“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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長くなりそうなので分割
後半はまだ書けてないです……


焔光の夜伯 Ⅶ

 ──匈鬼。

 

 眷獣を持たざる下等な吸血鬼の一族。異常発達した肉体を有し、暴力的で略奪を繰り返す傾向の強い魔族。加えてザハリアスより齎された兵器を体内に埋め込んだ彼らは、純血種の貴族たちから侮蔑と嫌悪を向けられている。

 

 ザハリアスの命を受けて密林の奥地まで足を運んだ匈鬼の部隊。規模にして一個分隊がヴェルディアナと“まがいもの”を抹殺し聖槍を回収するために送り込まれていた。

 

 当初の予定であれば分隊ではなく小隊規模の匈鬼が任務に就くはずであった。しかし“死都帰り”暁牙城の陽動により大幅に人数を削られることになってしまい、その牙城が合流を図ろうとしているとの情報もあり時間的に余裕もない。

 

 匈鬼たちには迅速な任務遂行が求められていた。

 

 遺跡入り口に仕掛けられていたブービートラップによって軽微な被害を受けつつ、匈鬼たちは遺跡内部へと足を踏み入れる。

 

 トラップの作動で標的(ターゲット)たちに侵入を気取られはしただろうが、だからといってどうということはない。戦闘の素人と中学生の少年を始末する程度、匈鬼たちにとっては容易いことだ。

 

 黒装束の大柄な男が四人、罠を警戒しつつ通路を進む。しばらく道なりに進んでいると通路に不自然な冷気が漂い始めた。

 

 通路の床を覆い隠すように滞留する白い冷気。およそ自然に発生したとは思えない現象に匈鬼たちは歩みを止める。

 

 触れるだけで凍り付くほどの冷気ではない。しかし冷気に隠された床は凍結しており、迂闊に踏み込めば動きを制限される。必然的に慎重な行動が求められることになるだろう。

 

 匈鬼たちがより一層警戒を募らせた時、通路の先で眩いマズルフラッシュが閃いた。短機関銃による発砲だ。

 

 発砲を視認した瞬間、匈鬼たちは手近な物陰や窪みに身を隠す。最後尾についていた一人が反応に遅れ何発か弾丸を受けたものの、任務遂行には支障ないだろう。

 

 眩いマズルフラッシュと発砲音、薬莢が石床を叩く音が響くことしばし。あっという間に弾倉内の弾を撃ち尽くしてしまったらしく、カチッと引き鉄を引く音が聞こえてきた。

 

 距離を詰める好機と見た匈鬼たちが即座に動き出す。通路の先に慌てた様子で距離を離そうと走る少年──“まがいもの”の背を捉え、体内に仕込んだ銃火器の砲口を向ける。

 

 無防備な“まがいもの”の背中に風穴を開けんと引き金を引こうとして──視界を塞ぐように炎の壁が出現した。

 

「これは……!」

 

 凄まじい熱を放つ炎の壁に匈鬼が呻く。魔力を帯びた炎は吸血鬼の眷獣が有する能力、その一部を顕現させたものだ。

 

 “まがいもの”の仕業ではない。只人でしかない“まがいもの”に炎や冷気を操るような芸当は不可能だ。

 

 冷気も炎も全てヴェルディアナが眷獣の能力を利用して生み出しているものだ。当人は慣れない眷獣の扱い方に四苦八苦しているが。

 

 進路を遮る炎の壁に足を止めた匈鬼たちだが、いつまでも足止めを喰うわけにはいかない。炎の壁は多少なりと脅威であるが、獣人にも迫る身体能力と吸血鬼に備わった再生能力をもってすれば突破は可能である。

 

 逡巡は一瞬。強行突破の意思を固めた匈鬼たちは身構えつつ足を踏み出して、その出鼻を挫くように微かな風切り音が響いた。

 

 空気を裂くような音を引き連れ、炎の壁を破って複数の矢弾が匈鬼たちを襲う。炎の壁で視界を遮られていた匈鬼たちは反応が遅れ、その身に矢弾を受けることとなった。

 

