“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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前回更新からかなり月日が空いてしまいました……ほんと、すみません。話の内容弄ったりしたらくちゃくちゃになったり、試験が始まったりモンハンやったりSAOFBやってたらいつの間にやらこんな時期に……。ごめんなさい、後半は完全に作者が悪いですね(笑)


蒼き魔女の迷宮 Ⅴ

 紗矢華達との電話を終え近場のコンビニでデザートを見繕い、古城が帰宅したのは十一時少し前だった。

 首謀者とその狙いが判明したことで紗矢華とラ・フォリアは闇雲に動く必要がなくなった。今頃は人工島管理公社と聖環騎士団と密に連絡を取り、対策を講じていることだろう。腹黒王女の相手をさせられる自分の影の監視役兼親友の少年の苦労を思うと、古城は同情を禁じ得ない。

 

「ただいま」

 

 明かりの付いているリビングに入った古城を迎えたのはスウェット姿の優麻一人。賑やかな妹の姿は見当たらなかった。

 

「遅かったね古城。何処まで買い物に行ってたんだい?」

 

 ソファに腰掛けながら優麻が不思議そうに訊いてくる。

 

「悪い、出先でクラスの奴と出会してさ。立ち話してたらすっかり遅くなった」

 

 前もって考えていた言い訳を淀みなく伝え、古城は手に持っていた買い物袋をテーブルに置く。

 

「凪沙はどうした?」

 

「さっきまで起きてたんだけどね。待ち草臥れて寝ちゃったよ。ケーキは冷蔵庫に入れて置いてだってさ」

 

「そいつは悪いことしたな」

 

 一日中絃神島を練り歩き、帰ってきてからも優麻と古城相手に喋り倒せば疲れもしよう。加えて古城が出掛けている間にコスプレの衣装合わせもしていたらしい。リビングのあちこちに吸血鬼やらバニーガールやらの衣装が散乱していた。

 

「どうする、優麻? 今から食べるか?」

 

「いや、いいよ。凪沙ちゃんに悪いしね。それより古城、少し話さない?」

 

 ソファの隣を軽く叩きながら優麻が誘ってくる。古城は一瞬迷ったものの、ここで断るのも不自然だと思い頷いた。

 勧められるがまま優麻の隣に腰を下ろす。奇しくも昨日の夏音との会話を彷彿とさせる構図だ。緊張の度合いで言えば比べ物にならないが。

 古城の心境など構わず優麻は昔を懐かしむようにぽつぽつと語り始めた。

 

「古城と二人きりになるのも懐かしいね。凪沙ちゃんのお喋りに付き合うのも悪くないけど、古城ともこうしてゆっくり話してみたかったんだ」

 

「さっきはずっと凪沙が喋りっぱなしだったからな」

 

「うん。相変わらず元気そうで何よりだよ」

 

 微笑ましげに目を細める優麻。彼女の記憶の中にある凪沙と今の凪沙には大した違いがなかったらしい。今も昔もお喋りで天真爛漫な古城の妹だ。

 

「その点、古城は少し変わったかな」

 

 出し抜けに優麻が放った言葉に心臓の鼓動が止まりそうになる。嫌な汗が背筋を伝い、焦燥が表層に出そうになってしまう。だがこの展開を予想していた古城は何とか動揺を押し留め、どうにか言葉を捻り出した。

 

「まあ、俺ももう高校生だからな。環境も変わって、昔とはちょっと違うかもしれないな」

 

 あえて否定はしない。無理に否定しようとすれば逆に怪しまれる。故にやんわりとした肯定を返した。

 優麻も古城の言葉に頷き、女性らしく成長した体を見下ろして茶目っ気混じり笑う。

 

「ふふっ、そうだね。ボクも古城もこんなに大きくなっちゃった。もう昔みたいに一緒に着替えたりとかはできないかな」

 

「やめてくれ、心臓に悪いぞ。まったく」

 

 古城は呆れ交じりに首を振った。その態度に優麻は微かに目を細め、少し考えるような素振りを挟んで思い出話を振る。

 

「そう言えば、古城は覚えてるかな。部活の時にさ──」

 

 そこから優麻は古城との思い出話を始める。さっきは凪沙が居たため話の内容は三人共通の話題ばかりであったが、この場に凪沙はいない。必然的に話題は古城と優麻しか知らないものばかりとなる。

 ここで困るのは古城だ。もう幾度となく語っているが、今この場に在る暁古城はまがいものである。“暁古城”と仙都木優麻の思い出話を持ち出されても分かるはずがない。

 古城にできるのはただ相槌を打ち、違和感を抱かれそうになったらそれとなく誤魔化すことだけ。要領は凪沙が居た時と大して差はないはずだった。

 だが駄目だった。優麻が原作には描写されていなかった小学生時代の思い出を語る度、心の内で罪悪感に苛まれながら嘘を重ねる毎に、反比例のように鍍金が剥がれていく。ここに至って古城は昔の思い出を忘れてしまっていてもむくれながら許してくれていた凪沙の有り難みを痛感した。

