モチベが高いうちに最低でも観測者までは終わらせたいなぁ……
あと、もしよかったら新作も覗いてもらえると嬉しいです。
絃神島市民の大半が波朧院フェスタに熱狂している最中、喧騒から離れた彩海学園に仙都木阿夜の姿はあった。
那月の手によって潰された儀式の完遂のため、かつての学舎を儀式場にして悲願の成就を為す。邪魔立てする者はLCOの構成員であっても躊躇いなく始末した。外から送り込まれる
懸念事項である那月と第四真祖は弱体化し、脱獄囚に追いかけ回されている。
頭の回る脱獄囚の一人が阿夜の思惑に気付いて訪問こそすれど、特に何をするでもなく自力で手枷を外して何処ぞへと消え失せた。
もはや阿夜の悲願を妨げるものは一つとしてない。今度こそ、儀式は完遂される──
世界を塗り替える結界が絃神島全土を飲み込まんと拡がっていく。彩海学園の屋上にて、阿夜は儀式の進捗状況を感情の伺えない眼差しで眺めていた。
順調だ。万難を排して臨んだ儀式に不確定要素はない。あとはゆるりと結界が絃神島を飲み込むのを待つだけだ。
ある種、余裕ができたからだろう。ここまで儀式の完遂にのみ意識を向けていた阿夜は、己の手にある魔導書に視線を落とした。
那月の時間を奪い取った魔導書。そこにはかつてこの学舎で共に学んだ頃の思い出も含まれている。野望を挫かれ敗北を味わったあの日の記憶もある。
阿夜が魔導書に向ける想いは愛憎入り混じる複雑怪奇なものだった。
ふと、阿夜は行き掛けの駄賃に奪い取った第四真祖の時間の存在を思い出した。
脱獄のために用意した
世界の異端児とも呼ばれる第四真祖を弱体化させられたのは僥倖だった。だがそれ以上に、第四真祖の
阿夜が闇誓書を利用して為そうとしているのは魔族や魔女の存在証明だ。魔術や魔女といった異端の存在を疑問視し、闇誓書の世界改変をもってこの世界の歪みを浮き彫りにする。それが阿夜の野望である。
その野望を成就するにあたり、世界最強の吸血鬼であり、悠久の時を生きる第四真祖の記憶はこの上なく興味関心を惹かれるものだ。あわよくば世界の真理を解き明かす一端に手が届く可能性もある。
無論、第四真祖が積み重ねた悠久の時間を奪えたわけではない。だが、暁古城が第四真祖に至った経緯だけでも知ることができれば、この世界の歪みの一端に触れることができるかもしれない。
ならば、魔女である阿夜に躊躇いはなかった。
魔導書の能力を利用して奪い取った記憶を閲覧する。幼児化した古城の背格好からして収められた時間は十年分もないだろう。読み解くのに時間は大して掛からないはずだ。
だがしかし──
「これは、どういうことだ……?」
閲覧しようと触れた古城の時間の重みが、明らかに十年どころでは済まない代物だった。加えて比較的表層にある記憶は継ぎ接ぎだらけで、まるで後から重要な箇所だけ切り貼りしたような有様である。しかも内容は
その有り得ない事象こそが第四真祖の秘密に関係している。
人知れず息を飲みながら、阿夜は更に深層の記憶に手を伸ばそうとして──吹き荒れる漆黒の魔力に弾き飛ばされた。
「馬鹿、な……!?」
予想だにしない衝撃に吹き飛んだ阿夜は即座に体勢を立て直し、吹き荒ぶ漆黒の魔力の中心を睨み据えた。
所有者である阿夜に牙を剥いた魔導書は独りでに浮き上がり、漆黒の渦の中でページを破らん勢いで捲り続けている。何が起きているのかは阿夜にすら理解できなかった。
不意に、漆黒の渦の中に一対の紅い光が浮かび上がった。
それはまるで深淵から覗く怪物の瞳のようで、阿夜は思わず身を強張らせて立ち尽くす。その様はまさしく蛇に睨まれた蛙そのものである。
紅い双眸は硬直する阿夜を睨み据え、やがて前触れなく消失する。同時に吹き荒れていた魔力の奔流も治まり、宙空に留まっていた魔導書が力なく落下した。
「──っはあ……はあ……!?」
魔導書から放たれていた凄まじい圧力から解放され、阿夜は喘ぐように呼吸を繰り返す。
ただ一睨みされただけ。たったそれだけで阿夜は生きた心地がしなかった。
──あれは何だ? 何故あのような存在が潜んでいる? 第四真祖とは何者なのだ?
