“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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うちの近くの本屋に限って新巻が売り切れで、ちょっと遠出してやっとゲットしました。そして読んでみて思ったのが、幾つかフラグをパキッと折っちゃってるなぁ……。まあ今の所、愚者のところまでしか考えてないので先のことを考え過ぎてもあれなんですが……どうしたものか。


蒼き魔女の迷宮 Ⅳ

 優麻に絃神島を案内して古城たちが帰宅したのは日没前。早めに切り上げた理由としては祭り本番は明日からなので体力を温存するためと、何より那月の失踪が懸念されたのもある。

 夏音とアスタルテの泊まる部屋について協議が発生したものの、諸々の事情から二人は雪菜の部屋に泊まることになった。久しぶりに再会した幼馴染との水入らずの時間を邪魔するのが憚れると夏音が遠慮したのと、護衛の都合上、一緒の部屋では優麻を巻き込みかねないと危惧したからだ。

 よって暁宅では今、古城と凪沙に優麻を加えた三人が夕食後の余暇をのんびりと過ごしていた。

 四年ぶりの再会。雪菜たち余人を交えず古城たちは小学生時代の思い出話に花を咲かせる。と言っても口を動かしているのは専ら凪沙ばかり。優麻は凪沙のマシンガントークに合わせて相槌を打ちつつ内容を掘り下げ、古城はと言えば「そんなこともあったな」などとコーヒーを飲みつつ会話に参加しているのかしていないのか曖昧な立ち位置を取っていた。

 この古城には小学生時代、厳密には小学校を卒業してすぐの三月以前の記憶がない。何故ならこの古城は“暁古城”ではなくまがいものであるから。凪沙と優麻の楽しげな思い出話に加わることは叶わない。

 だからと言ってそれを理由にこの和やかな場を離脱するわけにはいかない。そんなことをすれば凪沙に要らぬ心配をかけるし、優麻に怪しまれかねない。最悪の展開としては古城が“暁古城”ではないまがいものであることが露呈する可能性もあり得る。

 古城にできるのは凪沙のトークの内容からその場面を想像し、小学生時代の暁古城ならばどんな対応をしたのか思索、慎重に言葉を選びつつ不自然にならない程度に会話に参加することだけ。

 幸い今日まで凪沙を相手に兄として振る舞ってきた経験もあってその手の対応には慣れていた。決して褒められるような慣れではないが。

 傍目から見れば小学生時代の思い出をネタに団欒する古城たち。その実、いつ秘密が露呈するかも知れぬ状況に内心で神経を磨り減らす時間が続いた。

 延々続くかと思われたマシンガントークが止まったのは時計の短針が午後九時を指し示した頃合いだった。

 

「あ、もうこんな時間だ。そろそろお風呂入ったほうがいいよね。どうする古城君、先に入る? あたしはユウちゃんと一緒に入る約束してるけど」

 

「いいよ、二人が先に入ってくれ。俺は後で軽くシャワーだけ浴びるよ」

 

 特に一番風呂だとかに拘りもない古城は二人に先を譲る。このまま思い出話を続けてボロが出るようなことがあっては目も当てられないし、何よりこの後には予定が詰まっている。古城としては二人に見咎められることなく家を出る機会が欲しかったところだ。

 着替えを手にきゃいきゃいはしゃぎながら脱衣所へ入っていく凪沙と優麻。二人の背中が扉で遮られるのを見届けて、古城は我知らず吐息を洩らした。

 古城の胸に去来するのは隠し通せたかという不安と罪悪感。いつものことであるが今回は凪沙に加えて優麻もいた。古城が強いられた心理的負担は計り知れない。

 重くのしかかる罪悪感に慣れることはない。否、慣れてはならないと当人たる古城が己を戒め続ける限り、解放されることはないだろう。果たしてそんな日が訪れるのかは不明であるが。

 手元のコーヒーカップを空にして古城はソファを立つ。少女たちの楽しげな声が響く脱衣所の前を通り過ぎ、外に出るべく玄関のドアノブに手を掛ける。そのまま出掛けようとしたところで──

 

「あれ、何処に行くんだい古城?」

 

 脱衣所から顔だけ覗かした優麻の声に動きを止めた。

 まるで狙ったかのようなタイミングで声を掛けられて古城は目を剥くも、すぐに平静を取り繕って幼馴染を振り返る。

 

「ちょっと散歩がてらコンビニでも行こうかと思ってな。せっかく優麻がいるんだし、デザートの一つでもあったほうが話も弾むだろ?」

 

 咄嗟にしては悪くない言い訳だ。優麻も特に食い下がることもなく、そうかいと納得して引き下がった。その後ろで凪沙が「あ、古城君。凪沙はケーキがいいです、宜しく!」とちゃっかりお強請りしてくるものだから、古城は思わず苦笑を洩らしてしまう。

 

「はいはい、分かったよ。優麻は何かリクエストとかあるか?」

 

「ボクは何でもいいけど……そうだね、古城に任せようかな。楽しみにしてるよ」

 

