“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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聖者の右腕Ⅷ

 その日の放課後、藍羽浅葱は制服姿のままアルバイト先であるキーストーンゲートに訪れていた。

 キーストーンゲート地下十二階。人工島管理公社の保安部であり、絃神島の中枢ともいえる重要な区画であるのだが、浅葱にとっては単なるアルバイト先でしかない。一般的な女子高生がするアルバイトの範疇は超えているが、当の本人にその自覚はない。

 

『よお、お嬢。なんだ、えらく暗い顔してんな。折角の別嬪さんが台無しだぜ』

 

 席について端末にログインした浅葱に補助人工知能(AI)が馴れ馴れしく話しかける。

 浅葱がモグワイと名付けたこの人工知能は、絃神島全土を掌握する五基あるスーパーコンピューターの現身(アバター)だ。その演算能力の高さは世界最高水準であるのだが、如何せんクセがあり扱いづらいらしい。しかしどうしてか浅葱とは不思議と気が合ったらしく、こうやって馴れ馴れしく話を投げかけるのだ。

 浅葱は画面上の不細工なヌイグルミを一瞥して、小さく溜め息を吐く。いつもなら軽口の一つや二つ返すのだが、今日の浅葱はどことなく元気がなかった。

 

「ちょっとね……」

 

『なんだかほんとに元気がねーな。察するに恋のお悩みってところか?天才プログラマーちゃんも、恋愛方程式までは解けないってやつか』

 

「うっさいわよ……はあ」

 

 溜め息を吐いて浅葱は黙々と作業を開始する。

 今日のアルバイトの内容は、昨夜の倉庫街で起きた爆発によってダウンしたモノレールのシステム再構築。それに加えて災害用のメインフレームやらその他諸々の見直しだ。これに関しては以前から問題視されていたが、今回の事件を切っ掛けに上が浅葱に改めて依頼したのだ。

 優秀なプログラマーを数十人単位で掻き集めても数ヶ月はかかる作業を、しかし浅葱はたった一人で楽々とこなしていく。このペースならば三日とかからず終わるだろう。浅葱の規格外さがよく窺える。

 しかし、今日はいつもに比べてキーを打つペースが遅かった。原因は分かりきっている。古城のことだ。

 那月の呼び出し以降、古城は教室に戻ってこなかった。それどころか学校にもおらず、基本的に真面目な古城が珍しく授業もすっぽかした。

 クラスメイトも教師もこれには驚きを隠せなかった。休みや早退するにしても連絡を忘れない古城が無断で授業をサボったのだ。みんなその理由が気になるし心配もする。

 その中で浅葱は、言葉には表せない漠然とした不安を抱いていた。

 古城が昼休みに呼び出された理由は昨夜の倉庫街での事件に巻き込まれたから、その時の事情聴取のようなものだと言っていた。それはきっと事実だろう。雪菜も一緒に呼ばれていたのは謎だったが。

 事件の事情聴取を受けたあと忽然と姿を消した古城。そう考えると、古城が危険なことに首を突っ込んでいる気がしてならなかった。だが、確実にそうとも言い切れない。

 結局のところ、古城の行方も現状もさっぱりなのだ。何度か連絡を取ろうともしたが、どうにも繋がらない。浅葱が能力をフルに活用し街中のカメラをハックして探せば見つからないこともないのだろうが、さすがにそこまでするのは気が引けた。そもそも浅葱はストーカーではない。

 憂鬱に吐息を洩らしながらもキーを打つ手は止まらない。しかしこう何度も溜め息を吐かれてはモグワイも気になって仕方ない。

 

『こりゃ重症だな……』

 

 人工知能の呟きも浅葱には届いていなかった。

 もともと古城という人間は妙に落ち着いた雰囲気があったり、かと思えば高校生らしい一面もある少し変わった少年だった。

 基本的に真面目で容姿も悪くなく、気遣いもできる。男子からも女子からも受けは良く、“彩海学園の紳士”などというあだ名を付けられているくらいだ。当の本人はつい最近まで知らなかったが。

 どうして古城がそんなあだ名を付けられているのか。それは古城が単純に紳士的だから、というわけではない。それもあるにはあるのだが、その本当の理由は彼が時折纏う雰囲気が原因だ。