次から次へと疑問が浮上してくる。しかし阿夜にもう一度古城の記憶を覗こうという意思はない。悲願成就の前に余計な不確定要素を増やしたくなかったからだ。
ただ、思わずにはいられなかった。
「あの小僧は、記憶の中にナニを飼っているんだ……?」
戦慄混じりに呟かれた言葉は夜の闇に溶けて消えた。
▼
キーストーンゲート商業エリアの一画、スイーツ好きな女性に人気なケーキバイキングの店内に古城たちの姿はあった。
監獄結界の脱獄囚を退け、やっとの思いでキーストーンゲートに辿り着いた古城たち。那月の身柄を“
そこで白羽の矢が立ったのがケーキバイキング。外で巻き起こる騒ぎとメインイベントであるナイトパレードに注目が集まり、運良く空いていた店内の一角を、古城たちはこれ幸いにと陣取ったのである。
古城たちは奥まったボックス席を陣取っている。席位置は雪菜と紗矢華、古城と優麻が隣同士だ。
「──しっかり反省してください。いいですか?」
「はい、すみませんでした」
店内で少ないながらも人目があるのにも関わらず、古城少年は対面の雪菜に正座で頭を下げた。気の毒そうな紗矢華と優麻の視線が突き刺さるが、身から出た錆である以上は仕方ない。
入店して一段落ついたところで始まった説教。古城少年の行動が如何に軽率で危険な行いだったかを懇切丁寧に論理立てて説教され、さしもの古城少年も反省せざるを得なかった。まあ、全く同じ状況に直面したら同じように動いてしまうだろうが、反省する姿勢というのは大切だ。
普段の古城よりは圧倒的に聞き分けの良い態度に雪菜も早い段階で説教を終わらせる。常日頃からのことも思えば言いたいことはまだまだあるが、今は他に優先するべき事柄があった、
「南宮先生の安全は確保できました。記憶は取り戻せていませんが、此処に居れば脱獄囚に狙われる心配もないと思います」
記憶を失い非力な幼子になってしまった那月の身柄は“特区警備隊”に預けられている。キーストーンゲートは島内でも最高レベルのセキュリティによって守られており、監獄結界の脱獄囚であろうと手出しはでき得ない。
第一目標である那月の保護は達せられた。であれば一行の次なる目標は仙都木阿夜の企みを挫くことである。
「藍羽先輩。“闇誓書”による結界の状況はどうなっていますか?」
『順調に、ってのはおかしいけど。変わらないペースで範囲を拡大してるわね』
テーブルの上に置かれた雪菜のスマホから浅葱の声が響く。情報収集のため浅葱はキーストーンゲートのメインコンピュータルームに残っており、この場には音声だけでの参加となった。
『“特区警備隊”が調査に踏み込んだけど音沙汰なし。結界内部に踏み込んだ時点で魔力も何もかも無力化されちゃうから、ろくに戦うこともできないみたいね……これ、ほんとに止められるの?』
“特区警備隊”が入手した情報を横流しする浅葱だが、阿夜の企みを止められるのか声音には不安が滲んでいた。
結界内部では七年前と同様に魔力喪失現象が発生している。魔力に起因する装備の類はガラクタと化し、魔族は魔族でいられなくなる。
「結界内では、お母様以外の人間はあらゆる異能を喪失する。まともに戦って勝つことはできないよ」
魔力だけではない。術者である阿夜を除く、全ての異能の類が無効化される極悪な結界。闇誓書とはいわば世界を己の思うがままに書き換える魔導書なのだ。
「それじゃあ、止めようなんかないんだけど? 南宮那月はどうやって仙都木阿夜を止めたのよ」
霊力まで喪失させられてしまうのであれば、雪菜と紗矢華の二人も太刀打ちができない。“雪霞狼”と“煌華麟”も霊力なくしてはただの槍と剣でしかなくなってしまうのだ。
勝ち筋の見えない状況に雪菜と紗矢華が表情を固くする。今こうしている時も結界は範囲を拡大させ、絃神島は魔力喪失現象の危機に晒されている。
島の大部分を魔力的な要因で維持している絃神島は、魔力を失えば島の体裁を維持できなくなってしまう。そうなれば待っているのは崩壊と海の底への沈没だ。
波朧院フェスタで賑わう今の絃神島が崩壊しようものなら、犠牲者はとんでもない数になる。何がなんでも阿夜の企みを阻止しなければならなかった。