 悪戯っぽい笑みを残して優麻は脱衣所へと首を引っ込めた。古城は一番厄介な注文に頭を抱える。

 明確に何かを注文するのではなく古城に一任する。これが趣味嗜好をそれなりに把握している凪沙ならば二つ返事で引き受けられるものだが、相手が優麻となると途端に難易度が跳ね上がる。何せこの古城は優麻のことを殆ど知らない。ここで下手な選択をしようものならそれは疑念の種になり得るだろう。

 言い訳に失敗したなと自嘲しながら今度こそ部屋を出る。生温い夜気に頬を撫でられるのと同時、隣室の扉も当然のように開いた。扉の隙間から顔を見せるのは言うまでもなく監視役たる雪菜だ。

 

「こんな時間にお出掛けですか、暁先輩」

 

 微妙に刺々しい声音で雪菜が言う。昼間の電話の件といい、隙あらば単独行動をしたがる古城へのせめてもの抗議なのだろう。向けられる視線もジトリとしている。

 そんな雪菜に古城は僅かに肩を竦めた。

 

「ちょっと電話がしたくてな。長くなりそうだし、凪沙たちに聞かせたくない内容だから外に出ただけさ。ところで姫柊、今少し出れるか?」

 

「今ですか? そうですね……少し待っていてください」

 

 そう言って部屋に引っ込む雪菜。廊下の手摺に身を預けて古城が待つこと数分、再び扉が開くと“雪霞狼”入りのギターケースを背負った雪菜が出てきた。

 

「お待たせしました。夏音ちゃんとアスタルテさんにしばらく出掛けることを伝えてきたので問題ありません。ただ、南宮先生のこともあるのでなるべく早く戻ったほうがいいかと」

 

 絃神島において五指に入ると言っても過言ではない実力者の那月の失踪。そんな彼女が前もってアスタルテに夏音の護衛を命じていた以上、夏音からあまり目を離すのは得策ではない。古城もそのあたりは承知の上だ。

 

「分かってるよ。とりあえず、行こうか。姫柊も昼間の電話の続きが気になってるんだろ?」

 

 む、と雪菜が小さく唸る。結局尋ねる機会がなくて有耶無耶になってしまっていたが、古城の方から明かしてくれるのならば聞かないという選択肢はない。もう一つ言えば姉のように慕う紗矢華の置かれている状況が知りたい思いもあった。

 古城と雪菜はマンションを出ると前夜祭で盛り上がる街へと繰り出す。と言っても二人の目的は祭に参加することではないので、なるべく祭の喧騒から離れた人気の少ない公園で足を止める。

 自宅から離れ過ぎずかつコンビニも側にある小さな公園。古城と雪菜は街灯に照らされるベンチに目を付けて、人一人分も空けず腰掛けた。

 再度古城は公園内に人の影がないか確認し、雪菜に頼んで簡易的な防音の結界を張ったところで紗矢華に電話を掛ける。スピーカーモードにした携帯電話から数回のコール音が鳴った後、紗矢華との通話が繋がった。

 

『ちょっと、暁古城!? また後で連絡するとか言ったくせに遅すぎるんだけど!?』

 

 開口一番に紗矢華の不満たっぷりの怒声が響いてきた。古城は苦笑いを浮かべ、声音に精一杯謝罪の念を込めて応じる。

 

「悪い、こっちも色々と事情があってな。やっと時間が取れたんだ。それより、そっちの状況はどうなってる?」

 

『どうなってるも何も、あの後も行く先々で空間転移させられて、今は……』

 

 今何処に居るか、その先を口にしようとした紗矢華の声が途切れる。電話越しで顔こそ見えないものの古城と雪菜には紗矢華が口籠る様子が手に取るように分かった。

 

「あの、どうかしたんですか紗矢華さん。何か問題でも?」

 

『ゆ、雪菜? 雪菜もそこに居るの?』

 

「はい、先輩の監視役ですから。それより、大丈夫ですか紗矢華さん? もしや現在地の分からないような場所にでも飛ばされてしまったとか……」

 

 心配になった雪菜が尋ねる。溺愛する雪菜の登場に紗矢華は面白いくらいに動揺すると、妹分の不安を打ち消さんがために立て板に水の如く話し出す。

 

『大丈夫、心配要らないわ雪菜。私も王女も無事だから。今は空間転移で行き着いたラ……ホテルの一室を間借りしているわ』

 

『ええ、わたくしたちは今の所落ち着いています。それにしてもこの部屋は面白いですね。ベッドは広くて照明はピンク色でお風呂がガラス張りなんて、これが噂に聞く日本の温泉文化というやつでしょうか』

 

 彼方も話を円滑に進めるためにスピーカーモードにしていたのだろう。紗矢華の声に続いてラ・フォリアの愉しげな声が聞こえてくる。何処となく声音が弾んでいるのはそのホテルの仕様に興味を唆られているからなのだろうが、部屋の特徴を聞いた雪菜の表情は微妙に引き攣り、古城はあちゃーと言わんばかりに天を仰いだ。

 

「あの、紗矢華さん。そのホテルは、その……」

 

