“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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観測者たちの宴 Ⅵ

 一人残された古城少年は止め処なく押し寄せる衝動の波に苦悩していた。

 漠然とした焦燥、気が狂いそうになるほどの衝動。耳を塞ぐことも、目を逸らすこともできない。

 記憶を失い経験した時間を奪われても、無意識に焼き付いた衝動までは消えなかった

 

 ──今度は、護り抜け。

 

 一体何を護り抜けばいいのか、どうして護らなければいけないのか、今度とはどういう意味なのか。何一つとして分からず、疑問符ばかりが浮かんでくる。

 だが、心の内から響く切実な絶叫は止まない。むしろ時間を経るごとにより激しく、より悲痛なものになっていく。

 後悔している。罪悪感に苛まれている。自己嫌悪に塗れている。ありとあらゆる負の感情が己自身に向けられていた。

 ここまで自分に対して悪感情を抱けるものなのかと思う。同時に、何となく記憶を失くす前の自分が思い詰めていた理由を察する。

 

 ──あぁ、護れなかったのか。

 

 記憶を奪われているため根拠はない。だが、確信に近いものはあった。

 “まがいもの(暁古城)”は大切な何かを護れなかった。その失敗が、記憶とは違う無意識の領域に烙印の如く焼き付けられている。呪いによって記憶を奪われたことで、今まで押し込められていたそれが表出したのだ。

 一人になったことでより内なる叫びに意識が持っていかれる。古城少年が自制の限界に達するまで、そう時間はかからなかった。

 蹴飛ばさん勢いでソファから立ち上がり、急かされるように早足で廊下を進む。玄関のドアノブに手をかけ、外に出ようとしたところでドアが外側から開かれた。

 行手を塞ぐように立っていたのは、微かに目元を赤くした優麻だ。彼女は悪戯がばれて慌てる子供のような顔をする古城少年を見下ろし、クスリと笑みを零す。

 

「何処へ行こうとしたのかな? すぐに戻るって言ったじゃないか」

 

「ユウマ、俺は……!?」

 

 止められるだろうと思い、どうにか説得しようと試みる古城少年。しかしかつてないほどに真剣な眼差しで見つめられ、出鼻を挫かれたように黙り込んだ。

 やや縮んだ古城少年の目線に合わせて屈み、優麻は焦燥に満ちた瞳を覗き込む。まるで心の奥底まで見透かすように──

 

「君は、姫柊さんたちを助けに行きたい?」

 

「……ああ、そうだよ。大して力にもなれない、足手纏いにしかならないのも分かってる。それでも、あの人たちに放り投げてじっとなんかしてられないんだ!」

 

 血を吐くように古城少年は想いを吐露した。

 少年の心の叫びを聞き届けた優麻は、しばし考え込む素振りをみせる。ややあって何かを決心したのか、決然とした表情で古城少年の瞳を見据えた。

 

「いいよ、一緒に行こうか」

 

「いいのか……?」

 

 思ったよりもあっさりと許しが出て、古城少年は困惑したように眉根を寄せた。もっと説得に難航する、あるいは止められると考えていただけに肩透かし感が拭えない。

 優麻が真剣な顔で頷き、ただし、と付け加える。

 

「今からボクが話すことを聞いた上で、それでも答えが変わらないならね」

 

「話?」

 

 疑問符を浮かべて首を傾げる古城少年。一刻も早く行動に移したい古城少年としては、悠長に話を聞いている時間すら惜しい。だが、此処で優麻を押し退けて外に出ようとは思えなかった。

 静かに話を聞く姿勢を整えた少年に、優麻は幼子に言い聞かせるような口調で語り始める。

 

「いいかい、今の君は──」

 

 そこから優麻が語ったのは、古城少年が第四真祖という世界最強の吸血鬼であること。記憶を奪われたことで自覚を失っていた少年に、己がどれほど危険な存在であるかを突き付けた。

 自身が人間ではなく魔族、それも世界最強の吸血鬼であるなどと告げられた古城少年は酷く混乱した。自我の崩壊や錯乱などはしないが、湧き上がる混乱と困惑は筆舌に尽くし難い。

