“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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お久しぶりです。生存報告がてら投稿です。色々と浮気していたらもうこんなに時間が経ってしまいました。ほんと、すみません……。


蒼き魔女の迷宮 Ⅲ

 波朧院フェスタの前夜祭が行われる金曜日。絃神島中央空港は島外からの観光客でごった返していた。

 昨夜、吸血衝動に襲われるようなこともなかった古城はきちんと目覚まし時計で起床。凪沙達が着ていく服で議論を交わしている傍ら、優雅に朝食を済ませ予定よりも早めに出発の準備を整えていた。

 家を出てから浅葱と矢瀬とも合流し、空港の人混みを掻き分けながらも到着ロビーに辿り着いたのは待ち合わせ時間の十分前である。

 

「うわぁ、ぴったり十分前だよ。モノレールもどこもかしこも混んでたのに、さすが古城君だね」

 

 電光掲示板の時計を見上げて凪沙が感心したように言う。何とも反応に困る褒め言葉に古城はやや落ち着きなさげに答えた。

 

「まあ混雑とか踏まえて行動したからな」

 

 社会人としての経験と知識がある以上、時間にルーズなはずもない。去年や一昨年の混雑具合から考えた上で家を出るようにした古城に隙はなかった。

 そんな古城であるが、凪沙を除くその場の面々が写真の幼馴染の到来を今か今かと待つ一方、不自然にならない程度に頭上を気にしていた。その仕草を目敏く捉えたのは常日頃から古城の監視を行っている雪菜である。

 

「どうかしましたか、先輩?」

 

「いや、何でもな──」

 

 古城がゆるりと首を振ろうとした直後、頭上からよく響くアルトボイスが降ってきた。

 

「──古城!」

 

 ふわりと階段の手すりを飛び越えた人影が一つ。お喋りに興じていた凪沙達が驚いて顔を上げ、雪菜が予想外の展開に目を剥く。ただ一人、古城だけは自分に向かってゆっくり降りてくる人物をじっと見つめていた。

 快活そうな雰囲気の少女だ。毛先の跳ねた短い髪と凛々しい顔立ち。服装はスポーツブランドのチェニックとホットパンツといったボーイッシュなもの。かと言って少女らしい可愛らしさは損なわれていない。

 誰もが愕然として硬直する中、古城だけは冷静に降ってくる少女を受け止める体勢を整えた。

 落下してくる少女に合わせて両手を広げてしっかりと受け止める。これが鍛えてもいない一般人であれば受け止めきれずに少女の下敷きになるところだろうが、古城はこれでも世界最強の吸血鬼。僅かにふらつきはしたものの、転倒することもなくその場に踏み止まった。

 

「いきなり上から降ってくるとか無茶苦茶してくれるな、優麻」

 

「そう言いながら、ちゃんと受け止めてくれたじゃないか。古城」

 

 殆ど古城に抱きつくような体勢で少女──仙都木優麻は嬉しそうにはにかんだ。

 まるでドラマか映画のワンシーンのようなやり取りに到着ロビーに居合わせた人々は一様に唖然とする。そんな中、一番に再起動したのは古城の妹たる凪沙だった。

 

「ユウちゃん! 久しぶり、元気にしてた? わぁ、すっごく美人さんになったね!」

 

「凪沙ちゃんこそ一段と美人に成長したね。見違えたよ」

 

 優麻は古城の腕から抜け出すと、凪沙のマシンガントークに慣れた様子で応対した。古城の幼馴染だけあって凪沙の相手も手馴れているのが窺える。

 優麻と凪沙が旧来の友人の如く会話に花を咲かせる一方、古城は混乱気味な浅葱と雪菜の二人に状況の説明を求められていた。

 

「ちょ、ちょっと古城。あの人誰? というかどういうことなのよ?」

 

 混乱する面子を代表して浅葱が訊く。古城は口の端に笑みを滲ませて答える。

 

「誰って俺の幼馴染だろ」

 

「え、は? あの子が古城の幼馴染? で、でも……」

 

「女の子、ですよね……」

 

 納得がいかないといった具合の浅葱と雪菜。写真に写っていた古城の幼馴染は凛々しく、凪沙も女の子から人気があったと言っていた。それらの情報を統合すれば誰だって古城の幼馴染は男の子だと思うだろう。