 さっきは凪沙が居たから何とか凌げた。優麻も凪沙の手前、必要以上に突っ込むような真似はしなかったのだろう。だがこの場にお喋りながらも優しい妹は居なかった。

 どれだけの時間、肩を並べて語ったのだろうか。古城との繋がりを確かめるように思い出の一つ一つを語っていた優麻が、不意に黙り込んでしまった。

 話の種がなくなったわけではないはずだ。語りたい思い出は山ほどあるに決まってる。だが優麻の口は固く閉ざされ、懊悩するように瞑目していた。

 ややあって開かれた優麻の瞳には色濃い寂寥の色が浮かんでいた。

 

「ごめん、古城。いつ切り出そうか迷ってたんだけど、実を言うと君が出掛けている間に友人から連絡があったんだ。驚いたことにその友人は今、絃神島(ここ)に来ているらしい」

 

「優麻……」

 

 早口で捲し立てるように言う優麻。古城が止める間も無くソファを立つと、するりとパジャマ代わりのスウェットを脱ぎ落とす。スウェットの下は予め着込んでいたらしい、優麻によく似合うやや大胆な魔女のコスプレ衣装であった。

 

「その友人がどうしても会いたいと言うからね。無下にするわけにもいかなくて、これからちょっと顔を見せに行ってくる。身勝手を言ってごめんよ。凪沙ちゃんにも謝っておいてほしい」

 

「…………」

 

 止めることはできない。優麻の瞳が明確な拒絶の意思を訴えていた。痛々しいほどの失望と諦観が伝わってくる。

 何も言葉を返せず項垂れる古城から未練を断ち切るように視線を切り、優麻は静かにリビングを出ていく。眠っている凪沙を気遣うように、音もなく優麻は暁宅を後にした。

 痛々しい静寂がリビングを支配する。ソファに腰を沈め項垂れる古城は微動たりとしない。下から覗き込めば普段の彼からは想像がつかない、虚ろな表情が見えるはずだ。

 

「何を間違えた……」

 

 今日一日、古城は可能な限りボロを出さないように努めた。怪しまれないように自然と優麻を女性陣に引き合わせ、話の矛先を向けられないようにした。それが拙かったのか?

 それともやはり先ほどの思い出話か。相槌ばかり打って曖昧に答えるだけの態度に致命的な違和感を持たれてしまった。これは間違いないだろう。

 だが、それだけではない気がする。具体的に何が、とは言えない。ただ、優麻はもっと根本的な部分で古城を古城と受け入れられなかった。そんな気がするのだ。

 分からない。分からないが、このまま悩み込んでいるわけにはいかない。

 優麻の動きが完全に原作とは乖離してしまったため、今後の展開が読めなくなった。第四真祖の肉体は奪われずここにある以上、LCOは確実にその手を絃神市民に向ける。そうなれば罪のない人々が大勢犠牲になる。

 無論、古城がLCOの凶行を看過するはずもない。既に紗矢華達が裏で動き、連中の本陣に乗り込むべく準備をしている。古城と雪菜がフリーになる早朝に合わせ、決着を付ける手筈だ。

 だから今は明日に向けて体調を万全に整えておくことこそが古城の仕事だ。想定される最悪の展開の場合、古城はかつてない強敵と矛を交えざるを得なくなる。故に十分な休息こそが現時点における最優先事項であった。

 頭ではそれを理解しているのに古城は腰を上げない。苦悩するように両手で頭を抱え、そのまま彫像のように固まってしまった。胸中を埋め尽くすのは自責の念だ。

 

 何を間違えた、何が足りなかった、俺はどうすればよかった──?

 

 古城が己を責め立てるような自問自答を繰り返していると、静寂を破るように小さなノック音が響いた。のそりと顔を上げて、あぁと古城は声を洩らす。

 気だるげに立ち上がって玄関へ向かう。確認もせずドアノブに手を掛け、そのまま扉を押し開く。玄関先には真剣な表情をした雪菜が立っていた。

 

「あ、先輩。先ほど優麻さんが出ていかれましたけど、やっばり彼女は仙都木阿夜の──」

 

 そこまで言って、雪菜は言葉を失った。扉の隙間から覗く死人のように色のない古城の顔を見たからだ。

 驚愕の表情で固まる雪菜を見下ろし、古城は酷く緩慢な動作で口を開く。

 

「悪い、姫柊。優麻にそのことは聞けなかった。だから確証はない。ただ、優麻の背後に妙な気配を感じた。多分だけど、那月ちゃんと同じタイプだ」

 

 すらすらと言葉を並べ立てる古城。そこに普段の優しい声色や抑揚はない。恐ろしく平坦な声だった。

 

「せ、先輩……」

 

