかしい唇を離してほうと息を吐くと、突然の行動に目を丸くして見守るアインズにその空になった瓶を差し出して、にっこりと微笑んだ。

 

「アインズ様……わたくし達に、アインズ様の子種をくださいませ」

 

 後にデミウルゴスは言った。あそこまで前提を把握したセリフを言っておきながら、なぜあんなお願いが通るだろうと思ったのか、それがどうしてもわからないのです、と。

 

「はい無理だから却下――。お前たち、今日はこれでお開きだ。ご苦労だったな」

 

 パンパンと手を叩いて閉会を宣言するアインズ。晴れやかな笑顔のまま固まったアルベドを尻目に、守護者たちが畏まって跪こうとするのを制止する。

 

「ああいや、畏まるのは止せ。余興なのだから気楽にやろうではないか」

 

 彫像の如く凍り付いたアルベドを意識の外に完全に押し出してアインズは言った。デミウルゴスならずとも色々と察した守護者達は、ただ一人を除いて主の意を汲み、この場この瞬間において統括を居ない者として扱うことに決める。その例外たる一人――シャルティアが、愕然とした表情でアルベドへとふらふらと近づき、よろめき倒れかかったのかそれとも掴みかかったのか、なんとも判断しづらい格好でへなへなとアルベドにもたれ掛かった。

 

「――はい。私共がアインズ様を楽しませることが出来たのであれば重畳ですが」

 

 デミウルゴスのどこか探りを入れるような言葉を受け、アインズはうむと頷いた。

 

「そうだな、楽しかったとも。ああ、お前達を呼んでよかったぞ」

 

 アインズの台詞を聞いて、跪くのは止めにして並んだ守護者達の顔にぱっと花が咲いたようだった。素直に喜ぶアウラやマーレと違い、デミウルゴスとコキュートスの顔はどことなく安堵した、と言った体であったが、僅かな違和感はアインズの胸を掠めて霧散する。

 

(ああ、そうだな――)

 

 アインズが一同を見回すと、彼が心から愛する守護者達の姿が目に飛び込んでくる。

 硬直したアルベドをガクガクと揺さぶるシャルティア。目線に力を込めて睨み合うセバスとデミウルゴス。名残惜しげに卓上からぶくぶく茶釜の牌を探し求める姉弟。牌を並べて手役の考察をし出したコキュートス……アインズはそんな守護者達の様子を眺め渡すと、ふっと微笑んだ。

 

(たっちさん、ウルベルトさん、ペロロンさん、茶釜さん……みんなともう一度会いたい。その望みは相変わらず俺の胸に燻っているけれど……)

 

 今の自分には忠実なシモベ達(こいつら)が居る。彼らが居れば、独りとなったこの身も……それほど寂しくはないかもしれないな。胸中そのように呟いた後、半泣きでのキャットファイトに移行した美女と美少女の二人を眺め、やや躊躇いながらもこう思った。

 まあ、さっきのお願いは聞けないけれど……なにか適当なご褒美を考えてやるか。

 

 

 

 

 そして――

 愛する至高の御方手ずから耳かきをして貰い、アヘ顔を晒してびくんびくんと痙攣する美女と美少女を当日のアインズ様当番が目撃したという噂話があるらしい。アレは絶対に、アインズ様が手にした耳かき棒と自身の耳の穴をメタファーとして扱っていた、当番のメイドは同僚との口さがないお喋りの場でそう語った。

 全身を汗等で艶めかしく濡れそぼらせ、完全に脱力して熱の籠もった吐息を漏らすその様子は、控えめに言っても事後そのものであった。自分の目で一部始終を目撃していた筈のデクリメントにしてからが、やもすれば昨夜はお楽しみでしたねと言ってしまいそうになる程であったという。

 

 どっとはらい。

 

 

 

 




 オチ要員の扱いがこんなんでいいのだろうかと不安になったりもしたけれど……
 10巻が私に勇気をくれました( ´∀`)


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