 しかし浅葱と雪菜の二人に比べて冷静であった矢瀬は昨日の古城の言葉を思い返し、ついで困惑している自分たちを悪戯が成功した子供のような表情で眺めている親友を見て事情を察した。

 

「そう言えば古城は幼馴染が男だなんて一言も言ってなかったな」

 

「そう言うこと。良かったな矢瀬、俺の親友ポジを脅かされなくて」

 

「まあ俺は大丈夫だけどな? 女性陣の方は堪ったもんじゃないだろ」

 

 一目見た瞬間に分かる、仙都木優麻は図抜けた美少女だ。その上、幼馴染という美味しいポジション。古城に想いを寄せる少女たちからすれば強敵以外の何物でもない。

 最悪血を見るはめになるのではと矢瀬は内心で戦慄するが、しかし現実は矢瀬の想像とはまるで違うものとなる。

 優麻は簡単な自己紹介を済ませると凪沙と久しぶりの再会を一頻り喜び、そこからこの場にいる女性陣と卒なく交流を深めていく。持ち前の人懐こさと嫌味にならない気障っぷりで、警戒気味であった雪菜と浅葱とも恙無く距離を縮めていってしまう。

 予想を嬉しい意味で裏切ってくれた古城の幼馴染に矢瀬は目を見開く。

 

「うわっ、あのお嬢ちゃんすげぇな。あれで男だったらとんでもない天然ジゴロの誕生だぞ」

 

「だろうな」

 

「……何だか素っ気ないな古城。幼馴染なんだろ? 話とかしにいかないのか?」

 

 最初の接触以降距離を取って近づこうとしない親友に怪訝な目を向ける。古城は少しわざとらしく肩を竦めて、

 

「何も今ここでしか話せないわけじゃないだろ。急ぎの話でもなし、昔話なら帰ってからゆっくりすればいいしな。それに、優麻も女の子たちと仲を深めたいみたいだし」

 

 そう言う古城の視線の先ではすっかり女性陣と意気投合している優麻の姿があった。優麻の容姿がボーイッシュなのもあって側から見ると可愛い女の子を大勢侍らせているように見えなくもない。

 そんな幼馴染を見る古城の瞳に浮かぶのは複雑な色。凪沙が心から優麻との再会を喜んでいるのに対して、古城の胸中に再会の喜びといった感傷は殆どない。何せこの古城は優麻と初対面同然であるからだ。

 再会の喜びはなく、古城の胸中を埋め尽くすのは微かな不安と義務感。この少女もまた“暁古城”が守りたかったものの一人。必ずこの手で守り抜かなければならない。

 古城が歪な覚悟を胸に秘める中、そんな古城の様子を賑やかな少女達の輪の中から優麻は静かに見つめていた。

 

 

 ▼

 

 

 すっかり女性陣の輪に打ち解けた優麻を加え、一行が最初に向かったのは絃神島の中心であり市内で最も高いビルことキーストーンゲートであった。

 キーストーンゲートは人工島全域の管理を司る中枢を担う建造物であるが、同時に高級ブランドショップや魔族特区博物館、土産売り場などが多数併設された観光施設としても有名だ。

 波朧院フェスタ仕様となったキーストーンゲートの各種施設を優麻に案内し、時に自分たちも楽しみながら回っていく。お昼には矢瀬一押しのカフェテリアで昼食を取り、途中で矢瀬と浅葱が急用で抜けた後もキーストーンゲート内をぶらつき、古城たちは絃神島全域を見渡せる展望台に訪れた。

 文字通り絃神島全域を見渡せる展望台は波朧院フェスタということもあって観光客で賑わっている。そんな賑わいに負けない騒がしさを発揮して凪沙は雪菜と夏音の手を引いていく。

 ガラス張りの床に雪菜が若干表情を強張らせていたが、それも目前に広がる絃神島の街並みを前にすれば吹き飛んだらしい。仲良し三人組で姦しく望遠鏡を交互に覗いてはああでもないこうでもないと笑い合う。

