“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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迷った末に方針を決めましたが、行き当たりばったり感が拭えなくて不安……
因みに今話は殆ど話が進みません。


観測者たちの宴
観測者たちの宴 Ⅰ


 絃神島のほぼ中央に位置するキーストーンゲート、その地下十二階には人工島管理公社の保安部が設置されている。

 バイトの関係で急遽呼び出しを受けて古城たちとの観光を途中で切り上げる羽目になった藍羽浅葱は、無数のコンピューターに囲まれた部屋で憂鬱な顔を隠そうともせず仕事に打ち込んでいた。

 仕事の内容は人工島内におけるネットワーク障害の解消。波朧院フェスタ初日の昼頃から発生した大規模なネットワーク障害によって、絃神島の交通網は大混乱に陥っていた。

 幸いにも祭りで企業の多くが休業しているため経済的な損失は今のところ軽微であるが、寄せられる苦情の数は知れず。問題の解決が遅れればいつ大事故が発生してもおかしくない状況だった。

 原因不明の大規模ネットワーク障害。すわ外部からの電脳攻撃かと危惧されたが、浅葱が持ち前の電子能力と機転を利かせ、原因がネットワークではなく絃神島の空間そのものにあると見抜いたことで解決は早かった。

 浅葱は捻じ曲がった空間の歪みを逆算する七面倒なプログラムを一晩で書き上げ、絃神島を襲う空間異常を対症療法ではあるが解消してみせた。代わりに祭りの貴重な一日を割に合わないバイトで潰され、キーストーンゲートの屋上をメイヤー姉妹なる魔女が占拠しているせいで外にも出られないでいるが。

 

「あーもう、やってらんない。何が悲しくて祭り(フェスタ)の日までこんなとこに篭ってなきゃなんないのよ……」

 

 憂鬱な想いを吐き出すように溜め息を溢す浅葱に、ディスプレイの一つに写っていた不細工な人形が皮肉っぽい声を発する。

 

『いやいや、今回ばかりはマジで助かったぜ。嬢ちゃんがいなけりゃ、今頃どうなってたことやら』

 

 普段の揶揄いは鳴りを潜め本当に感謝しているようだった。事実、浅葱の力がなければ絃神島の混乱は波朧院フェスタ中には解決できなかっただろう。

 しかしAIに感謝されたところで浅葱の機嫌が直るはずもない。浅葱の頭の中にあるのは想い人である古城のことばかり。

 今頃、美人な幼馴染と一緒に祭りを回っているのだろうか。対して浅葱は無数の機械に囲まれて仕事、仕事、仕事……。本当は浴衣でも着て古城と祭りを楽しんでみたかった、と浅葱は力なくキーボードに突っ伏した。

 

「はぁ、いいなぁ……」

 

 浅葱がボソリと羨望の滲んだ呟きを零す。割と普段から皮肉ったり揶揄ったりするモグワイも同情を禁じ得なかったのか、気遣うような慰めるような口調で言う。

 

『そう気落ちするなよ、嬢ちゃん。祭りの本番は今日だぜ。目玉の花火大会まで時間もあるし、それまでには上の騒ぎも収まるだろうよ。意中の相手を誘って花火見物に洒落込むの乙なもんだぜ?』

 

「そうね……」

 

 古城と一緒に花火見物、悪くない計画だ。古城と二人きりになれるかは分からないが、夜空に咲く花火を並んで見上げるというシチュエーションは非常に魅力的である。

 浅葱の瞳に活力が戻ってくる。徹夜の疲労は重く伸し掛かっているが、古城と花火見物(ご褒美)を思えばなんてことはない。そうでも思わないと疲れのあまり寝落ちしてしまいそうだった。

 

「よし、そうと決まればちゃっちゃか残りの作業も終わらせるわよ」

 

 無駄にした一日を取り返すべく、脳内で本日の予定を組み直しながら残りの作業を常人離れした速度で進めていく。大枠のシステム構築は終わっていたが、まだまだ細々としたタスクが残っているのだ。それもモチベーションが回復した浅葱の手に掛かれば大した時間も要さずに終わるだろうが。