『え? あ、いや違うから! いや違わないんだけど、他意はないのよ!? ただ私たちも疲れてて、携帯の充電器もあったから仕方なくなの! あと王女、決してこれは日本の温泉文化とかではないので勘違いなさらないでくださいね!?』

 

 回線の向こうで必死に日本の温泉文化の名誉を守ろうとする紗矢華。王女の狙っているのか今一つ分からない天然に振り回される紗矢華の苦労を思うと、古城は少しばかり涙が零れそうだった。古城もまた紗矢華を振り回す人間の一人であるのは棚上げしている。

 紗矢華の懸命な説明の甲斐あって日本独自の温泉文化に対する不名誉な誤解が解消されたところで話は変わる。元より電話を掛けた理由は中途半端に終わってしまった絃神島を取り巻く空間異常とそれに伴う空間転移の話だった。

 

『それで、話してくれるんでしょうね、暁古城。どうしてあなたは空間異常について知っているわけ?』

 

 紗矢華からの疑念を含んだ問いかけ、隣から見上げてくる訝しむような眼差しを受けて古城は飄々と答える。

 

「ああ、話すさ。と言っても勿体ぶるような話でもなくてな。ぶっちゃけると、俺も教えてもらった口なんだ。いや、厳密には釘を刺されたと言うべきか」

 

『釘を刺された? 誰に?』

 

「南宮那月、“空隙の魔女”って言えば分かりやすいか?」

 

 え、と雪菜の口から困惑の声が洩れ出た。行方不明となっている那月当人から忠告を受けていたなんて話は知らない。雪菜の知らぬうちに接触していたということか。もしもそうであれば古城は雪菜の式神による監視と盗聴を搔い潜ったということになる。

 実際のところは直接接触したわけではなく、メールによる伝達であったのだが、古城はあえて黙っておく。雪菜の手が及ばない数少ない連絡手段である電子メールまで監視されてしまえばいよいよもって古城は身動きが取れなくなってしまうからだ。

 雪菜が若干不機嫌そうに口を尖らせる一方、紗矢華とラ・フォリアはなるほどと納得していた。

 

『南宮那月ならこの空間異常の原因を把握していてもおかしくないわね』

 

「ああ。ただ、那月先生に空間異常の収拾を期待しているようなら諦めたほうがいい」

 

『どうしてよ? 彼女ほどの高位魔女ならこんな空間異常くらいすぐに原因を突き止めて止めるぐらいわけないでしょ?』

 

 事情を知らない紗矢華からすれば当然の疑問。那月が失踪したことを知っている古城と雪菜は表情を曇らせる。

 

「那月先生は今、行方不明だ。連絡も取れない」

 

『はい? ちょっと待って、それはおかしいでしょ。だったらあなたは何時、南宮那月から空間異常の情報を伝えられたわけ?』

 

 古城の言に偽りがないのならば、何時何処で那月から情報を与えられたのかという謎が浮上する。少なくとも今日でないことは確かだ。優麻に絃神島を案内していた古城に那月と接触する暇があったとは思えない。

 古城は少しの間を置いて三人の疑問に答えた。

 

「俺が那月先生から情報を与えられたのは波朧院フェスタが始まるよりも前だ。那月先生は空間異常が発生する前からこうなる可能性を予見していたんだよ」

 

「そんな……それじゃあ、南宮先生はご自身の意思で行方を眩ましたということですか?」

 

「そういうことになるな」

 

 雪菜の言葉を肯定し、古城は那月から伝えられた情報を語る。

 

「どんな手段かは知らないけど、那月先生は波朧院フェスタの際に絃神島で大規模な空間異常が発生するだろうと予感していた。その下手人が誰かも、目的も読んでいて、その上で俺に『余計な真似をするなよ』って忠告してきたんだ」

 

 忠告なんてしたところで古城が素直に従うはずがないことは理解しているだろうに。情報なんて与えればむしろ水を得た魚のように動くのが古城だ。

 担任として、攻魔官として古城を見てきた那月はそれを承知の上で古城に柄にもなくメールで情報を伝えた。文面は例によっていつもの如く傲岸不遜な言い回しで、最後には首を突っ込むなと意味もない忠告を書き添えて。

 本当に古城を関わらせたくないのならば一切の情報開示を断てばいい。それをせずに敢えて古城に情報を与えたのは“仮面憑き”の一件で意味がないと悟ったからか、はたまた別の思惑があるからか。古城には那月の意図するところは分からない。

 ただ何となく、自惚れでなければ那月は古城の力を当てにしているのではないか、そんな気がした。

 

『あなたが情報を得た経緯については納得したわ。それで、下手人とその目的はなんなの?』

 

 那月がどのような手立てで絃神島が空間異常に見舞われると予見したのかは定かではないが、今は問題にするべき点ではない。重要なのは現在進行形で絃神島全域に拡大している空間異常を止めることだ。

 紗矢華の問いに古城は重々しい口調で告げる。

 

「下手人はLCO、目的は──監獄結界だ」

 

 古城の口から出た首謀者の正体と狙いに、少女達は一様に険しい表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 


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