 実に平和的な光景だ。入場料金で一人当たり千円を支払うことになったのは少しばかり痛かったものの、彼女たちの笑顔を見ることができたと思えば安いものだ。

 休日に子供を連れて出掛ける父親のような心持ちで古城が凪沙たちを見守っていると、いつの間にか隣に並んでいた優麻に脇を小突かれる。

 

「随分と可愛らしい子たちに慕われてるようだね、古城。それで本命は誰なんだい?」

 

 ニヤニヤと笑いながら訊いてくる優麻に、古城は苦笑を零して首を横に振る。

 

「本命も何もないからな。姫柊と叶瀬は凪沙のクラスメイトで俺の後輩だ。親しいのは認めるけど、優麻の期待するような関係じゃない」

 

 厳密に言えば雪菜は第四真祖である古城の監視役で、夏音は二週間ほど前に起きた事件もあって到底世に言う後輩の枠組みに収まる関係ではないのだが、それはそれ。今は話す必要のないことだ。

 

「ふぅん? まあ古城らしいと言えば古城らしいけど……」

 

 古城の態度に何となしに優麻は小首を傾げる。勘付かれたかと危惧して古城は何気無い風を装って話題を変える。

 

「それよりどうだ。ここから見える景色は悪くないだろ?」

 

「そうだね。島全体がテーマパークみたいで面白いよ。さすがは“魔族特区”といったところかな」

 

 眼下で犇めくビル群とその先に広がる青い海を眺め、優麻は感嘆の息を零す。古城も同じような感想であった。

 

「賑やかなのは祭りの前だからなんだけどな。でもまあ、偶には()から見る景色も悪くないと思う」

 

 絃神島島上空を飛行する宣伝用の飛行船をぼんやりと見つめる。普段はあんな代物が上空を飛行することもなく、平穏とは言い難いがもっと地味な様相だ。

 だが今は波朧院フェスタ前。絃神島はお祭り一色に染まり、これから始まる祭り本番に向けて島全体が浮き足立っている。

 去年までであれば古城も素直にお祭りを楽しみにできただろう。しかし第四真祖となってからこの方、この手の行事は鬼門、事ある毎に厄介事に巻き込まれる危険性が跳ね上がってしまったために心から喜ぶことはできない。

 古城が内心で小さく溜め息を吐くとパーカーのポケットに仕舞っていた携帯電話が鳴り始めた。

 

「悪い優麻、ちょっと離れるわ」

 

 電話の相手が誰かを確認するまでもなく知っている古城は、隣で絃神島の景色を眺めていた優麻に断ってその場を離れる。比較的人気の少ない柱の付近で立ち止まり通話に応じた。

 

「もしもし、こちら暁古城ですが」

 

『うふふふ、わたくしです古城』

 

 通話口から聞こえてきた茶目っ気を含む気品漂う笑声に古城は思わず苦笑を零す。

 

「ラ・フォリアか。おかしいな、俺の記憶が正しければこの番号は煌坂のものだったはずなんだが?」

 

 番号どころか液晶すらも見ずに着信に応じながらも、古城はいけしゃあしゃあと言ってのける。事実、古城の携帯に電話を掛けてきたのは紗矢華のスマホで相違ないが。

 古城の問いにラ・フォリアは電話口で悪戯っぽく、それでいて上品な笑いを零す。

 

『それがですね、紗矢華のアドレス帳の“お気に入り”に見覚えのある名前を見かけたものでして、いったい何処の殿方に繋がるのかと掛けてみました』

 

「それで俺に繋がったと。ここは喜ぶべきところかな、煌坂?」

 

『ち、違うんだけど!? これはその、何かの間違い! 登録する時に間違えただけ、だから忘れなさい。さもないともれなく不幸になるように呪うわよ!?』

 

「分かった、忘れるよ。だから冗談でも呪うのはやめてくれ」

 

 紗矢華は獅子王機関の舞威媛、呪詛と暗殺の専門家(エキスパート)である。冗談でも彼女の口から呪うなどと言われたら恐ろしい事この上ない。ただでさえ古城は既に第四真祖になったことで不死の呪いに付き纏われているのだから。

 しかしここで嬉々として茶々を入れる腹黒王女が約一名。一瞬の隙を突いて通話をスピーカーモードにすると紗矢華へ追い打ちをかける。

 

『おや、それはいけません古城。それでは紗矢華が恋の呪いの類も使えなくなってしまいます』

 