 不意に浅葱を取り囲む無数のディスプレイの幾つかが赤く染まり、耳障りな警告音が鳴り始める。ついで微かな揺れが浅葱のいる部屋を揺らした。

 

「なに? 上の魔女が見境なく暴れ始めたの?」

 

 警告表示(アラート)が映し出されるディスプレイを苛立たしげに睨み付ける浅葱。メイヤー姉妹がキーストーンゲート屋上を占拠している限り浅葱は外に出られない。浅葱としては悪足掻きなどせずさっさと鎮圧されてくれというのが本音である。

 しかし揺れの原因はメイヤー姉妹ではなく、規模も浅葱の想定を超えるものだった。

 浅葱を取り囲む無数のディスプレイの画面が次から次へと警告表示に埋め尽くされていく。明らかな異常事態に浅葱も只事ではないと理解し、真剣な顔付きでコンピューターに向き直る。

 

「ちょっと、いったい何が起きてるわけ?」

 

『外で魔族同士がどんぱちやってるみてぇだな』

 

「それだけ? 魔族の暴徒化なんて珍しいことじゃないでしょ。迷惑なことに変わりはないけど」

 

 “魔族特区”である絃神島において魔族絡みの事件は枚挙にいとまがない。今の絃神島は空間異常により交通網にも混乱が起きており、苛立った魔族同士が衝突したとしてもおかしくない。

 

『いんや、暴徒化なんて生優しいもんじゃないな』

 

 モグワイが浅葱の目の前のディスプレイに各種計測器が観測した数値を映し出す。その異常な数値に浅葱は目を剥いた。

 

「なによこれ、“旧き世代”の吸血鬼でも暴れてるの? ただでさえ空間が捻じ曲がりまくってる時に、何処のどいつよ!?」

 

 怒りを露わにして浅葱は凄まじいスピードでキーボードを叩き始める。

 絃神島を襲う空間異常を悪化させかねない危険分子の正体を暴いてやろうと、計測器から送られてくる情報を元に居所の特定と近場の監視カメラのハックを敢行していた。

 この時の浅葱は冷静ではなかった。割に合わないバイトで貴重な祭りの時間を潰され、必死こいて組み上げたプログラムを台無しにされそうになったことで、相棒のモグワイが止めようとする声も耳に届かないほど頭に血が上ってしまっていたのだ。

 だから浅葱は何の身構えもなく衝撃の光景を目の当たりにすることになる。

 

「場所は……十三号増設人工島(サブフロート)? 何だってあんなところで暴れてるのか知らないけど、こっちとしてはいい迷惑よ」

 

 多少の疑問を抱きながら浅葱はカメラのハック作業に移っていた。流れるような作業速度にモグワイが介入する余地もない。

 

『待て、嬢ちゃん。それ以上は──』

 

 モグワイの制止も虚しく、浅葱は増設人工島の様子を窺える監視カメラのハックを終えてしまった。

 ディスプレイの一つが監視カメラの映像に切り替わる。増設人工島に設置されていたカメラは黒死皇派のテロ事件の際に尽く破壊されてしまっていたため、ハックしたのは本島側に設置された監視カメラだ。そのため映像は遠目のものになってしまったが、浅葱の手に掛かればズームも画像解析もお手の物だ。

 

「さぁて、何処の馬鹿が無茶苦茶してくれてんのかしら……え?」

 

 意気揚々とキーボードをタイピングしていた指がピタリと止まる。ついさっきまで苛立たしげに眇められていた目は驚愕に見開かれ、信じ難い光景にわなわなと唇が震えて上手く言葉が出ない。

 

「なんで、あんたがそこに居るのよ……古城?」

 

 やっとの思いで絞り出せた声は不安に震えていた。

 映像の中で古城は激しい戦闘を繰り広げていた。相手は浅葱でも知っているほどに有名な吸血鬼。メディアにも度々露出することがある戦王領域の貴族、アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーだ。

 古城は全身に傷を負いながらも、背を向けることなく果敢にヴァトラーに挑み続ける。何度吹き飛ばされようとも立ち上がり、血塗れになろうとも構わず戦う。その姿は正しく英雄のようであったが、浅葱にとっては関係ない。

 

「いや……! 逃げて、古城!」

 

 古城が眷獣の暴力に曝される度、届くはずがないと分かっていても浅葱は叫ばずにはいられない。

 何故、古城があんな場所で命懸けの戦闘を繰り広げているのかは分からない。そもそも戦闘が成り立っているのもおかしい。古城は浅葱と同じ、普通の人間ではなかったのか──?