 今一つ話を飲み込めていない少年に、優麻は極めて平坦な声音で言葉を続ける。

 

「実感は湧かないかもしれないけど、今の君はとても強大な力を持っている。でも、記憶を失った君は力の制御ができない。都市を容易く滅ぼせてしまうような力が暴走したら、どうなるかは分かるよね?」

 

 問い掛けられて、ようやく古城少年は優麻の意図を察した。

 今の古城少年は安全装置の外れた核爆弾と変わらない。制御の効かない強力無比な力は、下手を打てば護るべきものを傷つける。雪菜たちを助けるどころではなく、全てを己自身の手で台無しにしてしまう危険性があるのだ。

 護るべきものを、自分自身の手で傷つけてしまうかもしれない。それでも行くのか、と優麻は少年に問い掛けているのだ。

 

「俺は……」

 

 少年は徐に自身の両手を見下ろす。自覚も実感もないが、この手には容易く都市を滅ぼせるような力が握られている。冷静に考えてみれば、それがどれだけ危険なことなのか理解できる。

 雪菜たちがやたらと強く古城少年の同行を否定したのも納得した。自覚もない、制御もできない歩く爆弾を連れ歩くことなどできるはずがない。

 客観的に見て考えて、古城少年が雪菜たちの救援に動くのは悪手以外の何ものでもない。ただでさえややこしい状況を、更に悪化させてしまうだろう。最悪の場合、全てが台無しになる。

 訳の分からない力に晒されて傷付く雪菜たちの姿を想像してしまい、己自身に対する恐怖が身体を震わす。今の自分に、大切なものを護ることが本当にできるのか。

 決意が迷いに侵され揺らぎかけた時、その声は聞こえた。

 

 ──全く、世話のかかる男だ。

 

 呆れを多分に含んだ声が脳裏を過った。記憶にない、何処となく威厳めいたものを秘めた少女の声だ。己を責め苛む心の叫びではない。

 不意に意識が引かれるような感覚に襲われた。力尽くで引き摺るようなものではない、優しく微睡みへ誘なうように深層意識の昏闇へと誘われる。

 光の届かぬ深海のように真っ暗闇の世界だ。しかし恐怖や不安はなく、何故だか居心地がよく感じられた。

 ふと気付けば目の前に同じ顔立ちをした金髪の少女たちがいた。

 妖精めいた美貌を持つ、年若い少女たちだ。手足は子供のように細く、壊れ物めいた儚さを感じさせる。だが儚い雰囲気とは掛け離れた有無を言わさぬ圧力が、少女たちが尋常の存在ではないと訴えていた。

 顔を背けていたり、背を向けている少女もいるが、全員が古城少年に意識を向けていた。その中の一人、不敵な笑みを浮かべる少女が一歩前に出る。

 見る者を圧倒する圧力と傲岸不遜な笑みを携えた少女は、しかし態度とは裏腹に穏やかな声音で語りかけた。

 

 ──たとえ記憶を喪失しようとも、我らは汝と共に在る。忘れるな。

 

 言葉と共にほっそりとした手が差し出された。

 古城少年には目の前の少女の名前も、正体も分からない。ただ、悪意や害意の類は感じられなかった。故に差し伸べられた手をおっかなびっくり掴んだ。

 少女が満足そうに微笑む。同時に今まで知覚できなかった莫大な力が流れ込み、意識が現実世界へと浮上する。

 目の前には金髪の少女たちではなく、驚いたように目を瞬く優麻の姿があった。

 

「これは、驚いたな。この短期間で制御する術を覚えたのか……」

 

 優麻が何やら呟いているが、古城少年は気付かない。白昼夢のような感覚から覚めたと思えば、身体の奥底から湧き上がる無尽蔵の魔力に対する驚愕が抑えられなかったのだ。

 なるほど、確かにこれほどの力ならば危険視されるのも納得できる。誇張抜きに今の古城少年の手にかかれば都市の一つや二つ、呆気なく滅ぼされてしまうだろう。だがしかし、先のように強大な力に対する恐怖はなかった。

 少年の脳裏に笑みを零す少女の姿が過ぎる。何となく、彼女たちが力を貸してくれているような気がした。だから、恐れる必要はない。

 