『だああああ!? もう勘弁してください王女! 話が一向に進みませんからぁ!?』

 

 スピーカーモードが解除されてラ・フォリアと紗矢華のやり取りが遠くなる。しばし二人の姦しい言葉の投げ合いが続くが、このまま微笑ましい漫才で時間を食うわけにもいかないと古城は口を挟んだ。

 

「おーい、仲が良いのは構わないけど帰りの飛行機はいいのか? もう離陸している頃だろ」

 

 展望ホールから見える絃神島中央空港から何機もの飛行機が離着陸をしている。本来であればアルディギア王家の王女であるラ・フォリアはチャーターした特別機に搭乗している時間帯のはずだ。しかし今こうして電話を掛けてきているということは帰りの飛行機には乗っていない、あるいは乗れなかったのだろう。

 古城の疑問にラ・フォリアとのやり取りを一区切りつけた紗矢華が真面目な声音を取り繕って答える。

 

『それが、ちょっととんでもないことになって飛行機に乗れなかったの』

 

「とんでもないことね……それはもしかして飛行機に乗り込もうとしたら覚えのない空間転移に巻き込まれて何処かへ飛ばされたとか、そんなことだったりするか?」

 

『どうしてそれを……』

 

 電話越しにも紗矢華が息を呑む気配が伝わってくる。古城の言葉が正に紗矢華とラ・フォリアが直面している状況を言い当てていたからだ。

 紗矢華たちが置かれている状況を知っていたのは勿論原作知識である。だが今回に限って言えば原作知識に加えてとある人物から前もって情報を与えられていたことも大きい。

 言葉を失う紗矢華に古城は周囲へ気を配りつつ続けた。

 

「先に訊かせてもらうけど、二人は何処に飛ばされた?」

 

『十三号増設人工島(サブフロート)よ。ナラクヴェーラと戦った場所って言えば分かりやすい?』

 

「言われなくても分かるさ。それにしても見事に空港から島の反対に飛ばされたな」

 

『ええ、正直何が起きたのかさっぱり分からないんだけど、あなたは何か知ってるみたいね』

 

 紗矢華が鋭く切り込む。古城としては別に隠すつもりもないので勿体ぶることなく情報を明かす。

 

「俺の知っている情報に間違いがなければ、今、絃神島には大規模な空間の異常が発生しているらしい。煌坂とラ・フォリアはその空間異常に巻き込まれて空間転移させられたんだと思う」

 

『絃神島全域に空間の異常? ちょっと、それって結構シャレにならないことじゃない!』

 

 空間の異常は現在進行形で絃神島全域に広がっている。紗矢華たちと同じように空間転移させられた人間は他にもいるだろう。その中に無関係の民間人が含まれていてもおかしくない。

 波朧院フェスタによる混乱と人工島管理局による情報統制によって表沙汰にこそなっていないが、空間異常による空間転移に巻き込まれた人間は多数いる。矢瀬と浅葱が途中で抜けたのもこの一件の対応のためだ。

 

『原因は理解したわ。でも、どうしてそれをあなたが知っているわけ?』

 

 疑念を孕んだ紗矢華の声音が耳朶を叩く。紗矢華たちを取り巻く異常を把握し、更にその異常の原因も知っているような口振りをすれば怪しまれるのも無理はない。

 

「ああ、それは──」

 

 紗矢華の問いに答えようとして、展望ホール内が俄かに騒がしくなる。騒ぎの中心はエレベーターの出入り口付近。そこに不自然な程に人が集まっていた。

 まるで有名人でも現れたかのように集る野次馬。その人垣の隙間に見覚えのあるメイド服姿の少女を見つけ、古城は紗矢華に一言断りを入れる。

 

「悪い煌坂。ちょっとこっちも立て込んでてな。続きはまた後で連絡する。空間異常はまだ続くから、迂闊に動きすぎるなよ?」

 

『ちょっと待っ──』

 

 まだ何か言い募っていた紗矢華の声が途中で切れる。通話を強制終了させた古城は携帯電話を仕舞い、野次馬を作り出している少女の元へ足を向けた。少女も古城の元へと真っ直ぐ向かってくる。

 

「先輩、この騒ぎはいったい?」

 