「止める手立てならある」
打開策を齎したのは優麻だった。
「“闇誓書”の結界内部ではあらゆる異能が力を失う。でも一人だけ、例外がある。術者本人であるお母様だ」
『言われてみれば、そうよね。自分まで対象にしてたら、魔導書の制御も何もできないし』
優麻の言葉に得心がいったとばかりに浅葱が頷く気配がする。
「そしてボクはお母様を元に生み出された
阿夜をベースにして設計された故に優麻もまた“闇誓書”の除外対象に含まれる。結界内部であろうと問題なく魔術、魔女の守護者を操ることができるだろう。
そして──
「ボクの血を吸った古城も、第四真祖の能力を行使できるはずだよ」
「俺も……?」
唐突に話の矛先を向けられて古城少年は目を丸くする。雪菜と紗矢華は話の流れを理解して、少しばかり不満そうな表情を浮かべた。
「“闇誓書”に対抗するための吸血だったんですね」
「うん。魔力補給のためでもあったけど、一番の理由はそこだった……ごめんね」
「いえ、必要なことなのは理解したので、今はいいです」
と言いつつも雪菜の表情には不満の色が滲んでいる。理解はできても感情の納得ができていないのだろう。隣の紗矢華も似たような顔をしていた。この場に居ないが浅葱も同じ心情である。
微妙に居心地の悪い空気に古城少年が肩身の狭い気分を味わっていると、時間を無駄にはできないと雪菜が話の流れを切り替えた。
「優麻さんと暁先輩が対抗できることは理解しました。ですが、お二人で……いえ、暁先輩だけで仙都木阿夜を止めることができるとは思えません」
優麻は堕魂の影響で戦力足り得ない。必然的に戦力となるのは古城少年のみとなってしまう。
「そうね。記憶を失う前なら……まあ、無理やりにでもなんとかしそうだけど、今の暁古城には無理じゃない?」
記憶を失う前の古城であれば、四肢が千切れようとも戦い抜き、圧倒的な実力差があろうと覆して勝利を掴み取っただろう。
しかし目の前の古城少年は記憶を失い、如何なる障害だろうと乗り越えんとする鋼の意志を喪失してしまっている。記憶喪失前と変わらない能力を有していたとしても、今の古城少年に仙都木阿夜を打ち倒せるとは到底思えなかった。
『そもそも、今の古城にあんな戦い方させるのは却下よ却下……元に戻ってもしてほしくないけどね』
古城とヴァトラーの死闘を映像越しに見守っていた浅葱は、文字通り子供になってしまった古城少年に命を投げ捨てるような戦闘をしてほしくなかった。その想いは雪菜と紗矢華も同じであり、言葉なく頷く。
「でも、俺以外のみんなは戦えないんだろ? だったら俺がやるしかないだろ」
あまりにも否定的な意見ばかりをぶつけられ、あからさまに不機嫌な様子で古城少年が指摘する。
話の流れからしてまともに戦えるのは自分しか居ない。にも関わらず、女性陣は戦うなと言わんばかりの態度だ。見た目相応に精神も幼くなっている古城少年は不服そうに眉を顰めた。
雪菜たちも頭では理解している。阿夜に対抗できるのは優麻の血を取り込んだ古城少年しかいない。
しかし今の古城少年は見た目も中身も中学生にも満たない子供なのだ。世界最強の吸血鬼であったとしても、戦わせたくないと思うのは当然の帰結だ。
それに、感情を抜きにしたとしても、古城少年が一人で阿夜を打倒できるとは思えなかった。
阿夜は“
代案を出せず難しい顔で黙り込んでしまう雪菜たち。古城少年が戦う以外の選択肢はないのか模索していると、不意に店先から賑やかな声が聞こえてきた。
何事かと少女たちは騒ぎの中心に目を向けて──驚愕のあまり目を剥いて硬直する。
黄金のように眩い髪と貴公子然とした端正な顔立ち。絵本の中から飛び出した王子様のような容貌の男──ディミトリエ・ヴァトラーが年若い女性たちの黄色い声を浴びながら入店してきたのだ。
ヴァトラーは店内をぐるりと見回し、古城一行の姿を認めるや笑みを深める。細められた碧い瞳は獲物を見つけた蛇の如く、幼くなってしまった古城少年を捉えていた。