 ふとした拍子に、古城はどこか遠くを見るかのような目をすることがある。その時の古城は妙に大人びていて、同時に少し近寄りがたい空気を背負っていた。そんなところを含めての紳士だ。

 だが浅葱はそんな古城を三年間見てきた。だからこそ言える。そういう時の古城はとても儚げで、ふと目を離すと消えてしまいそうな感じがして不安で堪らなかった。

 古城は浅葱にとって大切な友人で、そして想い人でもある。ただその素直になれない性格故に未だ想いを告げられず、加えて古城に好意を寄せる女性の多さに少し尻込みしてしまっているが。

 だから、浅葱は不安で堪らない。このまま古城がいなくなってしまうのではないか、そんな不安がどうしても拭えなかった。

 

「やっぱりちょっと調べてみようかしら……」

 

 とうとう浅葱がストーカー一歩手前の所業に手を染めようか迷いだした直後、鈍い衝撃が部屋を揺らした。

 

「なに、地震……なわけないか。なにがあったの、モグワイ」

 

『今のはキーストーンゲートを支える支柱の一本がへし折れた余韻みてーだ。どうやら上の階でドンパチやってるらしい』

 

「へし折れた……ドンパチって……嘘でしょ?」

 

 人工知能から伝えられた情報に顔色を変える浅葱。

 ここは人工島の中枢を担う建物でありその強度は数千トンにも耐えられるよう設計されている。その支柱をへし折るなんて爆弾を用いても難しい。そしてなにより、そんな建物に攻め込もうとする輩の気が知れなかった。

 

「相手は誰?テロ組織?それとも夜の帝国(ドミニオン)の軍隊が襲ってきたの?」

 

『いんや、違う。そうじゃねえ……』

 

 魔族かそれに準ずる者たちが集団で攻め込んできていると思っている浅葱に、モグワイは妙に人間臭い口調で告げた。

 

『侵入者はたった二人だけ。ただの人間と、人工生命体(ホムンクルス)の二人組だ』

 

 

 ▼

 

 

 耳に届く波のさざめきに、暁古城は意識の深い所を泳いでいるような気分だった。

 微かに漂う磯の香りに鼻腔を擽られ、自分が海の近くにいることは分かった。ついで後頭部にある温かくも柔らかな感触に内心で首を傾げる。まるで上等な枕のような質感で、このままずっと頭を預けていたい欲求が湧き出す。

 

「いい加減目を覚ましてください、先輩」

 

 どこか不機嫌さを滲ませた声音で呼びかけられる。

 染み付いた社会人の性か、起きろと言われると自分の意思とは無関係に目が覚めてしまう。

 古城は重たい瞼をゆっくりと上げ、至近距離で顔を覗き込んでいた雪菜に驚き、目を瞬かせた。

 

「姫柊……?」

 

「はい、おはようございます。随分と気持ち良さげに眠っていましたね」

 

 多分に皮肉を織り交ぜまた雪菜の物言いに、古城は首を傾げてなにが起きたか記憶を遡る。そして思い出した。

 

「そうか……俺は、死んだのか」

 

「はい」

 

 その時の光景を思い出したのか、赤く腫らした目元を拭って雪菜が言う。

 

「先輩は死ぬ直前に眷獣を放って、そのあと直ぐに死んだんです」

 

「そうか……殲教師たちは?」

 

「逃げられました。破損した戦斧が打ち捨てられていたので無傷ではないとおもいますが……」

 

「命懸けの特攻で戦斧一つって、割に合わないなぁ……」

 

 冗談めかした口調で呟く古城を、キッと雪菜が鋭く睨む。

 

「生き返るなら生き返ると、前以て言ってから死んでください。わたしがどれだけ心配したと思うんですか……!」

 

 今にも泣き出しそうな顔で古城の胸をポカポカ叩く雪菜。

 古城は困ったように笑って、

 

「悪かったよ。言い忘れてたんだ。一応死んでも生き返るのは知ってたけど、実際に生き返ったのは初めてだったしさ……」

 