 次から次へと疑念や謎が浮かび上がるが、今はそれどころではない。素人の浅葱から見ても、二人の戦いは古城が圧倒的に押されているように見えた。このまま戦い続ければ遠からず古城が敗北し、殺されてしまうかもしれない。

 

「そんなの、いやよ……!」

 

 古城が居なくなってしまう。想像しただけで胸が張り裂けそうになり、浅葱はいてもたっても居られなくなった。

 

「モグワイ! 今すぐ“特区警備隊(アイランド・ガード)”の戦闘用有脚戦車(ロボットタンク)を用意して!」

 

『止めとけ、嬢ちゃん。そんなもんで突っ込んだところでスクラップになるのが関の山だぜ』

 

「じゃあこのまま古城を見殺しにしろって言うの!?」

 

 浅葱が乱暴にテーブルを殴り付けた。古城が殺されかねない状況に焦燥と恐怖が湧き上がり、冷静に戦況を観察することもできないでいる。

 

『落ち着けって言ってるんだ。考えなしに突っ込むなんて、嬢ちゃんらしくないぜ?』

 

 皮肉っぽい口調でモグワイは浅葱を窘めた。

 頭に血を上らせていた浅葱は、相棒の冷静な指摘に一度気持ちを落ち着かせる。冷静な思考を取り戻し、改めて画面の中で戦い続ける古城の姿を観察した。

 ヴァトラーを相手に喰らい付く古城の顔は不利な戦況に屈することなく、瞳は虎視眈々と逆転の隙を窺っている。目の前の敵手に全神経を集中しているようで、仮に浅葱が有脚戦車で介入したとしても邪魔にしかならないだろう。

 

「…………っ」

 

 モグワイの言う通りだ。冷静さを欠いたままあの戦場に乱入しようものなら、辛うじて保たれている均衡が一瞬で瓦解する。そもそも浅葱は魔族でも攻魔師でもない一般人だ。電子能力は他の追随を許さないが、直接戦闘において何ができるわけでもない。

 古城のピンチに何もできない無力さに歯噛みして、浅葱は逡巡を振り払うように目尻に浮かんだ滴を拭った。

 

「モグワイ。()()()()()のタンクの申請を通しといて」

 

『おう。嬢ちゃんはどうする?』

 

「あたしは馬鹿な野次馬が戦場に近づかないようにするわ」

 

 あの場において浅葱にできることはない。目に見える形で古城の力にはなれない。だがしかし、間接的に古城の手助けをすることはできる。浅葱の戦場は彼方ではなく此処なのだ。

 いつもの調子を取り戻した相棒にモグワイがケラケラと笑う。癇に障る笑い声を発する不細工な人形を一睨みし、浅葱は無数のディスプレイに向き直りキーボードと格闘を始めた。

 空間の歪みによって絃神島は非常に不安定な状態になっている。浅葱は交通網の混乱を解消するため、秒単位で空間の歪みを解析して位置情報の補正を行う無茶苦茶なプログラムを徹夜で組み立てた。

 そのプログラムの一部をマニュアルに変え、交通管制システムを浅葱の手に掌握する。今、絃神島の交通ネットワークは浅葱の思うがままに操られていた。

 信号や道路標識、その他諸々の交通システムを利用して古城とヴァトラーが戦う戦場へ部外者が侵入できないように規制を敷く。一部で渋滞や長い信号待ちが発生するだろうが、戦争の余波に巻き込まれるよりかはマシだろう。

 

「死なないでよ、古城……!」

 

