“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

74 / 75
焔光の夜伯 Ⅺ

 古城と雪菜がジャーダの眷獣によって忽然と姿を消した後、残された紗矢華と浅葱はジャーダの進撃を食い止めるべく死に物狂いで抗った。

 

 だが、常識的に考えて紗矢華と浅葱の二人で相手取れる存在ではない。紗矢華はヴァトラーの監視役に選ばれるほどの実力者であるが、それにしたって真祖の相手は荷が重過ぎる。ましてほぼ足手纏い同然の浅葱を守りながらとなれば時間稼ぎが限界であった。

 

「もぅ、げん、かい……」

 

「ちょっ、煌坂さん!?」

 

 何度目かの眷獣による蹂躙。擬似空間切断の術式一つで耐え凌いでいた紗矢華であったが、遂に呪力が底を尽いてしまった。加えて気まぐれに仕掛けられる近接戦によるダメージも祟り、紗矢華はその場に膝を突く。

 

 今にも倒れ込んでしまいそうな紗矢華を慌てて浅葱が支える。握る剣こそ手放していないが、呪力も体力も限界を通り越した紗矢華に、立ち上がってジャーダに立ち向かうだけの気力は残っていない。

 

「獅子王機関が誂えた擬似空間切断術式。優秀な術式だが、それ一つで(ワタシ)を相手によく戦い抜いた。中々見所があるぞ、舞威媛の娘」

 

「褒められたって、何も出ない、ですけどぉ……!」

 

 息も絶え絶えに言葉を返す紗矢華だがそこが限界。極度の疲労と消耗から遂には意識を手放してしまう。

 

「さて、次は貴様の番だ、カインの巫女。あまり手荒な真似はしたくない故、抵抗してくれるなよ?」

 

「……っ、散々暴れといてよく言うわよ」

 

 気丈に睨み返す浅葱だがもはや打つ手がない。警備ポッドをいくら掻き集めたところで魔力の放出だけで蹴散らされ、モグワイに要請させた有脚戦車(タンク)が到着したとしても到底太刀打ちできるはずもない。

 

 世界最強の一角に肉体的にはただの女子高生である浅葱が敵う道理などなかった。

 

 ジャーダが浅葱を捕えるべく、無力化するべく手を伸ばす。もはや逃げることもできない浅葱は迫る脅威を前に身構え、

 

「古城……!」

 

 祈るように大切な想い人の名前を呟いた。

 

 訪れるだろう痛みに身構えること数秒。待てど暮らせど何のアクションも訪れず、恐る恐る浅葱は正面のジャーダを見上げる。

 

 浅葱を無力化するべく手を伸ばしていたジャーダは、何があったのか目を見開いて硬直している。視線は何もない虚空に固定されていた。

 

「これは、まさか……──ッ!?」

 

 何かに気付いたジャーダが慌てた様子でその場から飛び退る。ほぼ全力での回避行動は、しかし一瞬遅かった。

 

 瞬間、何の前触れもなく虚空が斬り裂かれ、裂け目から飛び出した斬撃がジャーダを襲う。行動が遅れたジャーダは回避し切れず、“雪霞狼”を握る左手を斬り飛ばされた。

 

 一体全体何が起きたのか、浅葱には今一つ分からない。浅葱の主観では、気付いたらジャーダが離れて腕を斬り飛ばされていたのだ。

 

 混乱する浅葱の目の前で、虚空に生じた裂け目から見覚えのある二つの人影が歩み出てくる。つい先程、忽然と姿を消した古城と雪菜だ。

 

 雪菜は斬り飛ばされたジャーダの手から“雪霞狼”を取り戻し、油断なく相対するジャーダを見据えている。古城は見慣れない形状の剣を片手にジャーダと対峙しつつ、肩越しに浅葱と紗矢華を振り返った。

 

「悪い、遅くなった。今度こそ、本当に大丈夫だ」

 

「古城……無事でよかった」

 

 迷いを振り切り覚悟を決めた想い人の姿に、浅葱はどうしようもないほどの安堵を覚えてその場にへたり込んだ。

 

 浅葱には一目見て古城の中にあった迷いが拭い去られているのが分かった。姿を消してからの時間で何があったかは、無事な姿の古城を見れば凡そ検討はつく。雪菜に思うところはあるが、今は脇に置いておこう。何があったかは後でじっくり聞けばいい。

 

 浅葱が不満を飲み込みながらも古城の復活を喜んでいると、古城の視線が紗矢華へと向けられる。

 

「煌坂は……」

 

「古城たちが戻ってくるまで、あたしを守ってくれていたのよ」

 

「そうか……無理させたな。後は任せろ」

 