ばっ! と雪菜と紗矢華が立ち上がり古城少年をヴァトラーから隠すように立ち塞がる。優麻はぼけっとしていた古城少年を庇うように抱き寄せた。
突然の展開と抱擁に目を白黒させる古城少年を置き去りに、ヴァトラーが道を塞ぐ雪菜と紗矢華の前に立つ。二人とも武器こそ手にしていないが、いつなんどき襲い掛かられたとしても対応できるように身構えている。優麻に至っては何かあれば全員を連れて離脱できるように空間転移の準備まで進めていた。
「やあ、古城。さっきぶりだね。随分と可愛らしい姿になっているじゃないカ」
一触即発の空気を物ともせず、ヴァトラーはわざとらしく唇を舐めて美貌を歪める。背筋が凍り付きそうな悪寒を感じた古城は、優麻に抱き締められる羞恥以上の恐怖に身を震わせた。
「ご無事だったんですね、アルデアル公」
一歩前に踏み出して雪菜が言葉を投げる。ヴァトラーの身を案じていたような台詞であるが、纏う空気は刺々しく心配する心など皆無であったことが伺えた。
それもそうだろう。ヴァトラーは古城が記憶を失う原因を作った張本人といっても過言ではない。とてもではないが友好的な態度で接することはできないだろう。
「丁度よく魔力補給のアテが彷徨いてくれていたからね。おかげでここまで回復できたのサ」
「魔力補給のアテ……まさか」
今の絃神島においてヴァトラーが襲ってもこれといって咎められることのない相手。雪菜たちの脳裏を監獄結界の脱獄囚たちの姿が過った。
雪菜たちが退けた脱獄囚は二人。しかし監獄結界から脱獄した囚人は他にもいた。ヴァトラーはその他の脱獄囚に襲撃を仕掛け、吸血行為によって魔力を強奪したのだろう。
古城との死闘で相当な消耗をしていたはずだろうに、よくもまあやるものだと雪菜たちは思う。下手を打てば返り討ちにあってもおかしくなかっただろうに。
「それよりも──」
ヴァトラーは優麻に庇われる古城少年をひたと見据える。
「仙都木阿夜を倒すための作戦会議をしていたんだろう? ボクも可能な限り力を貸そうじゃないか」
「なんのおつもりですか?」
自他共に認める戦闘狂いであるヴァトラーとは思えない発言に、雪菜は疑いの目を隠すことなく問う。
「なに、古城のおかげで退屈は紛れたからね。これはちょっとした
『信じられるわけないでしょ、そんな言葉……』
ぼそっと浅葱が全員の想いを呟いた。
永遠の無聊を慰めるため、自らテロリストまで懐に招き入れるような刹那主義者。挙句に今回は嬉々として古城の前に立ちはだかり、古城弱体化の原因まで作った男だ。おいそれと信用できるはずもない。
ヴァトラーもそのあたりは弁えているのだろう。弁えた上で微塵も配慮するつもりがないのだが。
「信じられないのも仕方ない。でも、イイのかな? このまま手を拱いていれば絃神島は海の底に沈むことになる。それは困るんじゃないカ?」
「────っ」
図星を突かれて雪菜たちは悔しげに歯噛みする。
阿夜の企みを止めなければ絃神島は一夜にして海の底へと沈むことになる。そうなれば被害は尋常ならざるものになり、何十万人もの人々が犠牲になってしまう。
戦うことができるのは古城少年一人。しかしその古城少年も心身共に未熟な状態であり、阿夜を相手に勝機があるとは言えない。縋れるならば藁にも縋りたい気持ちであるのは事実だった。
「……だとしても、アルデアル公に何ができるのですか?」
「そうだねェ。ボクも君の血を吸って、古城と肩を並べて戦うのも悪くないけど……」
じろりとヴァトラーの碧眼に見据えられ、優麻は反射的に身体を強張らせた。そんな幼馴染を庇うように今度は古城少年が優麻を抱き締め返し、威嚇するようにヴァトラーを睨んだ。
「うん、それはやめておこう。古城に嫌われたくないし、趣味じゃないからネ」
もう十二分に嫌われているだろ、と少女たちの心中でツッコミが炸裂した。当人は素知らぬ態度で言葉を続ける。
「差し当たっては、未熟な古城に
愉しげに笑みを深めて、ヴァトラーは幼い古城とその保護者たちに一つの提案をするのだった。
書き方を変えました。多分、こっちのが読みやすいんじゃないかなぁと思いまして。