 己の左半身を見て古城が言う。

 オイスタッハによって喪失した左上半身は何事もなかったかのように元通りになっている。さすがに服までは再生しておらず、制服のシャツは左半分がなくなってしまったままだが。ちょっと最先端をいくファッションということで誤魔化そう、と古城は内心で呟いた。

 

「初めて……」

 

 雪菜の瞳に怒りにも似た炎が宿る。

 

「そんな確実に生き返るかも分からない状態で、なんて無茶をするんですか。一つ間違えればそのまま生き返らずに死んでいたのかもしれないんですよ!?」

 

「そんな怒るなよ。結果的に見れば生き返ったんだからいいじゃないか」

 

「それは結果論です。もしもこれで先輩が死んでたら、悲しむ人が沢山いるんですよ……」

 

 ぼそぼそと尻すぼみになっていく雪菜。肩を震わせ、力なく俯く姿は酷く弱々しく見えた。

 

「わたしなんて、庇わなくてよかったんです。お忘れですか。わたしがここに来た理由は先輩の監視なんですよ」

 

 虚ろな瞳で古城を見下ろして、

 

「あの殲教師が言っていたことも全部本当です。わたしは幼い頃に両親に金で売られて、魔族と戦う道具として育てられてきたんです……だから、わたしが死んでも、誰も悲しまない。でも、先輩は違う。凪沙ちゃんや藍羽先輩、ご家族だっているじゃないですか……!」

 

 子供の癇癪のように雪菜が言う。

 まるで自分なんか構わず見捨ててくれと言わんばかりの発言に、古城は顔を顰める。

 雪菜の言っていることは事実であるが、それが全てではない。彼女は勘違いしている。彼女が死んでも誰も悲しまないなんてことはあり得ないのだ。何故なら──

 

「姫柊」

 

 雪菜に膝枕されていた体勢から起き上がり、古城は彼女の真ん前に座り込んだ。

 雪菜は俯いたまま視線を合わせようとしない。まるで古城から逃げようとしているような、そんな感じだった。

 だが、そうはいかない。ここで逃げたら雪菜は一生後悔する。そんなことはさせない、と古城は意気込んで口を開く。

 

「なあ、姫柊。さっきも言ったけど、姫柊は道具じゃない。それは分かってるだろ?」

 

「…………」

 

 雪菜は依然として目を伏せたままだ。だがこの程度で折れる程、古城は弱くない。

 

「姫柊が死んで悲しむ人がいないなんてのも間違ってる。思い返してみろ。高神の杜とかいう学校に通っていた時に、友人になった子はいないのか?寮でルームメイトになったやつとか、姫柊に剣巫としての修行をつけてくれた人とか。そいつらは姫柊がいなくなったら、悲しまないのか?」

 

「ルームメイト……師家様……」

 

 ぼそりと呟いて雪菜の瞳に少しずつ生気が戻ってくる。

 きっと雪菜の脳裏には過保護で姉のような存在であるルームメイトと魔術の類を教えてくれた師匠にあたる人の姿が浮かんでいるのだろう。彼女らは確かに、雪菜のことを大切にしていた。雪菜がいなくなればきっと悲しむはずだ。

 持ち直してきた雪菜に、古城は更に言葉を重ねる。自分がルームメイトのことやらを知っているような口振りであったことを突っ込まれないためにもだ。

 

「この島にだっている。凪沙は姫柊のこと気に入ってるし、浅葱だってなんだかんだ気にしてる。叶瀬だってまた一緒に子猫の世話をしたいと思ってるはずだ。それに、俺だって……」

 

「先輩……」

 

「自分で思っている以上に、姫柊のことを大切に思っている人は沢山いるんだよ。それを忘れちゃダメだ」

 

 優しく子供をあやすように古城は雪菜の頭を撫でた。

 まるで我が子を慈しむような古城の手つきに、雪菜は温かな心地よさを覚えた。それはもう二度と触れることがなかっただろう親の愛情に似た何か。このままされるがままでいたいと思ってしまえる程に、優しい掌だった。

 雪菜が顔を上げる。頰には赤みが戻り、目もきちんと焦点を結んでいる。今の雪菜なら、もう自分を卑下するようなこともないだろう。

 安心した古城はそっと手を離す。一瞬、雪菜が名残惜しげな顔をしたようにも見えたが、気のせいだろうと古城は流した。

 