 古城の言葉が届いたのか、僅かに意識を取り戻した紗矢華が安堵したように微笑を零した。そして今度こそ、完全に意識を喪失した。

 

「浅葱、悪いけど煌坂を連れて少し離れてくれ。少し、乱暴してくる」

 

「分かった。ちょうど有脚戦車(タンク)も来たし、こっちのことは気にせずやっちゃいなさい」

 

 自動運転(オートパイロット)で此処まで駆け付けた有脚戦車(タンク)を見て、浅葱は紗矢華に肩を貸しながら戦車へと足を向ける。対魔族戦闘も想定された戦車の装甲は、よほど集中的に攻撃でもされない限りは安全だ。

 

 浅葱と紗矢華の安全が確保されたのを確認し、古城は改めてジャーダと向き合う。

 

「悪いな、待たせたか?」

 

「気にするな。待つのには慣れている。それに、待った甲斐もあった」

 

 当然のように左腕を再生させたジャーダが、玩具を目の前にした子供のような笑みを浮かべる。

 

「佳い顔付きになった。己の過去()と向き合う覚悟はできたか?」

 

「お陰様でな……」

 

 疲れたような乾いた笑みを零しながら古城は頷いた。

 

 認めるのは癪だが、ジャーダが切っ掛けの一端を担っているのは間違いない。むしろ彼女は古城が覚悟を決められるように促していた節もある。異空間に雪菜ごと放り込んだのがその証左だ。

 

 ジャーダ・ククルカンの目的──MARにて管理されているアヴローラの亡骸の開放を思えば、ついでとばかりに古城へとお節介を掛けるのも可笑しな話ではなかった。

 

 ただその手口が正面からの強襲な挙句、治療中の凪沙がアヴローラの柩の側に居るのを思えば、食い止める必要があるのも無理はない。とはいえ、結局は古城が過去から目を背けていたことが一番の要因であるが。

 

「アヴローラのことは俺が預かる。MARにも必ず報いを受けさせるつもりだ。今日のところは、第四真祖()の顔を立ててくれないか?」

 

 素通りさせていればMARが甚大な被害を受けるだけで済んでいた、と古城は思っている。自分が責任持って落とし前を付けさせると宣言すればジャーダも引いてくれるかもしれない。そんな希望的観測があった。

 

「ふむ、今の貴様ならば信用に値するが……」

 

 何処か芝居がかった仕草で顎に手をやり、ジャーダは考え込むように唸る。しかし数秒も経たずしてその表情は獰猛な笑みに取って代わった。

 

「くふふ、(ワタシ)も蛇遣いのことをとやかく言えんな。吸血鬼の(サガ)か、血が昂って仕方ない。世話を焼いてやった礼に、もう少しばかり付き合ってもらおうか」

 

「こっちは大迷惑なんだが……」

 

「気乗りせんか? ならば先の宣告通り、カインの巫女を土産にでも貰うとするか」

 

「……大人気ないぞ、あんた」

 

 穏便に帰ってもらえたならばと考えていた古城の目が据わる。たとえ安い挑発であったとしても、浅葱を連れ去ろうなどという発言を看過できるほど古城は温厚ではない。

 

「いいぜ、そんなに暴れたければ相手になってやる」

 

 古城の手にする剣に眩い稲妻が宿る。莫大な雷光を纏った剣を構え、古城は格上の同族へと挑む。

 

「ここから先は、第四真祖()の──いや」

 

 隣に並び立つ頼もしい監視役──雪菜と視線を交わし、ジャーダへと挑戦を叩き付ける。

 

「──俺たちの聖戦(ケンカ)だ!」

 

「──はい、先輩!」

 

 仕切り直しの三度目、死闘の幕が再度切って落とされた。

 

 

 ▼

 

 

 大蛇の如く畝る火焔柱、降り注ぐ雷球の雨、吹き荒ぶ暴風。自然災害を具現化したかの如き眷獣の攻撃は、とてもではないが生身で立ち向かうような代物ではない。

 

 絃神島を滅ぼしてもお釣りがくるほどの災害群に、古城は剣を手に真正面から立ち向かう。

 

我が手に宿れ(きたれ)、”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”!」

 

 獅子の咆哮が轟き、掲げる剣に尋常ならざる雷光が宿る。雷光の獅子の力を纏った剣を、古城は迫る災害群へと振り下ろした。

 

 解き放たれるは雷光の斬撃。眩い紫電の一閃は押し寄せる災害を一刀のもとに両断してみせた。

 

 此処まで眷獣の真っ向勝負では一度たりとも押し勝つことができなかった古城。しかし古城が振るう剣の一撃はものの見事にジャーダの眷獣を打ち破ってみせた。

 