「優麻のことは俺から煌坂達にも伝えておく。心配かけて悪かったな。もう遅いから、姫柊も今日は休め」

 

「待っ──」

 

 一方的に言うだけ言って古城は扉を閉める。直前に雪菜が止めようとしたものの、今の古城には雪菜の相手をする気力すらなかった。下手をすれば雪菜にまで要らない疑念を抱かれてしまうような気がしてならなかったのだ。

 扉を一枚挟んだ通路に立ち尽くす雪菜の気配を感じながら、古城は壁に背中を預けてずるずると座り込む。そして再び頭を抱えてしまった。

 

「俺は、やっぱり……」

 

 自嘲げに歪められた唇から掠れた呟きが零れ落ちる。

 

「──まがいものだ」

 

 

 ▼

 

 

 ──昏く深い底へと堕ちていく。

 古城以外の誰にも侵すことのできない、侵されてはならない深層領域。深海よりも昏く、現実にはない居心地の良さを与えてくれる場所。暁古城に転生してから最も落ち着けるだろう空間だった。

 現実とは切り離された此処なら何も惑うことはない。苦しむことも、誰かを騙す必要もない。だからこのまま此処に居れば──

 不意に真っ暗闇の世界に光が差し込んだ。光は七色に輝くオーロラのように空間を染め上げ、まるでスクリーンのように広がっていく。そこに幾つもの映像が投影される。

 そこには幼い暁古城と仙都木優麻が映っていた。

 二人とも小学生であり、見た目も相応に幼い。古城は腕白な子供らしくどの映像でも笑顔が絶えず、楽しそうにはしゃぎまわっていた。そんな古城と一緒に居る優麻は心の底から楽しそうで、誰が見ても幸せそうであった。

 昏い世界を塗り替えるように広がる()()()()()()に、古城は混乱を隠せない。本来存在し得ないものが次から次へと流れ込んでくる。だがしかし、異物感や嫌悪感は不思議と感じなかった。

 何気なく古城は目の前の記憶(映像)に触れた。瞬間、古城は見覚えのない風景の中に立っていた。

 驚く古城の眼前では三人の少年少女が居た。

 協力し合って崖下へ落ちた小さな帽子を拾い上げようと四苦八苦している暁古城と優麻、その様子を涙目で見守る幼い凪沙。この光景を古城は原作知識として知っていた。

 仙都木優麻という少女にとって大切な思い出の一つ。LCOの企てに利用されて終わる運命だった少女が願いを抱く切っ掛けとなった原風景だ。

 崖下から古城と優麻が這い上がってくる。古城少年の手には小さな帽子があり、隣に並ぶ優麻は達成感に満ちた表情で帽子を受け取る凪沙を見ている。

 

「サンキュ、助かったぜ。おまえ、意外に力あるな。えーっと……」

 

 古城少年が明るく話しかける。その雰囲気につられたように、優麻も微笑を零して答える。

 

「──優麻だよ。仙都木優麻」

 

「よろしくな──ユウマ」

 

 笑い合って手を打ち鳴らす古城少年と優麻。その一連のやり取りを見届けて古城は、何が足りなかったのか、何を間違えたのかを悟った。

 

「は、はは……そりゃそうだよな、全く俺は──」

 

 ──馬鹿だ。

 

 まがいものであることの露呈を怖れて、怯えて、逃げてしまった。ただ隠すことにばかり躍起になって、優麻を見ようとしなかった。怖いものから目を逸らして、優麻がどんな顔で部屋を出ていったかすら見もしなかった。

 自分のことばかり考えて、目の前の少女を見ようとしなかった。何て愚かなことをしたのだろうか。

 きっと優麻は深く傷ついただろう。暁古城が護りたかったもの護り抜くなんて吐かしておいてこのザマだ。情けないにもほどがある。

 だが、今は自己嫌悪している場合ではない。時間が巻き戻らない以上、古城が為すべきことは一つだ。

 

「──今度こそ、護る」

 

 護れ、できるはずだ。目を逸らさず、きちんと真っ向から向き合えば優麻を救える。だってこの心はまがいものであっても、この身は正真正銘暁古城のものだから。何より足りなかった記憶(もの)も補えた。

 くるりと踵を返してまがいものは記憶に背を向けた。虚ろだった顔には確かな覚悟が宿り、瞳には揺るぎない意志の光が灯っている。

 熖光のスクリーンに投影された記憶(映像)を一つ一つ、己の心に焼き付けながら現実(地上)を目指す。目覚めればまた、まがいものにとって救いのない世界が待っていることは知っている。それでも、そこには護らなければならない人がいる。成し遂げなければならない使命がある。

 ならば、暁古城(まがいもの)が逃げることなどあり得なかった。

 傷だらけになりながらも歩みを止めないだろうまがいもの。その決然とした背中を、記憶(映像)の中から空色の瞳が優しげに見送っていた。

 

 

 

 


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