「さて……そろそろ行こうか」

 

「はい」

 

 古城が立ち上がると、雪菜もその両足でしっかりと立ち上がった。

 

「それで、ここはどこだ?」

 

「スヘルデ製薬研究所の裏手にあった公園です。先輩の眷獣が暴れたせいで、研究所が倒壊したのでわたしが運び出しました」

 

「……マジ?」

 

 嘘だと言ってくれとばかりに顔を引きつらせて古城は研究所の跡地(、、)を見る。そこには瓦礫の山と化したほぼ全壊に近い建物の成れの果てがあった。

 思わずその場に両手両膝をついて項垂れる古城。折角アイランド・イーストでは暴れずに済んだのに、まさかここでやらかしてしまうとは。幸い被害はスヘルデ製薬研究所だけらしく、周囲の建物は無傷だ。それが唯一の救いだろう。

 

「そんなに落ち込まないでください。今回に限っては、恐らく正当防衛が適用されますから……」

 

 雪菜がそっと寄り添いフォローする。それで少しは気が軽くなったのか、完全とはいかないが古城は気を持ち直した。

 

「そうだな……それより今は、殲教師たちのほうが先だな」

 

「すいません、わたしも先輩を運ぶので手一杯で彼らの行方は分かりません」

 

「いや、大丈夫だ。要だとか島を沈めるだとか言ってたんだから、行き先も見当がつく」

 

 言って古城は島の中心部のほうへと目をやる。

 絃神島の中心部である建物、キーストーンゲート。島の中枢部ともいえるその建物は今、なにやら黒煙を立ち昇らせている。それだけでなにかしらの有事が起きていることが分かる。

 

「あそこだな」

 

 古城は迷うことなくキーストーンゲートへ向けて足を進めようとして、懐で振動した携帯に出鼻を挫かれた。

 誰だろうか、と携帯電話を取り出して目を見開く。

 携帯の画面に表示されているのは着信の知らせとその相手の名前。クラスメイトである藍羽浅葱の名前だった。

 

 

 ▼

 

 

 藍羽浅葱の目の前には惨憺たる光景が広がっていた。

 侵入者を阻む隔壁は無残に砕かれ、数十人に上る警備員たちもその大半が重傷。比較的軽傷の者も戦闘続行は不可能で、動けない仲間の手当てに当たっている。

 通路には濃密な血臭が立ち込め、硝煙の臭いが漂っている。そんな通路の隅で、浅葱は何度も何度も自分の想い人に電話をかけていた。

 浅葱は不幸にも侵入者たちと出くわしてしまった。しかし幸いにも侵入者たちは浅葱のことなど気にも留めず奥へと進んでいったので彼女自身は無事だ。

 だが、侵入者たちの姿を一目見た浅葱はとてつもない不安に襲われた。

 警備員を容赦なく無力化していった侵入者たち。もしも彼らと古城が接触していたらと考えてしまったのだ。

 

「お願い……お願いだから、出てよ……古城!」

 

 浅葱の懇願が届いたのか、十数回目のコールでやっと通話が繋がった。

 

『もしもし、浅葱か?』

 

「古城!?無事なのね、古城!?」

 

『ああ、なんとかな……』

 

 浅葱の剣幕に通話口から戸惑いの声が洩れるが、浅葱は気づかない。古城が無事だったことで安堵のあまりその場に座り込んでしまう。

 

「よかった……もう、こっちがどれだけ心配したと思ってるの!なにも言わずに学校サボって……」

 

『悪かった。こっちも色々あったんだ』

 

「色々って……なにさ?」

 

『軽く死にかけた』

 

「え?」

 

 あっさりと言いのける古城に浅葱が愕然と声を洩らす。

 

「死にかけたって、どういうことよ?」

 

『キーストーンゲートを襲撃してる二人組に襲われてな。ちょっと三途の河を見てきた』

 

 ははっ、と軽い口調で言う古城。しかし浅葱にとっては笑い事ではない。

 

「ふざけないでよ!なんでそんな他人事みたいに言うのよ!」

 

『悪い悪い。とりあえず、こっちはもう大丈夫だ。それより、浅葱は早くそこから逃げろ。まだキーストーンゲート内にいるんだろ?』

 