 矢の正体は“まがいもの”が意図的に作動させた盗掘者対策の罠だ。放たれるのは何の変哲もない矢弾ではあるが、積み重なれば消耗を強いられることになる。

 

 “まがいもの”の狙いは匈鬼たちを消耗させ、あわよくば撤退させること。手持ちの手札で倒し切ることは考えていない。

 

 匈鬼たちも標的の狙いを悟り渋い顔をする。密林の奥地で消耗し切ってしまえば撤退することもままならない。引き際を見誤れば全員揃って野垂れ死ぬことになるだろう。

 

 そうなる前に決着を付け、回収目標である遺物を確保しなければならない。

 

 匈鬼たちが体内に仕込んだ銃火器を炎の壁へと放ちつつ進行する。毒も塗られていない矢と炎の壁程度であれば強行突破できる。

 

 先頭を突き進む匈鬼の一人が腕部から鋭利な魔刃を突き出す。悍ましい魔力を秘めた刃が進路を塞ぐ炎の壁を切り裂いた。

 

 切り拓かれる進路。通路の曲がり角に標的である少年と女吸血鬼を認め、匈鬼たちは躊躇うことなく一歩踏み出す。

 

 瞬間──カチリ、と匈鬼の足元で音が鳴った。

 

 驚愕に目を剥く匈鬼の足元がガコンと音を立てて開く。間一髪で後続三人は回避したものの、足場を失った匈鬼の一人がぽっかりと開いた落とし穴へと真っ逆様に落ちる。

 

 落下先には鋭利な石槍が隙間なく埋め尽くされている。常人ならば串刺しになること請け合いだが、匈鬼は体内に仕込んだ各種魔刃や銃火器で石槍を破壊。串刺しの憂き目を回避した。

 

 安堵の一息を吐く匈鬼。すぐさま落とし穴から脱出しようと上を仰ぎ、眼前に降ってきた拳大の球体に表情を凍り付かせた。

 

 拳大の球体の正体は手榴弾。物にもよるが、人体を容易く殺傷せしめる危険性を秘めた兵器だ。そんな代物が目と鼻の先に放り込まれたのである。

 

 咄嗟に魔刃を翳して身を守ろうとするが、それはあまりにも心許ない盾である。間も無く爆裂した手榴弾の爆圧に匈鬼は落とし穴の側壁にその身を叩き付けられ、内部から飛散した透明な液体をもろに浴びることになった。

 

「ぐ──あああぁぁぁ……!?」

 

 至近距離で手榴弾の爆裂を喰らった匈鬼がくぐもった悲鳴を上げる。透明な液体を浴びた箇所が薬傷でも受けたかのように焼け爛れていた。

 

 透明な液体の正体はルルド聖水。西欧教会が作製した対魔族特化の代物である。人体には無害であるが、魔族にとっては強酸にも等しい効力を発揮する。

 

 “まがいもの”が投げ込んだ手榴弾は牙城が餞別として送った特別製。内部に破片ではなくルルド聖水を詰め込んだ魔族に対して凶悪な性能を発揮する代物だった。

 

 遺跡内部に木霊する匈鬼の悲鳴に“まがいもの”は目論見が上手くいったことを悟った。

 

 冷気によって床を覆い隠して罠を目視困難にし、炎の壁越しの攻撃で消耗を強いて焦らせる。そこに落とし穴の罠を踏ませ、牙城からのお土産で戦闘不能に追い込む。

 

 笑みが溢れてしまいそうなほどに順調な滑り出しだ。この調子であと一人か二人削ることができれば、匈鬼たちは退かざるを得ないだろう。

 

 次の罠の位置を思い返しつつ、“まがいもの”は次の待ち伏せポイントへと急ごうとして──ヴェルディアナの甲高い叫び声に意識を奪われた。

 

「──危ないッ!」

 

 横合からヴェルディアナに突き飛ばされる“まがいもの”。直後、重い筒音が耳朶を叩くと同時に鮮血が舞う。ヴェルディアナの右大腿部が大口径の弾丸によって抉られていた。

 