「ユウマの言う通り、この力は簡単に誰かを傷つけられる危ないものなんだと思う。でも、それだけじゃない……」

 

 両の手を握り締め、決意に満ちた眼差しで優麻を見返す。少年の覚悟に呼応したのか、瞳は真紅に染まり、口許からは吸血鬼特有の牙が覗く。しかし、監獄結界の時のような暴走の気配はない。

 

「傷つけること以外にも、護ることだってできるはずだ。だから、俺は行く。この力で、護り抜いてみせる!」

 

 一切の迷いを振り払い、力強く少年は己の覚悟を宣言した。

 少年の覚悟を見届けた優麻は、横顔に微かな寂寥を滲ませながら小さく頷く。

 

「今の君ならきっと護れるよ。さてと、じゃあ──」

 

 優麻は着ていた衣装の肩紐に手をかけ、するりと解くようにずらした。引っ掛かりを失った魔女風の仮装ドレスが重力に引っ張られ、ただでさえ露出が激しかった衣装が胸元近くまで肌蹴て、非常に煽情的な格好になる。

 

「は、はあっ!? 何してんだよ、ユウマ!?」

 

 突然の優麻の行動に古城少年は面白いくらい狼狽し、顔を真っ赤にして後退る。思い出の中にいる優麻よりも色々と成長しているせいか、今の古城少年には刺激が強すぎる姿だった。

 初心な反応に優麻は苦笑を零しながら、離れようとする少年ににじり寄る。

 

「逃げちゃダメだよ。これは必要なことなんだ」

 

「必要なことって、ユウマが脱ぐことがか?」

 

 胡散臭そうな顔をする古城少年に、優麻は恥じらいに頬を赤くしながら答える。

 

「厳密には、ボクの血を吸うことだよ。自覚はないかもしれないけど、今の君は限界まで消耗している状態なんだ。ボク一人の血でどれだけ回復できるかは分からないけど、吸わないよりはマシなはずさ……まあ、目的はそれだけじゃないけど」

 

 古城少年には聞こえないように、優麻は口の中で小さく呟いた。

 一方の古城少年は、優麻の言葉で自分が吸血鬼であることを思い出し、戸惑いに満ちた表情で立ち尽くす。

 

「血を吸うって、どうやって……?」

 

 記憶を失った古城少年は吸血の仕方が分からない。何より、吸血行為に対する漠然とした抵抗もある。上手く吸血行為に及べるか、自信がなかった。

 

「大丈夫、ちゃんとリードしてあげるから……」

 

 不安に強張る少年の身体を抱き寄せる優麻。抱き締められた古城少年の眼前には無防備な首筋が曝け出されており、どうしてか目を離すことができなかった。

 柔らかな肢体の感触、微かに香る甘やかな匂い、男の劣情を煽る格好。それら全てが激しい情欲を掻き立て、か細い首筋に対する猛烈な衝動を沸き起こす。

 幼馴染の少女相手に何を考えているんだ、と少年は凄まじい自己嫌悪に襲われる。堪え難い牙の疼きに抗おうと唇を噛んで、震える少年の耳元で優麻が擽るように囁いた。

 

「我慢しなくていいよ。衝動に身を任せるんだ……」

 

「……っ!」

 

 優麻の言葉に背中を押され、古城少年は躊躇いがちに眼前の白い首筋に牙を突き立てた。

 

「ぁ……んぅ……」

 

 小さくも鋭い牙を突き立てられ、そこから血を吸われる初めての感覚に優麻は思わず声を洩らす。しかし古城少年は構わず、貪るように血を吸い続ける。

 自身の首筋に顔を埋める少年の横顔を見遣り、淡い微笑みを零す。吸血に夢中になっている少年の耳をそっと塞ぎ、優麻は小さくか細い声で呟いた。

 

「ありがとう。ボクの大切な幼馴染を助けてくれて──」

 

 

 ▼

 

 