 従える眷獣の能力が向上したというわけではない。絡繰は単純で、対峙するジャーダはすぐに看破した。

 

「“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”と他の眷獣を融合させ、力に指向性を与えて破壊力を向上させたか」

 

 雪菜からの吸血で古城が新たに掌握したのは七番目の眷獣“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”。重力制御の権能を有する、刃渡数百メートルにも及ぶ巨大な漆黒の三鈷剣。第四真祖の眷獣において最大級の破壊力を秘める意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)だ。

 

 本来で在れば広範囲破壊特化の超質量兵器であるが、眷獣の能力を限定権限させることでスケールダウンさせている。その上で、他の眷獣と融合させて火力を増強していた。

 

 一対一の眷獣勝負で負けるのならば、融合してジャーダの眷獣を上回ればいい。単純な理屈だが、眷獣の合成は隙も大きく制御も難しい。準備をしている間に叩き潰されるのが関の山だ。

 

 故に眷獣の規模、融合のスケールを小さくした。具体的には“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”を基に他眷獣を融合、あるいは付与するという形。これならば隙も小さく、制御も比較的容易い。

 

 “夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”が剣という性質上、他の眷獣との親和性が高かったのが功を奏した。そのおかげで、ただ眷獣を解き放つよりも効率よく、かつ強力な破壊力を生み出すことに成功している。

 

「真祖らしからぬ戦い方だ。だが、悪くない」

 

「満足したなら帰ってくれていいんだぞ」

 

「興醒めするようなことを言ってくれるな。勝負はこれからだろう?」

 

 凄絶な笑みのままジャーダが両腕を掲げる。すると虚空から濁流の瀑布が古城目掛けて降り注いだ。

 

 “夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”を基点とした合成眷獣は強力な反面、広範囲から押し寄せる脅威に対しては脆弱な面がある。紗矢華の“煌華麟”と同じで、四方八方からの攻撃には弱いのだ。

 

 たった一度で“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”の弱点を看破するあたり、伊達に真祖として生きていないのだろう。積み重ねた経験値の差は大きい。

 

 相性的に不利な眷獣に対して、しかし古城に恐れも焦りもありはしない。何故ならば古城は一人ではないからだ。

 

「──“雪霞狼”!」

 

 眩い銀の輝きが降り注ぐ瀑布を斬り裂き、頭上を覆うほどだった濁流が跡形もなく消失した。

 

 魔力を無効化する“雪霞狼”は眷獣に対して、取り分け魔力で構成された物質に対して特攻を発揮するのだ。触れるだけで、斬り裂くだけで眷獣の攻撃を無力化する程度訳ない。

 

 雪菜の援護を信じていた古城が再度剣を振り下ろす。解き放たれた雷光の斬撃が人工島の大地を裂きながらジャーダを襲う。

 

 迫る斬撃をジャーダは半歩身を引いて紙一重で躱す。巨大な剣で斬り裂かれたかのような地面の傷を観察し、ジャーダはその斬撃の威力に満足そうな笑みを零した。

 

「眷獣のぶつけ合いは貴様に分があるようだな」

 

「遊んでる奴に言われてもな……!」

 

「くふふ、成り立ての後輩を蹂躙するほど大人気なくはないとも」

 

「十分! 大人気ないんだよ!」

 

 見た目こそ可憐な少女だが、ジャーダは悠久の時を生き続けてきた真祖である。転生経験があったところで誤差でしかないレベルの歳の差、年季の差が両者にはあった。

 

「さて、ならば次は──」

 

 小柄なジャーダの姿が一瞬で掻き消えて古城の眼前に現れる。獣人に匹敵する速度で間合いを詰めたのだ。

 

「──剣の腕でも見せてもらおうか?」

 

「──ッ!」

 

 拳打の間合いに踏み込もうとするジャーダを、古城は近付けまいと剣で迎え撃つ。

 

 身の丈近い漆黒の剣を振り翳す。刃筋を立て、軌跡を描き、長いリーチを意識して立ち回る。その立ち回りはつい先ほどまで喧嘩殺法を繰り出していた人間とは思えない、確かな知識に裏打ちされた挙動だった。

 

「これは……なるほど、そういうことか」

 

 短期間で素人から脱却した古城の動き、その絡繰もジャーダは即座に見抜いた。

 

「“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”と剣巫の血の記憶を取り込んだな?」

 

 素人同然だった古城が曲がりなりにも剣を振い、辛うじて歴戦の猛者たるジャーダに太刀打ちできている理由。それは“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”が蓄積した膨大な血の記憶と、雪菜が今日まで積み上げてきた修練の血の記憶を受け取ったからだ。