「い、ああああああぁぁぁ!?」

 

「ヴェルディアナさん!?」

 

 激痛に絶叫するヴェルディアナの身体を引き寄せ、“まがいもの”は手近な通路の窪みに飛び込む。一瞬後、複数の弾丸が通路の壁を抉り飛ばす。

 

 威嚇するように、その場に“まがいもの”とヴェルディアナを釘付けにするように発砲が続く。強靭な肉体を持つ獣人ですら屠るだろう大口径の弾丸に狙われては迂闊に動くこともできない。

 

 それ以前に、ヴェルディアナが足を撃たれてしまった時点で作戦は崩壊していた。

 

「ヴェルディアナさん、大丈夫か!? 意識はあるか!?」

 

「うぐ、あ……なん、とか」

 

 震える声で応じるヴェルディアナであるが、まともに動けるような状態ではない。撃たれた右足は千切れてこそいないが、歩行どころか一人で立つこともままならないだろう。

 

 次の待ち伏せ地点まで撤退することは不可能。匈鬼たちは落とし穴に落下した仲間には目もくれず距離を詰めてきている。

 

「くそっ、少しは仲間の心配をしてくれよ……!」

 

 悪態を吐きながら“まがいもの”は窪みから銃口だけを出して弾幕を張る。少しでも時間を稼げたならば、あわよくば消耗してくれたならばと考えた悪足掻きだ。

 

 だがそんな目論見も的確に短機関銃そのものを撃ち抜かれたことで儚く散る。

 

「──っいづ! 伊達に兵士じゃないってか……!」

 

 弾幕を張られながらも壁から覗く短機関銃を撃ち抜く芸当。仲間が負傷しても構わず任務遂行を優先、多少の負傷や損耗は気にせず突撃する精神性。油断していたわけではないが、見積もりが甘かったと言わざるを得ないだろう。

 

「考えろ、どうすればいい……!」

 

 主武装である短機関銃はお釈迦になってしまった。手榴弾はまだ残っているが、効果的に利用するには状況が悪過ぎる。遺跡の罠も付近にはなく、ヴェルディアナは身動きが取れない。

 

 手詰まり、万事休す。詰みという単語が脳裏を過ぎる。どう足掻いたところで只の人間でしかない“まがいもの”には切り抜けられない。

 

 牙城だったならば、切り抜けられただろう。“死都帰り”と呼ばれる牙城はその肩書きに恥じぬ実力を有する。この程度の逆境、鼻唄混じりに切り抜けたはずだ。

 

 だが此処にいるのは“まがいもの”だ。牙城ではない、まして“暁古城(ほんもの)”ですらない。“まがいもの”には何一つとして守れない。

 

 不甲斐なさ、情けなさに奥歯を噛み締めながら“まがいもの”は懐から手榴弾を手に取る。かくなる上は手榴弾を抱えての特攻。中身が破片でない分、人間に対する殺傷能力は著しく低下している。爆圧にさえ耐え切れば匈鬼たちに有効打を叩き込むことも不可能ではない。

 

 問題は窪みから飛び出した瞬間に蜂の巣にされる可能性が高いということだが、リスクを挙げては切りがなくなる。既に詰んでいる以上、手段を選んでいる余裕はなかった。

 

 迫る匈鬼たちの足音に覚悟を決めて手榴弾の安全ピンに手を掛ける“まがいもの”。その手が震えるヴェルディアナの手に掴まれた。

 

「ダメなの、古城。あなただけに、リスクを背負わせらない」

 

「いや、でもこれしか……」

 

「……私を、信じられる?」

 

 息も絶え絶えになりながら問い掛けてくるヴェルディアナに、“まがいもの”は僅かな迷いを残しつつ頷きを返す。

 

 返事を受け取ったヴェルディアナは無理やりに笑みを浮かべ、全力で魔力を解放した。

 

「ヴェルディアナさん、いったい何を……まさか」

 

 吸血鬼が保有する負の魔力。間近で浴びた“まがいもの”は背筋に冷たいものを感じつつ、ヴェルディアナの目論見を悟って表情を引き攣らせる。

 