 激しい剣戟の音が鳴り響く。剣と槍がぶつかり合う度に眩い火花が散り咲き、雪菜と紗矢華の険しい表情を浮かび上がらせる。

 戦いの趨勢は雪菜たちの劣勢で進んでいた。

 数的有利と浅葱から齎される情報的アドバンテージが雪菜たちにはあった。しかしいざ戦端が開かれ、刃を交え始めるとその有利性も圧倒的な地力の差で覆されてしまった。

 甲冑の男──ブルード・ダンブルグラフは龍殺しの末裔だ。西欧教会の暗部に雇われた異端の祓魔師であり、龍との戦闘に無関係の都市を数多く巻き込んで滅した大罪人だ。

 その肉体は龍の血を浴びたことで鋼となり、生半な攻撃では傷つけることすら能わず。西欧教会の暗部にて研鑽された剣の技量は底が知れない。ただただ純粋に、男は強かった。

 雪菜と紗矢華は決して弱いわけではない。獅子王機関にて厳しい訓練を積み、ルームメイトとして一緒に過ごしてきたことから連携も目を瞠るものがある。並大抵の相手ならば難なく鎮圧できるだけの力を持っている。

 だが、相手が悪い。

 ブルードの力は魔術などに頼ったものではない純粋な剣技と鋼の肉体によって支えられており、“雪霞狼”では相性的な特攻を突くことができない。鋼すらも両断できるであろう“煌華麟”の擬似空間切断は、そもそも剣の技量に大きな隔たりがあるために届かない。

 数少ない活路は連携で翻弄し、隙を突くことだが──

 

「──ヌルいな」

 

 唸りを上げて巨大な剣が振るわれる。掠るだけでも身体ごと持っていきかねない圧力を伴った斬撃が雪菜を襲う。

 

「くっ……!」

 

 下手に受け止めれば小柄な雪菜では吹き飛ばされる。大気ごと両断せんと迫る刃を間一髪で躱し、雪菜は果敢に攻めかかった。

 しかし銀色の穂先は空を突くだけに終わった。最低限の体捌きでブルードが躱したのだ。そのまま雪菜を両断せんと大上段に構えるように見せかけ、大きく踏み込んで巨剣を横薙ぎに振り回した。

 激烈な音を響かせて巨剣が空間の裂け目と衝突する。紗矢華が一瞬の隙を突いて背後から斬りかかったのだ。

 

「ミえているぞ、コムスメ……」

 

「こいつ、背中に目でも付いてるわけ!?」

 

 奇襲が失敗したと見て紗矢華は即座に後退した。あの場に留まれば返す刀で斬り捨てられるのが目に見えていたからだ。

 肩を並べて立つ雪菜と紗矢華の表情は変わらず険しい。今のような遣り取りをもう何度も繰り返している。攻め方などは変化をつけているものの、二人の刃は一度も届いていなかった。

 

「トるにタらないな。オトナしく、“クウゲキのマジョ”をヨコせ」

 

 もはや雪菜たちを脅威とも思っていないのか、ブルードの意識は那月を殺すことだけに向いている。

 

『ちょっと、このままじゃジリ貧でしょ。なんかこう、一発逆転の秘策とかないの?』

 

 もどかしげに浅葱が訊いてくる。

 

「ないわけじゃないですけど……」

 

「隙が無くて使えないのよ。無理に撃っても無駄撃ちになるだけ」

 

 鋼の肉体を貫く手立てがないわけではない。しかしそれは雪菜の身体に著しく負担を強いるものであり、紗矢華に間違いなく止められてしまう。

 その紗矢華も、甲冑の男を仕留める手を持ってはいる。だがその技は準備に多少の時間が必要であり、那月の守りに注力している間は使えない。

 せめて那月だけでもキーストーンゲート内に避難させることができれば話は違うのだが、目の前の男がそれを許してくれるはずもなかった。

 

『だったら、あたしが那月ちゃんを迎えにいくわ。そうすればもう少し戦いやすいんじゃない?』

 

「駄目です、危険過ぎます。それに、守る対象が増えたら本当に手の施しようがなくなります」

 

『じゃあ、どうすんのさ……!』

 

 歯軋り交じりの声で浅葱が呟いた。

 目と鼻の先で勃発している戦闘に何の手助けもできない。キーストーンゲート内部に詰めている“特区警備隊(アイランド・ガード)”に応援を要請しようとも考えたが、未だ所在の知れない精神支配の術者に利用されかねないと止められ、浅葱自身が有脚戦車(ロボットタンク)で参戦するのも却下された。