 

 強力な武器を手にしたからといってそれを扱う術がなければ無用の長物に成り下がる。前世も含めて武術も剣術にも縁がなかった古城に、何の準備もなくそれを十全に扱うことは本来であれば不可能であった。

 

 それを可能としたのが血の記憶。“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”に蓄えられた剣の扱い方と、雪菜が修めた武術と槍術の知識。それらを組み合わせ、付け焼き刃であるがどうにか形にしている。

 

「なんで分かるんだよ……!」

 

「剣術にしては挙動が歪だ。槍術の扱いを取り込んだのが原因だろうな。後で矯正しておくといい」

 

 たった数度の遣り取り、挙動の観察で種を見破る洞察力。純粋な戦闘能力よりも何もかもを見通してしまうその観察力が古城には恐ろしかった。

 

 とはいえ、雪菜の血の記憶がなければ近接戦における体捌きの一つも分からないまま、ジャーダの猛攻に為す術なく打ちのめされていたのは事実。急拵えは重々承知の上で、古城は雪菜の力を借りている。

 

 それに、歪になった挙動の隙を突かれたとしても問題ないと古城は考えていた。何故ならば──

 

「──やああああッ!」

 

 体勢が崩れた古城に仕掛けたジャーダを、鋭い銀の刺突が狙い据える。当たりどころによってはジャーダですら滅びかねない破魔の聖槍だ。肉を切らせて骨を断つなどという戦法ができない以上、ジャーダは槍の穂先を逸さなければならない。

 

 ならば先のように槍を掴んで止めてしまえばと思えば、そうはさせじと古城が果敢に斬り掛かってくる。互いが互いの動きを理解し、補い合う立ち回り。生半可な敵であれば捌き切れずに押し込まれただろう。

 

「ほう、連携の質も向上しているな。中々に厄介だぞ」

 

 古城が雪菜の血の記憶を基にした動きをしているからだろう。古城と雪菜の連携の質が格段に上がっている。下手をすれば、長年共に過ごしてきた紗矢華に匹敵するレベルで呼吸を合わせていた。紗矢華が起きていれば嫉妬やら何やらで歯軋りしていたかもしれない。

 

 それでもジャーダを押し切ることはできない。

 

 二対一、しかも剣と槍を携えながら無手のジャーダを相手に勝ち切れない。理解していたとはいえ、立ちはだかる壁の巨大さに古城と雪菜は戦慄する。

 

 このままでは埒が開かない。目紛しく争う最中に古城は雪菜と視線を交わし、ジャーダを打ち破るべく攻勢を仕掛けた。

 

「堕とせ、“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”!」

 

「────ッ!!」

 

 激しい近接戦の最中、ジャーダの身体に凄まじい重圧が降り掛かる。“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”の重力制御による干渉だ。

 

 常人ならば立つことも儘ならない、それこそ獣人であっても膝を突きかねない重力の檻。然しものジャーダも動きが鈍る。鈍るだけで当たり前のように動いているが。

 

 そこへすかさず古城と雪菜が同時に仕掛ける。剣と槍による左右からの挟撃。重力制御下ではジャーダも対応し切れない。

 

 古城と雪菜の刃が届く──寸前、ジャーダを中心に身の毛が弥立つほどの魔力が爆発する。荒れ狂う魔力は物理的な圧力を伴い、古城と雪菜を吹き飛ばした。

 

「うおっと……」

 

 吹き飛ばされながら古城は自分たちに掛かる重力を操って着地、即座に剣と槍を構え直す。ジャーダの追撃を警戒していた古城と雪菜だが、しかし当のジャーダは魔力を解放した地点から動いていなかった。

 

「“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”もそれなりに使い熟せているようだな。剣の腕そのものは……うむ、励むといい」

 

「余計なお世話だ……」

 

「剣巫との連携も悪くない。貴様らの行末が愉しみだ」

 

「そいつはどうも」

 

 さて、と一頻り所感を述べたところでジャーダが両腕を拡げる。古城と雪菜も、何が起きても対応できるよう身構えた。

 

「十二分に愉しませてもらったが、このまま終わるのでは少々味気ない。最後に火力勝負といこうか」

 

 ジャーダの左右で悍ましいほどの魔力が渦巻く。莫大な魔力を呼び水に真祖の眷獣が現実世界へと顕現しようとしていた。

 

「──二体だ。貴様は好きに喚ぶとよい」

 

「……まさか」

 

 ジャーダの発言の意図を理解するのに時間が掛かった。ややあってその意図を察した古城は、信じ難い現実を前に表情を引き攣らせる。

 