「ふふっ……どうせ特攻するなら、これぐらい派手にやらないとね」

 

 愉しげな笑みを零しながらヴェルディアナが手を翳す。溢れ出す魔力を呼び水に異界から怪物が呼び出される。吸血鬼がその身に宿す眷獣、戦車にも匹敵するそれが今この場に現界する──

 

「お願い──“ガングレクト”、“ガングレティ”」

 

 宿主の呼び声に応じて、吸血鬼の眷獣がその威容を現した。

 

 顕現したのは二体の眷獣。炎の息を吐く三頭犬(ケルベロス)と凍気を纏う二頭犬(オルトロス)。人間の数倍はあるだろう巨躯を誇る眷獣が、狭い遺跡の通路に姿を現した。

 

 この場における最高火力である眷獣の召喚を、匈鬼たちは即座に察知して標的の正気を疑った。狭い遺跡内部で吸血鬼の眷獣を召喚しようものならばどうなるか、理解できないはずがないと考えていたのだ。

 

 だが眷獣は召喚された。そして宿主たるヴェルディアナは命ずる。

 

「思う存分やっちゃって!」

 

 主人の許可を得て二体の眷獣が猛威を振るう。灼熱の炎と凍てつく冷気の息吹(ブレス)が通路を埋め尽くした。

 

「退避を──」

 

 突撃を敢行していた匈鬼たちは一転、迫る脅威から退避しようとする。しかし狭い通路に逃げ場はなく、一行は殆ど無防備に炎と冷気の濁流に呑まれた。

 

 魔力を帯びた炎と凍気の奔流。常人ならば燃え尽き、灰ごと凍り付いてしまうだろう猛攻。しかし匈鬼たちは確かなダメージを受けながら持ち前の再生能力と身体能力、そして授けられた兵器を駆使して堪えていた。

 

 眷獣をその身に宿していない分、匈鬼は獣人並みに身体能力が突出している。真祖級の眷獣ならばまだしも、貴族とはいえ百年も生きていないヴェルディアナの眷獣の遠距離攻撃では決定打にならなかった。

 

 故にヴェルディアナは畳み掛ける。

 

 ──オオオオオオン!! 

 

 魔犬の遠吠えが遺跡内部に響く。主人の意思を汲んだ二頭の魔犬たちが、遺跡の崩壊など知ったことかと手当たり次第に暴れ始めた。

 

 通路の壁を派手に破壊しながら魔犬たちが突貫する。炎と凍気の奔流に足を止めていた匈鬼たちに抗う術はなく、ダンプカーに撥ねられたかのように吹き飛んだ。

 

「よし、やったわ!」

 

 眷獣から伝わる確かな手応えにヴェルディアナが拳を握り──ミシリ、と通路が軋む音が鳴る。次いで地鳴りの如き音と揺れが“まがいもの”とヴェルディアナを襲う。

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言で顔を見合わせる“まがいもの”とヴェルディアナ。両者の表情は全く同じ、この後の展開を悟って冷や汗をたらたらと流している。

 

 炎と凍気による急激な温度の乱高下によって発生する負荷と、眷獣たちが暴れ散らしたことで掛かった物理的な負荷。相応に旧い造りの遺跡がそれに耐えられるかといえば、土台無理な話であった。

 

 崩壊の前兆とばかりに天井から塵が落ち始めたのを見て、“まがいもの”は即座にヴェルディアナを抱えて離脱しようとした。だが、間に合わない。

 

 限界を迎えた遺跡が一気に崩れ始める。頭上から降り注ぐ瓦礫に“まがいもの”は蒼白になって、次の瞬間にはヴェルディアナに押し倒されていた。

 

「──大丈夫、死なせないの」

 

 精一杯に強がりな笑顔を浮かべてヴェルディアナは己の魔力を解放して──

 

 瞬く間に“まがいもの”とヴェルディアナの姿は遺跡の崩落に巻き込まれて消えた。

 

 

 

 

 


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