 ただ画面越しに雪菜と紗矢華が追い詰められていく様子を見ているしかできない現状が悔しくて、とにかく浅葱の気は立っていた。

 だが焦っているのは浅葱だけではない。雪菜と紗矢華も、どうにかして現状を打破しなければならないと焦りを募らせていた。

 

「ナニやらタクラもうとしているようだが、ムイミだ」

 

 ブルードが巨大な剣を高々と掲げた。大上段からの振り下ろしを宣言するような構えに、雪菜たちは迎え撃つべく身構える。

 しかしブルードの目には既に雪菜と紗矢華の姿はなく、殺意入り混じる眼光が向けられているのは那月ただ一人。一足で間合いを詰め、処刑人の如く巨剣を振り下ろす。

 

「させません!」

 

「はあっ!」

 

 那月を両断せんと迫る刃を、左右から差し込まれた槍と剣が受け止める。二人がかりならば止められる、そんな二人の考えを嘲笑うようにブルードは巨剣を巧みに操り、切返しの一撃を雪菜へ放った。

 

「くっ、ああっ!?」

 

 間髪入れずの二撃目を辛うじて防いだ雪菜だが、真正面から男の人外染みた馬鹿力を受け止め切ることはできず、大きく吹き飛ばされてしまった。

 戦線から強制離脱させられた雪菜を案じる暇もなく、踏み止まった紗矢華を叩き潰さんと巨剣が振るわれる。

 

「“煌華麟”!」

 

 擬似空間切断の壁で叩き付けられる斬撃を防ぐ紗矢華。しかし数合と斬り合いが重なるにつれ、剣の技量の差が浮き彫りになっていく。やがて紗矢華は巨剣の圧力を抑えきれなくなり、膝を突いた。

 

「くっ、重すぎなんだけど、こいつ……!」

 

 鍔迫り合いの体勢から力だけで捻じ伏せられ、押し返すことができず呻く紗矢華。不意に上から伸し掛かる圧力が消失し、何事かと視線を上に上げたところで、強烈な衝撃が腹部に叩き込まれた。ブルードががら空きの横腹に蹴りを入れたのだ。

 

「かっは……!?」

 

「紗矢華さん!」

 

 鋼の蹴りを無防備な横腹に受けて頽れる紗矢華を、体勢を立て直した雪菜が助けようと駆け出す。だが、間に合わない。ブルードは既に邪魔立てする紗矢華を始末せんと巨剣を振り翳している。

 絶望が雪菜を襲った時、倒れ伏す紗矢華を庇うように男の前に那月が立った。紗矢華を守ろうとしているのか、小さな腕を精一杯広げている。

 

「ふん、クダらぬ。フタリマトめてキる」

 

 那月が庇おうと関係ない。むしろ好都合だとばかりにブルードは少女たちに巨剣を振り下ろす。

 己の命を刈り取る刃が迫っている状況で、しかし那月の表情に恐怖や怯えはなかった。ただ一言、背後に庇う紗矢華と自分に言い聞かせるように囁く。

 

「大丈夫、心配ないよ──」

 

 巨大な剣が二人の少女を両断する、まさにその瞬間、砲弾の如き勢いで何かが甲冑の男を襲った。

 

「ぐおっ!?」

 

 横合からの完全な不意打ちを受け、ブルードが面白いくらいに吹き飛ぶ。つい先ほどまで手も足も出なかった相手が吹っ飛ぶ光景に、雪菜は唖然とした表情で立ち尽くし、乱入者の姿を見て目を見開いた。

 ブルードと立ち代るように現れ、月明かりにその姿を浮かび上がらせたのは十歳前後の少年だった。

 少年は驚愕に見舞われている雪菜を見て罰が悪そうに顔を逸らし、苦痛に呻く紗矢華を見て表情を険しくする。次いで紗矢華を庇うように立つ那月に、安心させるように笑いかけた。

 

「遅くなったな。誰かはよく知らないけど、助けにきた」

 

 雪菜たちの窮地を救うべく、古城少年が戦場に現れた。

 

 


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