「そうだけど、でも……」

 

 逃げてどうするのか。浅葱はその疑問を口にしようとして、しかし電話口から聞こえる声に遮られた。

 

『大丈夫だ、なんとかなるさ。絃神島の攻魔師は無能じゃない。那月先生だっているんだ』

 

 古城の言う通り、絃神島には多くの攻魔師がいる。特区警備隊(アイランド・ガード)だって既に動き出しているはずだ。だから、放っておいても侵入者たちはいずれ鎮圧されるはず。

 だが、実際に殲教師たちの暴虐ぶりを目の当たりにした浅葱はそう楽観視できなかった。

 雪菜の剣巫としての直感とは違う、天才プログラマーとしての勘か。攻魔師や特区警備隊(アイランド・ガード)が動いてからでは手遅れになる。そんな漠然とした嫌な予感を覚えたのだ。

 そして、古城もそれを理解している気がした。理解したうえで、古城は大丈夫と言っている。明確な根拠はないが、三年の付き合いだ。多少であるがその声音や口調からなにを考えているか読むことくらいできる。

 浅葱は噛みしめるように瞑目したのち、

 

「分かった。こっちも避難する」

 

『気をつけて避難しろよ』

 

「うん、分かってる。だから──」

 

 携帯を握り締め、万感の想いを込めて浅葱は言った。

 

「──ちゃんと、帰ってきてよね、古城」

 

 

 ▼

 

 

 プツリと通話が切れて画面の表示が変わる。

 古城は、通話が切れたあともしばらく耳に携帯を当てたまま硬直していた。その表情は驚愕やら焦燥やらで染められている。

 

「まさか……ばれた……?」

 

 ぼそりと呟いて携帯を持つ手を力なく下ろす。

 通話が切れる直前に浅葱が放った言葉。暗に古城が危険に飛び込むのを察したうえでの心配にも取れるその言葉に、古城は酷く驚かされた。

 今まで自分が吸血鬼、第四真祖であることを匂わせたことはなかった。そこだけは原作古城よりも注意してきたはずだ。しかし先の浅葱の感じは、まるで古城の秘密を知っているかのような口振りに聞こえた。

 これがただの古城の考えすぎならいい。だが、浅葱の場合あり得ないと断じれないから怖い。なにせ彼女は“電子の女帝”と謳われる程の天才プログラマーだ。その持ち前の能力をフルに活用すれば古城の秘密を探り当てるくらいわけないだろう。

 浅葱に正体を知られて困ることがあるかと言えば、実はあまりない。先の話ではあるが、いずれ浅葱にはバレるのだ。それが早いか遅いかの話なだけ。だから、大丈夫。もしバレていたとしても、あとできっちり口止めしておけば万事問題ない。そう言い聞かせ、古城は無理やり自分を落ち着かせた。

 

「ふぅ……さっさと終わらすか」

 

 今度こそキーストーンゲートに向けて走り出そうとする古城。しかしその行く手を阻む者がいた。

 

「オイスタッハ殲教師と戦うつもりなんですね」

 

 真剣な表情で古城の前に立つ雪菜。

 古城は焦る気持ちを抑えながら頷き返す。

 

「ああ。でないとあいつらはなんらかの手段で絃神島を沈める気だ。そんなことさせるわけにはいかない」

 

「それは勿論です。でも、勝てるんですか。彼らに」

 

「それは……」

 

 改めて問われて古城は返答に窮する。実際に戦って勝てなかったのだ。また再戦に臨んでも古城に勝ち目はほぼないだろう。だからと言って、このまま指を咥えてオイスタッハの思惑通りにさせるわけにもいかない。

 

「…………」

 

 古城は悔しげに歯噛みする。

 手立てがないわけではない。でなければ原作古城はオイスタッハを打倒できていないのだから。だが、その手立ては──

 

「一つ訊いてもよろしいですか」

 

「……なんだ?」

 

 なんとなく先が読めて古城は苦々しげに顔を歪める。

 雪菜は真っ直ぐな面差しで、

 

「──どうして眷獣を制御できないのですか」

 

 古城が今まで先送りにしようとしていた問題を提起した。

 

 

 


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