「眷獣の合成、あんたもできるのか……!?」

 

第四真祖(キサマ)にできて第三真祖(ワタシ)にできない道理はないだろう? とはいえ、実践するのは初だがな」

 

 上手くいくかな? などと呑気に笑いながら眷獣の合成を試みるジャーダ。無茶苦茶な理屈であるが、第四真祖(古城)にできるならば第三真祖(ジャーダ)もやってやれないことはないだろう。

 

 古城が唖然としているうちにジャーダの頭上で眷獣の合成が行われる。自然災害が意思を持ったかのようなジャーダの眷獣たち、そこから選ばれたのは炎と風。火山の噴火の如き火焔と荒れ狂う大嵐が混ざり合っていく。

 

「下がってください、先輩! 此処はわたしが対処します!」

 

 即座に槍を携えて雪菜が前に出る。真祖の合成眷獣ともなればその秘めたる暴威は計り知れない。常識的に考えてただの人間に太刀打ちできる代物ではないが、“雪霞狼”を持つ雪菜は例外だ。

 

 あらゆる結界障壁を撃ち破り、魔力を無効化する“雪霞狼”ならば正面からでもジャーダの合成眷獣を撃ち破ることができる。相性的に絶対有利なのだ。

 

 しかし古城は雪菜の提案に首を振った。

 

「いや、俺がやる」

 

「なっ、どうしてですか? わたしなら、確実に抑え切れます!」

 

「だろうな。でも、それであいつが納得してくれると思うか?」

 

「それは……」

 

 古城と雪菜にジャーダの挑発に乗る必要性はない。雪菜がジャーダの眷獣を無効化した隙を古城が突けば確実に勝利できる。周辺への被害も最小限に留めることができるだろう。

 

 だがそれでジャーダが納得するのか。流石に癇に障ったからなどという理由で蹂躙を再開することはないだろうが、下手にしこりを残すのは得策ではない。何せ相手は夜の帝国(ドミニオン)を治める真祖の一人だ。謂わば一国を統治する領主である。

 

 理屈では古城の言い分も理解できる。しかし感情の面で納得できるかといえばそうではない。不満を露わに唇を尖らせる雪菜に、古城は申し訳なさそうに苦笑を零す。

 

「悪いな、姫柊。代わりと言っちゃなんだけど、余波の方を頼めるか? 最悪、ここら一帯が吹っ飛びかねないからさ」

 

「やっぱりわたしが矢面に立ったほうがいいと思うんですけど? 思うんですけど?」

 

「仰る通りです、はい。でもまぁ……男にも意地があるんだ」

 

 漆黒の剣を肩に担いで古城は気負いなく笑った。柵や過去の罪に縛られた重苦しい表情ではない、心持ち晴れやかな古城の雰囲気に雪菜は溜め息を吐いた。

 

「……後でお説教ですから」

 

「お手柔らかに頼むよ」

 

 不服を全身で表現しながらも雪菜が譲るように一歩下がる。代わりに一歩進み出た古城は、剣先を天高く掲げて構えた。

 

我が手に宿れ(きたれ)、”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”! “緋色の双角(アルナスル・ミニウム)”!」

 

 古城の呼び声に応じて雷光の獅子と緋色の双角馬が剣に宿る。天災そのものといって過言ではない稲妻と衝撃波の融合。それが剣という形に押し込められ、圧縮され、解放の時を今か今かと待つ。

 

「くふふふっ、話は付いたようだな」

 

「後でお説教が確定したけどな」

 

「第四真祖に説教とは、剣巫の娘も肝が据わっている」

 

 くつくつと喉を鳴らすようにジャーダは笑う。世界最強の吸血鬼である第四真祖と監視役たる剣巫の珍妙な力関係が愉快で堪らないのだろう。

 

 雪菜の横槍が入ることはない。これで心置きなく全力をぶつけ合うことができる。古城とジャーダは互いを睨み据え、衝突の時に備え魔力を昂らせる。

 

「さあ、宴の幕引きといこうか。“まがいもの”よ──!」

 

「撃ち砕く。これが俺の全力全開──!」

 

 天高く掲げられた剣に蓄積された衝雷が振り下ろされ、人工の大地を引き裂きながら突き進む。渦巻き圧縮された火焔嵐が横倒しの火災旋風となって解き放たれ、全てを抉り薙ぎ倒しながら荒れ狂う。

 

 一方だけでも人工島を容易く揺るがす破壊の権化。絃神島を滅ぼして余りある二つの厄災が激突し、そして──

 

 

 




SLBあるいはエクスカリバー。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。