 手放しで古城の勝利を信じられるわけではない。だから浅葱は古城の生存を願い、陰ながら彼のサポートに徹し続けた。

 どれだけの時間、コンピューターと格闘し続けただろうか。昨夜から一睡もしていなかった影響と極度の緊張から意識が朦朧とし始めたところで、敗色濃厚の戦況を天変地異を齎して古城が引っ繰り返した。最後の激突で絃神島にも馬鹿にならない影響が出ているが、それでも古城が勝利を掴み取ったのだ。

 今にも沈みそうな瓦礫の浮島に立つ古城を眺め、浅葱は心の底から安堵の吐息を洩らした。

 

「終わった。心臓止まるかと思ったわよ……」

 

『ケケッ、まさか勝っちまうとはな』

 

 感心したようにモグワイが笑う。対して浅葱は古城の生存を喜ぶ一方、戦王領域の貴族を下すほどの力を持つ彼は何者なのかという疑念が頭を擡げ、素直に喜べず複雑な心境だった。

 浅葱のハッキング能力を以ってすれば古城の正体を明らかにするのは簡単だ。あれほどの力、ただの人間ではない。何かしらの痕跡が絃神島の情報書庫(バンク)に残っているはずである。

 しかし浅葱は古城の正体を探ろうとはしなかった。

 

「こんだけ心配掛けたんだから、隠してたこと全部訊いてやるんだから覚悟しときなさいよ……」

 

 恨みがましく呟いて映像の中の古城を睨み付けて浅葱は呟いた。

 変なところで奥手で雪菜(後発)に遅れを取りつつある浅葱だが、裏でこそこそとするくらいなら腹を括って真正面からぶつかるタイプである。時に暴走列車と化してしまうが、そういったサバサバとした人柄が慕われる要因なのだろう。ただし男子たちからはその性格が災いして恋愛対象外にされてしまっているが。

 緊張の糸を解いて浅葱が椅子に凭れようとして、突然の魔力爆発が絃神島を揺らした。

 

「今度は何よ!?」

 

 流石の浅葱も畳み掛けるように発生する異常事態に憤慨し、監視カメラの映像から目を離す。すぐさま調べてみれば、謎の魔力爆発は絃神島の北端で発生していた。

 次から次へと巻き起こる騒ぎに辟易しながら、さてどうするべきかと浅葱は思案する。

 ふと、浅葱は監視カメラの映像に目を向けた。恐らく古城も今の魔力爆発を感知したはずだ。プログラマーとしての直感であるが、一連の異変は別々の事件ではなく何かしらの形で繋がっている気がした。故に古城がどう動くか確認しようとしたのだ。

 

 ──血塗れの腕が古城を貫いていた。

 

「え……?」

 

 監視カメラに映る光景が信じられなくて、浅葱は間の抜けた声を洩らした。

 血塗れのヴァトラーが古城を背後からその腕で串刺しにしている。理解し難い光景に呆然としている浅葱が見守る中、ヴァトラーの背後に炎蛇の眷獣が姿を現した。

 次の展開を予想できた浅葱が顔を真っ青にしてディスプレイに手を伸ばすのと、眷獣が主人諸共に古城を襲ったのは同時だった。

 

「──古城!?」

 

 凄まじい爆発に監視カメラの映像が白く染まる。映像が真っ白に染まるほどの爆発が収まった後には二人の姿はなく、映っていたのは急激に沈み始めた人工島だけだった。

 茫然自失の状態で立ち尽くしていたのは何秒だったか。浅葱の意識を現実に呼び戻したのは画面の中の相棒の声だった。

 

『──嬢ちゃん!』

 

「──ッ! モグワイ、タンクの用意は!?」

 

『申請は通しといたぜ。急げよ、嬢ちゃん。潮に流されちまったら拾い上げることは無理だ』

 

「分かってんのよ、そんなことくらい!」

 

 最低限必要な物だけを引っ掴んで浅葱は部屋を飛び出す。到底生きているとは思えない状況であったが、それを理由に此処で泣き崩れているわけにはいかない。僅かにでも生存の可能性があるなら意地でも拾い上げてみせる。

 用意されていた災害救助用のシンプルな有脚戦車に飛び込み、浅葱は増設人工島(サブフロート)へ急行した。

 

 

 


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