 騒ぎに気づいた雪菜が古城の隣に並ぶ。微妙に何か聞きたげな目をしているのは式神越しに電話のやり取りを盗聴していたからだろう。自業自得とは言え、もはや古城には安息の時間はないのかもしれない。

 頭一個分下から突き刺さる視線を努めて気にしないようにして古城は、左右に割れた野次馬の先から歩いてくる藍色の髪の少女に手を掲げた。

 

「こっちだ、アスタルテ」

 

 藍色の髪の少女──アスタルテは周囲から向けられる好奇の視線を物ともせず、手を掲げる古城の目の前まで来た。

 人工生命体(ホムンクルス)であるアスタルテは古城を見上げると抑揚のない口調で呟く。

 

「捜索対象を目視にて確認。教官からの指示に従い第四……」

 

 第四真祖と言いかけるも古城が人差し指を立てて口元に当てたことで口を噤む。この場には大勢の野次馬と凪沙や優麻がいる。そこで第四真祖なんて肩書きを出せば騒ぎが拡大どころでは済まない。

 周囲を見回し改めてアスタルテは口を開いた。

 

「暁古城と接触。本日午前九時の定期連絡をもって教官との連絡が途絶えたことを報告します」

 

「南宮先生が失踪したということですか?」

 

 信じられないといった表情で雪菜が訊き返す。アスタルテは淡々と頷きを返した。

 

「肯定。発信機、及び呪符の反応も消失(ロスト)

 

「そんな……」

 

 驚愕のあまり雪菜が口元を手で覆った。

 古城の担任教師である南宮那月は凄腕の攻魔師だ。その実力は折り紙つきで、欧州では“空隙の魔女”と呼ばれ恐れられている。第四真祖である古城ですら現状では太刀打ちできるかどうか定かではない相手だ。

 そんな那月が行方不明になった。到底信じられる話ではないが、アスタルテが嘘を言うとも思えない。つまり那月は何らかの理由があって姿を眩ました、または姿を見せられない状態に陥っているということになる。

 

 動揺を隠せない雪菜。情報を伝えにきたアスタルテはここまで静観の態度を崩さない古城に目を向ける。表情こそ変わらないが、その瞳は微かに不安に揺れていた。

 そんなアスタルテを安心させるように古城は常と変わらぬ微笑みを浮かべた。

 

「那月ちゃんのことは分かった。アスタルテは指示に従って叶瀬を頼む。那月ちゃんはこっちで何とかする」

 

「了解。事前に教官から伝えられていた指示通り、これより叶瀬夏音を優先保護対象に設定……教官をお願いします」

 

「任せてくれ。アスタルテも叶瀬を頼む」

 

 丁寧にお辞儀をして野次馬の中に紛れていた夏音と凪沙の元へ行くアスタルテ。その背を見送っていると雪菜にパーカーの袖を引かれた。

 

「どういうことか、説明していただけますか?」

 

 先の電話の件も相まって雪菜の眼差しは険しい。またぞろ自分の知らないところで古城が何か企んでいると疑っているのだろう。実際に企んでいるのが古城の性質(タチ)の悪いところだったりする。

 しかし今回に限っては、古城は雪菜にも紗矢華にも隠し立てするつもりはない。何しろ波朧院フェスタに纏わる一件はどう足掻いても古城一人の手には負えない。雪菜たちの協力なくして今回の一件を乗り越えることはできないだろう。

 だが今ここで雪菜の問いに答えることはできない。何故なら──

 

「どうかしたのかい、古城?」

 

 野次馬から抜け出た優麻が訊いてくる。古城は雪菜に目配せをしてから優麻に答えた。

 

「いや、何でもない。それより絃神島の眺めは楽しめたか? そろそろ別の場所を回ろうかと思うんだが」

 

 まだまだ絃神島の観光案内は序盤。次の予定はキーストーンゲートを出て市街地を巡るつもりだ。

 

「いいね。次は何処を案内してくれるんだい、古城?」

 

 期待に満ちた眼差しを向けてくる優麻。古城は軽く肩を竦めながら島内を案内するべく凪沙たちに声を掛け、まだ何か言いたげな雪菜にアイコンタクトで詳しいことはまた後で話すと伝え、展望ホールを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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